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自由に創る。世界は私を縛れない

作者:久遠-kuon-
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4話 出会い

 
前書き
2024/2/11修正 

 
 ハッとして目を開けると、俺は不思議な場所にいることに気付いた。

 目の前には、なんとなく"空"が広がっていると感じた。
 だが、何も見えないし、何かがあるとも思えなかった。雲も、青空も、星たちも、見えないし気配がない。真っ白な……いや、白じゃなくて透明か?よくわからない。空間か、と言われてもなんとなく違う気がする。そんな、変な感じを覚えた。

 下方向に向かって手のひらをついて、体を支えながら起き上がる。ついた手は空をきることはなく、またその手がどこまでも沈んでいくこともなかった。
 どうやら、ここにはある程度の硬さを持つ床があるらしい。体を起こして気付いたが、遥か彼方の方にまるで地平線のような色の境目が一本見える。床があるのか、と怯えなくとも、しっかりとこの面は向こうのほうまで続いてそうだ。一つ安心だ。

 さて、もう少しこの場所に対する理解を深めるために辺りを見回してみよう、と横を向いたところで______一人の怪しげな男と目があった。驚きのあまり、声を発することもできず、見合ったまま数回瞬きを繰り返す。
 男について、最初に目に入ったのはブロンドのくせっ毛。後ろで一つに束ねているが、毛束のいくつかがはねていたり、まとめきれていない。あまり身だしなみには気を遣わないのだろうか、と思ったが、まとっている黒いローブにはほこりも毛もついておらず、しっかりと手入れされているようだった。中に着込んでいるハイネックのセーターも、ほつれや毛玉が一切ない。もしかすると、誰かに世話を任せているような金持ちなのだろうか。
 ああ、もう一つ変なところを見つけてしまった。男は首から十字架を下げていた。こんな意味わからない場所まで来てわざわざ宗教勧誘か、布教活動というのは大変なんだなと感心しかけて、いや違うなと冷静になる。

 しばらくお互い一歩も動けないままいると、不意に男は不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
 なんだ、この人も俺と同じでこの状況を理解していないんだ。宗教勧誘をしたいわけでもなさそうだ。それなら協力してここを抜け出す術を探そうと頼んでみるのが良さげ______

「私、寝てる間についに犯罪やらかしちゃった?」
「は」
「えっと、どうしよう。君ゼッタイ未成年だよね。っていうか同意なんてしてないよね。はーっ、まずい、まずいことになった」

 意味がわからない。とにかく、頭が追いつかなかった。話が飛躍しすぎている。あまりのおかしさに、開いた口が塞がらなかった。
 だが、頭のおかしい宣教男の方がもっと混乱しているようだ。「まずい」「誘拐犯になるのは……」とぼやいている。

 うーん、と少しの間悩んで、俺は対話を求めることにした。

「待って、話を聞いてほしい」
「あ、うん。なんだい?」
「俺は別にアンタに誘拐されたわけじゃないと思う。というか、誘拐されたかどうかっていうのも定かじゃなくて……」

 今の俺の状況と、考えを全て共有した。
 つい先ほど目が醒めて、この空間にいると知ったこと。この空間について、俺は何も知らないこと。そして、なぜかこの空間に来る前のことが一切思い出せないこと。
 だから、アンタの状況を聞いて、頼ろうとしていたこと。アンタもここについて何も知らないなら、一緒に脱出の方法を探してほしいということ。
 全ての説明を、宣教男は真剣な眼差しで聞いていてくれた。そして、終わったら柔らかく微笑んで、迷うことなく「もちろん手伝うよ」と言った。
 話はちゃんと通じるし、かなり協力的、そして優しい性格の持ち主のように見える。先ほど俺に対して"未成年"という単語を使っていたことから察するに、この人はきっと大人だ。先ほどは混乱していて大丈夫か?と思ったが、本当はいい感じの頼れる人なのかもしれない。

