魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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GX編
第137話:踏み出す勇気
響は約束の時間よりも早い時間にファミレスに入り、以前洸と共にした席に座って父の来訪を待っていた。
父と会うというのに、その表情は何処か暗い。以前見た、昔とは様変わりしてしまった父の情けない姿をどうしても思い浮かべてしまったのだ。またあの情けない父を前に、自分は何処まで冷静でいられるか。
「すまない響。待たせたな」
テーブルの上のコップに入った水を眺めていると、頭上から声を掛けられた。約束の時間までまだ余裕があるタイミングで、父・洸も到着したらしい。顔をあげれば、そこには先日と変わらぬ父の顔が…………
「……?」
父・洸の顔を見た瞬間、響は違和感を感じた。先日会った時とは、何かが違う。だらけた雰囲気が無くなったというか、兎に角以前に比べて雰囲気が引き締まっているように感じられたのだ。
あれからそんなに時間が経っている訳ではないのに、何が父の雰囲気を変えたのか分からず思わず凝視してしまっていると、娘に顔を凝視されて洸が首を傾げた。
「ひ、響?」
「あっ!? うぅん、何でもないよッ!」
「そ、そうか?」
とりあえず誤魔化しておいて、響は洸に着席を促した。洸が席に座ると、店員が水の入ったコップを持ってきてくれる。それで喉を潤し束の間落ち着いた洸だったが、そこで2人の間に沈黙が訪れる。
互いに、相手に何か言うべきなのだという事は分かっていても、どんな言葉で何を言うべきなのかに悩んでいると言った様子だ。
居心地の悪い沈黙の中、先に口を開いたのは洸の方であった。
「あ、何か食べるか? この間は響に奢らせちゃった訳だし、今度はお父さんが……」
「ううん、大丈夫」
「そうか?」
そこでまた2人の間で会話が途切れる。だが今度の沈黙は長くは続かなかった。
「お父さんは、さ?」
「ん?」
「今まで、何してたの?」
取り合えず当たり障りの無いところで、だが気になっていた事を響が訊ねる。すると洸は、頬をかきながらぽつりぽつりと話していった。
「何って言うほどの事も無いけどな。知り合いの伝手を頼って、バイトを見つけて、それで細々と暮らしてた」
「そうなんだ……そっちは、そんな感じなんだね」
「そっちは、どうだったんだ?」
問われて響は話していった。父・洸が蒸発した後も続いた陰湿な虐めや、周辺住民、マスコミからのバッシング。響だけでなく他の家族まで危険が及ぶほどの、あの悪夢のような日々。
生放送に乱入した奏の啖呵により収束へと向かい、響自身も勇気をもらったがあの時の事は思い出したくもない。
響から話を聞いて、洸は顔を俯かせた。
「俺が居なくなってからも、そんな……そうかそうだよな。連中にとっちゃ、俺なんて別にどうでもいい存在だったんだもんな」
洸は飽く迄生存者の父であり、バッシングしたい連中からすればそこまで重要な存在ではない。居れば叩くが、居なくなった相手を探してまで叩くよりはその場に残っている張本人の響とその家族にのみ矛先が向くのはある意味当然の事であった。
洸は今更ながら、自分が今まで平穏に過ごせていたのは置いて来た家族が全ての悪意を引き受けていたからだと気付いた。
「あの、お父さん?」
「どうした、響?」
「本当に、お母さんとやり直すつもり?」
響からの問い掛けに、洸は即答しなかった。言い淀むように口を動かし、組んだ両手で口元を隠した。
「……勿論、俺だってやり直したいと思ってる」
「だったら。始めの一歩は、お父さんから踏み出して。逃げ出したのはお父さんなんだよ? それなら、戻ってくるのも、お父さんからじゃないと」
真っ直ぐ向けられる響からの視線に、洸は思わず目を逸らしてしまった。自分から動き出すべきだと言うのは、他ならぬ洸自身が分かっている。だが、その一歩には、とてつもない勇気を必要としたのだ。
「分かってる……俺だって分かってるんだ。あの後、色々と考えた。俺は響の父親として相応しいのかどうか。このまま戻って良いのかどうか」
「それなら……」
