冥王来訪
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第二部 1978年
影の政府
米国に游ぶ その3
前書き
恋愛原子核を持つ息子の父親だから、人たらしで良いかなと言う事にしました。
ニューヨークの国連本部で始まった年次総会は、冒頭から大荒れだった。
ソ連外相が、一般討論演説を始める段階になった時、日米、英仏の外交団が、一斉に退席した。
EC等の西側計27か国と、ポーランドや東ドイツなどの東欧諸国も、それに続く。
米国の主導により、事前に申し合わせをして、東ドイツの軍事介入未遂への抗議の意思を示したのだ。
ソ連代表団は、その事に関して、
「米国による帝国主義の陰謀」と、批判するとともに自らの正当性を主張した。
ソ連の資金や食料支援を受けているアフリカ諸国、反米姿勢の強い南米、キューバー、昨年加盟したばかりのベトナムも、それに続く。
国際連盟に代わる国際協調の場として設けられたはずの国連は、大国間の諍いに関しては、全く機能しなかった
東西両陣営の宣伝の場の一つでしかなく、本部での討議が問題の解決に何の役にも立たなかった。
マサキは、日本側代表の席の奥に座りながら、虚ろな眼差しで、米国の演説を聞き流していた。
彼の心を占めていたのは、資本主義圏の経済的優位に関する話ではなく、あの可憐な少女の事であった。
アイリスディーナとの抱擁を交わした日以来、すべてが虚ろになっていた。
甘い囁きと共に交わした口付けは、全てを忘れさせるほど強烈であった。
ふいの口付けに驚いたは、実はマサキの方だった。
まるで、アイリスディーナの唇に、心無い触れ方をしたような、罪の意識に苛まれた。
薄い肩を震わし、驚きに冴えた顔をアイリスディーナが見せたので、マサキは慌てた。
彼女自身の中に恥ずかしい心の揺らぎが在ったのか、そっと耳を紅く染めた様は忘れられない。
そんな思いが、マサキの身の内で燻っていた。
寝ても覚めても、彼女の事を想い、陰々滅々と悩んだ。
自分が助けるべく手を差し伸べたユルゲンの最愛の妹に、本気になるとは。
思えば、いろんな事情が重なり過ぎていた。
まず、ユルゲンの不在。公園で見かけたアイリスディーナの可憐な姿。
そして、アイリスディーナの豊満な肢体を後ろから抱きすくめる内に、熱い血が滾ってきたのだ。
立ち昇る馨しい匂いや雪のように白くきめ細やかな肌、金糸の様な髪。
抱きしめた時の温かくて柔らかな体も、マサキの理性を失わせるには十分だった。
あれが、本当の愛だったのではないか。
まるで、これまでの恋路が子供の遊びに思える。
それ程までにマサキは、アイリスディーナの純真な心にひかれていた。
あの羞月閉花の美貌をしみじみと眺め、柳腰を抱く興奮は、形容しがたい。
そして、あの日の衝撃的な口付けを振り返りながら、怏々と物思いに耽った。
年次総会の休憩時間、会議室から抜け出して、屋外の喫煙所で休んでいると、
「ゼオライマー建造の科学者、木原先生って、アンタだろう」と、声を掛けて来る者がいた。
慌てて振り返ると、地毛であろう茶色い髪を、坊ちゃん刈りにした男がいた。
御剣といた護衛であったのを、覚えていたマサキは、
「おい。貴様は、御剣の……」と、彼が言い終わらぬ内に、男が重ねて、
「氷室さん。今から博士借りて良いかな」と、マサキの肩を叩いて、
「アンタみたいないい男は、もっと遊ばなきゃだめだよ。俺と付き合ってよ」
と、困惑する美久の前で、マサキを誘い出そうとした。
侮辱するような言葉に、さすがのマサキも怒って、
「なんだ、その恰好は。フラノのシャツにジーンズ。それにダウンベストか。
ここはキャンプ場じゃないんだぞ。」
と、遊び人風の仕度をする男を左手を振って、追い返そうとした。
すると鎧衣が寄って来るなり、
「ここにいたのかね、木原君、探したよ」と、相好を崩した。
「鎧衣、この男は」
「彼は陸軍省から派遣された白銀影行君だ。
CIAと仕事をした事がある人物で……」
茶髪の男は、慇懃に挨拶をした後、
「よろしく、木原先生。じゃあ俺の事は、遊び人の影さんって呼んでよ」と応じる。
マサキは、はっと気が付いた。
この男は、帝国陸軍の情報将校を育成する中野学校の卒業生だ。
陸軍では認められない長髪に、砕けた私服。およそ将校らしからぬ口に聞き方。
