ショートヘアーのメイドさんに案内された部屋で汚れた服を預け、差し出された服に袖を通す。
そして、応接室に案内され、月村家当主の月村忍さんとすずかと呼ばれた少女と向かい合うようにソファーに腰掛ける。
左右の一人掛けのソファーには恭也さんと恭也さんの身内であろう女性がそれぞれ腰掛けている。
互いの位置を確認していると髪の長いメイドさんがそばに来て
「飲み物はなんにしましょう?」
と少し怯えた感じで尋ねられた。
刃を振るっていた事に警戒しているのか、人見知りなのかはわからないが、あまりいい印象は持たれていないようだ。
そんな事を思いながら月村忍さん達の前に置かれた飲み物を横目で確認する。
紅茶のようだ。
ならわざわざ違うものを頼む必要もないので
「私も紅茶を頼む」
「は、はい」
ティーポットから紅茶を注ぎ、俺の前に置いてくれる。
なんだかこのメイドさん……見ていてどうにも危なっかしいのだが、それは今は置いておこう。
ソーサーを手に持ち、一口紅茶に口をつける。
そして、静かにソーサーを置き
「とりあえず自己紹介云々の前にひとつ質問だが、この服はなんだ?」
「前々から機会があったらいいなと思って作ってたんだけどピッタリでよかったわ」
俺が軽く引き攣った顔でした質問にそう平然と答えた。
間違いない。
この女性、あの割烹着の悪魔と同類だ。
その光景に男性がものすごく同情の視線を向けてくれる。
どうやらこの男性もいろいろと苦労しているようだ。
なぜ俺がこのような質問をしたのかというと貸してもらった服が執事服なのだ。
それもサイズを測って作ったかのようにピッタリである。
サイズを調べられた覚えはないぞ。
確かにルヴィアの屋敷やアルトの城でも執事はしたことがあるし着なれた格好ではある。
あるのだが少なくともこの家に俺の肉体年齢と同年代の執事がいるとは思えない。
なんでこんなものがある?
いろいろと気になることはあるのだが、こういうのは突っ込んだら負けだ。
大きく息を吐き、意識を切り替える。
「まずは改めて自己紹介をしておこう。衛宮士郎だ」
「月村家当主の月村忍です」
「月村忍の妹の月村すずかです」
「高町恭也。忍の知り……恋人だ」
「高町美由希です。恭ちゃん、高町恭也の妹です」
俺が自己紹介するとそれぞれが自己紹介を行う。
そして、月村忍さんが後ろに立っているメイドさん達に視線を向ける。
それに応える様に
「月村家のメイドをしております。ノエルと申します。それから」
「は、はい。ファリンといいます」
ショウトヘアーのメイドさん、ノエルさんは落ち着きを払って
髪の長いメイドさん、ファリンさんは若干逃げ腰に自己紹介をしてくれた。
余談だが、高町恭也さんが自己紹介の時の忍さんの目が怖かった。
「で衛宮君はいったい何者なの?」
忍さんの雰囲気が変わる。
さて、どう答えたものか。
この屋敷の中には解析もしてみたが魔術の痕跡はない。
そして、今のところ調べた限りではこの世界で魔術の痕跡は見つけることは出来ていない。
現状の結論としては、この世界に魔術がない。
または魔術師の数が元の世界よりかなり少ないかのどちらかという仮説しかない。
仮に魔術師が元の世界より少ないのであれば裏に何らかの繋がりがなければ知り得るのは困難である。
そういう意味であれば、この月村家は防衛の為であろう庭に設置されたモノから見ても裏に何らかのツテがあるのは確実だ。
