ファイアーエムブレム聖戦の系譜〜選ばれし聖戦の子供たち〜
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第一章:光をつぐもの
第5話:愚王の末路
ヨハン、ヨハルヴァ両王子とその軍を組み入れた解放軍はイザーク城に歓声の声で迎えられた。義勇兵や盗賊団の帰順もありその兵力今や四万にも達していた。
「すごい軍になってきたね」
イザーク城西リボーを望む傾斜部の中央にある平野部で陣を敷きながらセリスはオイフェに言った。
「はいセリス様。やはり両王子とその軍勢の加入が大きいです。訓練も行き届いておりますし武装も良いです。それに加え兵種も多様です。軍に厚み出てきました。大変喜ばしいことです」
「ペガサスナイトやマージだね」
「はい。ただ、これといった指揮官がいなかったので不安でしたが、シレジアから来た八人を指揮官にすることでそれも解消されました」
「あとトラキアから来た竜騎兵たちとリフィスたち盗賊団だね」
「そうですね。ドラゴンナイトやシーフがいると攻城戦及び城内戦が楽になります。ただ・・・。リフィスの素行が」
「素行?」
「はい。何しろ口八丁手八丁の男でして。賭け事はするわ大酒は飲むわ」
「それ位ならいいんじゃない?」
「まあそうですが。我が軍の軍律を乱すようなことをしでかさないかと心配です」
「大丈夫だよ。弱い者いじめが嫌いだし、あれで面倒見が良いしね」
「はあ。あとはサフィに付き纏うのもどうかと思いますが」
「それを言ったら、ヨハン王子とヨハルヴァ王子も一緒だよ」
「そうだといいのですが」
セリスは話を変えた。
「補給はどうなってるの?」
「はい、補給路の整備、物資の調達、将兵への給与などは全て順調です。補給無くして戦争はありえませんからな」
「あと常に訓練する。闘技場も入れて」
「闘技場は実戦経験を積むためにも、多額の報酬も得られますし傷を癒やすプリーストの修行にもなります」
「特にシュミット将軍を筆頭にその残虐さ獰猛さで際立っております。ダナン王とあの者たちによりイザークは暴虐と非道に支配されておりました。直ちに打たなければなりません」
「うん」
「勝ってイザークを暴君とその一派から我々の手で解放するのです」
黄昏が支配する頃解放軍は陣を整え終わり眠りに入っていった。夕食は固いパンに馬鈴箸、ソーセージに野菜が入ったシチューだった。これは解放軍全ての者がそうだった。
翌日の朝イザーク軍討伐隊は解放軍が陣取る平野部の下にある傾斜地に到着した。シュミット率いる斧騎士団である。その後ろには精鋭斧騎士団一万がいる。
「いい場所にいるな」
シュミットは少々忌々しげに上を見た。傾斜から平野にかけて左右には森が繁り迂回作戦に困難している。
「突破するしかないな」
シュミットは手綱を握り、馬腹を蹴った。
「行くぞ!」
斧騎士団は全速力で解放軍にめがけて駆け上がってくる。その勢いはさながら津波のようである。迫りくる斧騎士団を前にオイフェは身じろぎ一つしなかった。そして隣りにいる主君に命令を言った。
「今です」
それに対しセリスは黙って頷いた。そして大きく手を挙げた。
「撃て!」
弓を下へ向け一斉に放たれる。矢を身体に受けた兵士たちがもんどり打って落馬する。
「悪いね!」
タニアは自分の身体半分以上はある鉄の弓を思い切り引き絞り矢を放った。矢は一人の騎士の胸を貫きその騎士は地に落ちた。二本目が別の騎士の額に直撃する。
ロナンは鉄の弓で矢を放す。恐ろしいほど正確に一人また一人を倒していく。見事な腕前である。
解放軍の強力な弓の一斉射撃に斧騎士団は怯んだ。だがすぐに体制を立て直し再度攻撃を敢行した。
