渦巻く滄海 紅き空 【下】
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七十 生者の骸
「───そうだな。恩を売っておけ。操り人形にされたくなければ、な」
噎せ返るような茹だる空気が満ち満ちた緑の巣窟。
ジャングルの奥地にひっそりと佇む廃墟はかつて世界征服を企む神農という王の砦だった。
今や神農に取って代わって、この廃墟の主となった存在は、特に何の思い入れもなく、あっさりこの砦を手放す口約束をしたかと思うと、人知れず誰かと連絡を取り合っている。
その誰かが非常に気になったが、白と君麻呂はおとなしく傍で控えていた。
【暁】から引き抜いた三人との交渉の場であった翡翠の広間。
其処から出るや否や、天井でサソリ達を警戒して見張っていた二人が、入れ違いのようにナルトの両隣にさっと降り立つ。
振り返ることもなく、彼らに気づいていたナルトは、そのまま歩みを止めず、【念華微笑の術】で念話をしながら廊下を進んだ。
敬意を持って、敬愛する存在へ寄り添うかのように、競って傍へ赴く。
音も気配もなく静かに、一歩後ろを歩く二人。
王に付き従う従者のような、或いは騎士の如き所作で一歩後ろを歩いていた白と君麻呂は、【念華微笑の術】で姿なき相手との話を終えたのを見計らって、同時に訊ねた。
「「……よろしかったのですか?」」
一字一句違わずに同じ言葉を口にした両者は、お互いに睨み合うと、ふんっとすぐさま顔をそむける。
そっぽを向き合う同族嫌悪のふたりに苦笑したナルトの反応を見て、こほん、と咳払いをした白は気を取り直して一歩前へ踏み出た。
しかしその言葉はなかなか過激なものだった。
「今からでも氷漬けに…」と主張する白の隣で、君麻呂も「ご命令あれば、すぐにでも骨を粉々に…」とナルトの顔色を窺う。
翡翠の間に集結していた『暁』の飛段・角都・サソリ・デイダラを秘かに見張り、控えていた白と君麻呂はいつでも飛び出す準備をしていた。
なんせ相手はあの悪評高い『暁』。彼らが集まる翡翠の間ごと凍らせて氷室にする意思も、骨の雨で広間ごと串刺しにする意志もあった。
敬愛するナルトに害を為すならば。
或いは、ナルトからの指示があれば。
しかしながら、そんな命令は白と君麻呂には下されなかった。
それどころか、このジャングルの奥地にある廃墟を好きに使え、と『暁』の四人に、ナルトはあっさり砦を明け渡した。
角都・デイダラ・サソリに交渉を持ち込んでいた矢先に割り込んできた飛段から、ひとまず話は終わったとばかりに翡翠の間を後にする。
途端、即座に駆け寄った白と君麻呂の言い分を耳にして、ナルトは苦く笑った。
「捨て置け。何か問題あれば…」
瞬間、ゾクリ…と白と君麻呂は背筋を這い上がるモノを感じた。
寸前とは一転して一切の温度を感じさせぬ冷やかな声音で告げたナルトに気圧される。
「────責任は俺がとる」
それは、つまり。
『暁』のサソリ・デイダラ・角都・飛段が何かしら問題を起こせば、ナルト自らが殺すと宣言するも同然。
そこまで言われてしまえば、白と君麻呂に返す言葉はない。
彼の意向に絶対従う彼らは、『暁』の処遇に関しての一切をナルトに委ねる事を承知した。
そうして、ずっと気になっていた件を遠慮がちに問いかける。
「先ほど連絡をなさっていた相手…何か支障でも?」
【念華微笑の術】で誰かと脳裏で会話していたナルトがまた、複雑な事情や難題に悩まされていないか。
懸念する白と君麻呂に、一瞬、きょとん、と眼を瞬かせたナルトは、ややあって、にっこり微笑んだ。
「いいや。何も問題はないよ」