ならば
「魔術、魔法、根源、時計塔、埋葬機関、真祖、死徒、いずれかに聞き覚えは?」
多少危険ではあるがこちらの情報を少し与える。
聞き覚えがあれば魔術師が存在するだろうし、知らなければ本当に少人数で出会う事はほぼ無いと考えていいだろう。
俺の言葉に忍さん達は少しだけ顔を見合わせて
「魔法や魔術は本とかでなら、時計塔はイギリスのアレでしょう。あとは聞いたことがないわ」
俺の質問の意図がわからなかったのか不思議そうな顔をしつつ、答えた。
なるほど。
どうやら裏の方でも魔術の存在が知られていない。
これだけの屋敷を持ち、裏へのパイプがありどれも聞いたことがないとなると魔術師が存在しない可能性も高い。
そうならば俺にとっては幸いでもある。
これなら交渉のために最低限ではあるが何者か明かしても問題は最小限だろう。
しかしおかしなものだ。
魔術師が存在しないの可能性があるというのに世界は魔術を認めている。
もっともそれがなければ魔術が使えないのだが
「私は魔術師。魔術という神秘を行使する者だ」
正しくは魔術使いなのだが区別を説明するのも手間なので魔術師としてまとめておく。
俺の言葉があまりにも予想外だったのか、その場にいた全員が固まる。
忍さんはどこか納得したのように眼を閉じ、息を吐き
「私達、月村は吸血鬼、夜の一族です」
静かに言葉を紡いだ。
と同時に恭也さんと美由希さんが軽く腰を上げる。
どうやら俺の視線が無意識のうちに強くなっていたようだ。
それにしても吸血鬼か。
だが真祖はもちろん死徒のことも知らなかった。
「魔術師ではなく吸血鬼か。日光などは大丈夫なのか。それに血を吸った人はどうなる?」
「日光を浴びても別に問題はないわ。
確かに血は飲むけど人から吸ったとしても少し貧血になる程度よ。
間違ってもホラー映画みたいに血を吸った人が全員吸血鬼になったりはしないわよ」
なるほど。
これがこの世界での吸血鬼の概念。
吸血鬼というよりは俺達の世界の混血に近い。
遠坂の手紙にあった吸血鬼の概念が違いすぎるとはこういう事か。
確かにこれだけ違えば修正力が働くのも頷ける。
「私としては海鳴市の最大の霊地であるこの土地に住んでいる海鳴市のオーナーであろう月村に挨拶を、と思ったのだがね」
「霊地? それに海鳴市のオーナーって?」
俺の言葉に忍さんを始め、皆が首をかしげているが無理もないだろう。
「この海鳴市はかなりの霊脈がある。その霊脈の集まるところが霊地。
この土地は海鳴市の中で最大の霊地なのだ。
本来この規模の霊地がある土地ならば霊脈を管理する魔術師がいる事が多い。
月村がそれに当たると思ったのだが」
「残念ながら私たちはそんな知識ないわね」
まあ、そうだろう。
だがこれだけの霊地だというのに何も使わないというのはいささかもったいな気がする。
これを取引に使うか。
「どうだろう、私が霊地の魔力運用に力を貸す。
その魔力によって月村邸の警備、魔術師にとっては結界だがそれを張ろう。
うまく管理すればオカルト的ないい方になるが運や気の流れがよくなる」
「……その対価は?」
「今の私には戸籍がない。さらに子供の身では何かと不便でな。
私と存在しない身元引受人の戸籍を偽造してもらいたい。
それと協力関係を結びたい」
俺の言葉に忍さんは眉をひそめる。
「たったそれだけでいいの?