その時だった。解放軍の陣地から丸太が次々と放り出された。丸太は馬の脚を潰し地に落とす。
「くっ、小癪な・・・」
イザーク軍の動きが再度止まった。空には巨大な影が現れた。
「ドラゴンナイト!」
騎士の一人が声を張り上げた。数こそ少ないが一騎当千と謳われたトラキア王国の象徴と言える存在である。
「行くぞエダ!」
「はい!」
ディーンがエダを連れて急降下する。ディーンのドラゴンランスが敵兵を貫く。彼はそれを横に払うと別の兵士を縦に両断した。
エダは鋼の槍を手に眼下の敵に急降下した。敵兵は槍で喉を貫かれ鮮血を巻き上げる。すぐに槍を抜き出し彼女は急降下する。
竜騎士兵たちが離れると再び矢の雨が敵兵を襲う。それが止めばまた竜騎士たちが降りてくる。
「将軍、どうなされます!?」
一人の将校がなおも戦闘で指揮を執るシュミットに問うた。
「ぐうう・・・・・・」
シュミットは苦悶と憎悪さが混在した眼差しで、解放軍を睨みつけた。答えは一つしかない。しかしそれは誇り高き斧騎士団にとって耐え難いものであった。だが彼は命令を下した。
「全軍退却!」
シュミットの号令一下で斧騎士団は迅速かつ整然と撤退した。追いすがる斧騎士団を振り切り傾斜を下っていく。
「追いますか?」
オイフェの問にセリスは頭を振った。
「いや、止めておこう。それよりこちらの負傷兵や負傷して戦場に取り残された敵兵や馬を手当てしなければならない」
「了解」
セリスの命で負傷した斧騎士団団員やその愛馬が助けられ治療された。兵士の中にはそのことに感激しその場で解放軍に加わる者もいた。
「見ろあれを!」
負傷した兵士を方に担ぐダグダが下のリボー平野に指差した。そこにはイザークの大軍が集結していた。その中心には親衛隊の制服でドス黒くなっておりドズルの大旗が掲げられていた。
「愚か者が!あの小僧共に何を手こずっておる!!」
豪奢な絹で張られた大きな天幕の中でダナンが銀の杯をシュミットに投げつける。将軍はあえて交わそうとはしなかった。杯は将軍の額に当り血が顔に伝わった。
鹿の肉を焼き様々な香辛料で味付けしたもの、子羊の胸肉の炙り焼き、鴨のスモークや雉のテリーヌ、新鮮なフルーツに年代物の葡萄酒、どれも宮廷ならいざ知らず戦陣ではおよそ考えられぬほどの食事である。他にも高山で特別に採れる果実で作られた菓子、生野菜、白身魚のシチューなど三十品はある。
「・・・・・・申し訳ありません」
額から流れる血をそのままに、膝を地に着きながらシュミットは主君に詫びる。王はまだ何が言いたげであったがフォークでシレジアから特別に取り寄せたペガサスの生肉を口に入れその端から血を滴らせつつ言った。
「まあ良い。今は気分が良い故許してやろう」
「ははっ、ありがたきお言葉を」
将軍は主君に応えた。
「明日こそはあの小僧の首を我が前に引きずり出し叛徒どもを一人残らずなぶり殺しにしてくれる!!シュミットよ、今度こそ失敗は許されぬぞ!」
「ははっ」
「さて・・・ガルザスよ」
王は向かいに立つ銀髪に近い白髪と濃紫の瞳を持つ男に声をかけた。
「貴様はいつものように、わしの身辺を警護せよ。良いな」
「うむ」
解放軍のダグダに匹敵するほどの長身だが全体的に筋肉質で虎か豹のような印象を与える。尖った顎が目立ちそれが見る者をさらに野性的な印象をを植え付ける。黒の肩当てと胸当ての鎧、赤い鉢巻とシャツに黒いズボンという出で立ちである。
「わしは良い用心棒を持った。おかげで今まで誰もわしを傷つけることが出来なかったのだからな」
喋りながらくちゃくちゃと下品な音を立てて肉を食べ終え王は言った。
「晒し首の台を用意しろ。奴らの首を全て城の前に晒してくれるわ!」
かくして作戦会議は終わった。
「くれぐれもお気をつけてください」
