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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦
  【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦(13)~基地主戦陣地攻防(下)~

 
前書き
「どうしてこの時代に地上軍にこれほど予算をつける必要があるのか」

「失礼ながら財務委員長閣下は、昨夜、奥方に腹に一撃を食らった記憶を思い出す必要があります。人類とはそうした生き物なのです」

「地上軍情報部に予算を増しておくべきだな。私は腹に一発。脛に2発の後、頭部に3発喰らって昏倒したのだよ」
(地上軍伝統のジョーク、特に概算要求作成時によく使用される) 

 
 基地司令部で防空システムの運用を担当しているフィッツシモンズ中尉は悲鳴を上げた。
「このままだと防空システムが展開している陣地にもゼッフル粒子濃度が浸透しています!危険域に達します」
 防空司令のウェンライト准将は頷くとフォルベック防衛司令官に向き直る。
「ヴァンフリートの突撃工兵を呼び戻すか?」

「バカな!ターイー戦闘団と連携して敵を分断せねば諸侯軍まで勢いづくぞ!アポーストル連隊長の装甲騎兵連隊から予備隊を引き抜くしかない!」
 手が足りない、まさしく同盟的な状況であるが。とフォルベックは頭のどこかで諧謔を弄びながら手札を数え直す。いよいよ年貢の納め時か、あるいはうまく死神と奴隷商人の棍棒を逃れられるか。
 畜生、何が転進保証人だ!どうして俺はこんな状況ばかり送り込まれるんだ!前世で何をしたのだろうか。
 
「ウェンライト准将、誠にすまないが対空兵器の転用をしたいが」

「制空権が心配ですが」

「このままでは使えなくなる。ならば延命のためにも景気よくばらまくべきだ」

「‥‥‥やむをえませんな」

「対空監視を密にしてくれ、深入りせずここを護ってくれているパランティアの航宙騎兵隊には苦労をかけることになる」
 基地司令部の面々は重苦しい顔で戦況を眺めていた。



 一方で主戦場はさらなる混戦が起こり、諸侯軍は既に基地への攻撃という大方針すら自軍の損耗との天秤にかけ始めていた。

「戦鼓を鳴らせ!墨来々!!我らの戦鼓のうねりを絶やすな!」

「アスターテ海兵隊!総員着剣!大夏を支援しますよ!」

 再編を終えた構成邦軍が到着し、包囲外からの攻撃を開始したのだ。


 その最中、ゼッフル粒子が濃厚な前衛陣地、交通壕の要路では薔薇騎士連隊と装甲擲弾兵が激しく切り結んでいる。
その中でも一際流麗に戦斧を振るうものがいた。
「騒がしくなってきたな?え?ヴァーンシャッフェよ」


「衰えた‥‥いや、老いたな。貴様は連隊長の器ではなかったからなぁ」
 皺も深くなったが腕も脚も萎えたな!と先代連隊長の振るう戦斧がヴァーンシャッフェを襲う。
「衰えたのは貴方だよ、ヘルマン」
 だが初老の連隊長はそれを最低限の動きで鈍く弾き、打ち込むのは言葉の戦斧。
「なんだと?」
 一瞬、戸惑った隙を突き、かつての上官に戦斧を打ち込む。
「貴方は逃げたんだよ、責任から。私は奔放にふるまう人の世話をするのならよかった。ただ下の立場から若さに甘える者の世話をするのならよかった。同じ連隊の仲間ならな」
 堅牢であったかつての上官はたじろいだ。
 畜生、アンタのせいで、今までのような放言や気ままさが許されるものではなくなった。それを理解できず、使いつぶされるような真似をしてきた連中を統率できなかいのは俺の責だろうが、
 ヴァーンシャッフェは無意識に唸りながら斧を突き出す。
「今のアンタは最低だ。奴らの奔放さを楽しんでいた『俺たちの連隊長』はどこにもいない。素人を率いて将官らしいこともできず。最前線で捨て去ったものに絡み、正しさを確かめようとする。貴方がかわいそうだよ、ヘルマン」
 そして連隊長の斧は先代の装甲服に包まれた腕に跳ね上げられた。