「君は随分としっかりしてるんだね。私より立派だ。ぜひとも親御さんに会ってみたいよ」

 あはは、と笑いながら男は言う。俺の緊張を説くための気遣いだろうか。
 自分がどのように育ったかも思い出せないから、ただただ褒められて少し気恥ずかしい気持ちになって、その後会話を続けることができなかった。

 男はよいしょ、と小さく零して立ち上がる。俺も、と体勢を立ちやすいように変えようとしたところで、目の前に手が差し出された。大人しくその手を軽く握ると、グイと引っ張りあげてもらえた。
 立ってみると、俺は少しだけ男のことを見上げるような形になった。俺はそこまで身長が低いわけではないし、むしろ長身だと思うがそれより高いとは。……いつか、抜かせるといいな。
 密かに対抗心を燃やしていることに勘づかれたのか、男は含みのある笑い方をしながら、少し屈んで俺と目線を合わせた。その後ぽんぽん、と頭を数度なで、

「大丈夫。君は私の背なんて、すぐに追い越しちゃうだろうから」

とあやすように言った。またもや気恥ずかしい思いを。そのうち背を抜かすだけでなく、仕返しもしないといけない。

「さて、そろそろ行こうか……と思ったけど、そういえば名前を教えていなかったね」
「あ……」

 名前、名前。

「私はカリル。ここに来る前のことは覚えていないんだけど、名前だけはちゃんと覚えていたよ」
「俺も……俺も、名前は覚えてる」
「じゃあ、君の名前は?」

「マキ」

 パチパチとカリルは数度瞬きをした後、手を顎にあてて少し考えるような素振りを見せた。何か、おかしいことでも言ってしまったのだろうか。少し不安な気持ちを覚える。

「マキくんって、自分の名前を漢字を使って書いたりすることはある?」
「漢字……?」
「うん。私の認識だと、君の服装的にそっちの方の国の出身なのかなと思って」

 何か思い出せないかと思ったが、「自分の名前はマキ」以外のことがわからない。もしかしたら「マキ」という音に本当に漢字があてられていて、でもそれを思い出せないだけなのかもしれない。カリルの思い違いで、俺が元いた場所にそういう文化がなくて、自分の名前に「マキ」以外の表し方はないのかもしれない。
 でも、出身関係なく、「マキ」という名前に他の表し方はないのだろうと、なんとなく思った。

「……カリルなら俺の名前にどういう字をあてる?」
「うーん、そうだねえ。名前にはたくさんの意味や思いがこめられているから、もしその名前が誰かにもらったものなんだとしたら、あまり見当違いなことを言わないようにしたいんだけど……」
「カリルなら。どうする」

 力強く、念を押す。カリルの透き通った黄金の瞳を、真正面から捉える。
 すると、カリルは再び柔らかい笑みを浮かべる。難題なわがままも、嫌な顔一つ見せず応えてくれるみたいだ。

「そうだね、私なら……」
「……」
「『(マコト)』って字に、希望の『希』でマキかな」

 マコト。希望のキ。頭の中で反唱する。

「君は……少し話しただけでわかる。物事や与えられた試練に対して、まっすぐ、誠実に取り組むような子なんだろう。そんな君は、きっと困難にぶつかった時に、解決のためにいろいろと動くことができる。周囲の人々の希望となることもあるだろう。そんなイメージが浮かんだんだけど……満足かな?」

 ______自分が今までどういう生活をして、どういうことに取り組んできたのかは全く思い出せない。今のこの自分は、カリルのために繕っているだけなのかもしれない。
 だとしても、この言葉は今の俺に対してまっすぐ投げかけられたものであって、今の俺が何者だとしても、間違いにも、無駄にもならない。
 温かい言葉が、嬉しかった。この気持ちは、きっと素直に受け取っていいものだ。

 「ありがとう」という言葉は、恥ずかしくなってしまって出てはこなかったが。

「ふふ、喜んでもらえていそうで何よりだよ」

 つい緩んでしまった口元を見て、カリルは全て理解したかのように呟いた。カリル自身も満足げな表情を浮かべていた。 
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