ナルトの笑みを前にして、白と君麻呂はようやっと安堵の息を吐いた。
困り事があるのなら一刻も早くその悩みを払拭したいと思っていた二人は杞憂だったか、と安心する。
そんな彼らを見渡して、ナルトは小声でそっと呟いた。
「命の恩人を殺すほど見境のない相手ではないだろうし、ね」
そうして、おもむろに窓の外を見やる。
ジャングルの奥地である此処は緑一色で、空気が歪むほどの熱風で満ちている。
茹だるような熱気の向こう側。
その先に確かにある、雨が降り続ける里を思い描きながら、ナルトは静かに双眸を閉ざす。
その声音にはどこか、皮肉げな響きが滲んでいた。
「───仮にも神を名乗るのだから」
「ああ…すみません。汚れてしまいましたね」
スパンッ、と小気味いい音が首元で響いた。
一呼吸置いて、凄まじい鮮血が迸り、長門の顔半分を赤く染める。
いつの間にか、音もなく首筋を噛もうとしていた蛇。
その首をメスで綺麗に切り落としたカブトが、常と変わらぬ穏やかな笑顔で謝った。
てんてん、と跳ねた蛇の首が足元に転がる。
虚空の覗く口から垣間見えた毒滴る牙。
それを見てようやく、命の危機だったのだと思い当たった長門は、そっと息を吐いた。
「いや…助かった」
間一髪で首筋を噛もうとしていた蛇の首を落としてくれた命の恩人に礼を述べる。
術やチャクラを酷使し過ぎて衰弱し、ゲッソリとした青白い顔を更に白くさせて、長門は眉を顰めた。
「まさか此処を嗅ぎつかれるとは…」
「大蛇丸さま…いえ、大蛇丸の元部下だった僕から見れば、当然の展開でしょうがね」
【万蛇羅の陣】で大蛇丸が口寄せした数多の蛇。
彼が打っていた布石は、ペインのひとりを倒す為だけでもなく、自来也をアマルの許へ運んで治癒させてもらうだけでもなく、もう一つあった。
それは本当の目的。
ペイン六道を遺体だと看破して、その正体である長門を捜し出す為に蛇に捜索させることが、大蛇丸の本来の狙いだった。
しかしながらその企みは、長門に近づく蛇に逸早く気づいたカブトによって、阻止された。
「大蛇丸の手の内は知り尽くしております」
にこり、と穏やかに微笑んで、カブトは長門の頬にべったりとついた蛇の血を拭い取った。
「しかし。これ以上は本当に命の危機です。更に寿命を縮めることになりますよ」
ペイン六道の遠隔操作の影響で、荒く肩で息をする長門へ、カブトは忠告する。
ただでさえ自来也だけでも長時間の戦闘を繰り広げたのだ。大蛇丸が加勢してから更に長引いた戦闘に、長門の身体がもたない、とカブトは眼鏡をくいっと押し上げた。
「医療忍者としては見過ごせません」と告げるカブトに、長門は苦い表情を浮かべる。
確かにこれ以上の戦闘は身体に負担がかかる。
更に今し方、自分の居場所がバレたばかりだ。
すぐにでも決着をつけねば、此処にいつ攻め込んでくるか、わかったものではない。
長門の不安を払拭するように、カブトは落ち着いた声音で「大丈夫ですよ」と床に転がった蛇の頭を拾い上げる。
その頭を片手でぐしゃり、握り潰した。牙の先には触れぬように抜け目なく。
そうして、優しげな笑顔でカブトは長門を振り返った。
「決着はもうすぐつきます。言ったでしょう?」
眼鏡を押し上げ様に、俯く。
面に浮かんだ表情を隠して、カブトは含み笑った。
「手の内は把握している、って」
「──やられたッ、」
先ほどまでの余裕ぶりとは一転して、大蛇丸は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
舌打ち雑じりのソレに「どうした?」と訊ねた自来也だが、一方で視線は敵を油断なく見据える。
六人中、四人倒したとは言え、残り二人。
