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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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GX編
  第134話:熟成する仕込み

 
前書き
どうも、黒井です。

今回は遂にキャロルからの種明かし回。ここら辺の表現は原作と結構変えてあります。 

 
「……侵入者、ロスト。大きな動きが無い限り、ここからでは捕捉できません」

 本部では逃亡したキャロル達の捜索をしていたが、進捗は芳しくなかった。キャロル達は上手い事監視の目を潜り抜けているらしく、外部からアクセスしている状況だと大まかにしか動きが分からない。侵入してきた当初こそキャロル達が監視カメラを潰してくれていたので動きも分かったが…………

「ドクターウェル……こんな事になるなら、一足先に連れ出しておけば……」

 透が事前に見たリストの中にウェル博士が居たことに気付いておきながら、それを放置したのは確かに悪手だろう。ただ言い訳をするのなら、あの時点でウェル博士が施設の何処に隔離されているのかは分からなかった。居る事だけが分かった状態で、それでも尚今回の件には無関係だと断じていたのが失敗だった。

「ネフィリムの力も健在……厄介だな」
「本当に厄介よ。特に今回の場合はね」
「どういう意味だ、了子君?」

 矢鱈深刻そうな顔をする了子に弦十郎が首を傾げると、彼女は独自に行ったネフィリムの能力に関する研究結果を述べた。

「ネフィリムの能力は聖遺物の吸収。その際にネフィリム……即ちウェル博士と聖遺物は同化する訳だから……」
「ネフィリムと同化しているウェル博士により、接触した聖遺物の制御も可能という事ですね」
「そう言う事」

 アルドが了子の言葉に続けて放った発言は、確かにこの場において厄介な事この上ない内容だった。何しろ折角キャロルの計画の鍵となる聖遺物を排除できたというのに、その代わりとなる物をキャロルは手にした事になるのだから。

 専門的な話には弱いガルドも、流石に事態の最悪さに気付き顔色を青くする。何しろあの子供っぽいウェル博士の事、自分の能力は嬉々として話すだろう。キャロルがヤントラ・サルバスパの代替に気付くのに時間は掛からない。

「マズイ、キャロルがそのことに気付けばッ!?」
「捜索を再開しろ!」









「――――イチイバルの砲撃も、腕の力で受け止めたんじゃない。接触の一瞬にネフィリムが喰らって同化、体の一部として推進力を制御下までの事!」

 その懸念は既に現実のものとなっていた。成り行きとは言え行動を共にする事となったキャロルが、一瞬とは言えウェル博士の左腕と同化したネフィリムの腕に興味を持つと、彼は嬉々としてその能力を話した。
 それはつい先程、失われたチフォージュ・シャトー制御の為の鍵の代替となる能力に他ならない。

 キャロルは自分が運に見放されていない事に内心で笑みを浮かべた。

「面白い男だ。よし、ついて来い」

 この男は使える。そう判断したキャロルが、ウェル博士を同行させようと考えるのは当然の帰結であった。

「いいでしょ、行きましょ」
「フン、意外とあっさりついて来るのだな?」

 少し話しただけでも分かるくらい我の強いウェル博士。他人の言う事に大人しく従う様な事は無いだろうと思いつつ、何か言ってくるようなら適当にあしらおうと思っていたキャロルは彼があっさりと自分の言葉に従った事に少し驚いた。

「当然ですよ。僕は英雄になる男です。その英雄が活躍するのには、もっと相応しい舞台があるでしょう? 僕はその舞台への案内をしてもらいたいだけです」

 何とまぁ分かりやすい男だろう。とは言えこういう輩は御しやすい。キャロルはウェル博士をそこまで警戒すべき人物ではないと断定し、握手を求めてを差し出した。

「ん?」
「ネフィリムの左腕……その力の詳細は、追っ手を撒きつつ聞かせてもらおう」
「脱出を急がなくても良いのかい?」

 現在この施設には装者が3人に魔法使いが1人、キャロル達を追って入り込んでいる。その内クリスと透の2人はフロンティア事変最終決戦の際に、ウェル博士と因縁のある相手。一緒に居る切歌と調以上に厄介に感じている2人が迫る中、悠長に話しながら移動する事にウェル博士はリスクを感じていた。

 しかし、キャロルの顔に浮かぶのは余裕の笑みであった。

「奴らの動きは把握済み。時間稼ぎなど造作もない」

 そう言ってキャロルは目を瞑った。まるでその先に何かを見ているかのように…………。




***




 一方キャロル達に逃げられたクリス達は、見失った2人と1体の現在地を知る為施設の端末を用いて本部と通信を行っていた。
 だが現在、画面の向こうの弦十郎とクリスとの間で行われているのは情報交換ではなく口論であった。

『力を使うなと言っているんじゃない! その使い方を考えろと言ってるんだ!!』

 迫力のある弦十郎の怒声に、透の後ろに居る切歌と調が思わず首を竦めた。この時奇しくも本部発令所では、同じく言葉が自分に向けられた訳でもないのにあおいと朔也が首を竦めている。それくらいの迫力が彼の言葉にはあった。