恐らくマサキを揶揄う心算だろう。自分を連れ出そうとしたことに呆れた。
白銀は、マサキをまじまじと眺めながら、
「冴えない顔してるな、例のかわいこちゃんに冷たくされたのかい」と、言った
マサキは、白銀の問いに、声の無い笑いを持って、
「フフフ。白銀よ、軽々しく、アイリスディーナのことなど口にするな。
この木原マサキ、一婦女子にかまけるほど、暇ではないのは分かって居よう」
と、誓っていたが、どうも本気とは思われない。
白銀が少し白い歯を見せると、マサキは図に乗って言った。
「それに俺が東独まで出掛けたのは、日本政府の都合だろうが……」
「そうか。いわれてみれば、俺達、帝国政府にも責任があったことか。
なんなら、木原先生、それすらも忘れさせる刺激を授けましょう。男らしい、でっかい話をよ」
マサキは、タバコを吸おうとホープの箱を取り出すなり、
「ところで、白銀よ。お前がいうデカい話とやらを聞こうではないか」
紫煙を燻らせながら、平静を装って訊ねた。
本当は、白銀の言う話とやらが気になって仕方がなかったのだ。
内心、この世界に、どの様な変化を与えるか、ワクワクする自身が居た。
「ああ、1時間ほど前かな、俺の方にフェイアチルド・リムパリック社の社長さんが、あんたと会いたいと、連絡があった。
向こうの監視員を通じて、なんでも米軍に正式採用されたばかりのA-10という重武装の中距離支援用戦術機の改良をしてほしいと、相談を受けた。
天のゼオライマーだっけ、その戦術機の強力なエンジン出力を参考に、跳躍ユニットを作って欲しいってね。
そうだ、夕方に、ニューヨークの老舗レストランで御剣公と会食される予定だから、都合をつけてくれないか」
マサキは、今更みたいに、
「待ってくれ、俺は下士官だから、彩峰の許可を得ねばなるまい……」
等と渋っているも、白銀は、
「じゃあ、18時に、ウォール街のど真ん中にあるデルモニコス(Delmonico’s)で会いましょう」
と、困惑するマサキをよそに帰ってしまった。
その様を見ていた鎧衣は、肩をすくめて、
「全く困ったものだよ」と、唖然とするマサキの前で、おどけて見せた。
マサキは、国連本部ビルのあるマンハッタン区国連広場からタクシー乗り場に一人で歩いていく。
後ろから怪しげなホンブルグ帽を被り、雨傘を持った男が近づいてきたので、流しのタクシーを捕まえ、乗り込む。
イースト川に沿って立つ高速道路のFDRドライブ(Franklin D. Roosevelt East River Drive)を走り抜け、マンハッタン島を南に下る。
マンハッタン島南端のバッテリー・パークで高速の高架から降りると、車はウォール街に向かった。
埋め立て工事中のバッテリー・パーク・シティを横目に見ながら、老舗ステーキレストランのデルモニコスにまで来ていた。
ドレスコードに、ややうるさい店なので、プレスの掛かった勤務服で来たのだが、ビジネスマンばかりのなかでは浮くような感じがしてしまった。
(ドレスコードの例外として、軍服は野戦服であっても、舞踏会に参加できる為)
少しばかり後悔したのは、気の利いた私服でも着させた美久でも連れてくれば良かったと。
もっとも、美久はアンドロイドなので食事はしないが……
テーブルに案内されるなり、紋付き袴姿の御剣に、
「ハハハハハ、木原よ。密談に、軍服姿なんて考えられるか、常識の外だな」
と笑い飛ばされ、顔を顰めた白銀に、
「目立ちたがり屋なんですね」と嫌味を言われてしまった。
流石に昼間とは違って、頭をポマードで綺麗に撫でつけ、チョークストラップのスーツを着ていた。
マサキは気にする風も無く、不敵の笑みを湛え、
「俺に会おうという社長は、奥にいる白人の爺か」と白銀に訊ねると、
「こちらがフェイアチルド・リムパリックの社長さんだ」と、立ち上がり、右手で上座の老人を指し示した。
「木原だ。よろしく頼む」と、右手を差し出し、握手すると
「御足労痛み入ります。
予てより、先生の御高名は承ております。どうぞ良しなに」と慇懃に頭を下げた。
早速、深刻な面持ちの社長は
「実は海軍用に設計したA-6イントルーダーを元に新規設計したのですが、いかんせんうまく飛べなくて。
搭載された機関砲の重量の所為で、最大跳躍時間は340秒ほどが限界で……」