「あぐっ‥‥」
 腹を裂かれる。噴き出た血が凍っていく。生命が冷えてゆく。
「かわいそうだな、我が親愛なる副連隊長。お前には先が見えていない」
 嘲るようにリューネブルクは戦斧を振り上げた。その目に怒りはなく、ただかつての部下の生命の如く何かが酷く冷え切っていた。
「だからお前たちは俺に捨てられたんだ。ここで終わりだ。無意味に死ね、ここで――」
 答えることはなくヴァーンシャッフェはぼんやりと空を眺めた。



 混戦であるがヴァンフリート突撃工兵隊は浸透戦術を継続していた。その先鋒の一つを率いるのはアイディード中隊長率いる機甲中隊だ。

「弾幕を張れ!」

「アイディード中隊長!3時方向に敵を発見しました!」

「てめぇらくたばりやがれ!この土地は人民とモハメド・カイレ人民元帥のものだ!」
 ポン、と間の抜けた音がし擲弾が放たれた。だが着弾すれば重火力陣地が爆ぜ‥‥その数倍の応射がかえってくる。

「ハハハハハ!!進め進め!」

「中隊長ォ!火力支援が来ないですよ!もう下がりましょうよ!」

「黙れ!ムサンダムとエル・ファシルと握手するまで後方を気にするな」
「足を止めるな!弾幕を張れ!敵を迂回するぞ!固い部分は師団主力に投げちまえ!」


「主力!?後続部隊もここまできたらおいそれと重火力は使えませ……」

 その瞬間、装甲擲弾兵達は合金弾に弾き飛ばされた。

「は?」
「あの音……空気砲か!?パルメレントの玩具か!」
 パルメレント・”コモンウェルス”‥‥と同盟政界や報道では呼称されるが実際はアルレスハイム王冠共和国以上に”皮をかぶらない”立憲君主国である。そして同時に非常に”実践こそが進歩への第一歩”という理念を持っているらしく様々な試作兵器を提案し、常に兵器不足に苦しむ交戦星域に時折、”支援”を行うのだ。
 彼らの無線に高笑いが響いた。
「フハハハハハ!!パルメレントから供与された”ゼッフル粒子散布下専用巡航戦車『モラン大佐』”だ!わざわざ俺たちが何のために基地防衛についたと思うね」
 材質はともかく、昔懐かしい戦車が姿を現した。
「ゼッフル粒子濃度など関係ないわ!蹴散らしてくれる!!」
 スポスポスポ!と音を立て圧縮空気によって加速した弾丸が空気式機関銃からばら撒かれ、擲弾兵達は追い立てられる。
 物のついでであったがまさかここまで上手くいくものか?と眺めていると、氷雪でできた丘を下ろうとする姿を見てアイディードは黙って首を振り、連隊への支援を要請した。

「だめです、履帯も全然噛んでません」
「ナンデ!?」
「めっちゃ融けてます、氷がめっちゃ融けてます」
 シュウシュウと排熱されたものが低気圧の氷雪を溶かしてゆく。
「そら液体空気を炸薬にして使ってるなら、排熱がエグイことになりますよ」
 パルメレントから送り込まれた技官が画面越しに肩をすくめるのと同時に戦車は高速で敵に突撃を始めた‥‥あるいは滑り落ち始めた。
「あ”ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

敵戦車部隊!突撃してきます!早い!まるで滑走してるかのようだ!」

「退避!退避ィィィィ!!」

「何やってんだあいつら‥‥」 

「まぁアレも復帰すれば支援火力としては有効です。我々は彼らが囲まれないように進みましょう」

「このままでは基地防御陣地がゼッフルに満ちるぞ!ターイー達を連れ戻せ!向こうさんの騎兵の方を頼ることになりそうだ」
 そしてアイディードは天を仰いだ。
「いや、あれは‥‥あれは!」



「畜生!あのシュラフタめ好き勝手言いやがって!」
  エオメル・ロヒアリム大佐は舌打ちをした。
『ロヒアリム大佐、地上の戦線整理が進めば防空支援を再開します!』

「いつまで対空支援なしで耐えろっていうんだ!畜生!スパルタニアン乗りを何だと思ってやがる!」
 そもそも俺達は通商破壊用の貴族小艦隊やら交戦星域の航路護衛やらがメインで低重力とはいえ大気圏戦闘は専門外なんだぞ!と毒づくが志願したのは自分であった。
 ワルキューレの編隊に対しパレンティアのスパルタニアン乗り達も編隊を組んで互いに牽制しあう。
「畜生!妹が出世するより先に俺を少将閣下にする気か!!」
 ワルキューレは深入りを避けているがそれでも数を頼みに動き回っている。
「フィッツシモンズ中尉!何かいいニュースはないのか!」