「だが、怖いんだよ。怖くて、足が竦むんだ。1人で行って、にべも無く拒絶されたらどうしようって」
その恐怖を、響に口添えしてもらう事で紛らわせようと言うのが今までの洸の考えであった。娘の背中に隠れながら復縁を迫るなど、父として、一家の大黒柱として情けないにも程がある。
結局、ここに居るのは父ではなくただの負け犬であった事を理解してしまい、響は俯き涙を堪えた。
しかし…………
「でも、それじゃあダメなんだよな?」
「え?」
「響の背中に隠れてるようじゃ、俺は響の父親ですら居られないんだよな」
名も知らぬ男から言われた。子は父の背を見て育つものであると。その父が、この背に隠れている様では父と名乗る資格すらない。
「実はあの後、どこの誰とも分からない人に言われたんだ。俺は父親失格だ、この前に立てない俺に父としての資格はないってな」
洸の独白を、響は黙って聞いていた。どこの誰とも知らない誰かが気になるが、そんなのはどうでもいい。
ここに来た時の洸の雰囲気が先日と違っていたのは、それが原因だと響も理解した。そして、洸が恐怖の鎖を自らの力で引き千切ろうとしている事にも気付いた。
「正直、怖いのは変わらない。だが、このまま情けない父親失格の男として響に思われ続けるのも、同じくらい怖い。だったら、せめて一歩だけ……ほんの一歩だけでも、頑張ってみようって……」
「お父さん……!」
ここに来て響は初めて笑みを浮かべた。響の目に映る洸の姿が、情けない男から父親に戻った瞬間である。
その響の笑みを見て、洸はこれが正しい父親の姿だったのだという事を漸く思い出した。
「ゴメンな、こんなに時間掛かっちゃって」
「ううん! お父さんが戻って来てくれたんだもん」
「とは言え、やっぱりまだ怖いな……ははっ」
「大丈夫だよお父さん!へいきへちゃら、だよ!」
「ぁ……」
響が何気なく口にした言葉。口癖となっているその言葉は、そもそも洸の口癖であったのだ。響が子供だった頃から何気なく口にしていた、元気の呪文がそのまま娘に伝わっていた事に洸は己が響の父親であるのだという事を実感させた。
「そうだな……へいきへっちゃら、だ」
繰り返す様にその言葉を口にすると、何だか心がスッと軽くなったような気になった。
これならきっと大丈夫……そんな気持ちと共に、洸は何気なく空を見上げた。
その空が、突如として罅割れそこから城の様な物が姿を現した。
***
突如空を文字通り割って姿を現した城の名はチフォージュ・シャトー。これこそがキャロルの居城であり、彼女の悲願を達成する為の鍵でもあった。
「――――ワールドデストラクターシステムをセットアップ。シャトーの全機能を、オートドライブモードに固定」
シャトー内部の玉座にて、ウェル博士がネフィリムの左腕を用いてシャトーの起動を行っていた。失われたヤントラ・サルバスパの代わりを、ネフィリムの左腕は十分に果たしてくれていた。
「ウッへへへへへへッ! どうだッ! 僕の左腕は、トリガーパーツなど必要としないッ! 僕と繋がった聖遺物は、全て意のままに動くのだッ!!」
己の偉業を喧伝するかのように高らかに叫ぶウェル博士を、キャロルとハンスは静かに見ている。尤もハンスに至っては、見ているかどうかも怪しいが。彼は茫洋とした目で、虚空を見つめている。
「オートスコアラーによって、呪われた旋律は全て揃った。これで世界はバラバラに噛み砕かれる……!」
「あん?」
いよいよ大願成就の時が近付いたと喜ぶキャロルであったが、彼女が無そうとしている事を今初めて知ったウェル博士は怪訝な顔を彼女に向けた。
「世界を、噛み砕く?」
「……父親に託された命題だ」
『キャロル。生きて、もっと世界を識るんだ』
「分かってるってッ! だから世界をバラバラにするのッ! 解剖して分析すれば、万象の全てを理解できるわッ!」
今までの何処か大人びた雰囲気など何処へ行ったのか、突如見た目相応の少女のような口調で話すキャロル。その声にハンスが反応を示し、薄い笑みを顔に貼り付けた。
「つまりは至高の叡智ッ! ならばレディーは、その智を以て何を求める?」
英雄を志すウェル博士からすれば、叡智を求める事は通過点に過ぎない。得た知識は、使わなければ意味が無いのだ。