それに霊地の運用に関して私達に知識を与えても問題ないの?」
「ああ、それで問題はない。
それに霊地の運用に手を貸したところで私に支障もない」
事実、霊地の運用に関してのみならば何ら問題はない。
それに形だけ、というか互いを黙認しあう存在だけとしても協力者がいるのは心強い。
そしてしばらく思案していた忍さんだが、何か頷いて
「海鳴に住む魔術師、それはあなた以外に何人いるの?」
警戒しながらそう尋ねてきた。
なるほど協力関係うんぬんよりも俺の味方が何人いるかが気になったようだ。
だが残念ながらこの世界においてそれはいない。
「私だけだ。親も仲間もこの世界にはいない。
魔術は秘匿されるものだから他の魔術師の存在も知らない」
将来的に遠坂達がくる可能性がないとも断言はできない。
だが現状でいえば俺が知る魔術師は自身だけだ。
「……ごめんなさい。無神経だったわ」
「そんな顔をしないでくれ」
さすがに並行世界から来たことは明かせないので曖昧な言い方だが俺が一人という事は理解できたようだ。
もっとも見た目は子供だ。
そんな子供が一人という事を改めて尋ねたせいか申し訳なさそうな顔をされた。
その後、協力関係を結ぶのはOKのようなのでいろいろと話し合う。
もっとも互いに対等な立場であり、俺は霊地の知識と結界の形成を行い
月村の方は俺に裏のコネと戸籍を与える。
その程度のものだ。
まだこの世界のことをすべて理解したとは言い難い。
何かの際に戦闘があることは想定しておかないとならないだろう。
そして、戦闘の際にどれだけ魔術を秘匿できるかも関係してくる。
剣は自分で鍛てばいいので問題はない。
もっとも工房となる鍛冶場がまだ出来ていないので、それも少し考えておく必要がある。
あと遠距離武器となると銃か。
魔術協会で聞いた親父のスタイルだ。
月村との繋がりで裏へのコネも出来たのだ。
銃についてもこれから考えていこう。
自分の身を守る上でも、魔術を秘匿する上でも役立つ。
もっとも月村家の結界についてはすでに防衛システムがあるので不要な気もする。
そんな事を思いつつ、敵意に反応する警報音と侵入者の視覚を歪める結界を用意することになった。
「ではこれからよろしく頼む」
「ええ、よろしくね」
忍さんと握手を交わす。
まあ、なんにしてもこの世界で大きな一歩だ。
話の区切りもついたし、いい時間だなのでそろそろ帰ろうと思った時
「衛宮君!」
すずかが急に立ち上がった。
今までこちらとほとんど目も合わせようともしなかったので意外ではある。
「どうかしたか? あと俺のことは士郎でいいよ」
すずかの様子がどこか不安そうなので普段の口調に戻し、優しく問いかける。
「……士郎君は怖くないの? 私達は血を吸って生きてる化け物なんだよ」
それは恐怖。
人と違う自分を恐れる純粋な恐怖。
だがそれは間違っている。
「魔術のことを重視し、伝え忘れていたな。
私も吸血鬼なのだよ。もっともすずか達のように優しくはない。
血を吸い相手を人形にすることだって出来る」
俺の言葉にその場にいる皆が息を呑む。
元の世界の吸血鬼はこの世界の吸血鬼とは比べ物にならない。
もちろんアルト達の様なのもいるが、単純に餌としてか人間を見ていないのもかなりいる。
「すずかには俺が化け物にみえるか?」
俺の言葉にすずかはぶんぶんと首を横に振る。
やっぱりこの娘は優しい。
自身のことを化け物と呼びながら、自分達以上の化け物を化け物ではないと否定する。
「すずか、化け物の定義は血を飲むか、飲まないかじゃない。
自らの欲望や悦楽のために明確な理性をもって誰かを蹂躙するモノ。それを化け物という」
吸血鬼になった時、人ではない俺が遠坂達のそばにいていいのか迷った時もあった。
だがイリヤはすぐに俺の迷いに気付き
「例え人じゃなくてもシロウはシロウだよ」
ただ抱きしめてくれた。
人である必要はない。ただ自身の心を失わなければそれは自分なのだ。
「すずかは誰かを殺したいと思うのか?」
「そんなことない!!」
すずかが顔を上げ叫ぶ。それで十分なんだよ。
その言葉に笑顔を見せる。
「なら、すずかが化け物のはずがない。忍さんだってもちろんそうだ。そうだろう?」
その言葉に安心したのかすずかが泣き出してしまった。
俺はそっと抱き寄せ、優しく、ゆっくりと頭を撫でる。
ただ優しく、安心させるように。
それから五分程だろうか、すずかが落ち着くまでそうやっていた。
もっともその直後、今の自分の状態を理解したのかすずかの顔が真っ赤になってしまった。
だが顔を赤くしつつも服を離さないのでしばらくそのまま頭を撫ぜ続けることになった。
しかし当主よ。
その新しいおもちゃを見つけた、みたいに顔はどうにかならないものだろうか。
内心ではため息を吐いていた。