警戒を怠るわけにはいかない。
大蛇丸と自来也の共闘で削ったペイン六道の戦力。
多勢に無勢だった以前とは打って変わって、形勢逆転した現状だが、大蛇丸が狼狽する様子を気にして、自来也は一瞬だけ敵から眼を離した。
それが、隙を生んだ。
「な、に…!?」
確かに倒した。
確かに倒したはずなのに、倒したはずのペインが次々と復活している。
どうやら残った二人の内のひとりのペインが、蘇生させる能力を持っていたようだ。
「…どうやら。振り出しに戻ってしまったようね」
蛇は視力がよくない。
だがその一方、左右の舌先の匂いの強さの違いから匂いの方向を調べられるのだ。
故に、暗闇でもペイン六道を操る本体を捜し出すことができたのだが、今度は眼が視えないのが仇となった。
あっさりと捕まって殺されてしまったらしい蛇の最期を感じ取って、大蛇丸は首を降る。
蛇を殺した相手の顔まで視えなかったが、どちらにせよ、本体を叩くという企みが阻止された今、大蛇丸が取るべき手段はひとつだけだ。
更に倒したはずのペインが復活しているのなら猶更のこと。
「退くわよ、自来也」
「なんじゃとっ」
大蛇丸の予想外の言葉に、自来也は素っ頓狂な声をあげた。
しかし如何せん、納得する。
ようやく二人にまで減らした敵が復活してくるのならば、もはや此方に勝ち目はない。
先に、蘇生させる能力を持つペインを逸早く潰しておかねばならなかったのだ。能力を完全に把握できていなかった自分達の落ち度である。
「潮時ね」
大蛇丸は引き際を弁えている。
だからこそ、今日まで生き延びてきた。
『木ノ葉崩し』でも三代目火影に追い詰められた際、介入したナルトによって、すぐさま撤退した。
もっとも、その際に作ってしまったナルトへの借りはいずれ返さなければならないが。
「我ら神の眼から逃れられると思っておるのか」
復活したペインのひとりが、一歩前へ踏み出す。
それを鼻で嗤って、大蛇丸は印を結んだ。
「その神さまとやらも蛇には出し抜かれることになるのよ──【口寄せの術】!」
途端、地中から飛び出した蛇が、ばくん、と大蛇丸を呑み込む。
同様に、自来也もまた、巨大な蛇に呑み込まれた。遠く離れた場所で、蛇に丸呑みにされたアマルの悲鳴が響き渡る。
三人を呑み込んだ蛇はすぐさま地面に穴を掘って消え去った。
すぐに後を追い駆けようとしたペイン六道だが、本体である長門の負担が大きい事実に、動きがぎこちなくなる。
その隙に、見事に逃げ去った蛇の痕跡を、ペイン六道は苦々しく見遣った。
大蛇丸はかつて『暁』の一員であった頃から、蛇のように狡猾で慎重に、真綿を締めるかのようにじわじわと周囲に狂気を植え付けていた。
しかしながら今になって大蛇丸の本領を垣間見た気がして、嘆息を落とす。
見事な引き際に感嘆の溜息しかでてこない。
だが流石の大蛇丸も自来也も、五体満足で全員を逃がすことはできなかったらしい。
ひとりだけ撤退を阻止できた存在を見つけて、ペイン六道はお互いに頷き合った。
利用価値のある存在だ。
殺さずに生かして利用するほうが得策だろう、と本体である長門のもとへ引き連れる。
大蛇丸・自来也、そしてアマルに逃げられたのは痛いが、せめてもの救いだ。
なんせ希少な眼なのだから。────…イタチとよく似た。
ペイン六道は無感情な顔で、本体の長門のもとへ足を一斉に向ける。
ひとり取り残された──うちはサスケを連れて。
「『天』と『地』の巻物か…」
「一度使ったきりでは少々もったいない気がしまして…」
「しかし。同じ課題内容というのは…」
眉を顰める五代目火影の綱手は、いつになく積極的に進言する月光ハヤテの話に耳を傾けていた。
