魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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GX編
第139話:仕込み完了
装者と魔法使い達の前で、キャロルがファウストローブを纏う。それまで幼い少女だった外見が、一気に成人した女性の体へと成長していく。
その身に纏う、紫色のボディースーツと鎧。背中に背負ったパーツはマントの様だった。
その姿は、一見するとシンフォギアのそれにも近い。
「ダウルダブラの、ファウストローブ……その輝きは、まるでシンフォギアを思わせるが……」
誰もが皆同じ事を思ったのだろう。代表するかのようにマリアがそんな事を口にした。
それを聞いて、キャロルが小さく笑みを浮かべる。
「フッ……輝きだけではないと、覚えてもらおうかッ!!」
カッと目を見開き、キャロルの口から唄が紡がれる。すると空中に佇むキャロルから、眩い光が放たれた。
「嗚呼、終焉への追走曲が薫る! 殺戮の、福音に血反吐と散れ!」
「こ、これはッ!?」
放たれる光と波動。この場に居る装者と魔法使い達は、それが何を意味しているのかに直ぐに気付いた。フォニックゲインだ。今キャロルからは、強烈なフォニックゲインが放たれている。
それは離れた所で待機している本部でも計測された。
「交戦地点のエネルギー、急上昇ッ!?」
「照合完了……!? この波形パターンはッ!?」
「フォニックゲイン、だとぉッ!?」
「そんなまさかッ!?」
S.O.N.G.本部、発令所でキャロルからフォニックゲインが放たれた事を知った弦十郎達は驚愕を隠せない。シンフォギア以外で、戦闘に際しフォニックゲインを活用する者が居るとは思わなかったのだ。
正確に言えば、フォニックゲインを戦闘で役立てる者はいた。だがそれは所謂完全聖遺物ばかりであり、それらは一度起動してしまえばそれ以上のフォニックゲインを必要としない。
だがキャロルは、現在進行形で唄を歌い自らフォニックゲインを高めている。シンフォギア以外でそのような事をしてくるとは、了子にとっても予想外の事であった。
「これは……キャロルの……」
本部の発令所で誰もが言葉を失っている中、現場では奏達がキャロルからの猛攻撃に晒されていた。
キャロルが自ら生み出すフォニックゲインが、ダウルダブラにより増幅される。背中のパーツが開くと露わになった弦が歌で振動するかのように震え、増幅されたフォニックゲインを糧にキャロルが錬金術による砲撃を放った。
「くっ!? 後ろに――」
「駄目だ逃げろッ!?」
咄嗟にガルドが前に出て障壁で防ごうとするが、奏は一目であの一撃は防げるレベルではないと看破。防御よりも回避を優先すべきと、彼の首根っこを引っ掴んで横に飛び退いた。他の装者達と透もそれに合わせてバラバラに回避する。
その奏の判断は正しく、キャロルの砲撃が通り過ぎた後は地面が大きく抉れていた。あれを受け止めようとしようものなら、そのまま砲撃の威力に押し流されていたか最悪消し飛ばされていただろう。
あれを受け止めようとしていたのかと、ガルドは己の判断ミスに冷や汗を流した。
「何て威力だ……すまないカナデ、助かった」
「気にすんな。それより……皆ッ! 大丈夫かッ!」
「こっちは大丈夫ですッ!」
「こっちもよ! それにしても……」
「この威力ッ! まるで……」
「すっ呆けが利くものか。こいつは絶唱だッ!」
一撃で街を崩壊させるほどの攻撃は、シンフォギアであっても容易に出せるものではない。成せるとすれば、クリスの言う様に絶唱以外にありえなかった。
問題なのは、キャロルがそれを何の苦も感じさせずに行っている事であった。
「絶唱を負荷も無く口にする……!」
「錬金術ってのは、何でもありデスかッ!?」
あまりの威力に慄く装者達。その間にもキャロルの攻撃は続き、四方八方に砲撃が放たれた。今のところそれに直撃するようなものはいないが、この状況が長く続けばいずれ誰かが倒れる事になる。そうなればお終いだ。
「だったらS2CAで……!」
絶唱の威力を制御できる響独自の能力、S2CA……それならば確かにキャロルの攻撃の威力を弱める事も不可能ではないだろう。飽く迄理論的には、だが。
しかしそれをやるには大きな問題があった。
「止せッ! あの威力、立花の体が持たないッ!」
そう、やってできない事は無いだろうが、やればほぼ確実に響の体に甚大な悪影響が予想されることが問題だった。普段のS2CAだって、響の体には負担が掛かっているのだ。
仲間内で気を遣いながらの絶唱でもそれなのだ。容赦をする必要のないキャロルの全力の威力をその身で受ければ、響の体が持ち堪えられずパンクしてしまう恐れすらある。そんなリスクを冒させる訳にはいかない。