そんな英雄どころか、研究者としても当然の帰結を口にするウェル博士であったが、キャロルから返って来たのは彼にとって予想外の一言であった。
「……何もしない」
「あぁ~?」
「父親に託された命題と、世界を解き明かす事。それ以上も以下も無い」
ウェル博士にとっては通過点に過ぎない事でも、キャロルにとってはそれこそが到達点。故に、事を成した後に目指す事等何もなかった。
それを聞いてウェル博士は嘆かわしいと言いたげに背を向け口元を押さえた。
「おぉ~ぅ、レディーに夢は無いのか? そっちのボーイはどうだい?」
キャロルの足元に腰掛けたハンスにウェル博士が話を振るが、彼は反応を返さない。自分に話し掛けられているとすら気付いていないようにキャロルの方を黙って見ている。
あまりの無反応さにウェル博士はこれ以上は何を言っても無駄だと溜め息を吐く。
「やれやれ、つまらない子供達だ。英雄とは飽くなき夢を見、誰かに夢を見せる者ッ! 託された物なんかで満足してたら、底も天辺もたかが知れるッ!」
テンションが上がり過ぎたからか、ウェル博士は好き放題に口走る。
それがある少年の逆鱗に触れたとも知れずに。
「『なんか』? 今『なんか』と言ったか?」
「あ?」
今まで口を閉ざしていたハンスが突然言葉を紡いだことにウェル博士が振り返ると、そこには自分に怒りの目を向けているキャロルとハンスの姿があった。
「イザークさんが……キャロルに託したものを……キャロルがその為にどれだけの心血を注いできたかを知らない奴が……!?」
「ハッ! だったら何だって言うんですか? 折角の知識も、活用しなければ意味が無いッ! 大体その程度で満足するような様じゃ、その命題とやらも解き明かせるのか疑わしいものだッ!」
ウェル博士は理解していない。今自分の目の前に居るのがただの少年少女ではなく、世界に喧嘩を売れるほどの危険な人物である事を。
最初ウェル博士の物言いに怒りを感じていたハンスも、怒りが一周回って表情から感情が抜け落ちた様子で見ている。
「キャロル……もういいな?」
「あぁ……」
「え?」
〈L・I・O・N、ライオーン!〉
ハンスはビーストに変身すると、ダイスサーベルを構えウェル博士を刺し殺そうとした。突き出された切っ先を、ウェル博士は悲鳴を上げて転がる様にして回避する。
「わひぃぃぃっ!?」
「英雄……と宣う割には、随分と情けない悲鳴を上げるものだな」
無様に逃げ惑うウェル博士をキャロルとハンスが見下す。ハンスはその後も、まるで甚振る様にウェル博士を追い回しついに柵へと追い詰めた。
「シャトーは起動し、世界分解のプログラムは自立制御されている」
「つまり、もうお前に用は無いって訳だ」
「ご苦労だったな。世界の腑分けは、俺達が執刀しようッ!」
これで終わりだと、ハンスがウェル博士にダイスサーベルを振り下ろした。
その瞬間、ウェル博士は懐から小瓶を取り出しそれを地面に叩き付けた。すると小さな爆発が起き、束の間ウェル博士の姿が掻き消える。
「チッ、小癪なッ!」
一瞬動きを止めたハンスだが、ただの目くらましと剣を振り下ろした。だがそこには既にウェル博士の姿は無く、刃は虚空を斬るだけに留まった。
「消えた? 奴は、どこに……」
「飛び降りた……のであればどの道奴は助からないだろう。後は……グッ!?」
「ハンスッ!?」
突然、ハンスが胸を押さえてその場に崩れ落ちた。変身が解除され、晒された素顔は大量の脂汗が浮かび誰が見ても分かるくらいの死相が浮かんでいる。
「ハンス、ハンスしっかりしろッ!?」
「は、ははは……限界が近いみたいだ。だけど安心しろ、キャロル。イザークさんがキャロルに託した命題を叶えるまでは、何とか持たせるから」
「あぁ、そうだ。もう直ぐ……もう直ぐなんだ。もう直ぐ命題が完遂する。その為の障害は……」
キャロルが手を翳すと、錬金術により外の様子が映し出される。
そこに映っているのは、響と洸の親子の姿だった。
後書き
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次回の更新もお楽しみに!それでは。
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