かつて行われた中忍試験。
その第二試験の課題はそれぞれ一本ずつ下忍の班に配られている『天の書』と『地の書』の巻物を、五日以内に森の中心にある塔まで『天地』の巻物二種類を揃えて持って行くという内容だ。
その際に使われた大量の『天』と『地』の巻物を、次の中忍試験でも再利用すべきではないか、という月光ハヤテの申し出に、綱手は頭を悩ませていた。
「確かに毎回試験課題を考えるのはめんど…ごほんごほん。…だが同じ課題だと前回の受験者から試験内容を聞いた受験者だけが楽をしてしまうだろう」
「それならば、巻物を途中で開いたら、失格者が燃えてしまうというのは…?」
「ふむ…火遁の術を巻物に仕込んでおくということか」
以前の中忍試験の課題では、巻物が揃っていない状態で開けば、催眠の術式が施されている巻物によって眠らされ、失格となるという仕様だった。
その睡眠の術式を火遁に変更すれば、巻物を開いた時点で炎に襲われるという、実に緊迫めいた状況に受験者は陥るだろう。
「しかし。試験官が間に合わないと受験者の焼死体が増えるだけだ」
月光ハヤテを次の中忍試験の試験官に任命する際に、中忍試験の課題内容について相談していた綱手は、暫し、熟考すると命令を下した。
「とにかく。『天地』の巻物の再利用は許可するが、火遁の術の威力を弱くするなど、改善点を考えろ」
叩頭して火影室から退室した月光ハヤテを見送って、綱手は椅子に深く腰掛けた。
シズネは今はいない。
シカマルが先日報告してきた奈良一族の森に埋められていた謎の死体。
その検死の為、席を外している。
故に、本来シズネが纏めたり、助言してくれる雑務などをしなければならなくなった綱手は、面倒くさそうに欠伸を噛み殺す。
中忍試験の課題内容に関して、つい月光ハヤテに意見を求めたのも、その一環だ。
まったく同じ課題内容なのは頂けないが、『天地』の巻物を再利用するのは悪くはない案だ、と綱手は、ハヤテが立ち去ったほうへ視線を投げた。
既に足音は遠ざかり、彼の気配もなくなっている。
何もかもを放り出して酒を飲みたくなる衝動を堪え、窓から射し込む陽気な光に誘われる眠気に耐えながら、綱手は山積みになっている書類の一部を手に取った。
文面に眼を通していると、ややあって、ドタバタ、と騒がしく、足音が此方へ荒々しく近づいてくるのが聞こえてくる。
顔を顰めた綱手は、月光ハヤテと入れ違いのように入ってきたシズネを窘めようと、書類に眼を落としたまま、口を開いた。
「うるさいぞ。もっと静かに、」
手元の書類から顔をあげて注意しようとした綱手は、シズネの顔を見て、言葉を呑み込んだ。
「つ…綱手さま…ッ、あの…っ」
まるで幽霊でも視たかのような蒼白した表情で、シズネは言い淀む。
やましいことがあるというわけでも、後ろめたいことがあるわけでもない。
ただ、純粋に困惑している様子の付き人に、「どうした?」と綱手は言葉の先を促した。
「検死の結果…なんですが…」とシズネは視線を彷徨わせる。
やがて意を決したように、シズネが告げた名前に、綱手は凍り付いた。
「奈良一族の森で発見された遺体の身元が判明しました」
だってその名は。
今し方綱手と話し、命令を下し、火影室を後にした──…。
「………月光…ハヤテ、さん…です……」
後書き
ギリギリ更新で申し訳ございません…!!(土下座)
ちなみに今回のタイトル『生者の骸』は、五十七話の『死者の生還』と対になっております。
さて、では、最後、誰なのか推測しながらお待ちくださいませ~
次回──『正体』。
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