「でもッ!?」
「そう結論を急ぐなって響。まだ全てが決まった訳じゃない」
「奏、それはどういう……?」
何やら意味深な奏の言葉に翼が首を傾げていると、マリアが異変に気付いた。チフォージュ・シャトーが不思議な光を発し始めたのだ。
「翼、奏、あれをッ!」
「んッ!」
「おっと?」
マリアの声に皆が空中に浮かぶシャトーを見ると、琴の音の様な音を発しながら明滅しているのに気付いた。
何が起こるのかは分からないが、あまりよくない状況だという事だけは分かった。
「明滅? 琴?……共振ッ!?」
それはチフォージュ・シャトーがキャロルのフォニックゲインに反応して共振しているのを表す現象だった。
本部で計器と睨めっこをしていた朔也は、今シャトーで何が起こっているのかを事細かに計測していた。
「まるで城塞全体が音叉の様に、キャロルの唄に共振……エネルギーを増幅ッ!」
モニターの向こうで、増幅されたエネルギーがシャトー下部から放たれ地面に直撃すると、そこを起点に周囲に分散。タイルの溝に水が沁み込み絵柄を作り出す様に、エネルギーが世界中に広がっていった。
「放射線状に拡散したエネルギー波は、地表に沿って収斂しつつありますッ!」
人工衛星から見える地表の様子。その光景、エネルギー波が描く光の軌跡に、彼らは見覚えがあった。
「なるほど……フォトスフィア、ね」
「これがキャロルの計画の全貌、という事でしょう。ああして全世界を分解し、再構築するつもりだった」
「全く、天晴だわ。組織の力を使わずほぼほぼ個人でこれを成し遂げようと言うのだからね」
了子とアルドはまるで他人事の様にその様を眺めている。
そこに発令所の扉を蹴破る様にして洸が入って来た。その後ろには慎次とウィズが続いている。発令所に入る洸を、慎次が慌てた様子で引き留めていた。
「いけません、ここは……!?」
「頼むッ! 俺はもう二度と、娘の頑張りから目を逸らしたくないんだッ! 娘の、響の戦いを見守らせてくれッ!」
そう言って洸は慎次の制止を振り切って発令所へと入った。慎次はそれを尚も引き留めようとするが、ウィズに腕を掴まれ失敗に終わる。
「行かせてやれ」
「ウィズさん?」
「我が子の窮地に、何も出来ない事ほど親にとって辛い事は無い。何も出来ないならせめて、見届ける権利くらいはある筈だ」
そうこうしている間に、放たれたエネルギーは一か所へと収束し屹立。地球から一本の光の柱が立った。
キャロルは己の計画が達成目前である事に、歓喜の声を上げた。
「これが世界の分解だッ!!」
「そんな事はッ!!」
キャロルに向け、響が飛ぶ。握り締めた拳をキャロルの顔面に叩き付けようとしたが、その拳と体に極細の糸が巻き付き響の体を空中で縫い留める。
あと一歩と言うところで止まった響の拳を前に、キャロルは勝ち誇った顔をした。
「フッ……お前にアームドギアがあれば届いたかもな?」
「そうかいッ!」
勝ち誇るキャロルの前、響の背後から奏が飛び出しアームドギアを突き出した。響と同じガングニール、しかして奏の手には大きな槍が握られている。その槍が、極細の糸の結界を切り裂きながらキャロルに迫った。
こちらは止められない。キャロルの言う通り、アームドギアさえあればキャロルには攻撃が届く。そう思った矢先、奏の槍もキャロルの眼前で停止した。
「ぐっ!?」
見れば奏の体にも糸が食い込むほど巻き付いて突撃を阻んでいる。響の隣で、奏も空中で攻撃を放った姿勢のまま固定された。
「撤回しよう。例えアームドギアがあっても、届きはしなかったな」
「ぐあっ?!」
「奏さんッ!?」
キャロルが指先を少し動かすと、奏を縛っている糸が動き彼女を後ろ手に縛り上げた。強制的に体勢を変えられ、走る痛みに奏の口から苦悶の声が上がる。
だがこれはある意味で好機だった。何しろ今、キャロルは奏と響に意識を向けている。今ならキャロルに邪魔をされる事は無い。
そう判断して、マリアは一目散にシャトーへと向け飛んだ。
「マリアッ!」
「私はあの、巨大装置を止めるッ!」
1人先走るマリア。その後ろをアームドギアを車輪上の鋸に変形させて走る調と彼女に掴まる切歌、そしてガンランスを砲口を後ろに向けてサーフボードの様に乗って空を飛ぶガルドが追いかけていた。乗り物を使って移動する3人は、あっと言う間にマリアに追いつくとガルドの後ろにマリアを引っ張り上げた。
「え、あ?」
「LiNKER頼りの私達だけど……」
「その絆は、時限式じゃないのデス!」
「未来の義姉を、1人で行かせる訳ないだろ?」
危険を顧みずついてきてくれた3人に、マリアの顔に笑みが浮かぶ。