夜が更け、やがて新たな戦いの始まりを告げる朝日が両軍を照らし出した。
後にこの戦いはリボー会戦と称されるようになった。参加勢力は解放軍四万、イザーク軍七万、兵力において両軍には大きな隔たりがあった。かくして戦いの火蓋は切って落とされた。
尚も斧騎士団との戦いが続く中、デルムッドとシュミットの一騎打ちが始まろうとしていた。
「敵将とお見受けした、勝負!」
「面白い、我が名はシュミット。この勝負を受けて立とう!」
「ありがたい、我は解放軍の騎士デルムッド、参る!」
「デルムッドか、覚えておくぞ!」
デルムッドの剣とシュミットの斧が打ち合った。そして十合、二十合と打ち合わされたが、やがてシュミットの斧の動きが鈍くなってきた。それを逃さずデルムッドは剣を一閃させた。
シュミットは胸から血を噴き出し落馬した。そして血の海の中小さく呟いた。
「ダナン様・・・お許しを!」
そして事切れた。
軍の後方にある本陣で数人の斧騎士団将校たちとガルザスに守られダナンは全体の指揮を執っていた。だがその指揮たる体制は支離滅裂であり、矛盾する命令を乱発し、戦局をさらに混乱させていくばかりであった。
「くそっ・・・おのれ、反乱軍共め!グランベル帝国を甘く見るな!」
解放軍は本陣のすぐ前まで近づいてきた。激しい戦闘がダナンの前で繰り広げられている。
「くっ、忌々しいがここは撤退だ」
王は呻くように言った。
「馬を持て。わしは先に城へ帰る。お前たちはここで足止めしろ」
「陛下、いくら何でも王が臣下を見捨てるなどは・・・ぐうっ!」
将校の一人が口から血を吐き出し倒れた。
「貴様らはわしのためだけに戦えばいいのだ。主のために死ねるのだから本望だろう」
「・・・・・・・・・!!」
その言葉に絶句する斧騎士団の将校たちを尻目に王は馬に乗り一目散に城の方へ駆けて行った。主君のあるまじき卑劣な行いに斧騎士団の騎士たちは顔面蒼白になっていた。ただガルザスだけが平然としていた。
「ガルザス殿、どういたしましょう」
ガタガタと声を震わせながら騎士の一人がガルザスに問う。彼はその鋭い濃紫の瞳を解放軍に向けたまま重く低い声で言った。
「知れたこと。戦うまで」
さらに言い続けた。
「どうせいずれは死ぬ身。今ここで俺にとって別にそういうことはない」
言い終わると背中にある鋼の大剣を抜きつつゆらりと解放軍の方へ向かった。
目の前で解放軍の戦士たちが縦横無尽に剣を振っている。その中にマリータの姿があるのを彼は認めた。
「・・・・・・・・・!」
小さい身体を素早く動かし敵をやっつけていく。それを見てガルザスは足を止めた。
(ここに来ていたのか)
ガルザスは誰にも気づかれぬほどではあるが親が子を見るような優しい眼差しでマリータを見た。
(まだまだ未熟だが立派になったな。まさか生きているとは・・・)
ガルザスは足を完全に止め後ろの騎士たちの方へ向き直った。
「気が変わった。俺は解放軍につく」
「ええっ!?」
騎士たちはあまりの衝撃で皆一斉に驚いた。だがそれに対しガルザスは構わず騎士たちに言った。
「これから先はどうするのか自分たちで考えろ。戦って死ぬもよし。降って生きるもよし」
さらに言い続ける。
「だがあの王のために死ぬのが望みであるまい。ダナン王とセリス公子、どちらが主とするに相応しいかわかっているはずだ」
「どうしてもセリス公子に仕えたくないというのならヨハン王子、ヨハルヴァ王子の下に行けばいい。あの二人は多少変わってはいるが根はいい奴らだ」
騎士たちは俯き思案の表情を浮かべていた。
「と言っても結論は出ているだろう」
ガルザスの言葉に騎士たちは俯き皆一斉に武器を地に捨てた。
