非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第126話『転入生』
こんな展開を誰が予想できただろうか。
晴登と伸太郎だけが居座ってた寂しい魔術室に、突如として嵐が巻き起こる。……と、これは比喩だが、晴登からすればそれくらい驚くべきことだったのだ。
「入部? 魔術部に?」
「はい!」
晴登がそう訊き返すと、彼女はさらに元気良く返事をした。
彼女の名は天野 刻。本日から2組に入ってきた転入生だ。少し短めの茶色の髪を後ろで束ね、大きな声と眩しいくらいの笑顔が印象的な女の子。莉奈に近いタイプだ。
「えっと、その申し出はありがたいんだけど……どうして?」
だからなおさら、この部活に入部を志望する理由がわからなくて。
「優ちゃんにオススメされたんです! ここならうちの特技が活かせるって!」
「特技?」
優ちゃん、というのは恐らく優菜のことだろう。彼女は2組の学級委員だし、天野にどの部活が良いか勧めるのも納得がいく。
しかし、優菜は魔術部の正体を知っている訳で、その上で勧めているというところが引っかかった。それはつまり──
「特技ってまさか──」
「マジックです!」
「「……はい?」」
予想していた回答と違う答えに、2人して思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「マジックって、手品ってこと?」
「はい! この部活はそういった『不思議なモノ』を扱っているって聞きました!」
ここに来て、魔術部がマジックを扱っているという表向きの活動内容が仇となった。もっとも、いつかはこういう時が来ると思っていたが。
しかし、マジックと魔術は似て非なるもの。そこを混同したままこの部活に入部するのは正直オススメできない。
「どうする?」
「どうするって言われても、部長はお前なんだから好きに決めたらいいんじゃねぇのか?」
「うーん……」
晴登はどうすべきか伸太郎に意見を仰ぐが、彼はあっさりとそう返す。事態をそこまで重く見ていないらしい。
とはいえ、易々と素人を魔術の世界に立ち入らせても良いものか。父さんが母さんのために魔術から離れたように、一般人と魔術師には計り知れない壁がある。最近は魔術の界隈はなんか物騒だし、断っておいた方が彼女のためかもしれない。
「むむ、その顔、どうやらうちの実力が気になるようですね! では、実際にご覧に入れてみせましょう!」
「へ?」
どうすべきか悩んでいただけなのだが、天野には訝しむ表情に見えたらしい。あらぬ方向に話が進んでしまったが、実際彼女のマジックが気にはなるし、ここはそういうことにして様子を見ることにしよう。
「ここにありますは、水の入ったバケツにございます」
彼女は教室の隅にあったバケツに水を汲み、そう言いながらマジックショーを開始した。
マジックと言えばカードとかコインが一般的だと思うのだが、彼女はこの水の入ったバケツを用いるようだ。一体どんなマジックなのかとワクワクしてきた。
「それではこちらを振り回してみますと……」
天野はバケツを右手に持つと、勢いをつけて振り回し始めた。女子の割に意外と力持ちな所も莉奈に似て……怒られそうだから言わないでおこう。
「なんと! 水がこぼれません!」
「おぉ〜!」
「おいおい、それは遠心力が働いてるからだろ。マジックっていうにはレベルが低くないか?」
「ちょっと伸太郎……」
天野がバケツを振り回しても、中の水が飛び出して来ることはない。晴登だってその現象も理屈も知っている。だが、まるで本物のマジックショーを見ているかのような気持ちになって、つい声を上げてしまったのだ。
しかし、そんな空気に飲まれることのない伸太郎からは無慈悲にも鋭い指摘が飛ぶ。
「いえいえ、全くその通りでございます。しからば、これではどうでしょう!」
だが、その反応は予定通りと言わんばかりに、天野はマジックを続ける。
これ以上何があるのかと注視していると、次の瞬間、彼女は回していたバケツが自身の真上に来た時にその動きをピタッと止めてしまった。これでは遠心力が働かなくなり、水が彼女に降り注いでしまう。これから訪れるであろう悲惨な光景を予期して、思わず晴登は目を逸らした、が。
「このように、逆さまにして止めても水はこぼれません!」
「何、だと……!?」
彼女の言葉通り、なんとバケツがひっくり返されているにも拘わらず、一滴たりとも水が溢れてくる気配はない。あのバケツには何も入ってないのではないかと錯覚してしまうほど、その状況は驚愕的だった。これにはさすがに伸太郎も驚きを隠せない。
「そんなバカな! 一体どんな仕掛けが……」
「おっと、それ以上近づかないでくださいね。マジシャンたるもの、そう易々と種明かしは致しません」
「ぐ……」
どんなタネが潜んでいるのかと追及したい気持ちもあるが、マジシャン本人に拒否されてしまえばそれは叶わない。
その後、天野は「よっ」とバケツを床に下ろす。その中身には確かに水が入ったままだ。決して無くなった訳ではない。