一方キャロルの方では、拘束された響と奏の救助に透が動いていた。透はライドスクレイパーで一気にキャロルの近くまで移動すると、カリヴァイオリンを用いて2人を拘束している糸を切断。2人を解放するとそのままの勢いでキャロルに斬りかかった。
しかし透の一撃は、束ねて強度を増した糸により防がれ、動きが止まった瞬間反撃を喰らい吹き飛ばされてしまった。
透を叩き落したキャロルは、シャトーへと向かう4人を下から見上げる。
「……それでも、シャトーの守りは越えられまい」
キャロルがそう判断するのには理由がある。一つはまずそもそもシャトーには強力な防衛機構を備えてある事。それともう一つは、ハンスの存在だ。
もう限界ギリギリまで消耗しているハンスだが、それでもキャロルは彼の事を信じていた。それこそ並の魔法使いや装者では相手にならないと思う程に。
一つ気になる事があるとすれば、ジェネシスの魔法使い達の存在だ。あれほど息巻いていた筈の彼らだが、ここ最近姿を見せない。肝心な時に役に立たないと、キャロルは内心で舌打ちをした。
「まぁいい。どちらにせよ、俺を止めるなど能わない」
既に勝った気でいるキャロルに、翼が斬りかかる。キャロルはそれをノールックで回避し翼の背後に回り込むが、そこに下からクリスの銃撃が飛んだ。ガトリングによる弾幕がキャロルに放たれるが、ちょこまかと動くキャロルには一発も当たらず反撃の錬金術がクリスを吹き飛ばさんと迫った。
あわやと言うところで、横から透が飛びつきその勢いのまま突き進んだ事でクリスは事なきを得た。
「くっ!? 野郎……透、大丈夫か?」
透は先程響と奏を助ける為キャロルに接近し、そして地面に叩き落された。そのダメージがまだ残っているだろうにとクリスが心配すると、透は力瘤を作る様に拳を握って問題ない事をアピールした。
クリスを仕留めそこなった事にキャロルが面白くなさそうに鼻を鳴らすと、体勢を整えた翼と響が前後から挟むようにしてキャロルに飛び掛かった。
「おぉぉぉぉっ!」
「はぁぁぁぁっ!」
前後からの同時攻撃。しかしキャロルは一瞬自身の体を糸で覆い、それを解放する際の衝撃で2人を纏めて吹き飛ばした。
「うおっ!?」
「あぁっ!?」
響と翼が容易く振り払われる。もうシャトーを止める術はなく、世界の分解は時間の問題。己の勝ちは揺るがないと、キャロルはここに勝利を宣言するかのように声を張り上げた。
「世界を壊す、唄があるッ!!」
最早世界の分解は止めようがないのだと宣言するキャロルを、叩き落された響が大粒の汗を顔に浮かべながら見上げていた。
そこに、今度は奏が飛び掛かった。大きく跳躍した彼女は、手にした槍に全体重を乗せキャロルに突き刺そうと迫った。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「フンッ、無駄だ」
しかし再びキャロルの糸により奏の一撃は止められてしまう。だがこれで良かった。奏はこの状況を狙っていたのだ。
勝ち誇ったキャロルと、至近距離で話す為に。
「もう勝った気になってるのかい? そいつは少し早計ってもんだ」
「何を?」
「この場に1人、足りない奴が居る事に気付かないか?」
キャロルは奏の言葉に一瞬訝しんだ。そして視線だけで周囲を見渡し、それが誰なのかに漸く気付く。
「明星 颯人……? 奴は何処に?」
そう言えば戦いが始まってから、颯人の姿だけがない。他の魔法使い2人が参戦していると言うのに、彼だけが戦いに参加していない事に違和感を覚えた。情報では彼は奏の事を大切にしている筈。それが、こうして時に窮地に陥っている奏を何時までも放置しておくだろうか?
キャロルの中に疑問が芽吹く。奏はそれに気付いて、拘束されているにも拘らず笑みを浮かべた。
その笑みは、颯人が時に浮かべる際の物と非常によく似ている。己の仕掛けが上手く嵌り、相手の度肝を抜く際の笑みだ。
「よ~く目を開いて見てな。これから颯人が、お前の大嫌いな奇跡を見せてくれるからよ」
そう告げる奏の顔は、見た目以上に迫力がありキャロルも一瞬気圧された。キャロルは理解した。奏のこの言葉は決して負け惜しみでもハッタリでもない。
キャロルとの戦いの最終局面。この土壇場で、颯人がこれまでに仕込んできたタネで全ての盤をひっくり返そうとしていた。
後書き
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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次回の更新もお楽しみに!それでは。
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