部下たち捨てて逃げ出したダナンは居城リボー城の城壁すぐ側まで来ていた。馬は乗り潰し徒歩である。汗と砂塵にまみれ肩で息をしている。高い城壁である。城の規模も壮麗さも他のイザーク城とは比較にならない。ダナンの生まれ故郷ドズル城に似せて造らせた城である。建造には多くの民の犠牲があった。イザークの王都として知られている。その城壁の前で王は忌々しげ戦場の方を見た。
「くそっ!このわしがあの小僧の寄せ集めの軍に負けたというのか」
夕日の中汚れきった顔を橙に照らし出され王は悔しさと怒りの入り混じった表情を浮かべている。その時だった。
「遅かったな、ダナン」
城壁の上から声がした。そして顔を見上げたまま王は言葉を呑んだ。城壁にはドズルの旗ではなくシアルフィの旗に変わっていた。そして城壁の上に立つように緑の髪をした白面の男がいた。
「お、お前はレヴィン!」
「リボー城は陥落した。貴様の部下たちも全て処刑したぞ。残るのは貴様だけだ」
「くっ・・・・・・」
城壁に背を向け王は別の方へ逃げようとした。
「逃げられんぞ」
レヴィンが声をかけたその時、ダナンの前に現れた者たちがいた。解放軍であった。セリスやオイフェを始めとした解放軍の主だった将兵たちもは全員いた。その中にはヨハンとヨハルヴァもいた。
ダナンはヨハンに向かって口から泡を飛ばしつつ口汚く罵る。
「くっ、ヨハン・・・つまらぬ女に騙されおって!」
それを見てヨハンは言い返した。
「ふっ・・・私は愛に生きると誓ったのだ。許せよ、父上・・・」
「ば、馬鹿め・・・」
ヨハンと同じようにヨハルヴァにも向かって口汚く罵った。
「貴様はヨハルヴァか!親に楯突くとは一体どういうつもりだ!!」
それ見たヨハルヴァも言い返した。
「すまねえな、だが俺は悪事に手を貸すのはまっぴらなんだよ。親父、悪く思うなよ」
「く、くそ・・・ヨハルヴァ!」
完全に逆上していた。その時セリスが前に出てきた。
「き、貴様はシグルドの小倅か!く、くそ!我が父上の恨み、思い知らせてくれる!」
「ダナン王・・・あなたの支配によって、多くの人々が苦しみ、死んでいった。今こそ、その報いを受けるときだ!」
と言った後は剣を抜いた。しかしそれを城壁で見ていたレヴィンが止めた。
「よせ、セリス。こいつは私が殺る」
城壁の上から飛び降り足を折り曲げ手を地に付け着地した。その姿を見てフィーは声をあげそうになった。
「私が貴様の相手になってやろう。久々の実戦になるしな」
「くっ・・・・・・」
「どうした?自首するか?それもいいだろう。せめて最期は王らしく死ね」
「ぬ、ぬおおおおおっ!」
レヴィンの挑発にキレた王は斧を振りかざしレヴィンへ突進した。レヴィンは眉一つ動かさずそれを冷静に見ていた。
「馬鹿が」
一言呟くと右手を肩の高さに挙げた。二つの影が交差した。レヴィンは風のマントを靡かせながら不動の姿勢だった王の方を見た。ダナンは斧を振り下ろしたままの姿勢で止まっていた。やがて斧を持つ手が肘から落ち右肩から左脇にかけ鮮血が噴き出す。次に左腕が肩から落ち膝から血が噴き出た。最期に倒れた際、彼の名前を言った。
「ぐふっ・・・アルヴィス陛下・・・」
そして息途絶えた後、首がごろりと落ち夕陽に染まった血の海の中に沈んだ。
ダナンの死をもってリボー会戦は終結した。参加した兵力は前述の通り解放軍四万、イザーク軍七万、損害は解放軍数千に対しイザーク軍は三万近く、やがて最終的に討ち取られた王の首はリボー城城門の前に晒されることとなった。残ったイザークの将兵たちは解放軍に組み込まれ解放軍はこの会戦の勝利によりイザーク全土と多くの兵力を手に入れることとなった。
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