「どうです? これでうちの実力は認めてもらえましたか?」
「う、うん」
はっきり言って、最初は実力を疑っていた。しかし、このマジックを見せられてしまえばぐうの音も出ない。彼女は『本物』だ。
「それじゃあ認めてもらったところで、あなたたちのマジックも見せてもらってもいいですか?」
「「え?」」
度肝を抜かれて困惑していたのも束の間、彼女の予想外の提案に2人して首を傾げてしまう。
その様子を見て天野も首を傾げ、
「え?って、そりゃ一マジシャンとして、お二人の実力が気になるのは至極当然のことじゃありませんか! 一体どんなマジックをお持ちなんですか? んん?」
ずずいっと近づいて興味を示す天野。魔術部の実態を知らない以上、彼女の言うことは最もだ。どうやら逃れることはできなそうである。
「やるしかないか──」
*
天野にマジックをせがまれ、魔術を使ってそれっぽいものを見せたら目を輝かせて驚いていたのは1時間前の出来事。付け焼き刃にしてはそれっぽくできたのではないかと、自分でも納得の出来だ。
ただ結局、魔術についての説明ができないまま、彼女の入部が決定してしまった。
騙しているようで気が引けるが、晴登の時もその実態を知らないまま入部した訳だし、きっと何とかなると思う。
さて、それで何とかならないのは、今晴登が目の前に対峙している問題の方であって──
「えっと……まずは謝った方がいいのかな?」
そう問いかける晴登の目の前で、結月がこちらを見て座布団に座っている。
そう、家に帰った晴登は結月が不機嫌な理由を探るべく、こうして部屋で相対したのであった。
まず、晴登は自分が悪いかもしれないと思い、謝罪から入ってみる。だが、
「……別に、ハルトは悪くないよ。ボクが勝手に拗ねてただけだから」
結月はそう言って俯く。
なんだ拗ねてたのか、という感想は置いといて、晴登のせいじゃないというのは本当にそうなのだろうか。タイミング的に晴登のアクションが引き金だった気がしなくもないし。でも詳しい理由はわからない。
「ハルトはアマノって人どう思ってるの?」
「天野さん? 元気いっぱいで、莉奈みたいに周りを盛り上げてくれる人だよ。それにマジックが得意でね、これが凄いんだよ」
「ふぅん。ボクの知らないところで随分と仲良くなったみたいだね」
晴登の説明を聞いて、結月の表情がまた一段と暗くなった気がした。
そうか、天野の存在も関係していたのか。結月はまだ彼女のことを全然知らないだろうから、関係ないと勝手に思っていた。彼女のことをそんなに話題に出さない方が良かったか。
「でも俺は結月にも天野さんと仲良くなって欲しいな。せっかく魔術部に入ってくれたんだし」
「え、そうなの……?」
「う、うん……」
これから仲良くなるチャンスはいっぱいあるんだと、両手を広げて説明すると、結月は驚いた表情を見せる。ただ、思っていた反応と違ってマイナスなリアクションだ。
「嫌、だった……?」
「ううん、そうじゃない。ただあの子、なんか変な感じがしたから、少し不安で」
珍しく結月から嫌悪感のようなものを感じたので、慌てて事情を訊いてみる。
「たぶん魔術師だよ。でも普通の魔術師じゃない。うまく説明できないけど、雰囲気がごちゃごちゃしてた」
「どういうこと? あのマジックが魔術ってこと?」
「それはわからない。でも、ボクはあんまり関わりたくないな」
結月がここまで言うなんて、相当嫌な気配を感じたんだろう。
それが事実ならば、彼女は魔術師であることを隠してる、もしくは無意識に魔術を使っている、そのどちらかの可能性が高い。もし前者なら、結月の言うように警戒した方が良いかもしれないが、
「き、気のせいじゃないかな? 2組の人ともすぐに仲良くなってたでしょ? そんな変な人じゃないって……」
「ハルトはボクの言うことを信じてくれないの……?」
「……っ、そうじゃない、けど──」
結月の感覚は頼りになるものだが、晴登にはどうしても天野が怪しい人だとは思えない。
だから結月を納得させるための方便を並べていると、本当に悲しそうな表情でこちらを見つめてくるので、つい否定の言葉が口から出てしまう。しかし、そこで絆されてはダメだとすぐに二の句を継いだ。
「それじゃ、天野さんが可哀想だ。結月はまだ話してもないし、最初からそう決めつけるのは良くないよ」
「……ごめん、そうだよね。ちょっと焦ってた」
「明日、直接会って確かめればいいよ。ね?」
「……そうだね」
何とか結月を納得させることに成功したようで、晴登はホッと胸を撫で下ろす。
結月のことを信じたい気持ちはもちろんあるが、だからといって盲信するのとは訳が違う。その辺の分別はきちんと付けているつもりだ。
とりあえず一段落。一時はどうなることかと思ったが、伸太郎の言った通り、やっぱり話し合うことが重要だった。考えていることがわからないとどうにもできないし。
と、晴登が1人で落ち着いていると、結月が意味ありげな視線をこちらに向けていることに気づいた。