マサキは、前菜として運ばれてきたアスパラガスを煮付けたサラダをどかし、灰皿を引き寄せ、
「跳躍時間が7分弱か。確かにこれではBETAにのみ特化した武装メカだな」
と、ホープの箱からタバコを抜き出し、火を点け、
「ロケットエンジンがそんなに貧弱か」と逆に訊ねた。
「パレオロゴス作戦に間に合わせるために、生産ラインをそのまま生かしたので、どうしても外付けの跳躍ユニットの出力が……」
「俺も、雇われ軍人と貧乏学者という、二足の草鞋を履いている身だ。
暇な時間に図面を手直ししてやるから、設計部門に連絡を付けてくれ」
「申し訳ございません」
「フフフ、俺も、おもちゃのロボットでも作ってみたくなったのよ。
まあ、飯が不味くなるから、これくらいにしておこう」と、勝手に話を切り上げてしまった。
その内、店の看板商品である厚切りのステーキが運ばれてきた。
塩コショウだけの味付けだが、一口食べてみると、外側が焼き上がっているのに肉汁を多く含んでいた。
あまりの美味に、マサキは驚いて、
「これは、上等なサーロインか……」と独り言を漏らすと、
「骨なしのリブアイだね。
1837年に、アメリカで最初にオープンした高級レストランだから、その辺はニューヨークの食堂と違うよ」
と、白銀が返してきた。
「さすが中野学校卒だけあるわ。この俺を楽しませるな」
「なあ、先生。今夜暇かい」
「12時までなら付き合ってやる。但し酌婦の類が居ない店でな」
「随分、例のかわいこちゃんに首ったけなんだな」
「ハハハハハ」と、マサキは軽くうけ流した。
それから。マサキは、白銀と共にマンハッタン島対岸のブロードウェイの小さなバーに入っていった。
酒を酌み交わすうちに、この白銀という青年将校の事が、いたく気に入ってしまった。
10年来の知人であっても理解しえない間柄もあるし、一晩の内にまるで長年の友人関係に勝る知己を得る人もいる。
マサキと白銀とは、お互いに、まるで旧知の間柄のような感情を抱いた。
いわゆる意気投合したという事である。
白銀は、酒で唇を濡らした後、言った。
「もし先生が、俺のような何も知らない人間の話を真剣に聞いてくれるなら、すこしばかり所見がないわけではありませんが」
「この際だ、明け透けに言ってみろ。どいつもこいつも俺に遠慮ばかりしていて飽きていた所よ」
マサキは、斜めになっていた体を起こして、真剣に聞き入った。
「今、全世界を二分した超大国ソ連は、BETA戦争の結果、衰微した。
この事は、間もなくソ連の影響が強い中東、特にシリアや、アフリカの社会主義国に影響する。
それにこのまま、米国がG元素を使った新型爆弾を作れば、核の傘によってできた大国間のバランスは崩れる。
そうすれば、また40年前の様に大国間の世界大戦になると思うのだが、先生はどうですか」
「あのケネディが言っていたが、核というのは「ダモクレスの剣」だ。
核ミサイルという使えぬ兵器があってこそ、米ソの冷戦構造がなり得た。
これが19世紀末から世界大戦前のベル・エポック(Belle Époque)期の様に、大型戦艦や重機関銃であったのであれば、間違いなく億単位の人的被害が出た。
ハンガリーやチェコスロバキアの人間には気の毒だが、あの軍事介入は、所詮地域紛争の域を出ない。
俺は、イスラエルやイラク、シリアなどが核武装をして、互いに牽制し合うことこそ、中東紛争を鎮静化させる妙薬となると、信じている。
印パ戦争が、この世界でも収まったのは、インドがソ連からの核技術を得て、核実験をした影響が大きい。
あんなBETAとかいう化け物の所為ばかりではない。そう確信している」
「じゃあ、先生はG元素の拡散には賛成なのかい」
「フフフ、俺は、あの化け物の成分を使った新型爆弾の拡散には反対だ。
あんなものに頼らなくても、このゼオライマーが、次元連結システムがある限り、無敵よ」
「じゃあ、帝国政府が持つのも反対だと」
「ああ、あんな自制心の無い連中には、次元連結システムはおろか、G元素でも危険すぎる。
精々、威嚇用に、核弾頭を御座所の近くに展示して置くぐらいでいいと思ってる」
マサキは、自説を全て詳論して見せた。
このような内に秘めたる思いを人に語ったのは、おそらく今日が初めてであった。
後書き
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