『えぇと‥‥地上部隊が後退を開始しています!ワルキューレはその支援の為に陣地周辺を動き回っており、深入りする様子はありません!』

「クソっ!それはいいニュースなのか!?ワルキューレを揃えて叩き潰す気じゃあるまいな!」

『知りません!とにかく対空システムを‥‥大気圏外に反応有!』

「畜生!どっちだ!」
 帝国か、友軍が、文字通り【天の助け】はどちらものか。それはこれまでの戦いの意味すら反転するものだ。
 その答えはフィッツシモンズ中尉ではなく【天の助け】から降り注ぐミサイルが答えを出した。
 エオメルの眼前でワルキューレは慌てて旋回し、逃げ出そうとする。運の悪い者達は爆散して命を散らす。
 フィッツシモンズ中尉はオペレーターとしてはあるまじき喜悦の声を上げた。
『‥‥‥敵単座戦闘艇に攻撃!後続母艦が大気圏に侵入!』
 
『識別信号 青・青・青! 友軍です!続けて文書通信!』

『ワレ第五艦隊、遅レテスマヌ』
 拡大された光学映像越しに映るのは大気圏外から十隻程の航宙母艦、弱点の『どてっぱら』から次々とスパルタニアンが飛び立ってゆく。それだけで基地防空部隊の数倍の数の戦力となる。
 そして最後に航宙戦隊旗艦『ダーサ・アルバレス』より飛び立つ100機のスパルタニアンが帝国軍に襲い掛かった。


 基地防衛陣地の帝国軍の後退は迅速であった。自由惑星同盟宇宙軍陸戦隊出身のリューネブルクも私掠艦隊指揮官であるエルビング男爵も、こと『敗ける』ことには手馴れていたのだ。
「ハァーッ!ハァーッ!」
 エルヴィング達が退き、シェーンコップは装甲服の酸素濃度を疲労回復モードに切り替える。
 エルヴィング男爵……古代ノルド戦斧術、油断のならぬ強敵であった。肩の装甲が抉られている。あの時あえて踏み込む咄嗟の状況判断がなければ肩を切り裂かれていただろう。

「ひとまず俺たちの出番は終わりか」
 通信妨害も軽減されたのか、徐々に回復しつつある。

  ……劇的なシーンであった。護衛役のスパルタニアンに守られた対艦攻撃装備のスパルタニアンが高出力レーザーで文字通り『敵陣を切り裂いて』いく。
 とはいえどうせ長くは続かない光景だ。敵艦隊は大量のワルキューレを繰り出すに決まっている。だが4=2の戦いは終わったのだ。それは『ヴァンフリート星域会戦』の主役。星間艦隊戦へとグリンメルスハウゼン艦隊が”狩りだされた”ことになるのだから。
 ワルキューレは艦隊が宇宙へと出るために運用されることになる。

 軍事的に見るとこの乱入よりも900隻の艦隊が機雷を撒き、グリンメルスハウゼン艦隊をこの惑星に封じ込めようとし始めたことの方が決定的であったが。勝利したことは間違いない。


「俺たちの陸戦隊は後退した部隊の収容に専念する。増援の単座戦闘艇部隊との連携を密にせよ、どの道、宇宙に上がるためには護衛役が必要だ」

「ラインハルト様、ただ退くだけでは――」
 親友の言葉をラインハルトは手を軽く振って遮った。
「キルヒアイス、俺たちの本命は艦隊戦だ。その出番は必ず来る。俺たちの直卒兵力の損耗はさける。それでいい」

 ラインハルト・フォン・ミューゼルは深呼吸をすると親友に怜悧な悟性を宿した目を向け語った。
「ここで何が起ころうと俺の敗北ではない。ここで俺が敗北しているのは、俺が俺の主でない事だけだ。自分で状況を決定づけられる艦隊戦こそが俺の本懐だ、それが分かっただけでも良しとしよう。俺が今敗北しているのは姉上があそこにいる限りは、多かれ少なかれ続く敗北の延長であろう」