「それはそうとハルト、実はボクはまだ拗ねたままなんだけど」
「え!? でも俺は悪くないって……」
「悪くはないよ? でも拗ねたままの彼女を放っておくの?」
「それは……」
原因が何にせよ、拗ねた彼女のケアをパートナーが行うのは当然の定め。そう言わんばかりの彼女の態度に、さすがに晴登も自分の役割を理解する。
「じゃあ、俺はどうしたらいい?」
「そうだな〜。……ねぇ、ハルト」
「な、何?」
結月は顔をずいっと近づけた。それこそ唇が触れ合いそうなほど。瞳の中の青空に吸い込まれそうな錯覚を味わい、少し身体を引くとそれに合わせて彼女も距離を詰めてくる。
そして彼女は、囁くように言った。
「ボクのこと好き?」
「も、もちろん!」
「じゃあ、ボクの目を見てはっきり言って欲しいな」
晴登が照れて、少し目を背けながら答えたのを彼女は見逃さない。制約がより厳しくなってから、再度愛の告白を要求される。
相槌ではなく、きちんと言葉で伝える。簡単なようで、そのハードルは高い。ただでさえその言葉を口にしないのだから、いざ言う場面でも口がうまく回ってくれないのだ。
それでもここで逃げるのはさすがにダサいと思って、一呼吸入れてから、
「す、好きだよ、結月」
「……うん、ボクも好きだよ、ハルト」
その言葉が耳元で囁かれながら、彼女の腕が優しく晴登を抱きしめる。彼女の感触を、体温を身体全体で感じ、心臓の拍動は激しさを増した。
「どう? 今日は一緒にお風呂入っちゃおうか」
「え!? それはさすがに急展開すぎ──」
「それはダメー!!」
流れで提案された悪魔のような誘いに怖気付いたところで、部屋のドアがバンと音を立てて開かれ、高くて大きい声が場を席巻した。
「智乃!? 何で!?」
「私がこの家にいる限り、節度を守ってもらうんだから! そう、節度を!」
指をビシッと指し、我が家のハレンチ警察が仁王立ちで参上した。相変わらずタイミングが良すぎる。
「むぅ〜チノったらまたいいところで……」
「結月お姉ちゃんとお兄ちゃんのお付き合いは認めるけど、あくまで健全なお付き合い。不埒な真似は私が許さないよ!」
「何で?」
「何で?! え、えっと、それは……ダメなものはダメ!」
さすがに2度目の邪魔とあって、結月もそう簡単に折れない。
智乃の言葉を追及すると、理由に困った智乃はまたも大きな音を立ててドアを閉め、出て行ってしまう。
「ありゃ、行っちゃった」
「騒がしい奴だな。というか、どっから話聞いてたんだろ……」
怪しい展開になるといつもどこからともなく現れてくる智乃だが、今日に限っては恥ずかしい会話を聞かれてしまったかもしれない。妹にそんな会話聞かれたくなかった。
「ま、ハルトから愛の告白もしてもらったし、ボクはもう満足かな」
「なら良かったよ。そういえば、結月は何で拗ねてたんだ?」
すっかり機嫌も治り、いつも通りの明るい笑顔を見せる結月。その様子を見て気が緩んでしまい、つい思ったことを口にしてしまった。
その瞬間、結月の眉がピクリと動く。同時に、空気の流れが変わったのを感じた。
「……理由、わかってないの?」
「う、うん」
さっきとは打って変わって、声のトーンが少し低い。間違いなく、言ってはいけないことを言ってしまった自覚があった。あぁ、結月って怒るとこんな感じなんだなと、場違いな感想が頭に浮かぶ。
そして結月は笑顔のまま、こちらににじり寄ってくる。
「ちょ、結月! ごめんって! 冷気が! 冷気が漏れてる!」
「ハルトはまだ女の子の扱い方がよくわかってないんだから仕方ないよね。だから──もう誰にもよそ見できないように、ボクのことを身体に刻み込んであげる」
「ま、待って! こっちに来ないで! やめ──!」
──文化祭まであと1ヶ月。
後書き
おい! 続きは! 続きはどこで見れるんだ!
残念ながら続きはどこにもありません。波羅月です。別にポケットに入るモンスターを育成するゲームをやっていて更新が遅くなった訳じゃないですからね。……本当ですよ?(目逸らし)
ということで、転入生 天野の正体はなんとマジシャンということで、まーた扱いが難しそうなキャラが出てきましたね。これからどういう出番がやって来るのか全く見当もつきません。誰ですかこんなキャラ作ったの。怒るので手を挙げてください。
……まぁ作ってしまったものは仕方ないので、彼女も頑張って活躍してもらいましょうか。……え? もう既に怪しいフラグが立ってる? き、気のせいじゃないかな。
結月との仲直り(?)も済んで、これで一件落着。次回からは文化祭の準備に入れそうです。晴登たちのクラスの出し物は一体何でしょうか。そして文化祭は滞りなく終わるのか(これ大事)。ドキドキワクワクですね。
それでは今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!
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