 だが、ラインハルト准将の言葉は負け惜しみというよりも純軍事的に見れば正論であった。基地を破壊するのであれば軌道爆撃でよく、占領するにはこの星系はあまりに不向きである。本来の常備軍の艦隊であれば威力偵察を仕掛けた後はせいぜい軌道爆撃と陸戦隊と交渉をブレンドしたもので降伏を狙うか撃滅するかの二択であっただろう……会戦の最中であるからには艦隊戦に注意の大半が払われていた上で。

 皇帝の友誼厚き半隠居があてがわれた予備役部隊に経費削減を売り込んでおこぼれを狙った辺境非主流派領主貴族達が混ぜ込められた、グリンメルスハウゼン艦隊であるがゆえに起きた陸戦。すなわち艦隊の消耗を嫌がり、練度が低く、それでも手柄を求めた”採算”を求める軍隊であった。
 ”縦深”の同盟弁務官や軍参謀部が想定した攻撃はイゼルローン要塞攻略の鍵となる4=2基地の占領と情報の奪取という野心的奇襲、彼らが行ったのは真逆の場当たり的攻撃だった。
 ラインハルト・フォン・ミューゼルはこの全てが食い違った戦場を見届け「ここはいるべき場所ではない」と結論した。それは幾つかの面において正解であった。



 敵の意図はどうであれ自由惑星同盟軍常備地上軍(レギュラーズアーミー)にとってはまぎれもなく大勝利である。
 勝利した者たちは常に連帯のために勝利を誇り吠え立てる。共通の敵に対する勝利を。

「天帝よ照覧あれ!天道は大夏に在り!」

「「アスターテ万歳!ティアマト万歳!!我らの帰還にまた一歩!」」

「「革命万歳!!ヴァンフリート万歳!!くたばれルドルフ!!」」

「くたばれ貴族ども!」

「くたばれ帝国人!」

「「くたばれ追い剥ぎども!くたばれ奴隷狩り共!!」」
 基地の中で喝采を上げる彼らは兵の一人にまで暖かなシチューと豪勢な焼き立てパンが用意されている。


 セレブレッゼは司令官の席に崩れ落ちるように座り込んだ。

「構成邦の紳士諸君は何を騒いでいるんだ。勝鬨にも品格がある。彼らは貴族という社会階級を恐れているのか?それとも生まれ落ちた土地の違いで憎悪を向けているのか?不健全な思考を生む」

「閣下は反戦派ですか?」

「私は自由党支持者のバーラト育ちだ‥‥そういわれることも時にはあるが、自由党は根本はハイネセン主義、統制に反対しようと圧政にはなお反対する。何事も相対的なものだな」

「帝国軍……貴族どもが主ですが、連中は自領の為に奴隷狩りと私掠を、“ダゴンの接触”以来絶えず今日まで続けて来ました。交戦星域の者達にとって帝国軍とは、自分らとは全く別種の、恐怖の象徴であり言葉の通じぬ怪物なのです」

「なるほど、ここは国の境なのだな。今更ながらそれを理解したよ。何にせよ、我々は自由惑星同盟の国民軍である限りは――」
 セレブレッゼは天を仰ぐ。この混沌とした星系でいま数百万人単位の戦闘が起きている。いずれにせよ、それでもここは自由惑星同盟なのだ。
 セレブレッゼはそこで疲労し切った頭を動かした。彼はこの基地の司令官であるからにはなさねばならないことがある。

「あぁ君、参戦した構成邦旗と同盟軍旗のデータはあるかね。あぁある?それはよかった。ならば――」


 半日後、主力と共にこの宙域に到着したアレクサンドル・ビュコック中将はヴァンフリート4=2を見て声をあげて笑った。交戦星域諸邦の旗が自由惑星同盟旗を囲むように投影されていたのだ。
「これは困った、”堅物”セレブレッゼにあのような事をされたら何としても守り抜かねばならんな?」
 ――あそこは自由惑星同盟の国土なのだから。
 シンクレシア・セレブレッゼ中将は前線基地司令官としての役割を戦闘ではなく戦後にこそ果たしたのであった。

 
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