 にも拘らず、その言葉を通信越しとは言え真正面から向けられているクリスは全く怯む様子が無い。それどころか弦十郎の迫力に負けじと言い返す始末だ。

「新しくなったシンフォギアは、キャロルの錬金術に対抗する力だ! 使いどころは今をおいて他にねえ! 眠てえぞオッサン!!」
『ここが深海の施設だと忘れるなと言っている!!』

 弦十郎の言葉は正論である。先程透がクリスを制止したのも、元はと言えば迂闊な攻撃が自分達の身を危険に晒すと考えての事であった。施設に穴でも空こうものなら、忽ち入り込んだ大量の海水により全員海の藻屑確定だ。

 それが理解できるだけの頭を持っているクリスは、しかし猛る心を抑え切れず感情に任せて画面下の壁を脚で蹴りつけた。

「正論で超常と渡り合えるか!?」

 クリスの言いたい事も分からなくはない。彼女達が相手にしているのは、常識が通用しない相手。その相手に正論と常識で挑んでも、振り払われ返り討ちに遭う。クリスはそう言いたいのだろう。
 だが弦十郎が厳しい言葉を声高に叫ぶのは、何よりもクリス達自身の身の安全を考えての事。透はそれを察し、冷静さを失っているクリスを宥めようと画面と彼女の間に割って入った。

「んだよ、透!? 今話してんだ邪魔すんな!?」

 頭に血が上っているからか、透の気持ちも考えずクリスは尚も弦十郎に食って掛かろうとする。切歌と調がそれを心配そうに見ていると、透がクリスを宥めながら目線で2人を通信機の前に誘導した。ここは自分が抑えておくから、今の内に情報を整理してほしいという事だろう。

 透の言いたい事を何となく察した調がクリスに代わって画面の前に立つと、画面には弦十郎の代わりに施設のマップと緊急時に施設をブロック毎に閉鎖するスイッチの場所が表示された。

『念の為、各ブロックの隔壁やパージスイッチの確認をお願い』
「こ、こんなに一遍に覚えられないデスよ!?」

 画面には数えるのも億劫になるほど、隔壁とスイッチの場所が表示された。あまりの情報量に切歌は目が回りそうになる。こんなのその道のプロでもなければ、短時間に覚えるのは不可能だ。

「じゃあ切ちゃん、覚えるのは2人で半分こにしよう」

 ここで調からの助け舟。1人で全部覚えられないのなら、2人で分けて覚えればいい。それなら何とかなりそうだと切歌が安堵した次の瞬間、通信機越しに朔也の緊張した声が響いた。

『セキュリティシステムに侵入者の痕跡を発見!』
「そう言う報せを待っていた!!」

 本部からの情報を元に、キャロルの追跡を開始する4人。しかし、指示に従って追跡しているにも拘らず、彼女らは一向にキャロル達へと追いつく事は出来ないでいた。

「はぁっ! はぁっ! 何処まで行けばいいんデスか!?」
「いい加減、はぁっ、追いついても良いのに!」
「チッ! この道で間違いないんだろうな!?」

 思わず通信機に向けて怒鳴るクリスだったが、弦十郎からの返答は現状のルートの肯定であった。

『あぁ。だが向こうも、巧みに追跡を躱して進行している』

 それは、奇妙な事であった。弦十郎達はリアルタイムで敵味方の位置をマップで確認できているのに、キャロル達はその追跡を掻い潜る様に逃げているのだ。その様子はまるで彼女らもマップを見て4人の位置を把握しているかのようだ。





「妙だな? 切歌達の居場所が分かっているみたいに見えるが、そんな事あり得るのか?」

 傍からマップ上の両者の動きを見ていたガルドがふとそんな事を漏らす。それは本来、あり得ざる、あり得てはいけない可能性。

 即ちスパイによる情報漏洩であった。

「……いい加減そろそろ、疑っても良い時でしょうね」
「え?」

 酷く冷たいアルドの声が発令所内に響く。その声にエルフナインが一瞬キョトンとするが、彼女がフードの下から鋭い視線を向けている事に気付くとエルフナインの顔から血の気が引いた。

「ち、違います!? 僕は何も、僕じゃありません!?」
《いいや、お前だよエルフナイン》
「ッ!?!?」

 自分が疑われていることに気付いたエルフナインが必死に身の潔白を口にするが、それを否定する声がエルフナインから響いた。
 それも事もあろうにキャロルの声で、だ。まるでエルフナイン自身がスピーカーとなったかのように、彼女を中心にキャロルの声が響き渡る。

 突如響いたキャロルの声にエルフナインが慄いていると、彼女の体からまるで幽体離脱するかのようにキャロルの姿が発令所内に降り立った。

「何だこれは!? アルド!?」
「錬金術を用いた投影ですね。エルフナインさんの体を介して、キャロルがこちらにコンタクトを取っているようです」
「キャロル!?」

 この場に居ない颯人を除いて、全員の視線が半透明で立つキャロルの姿に向けられている。自分に集まる視線が心地良いのか、キャロルは愉悦を感じさせる笑みを浮かべていた。

「そんな……僕が、毒――!?」
《とは言え……エルフナイン自身、自分が仕込まれた毒とは知る由もない。俺がこやつの目を、耳を、感覚器官の全てを一方的にジャックしてきたのだからな》

 つまりは最初にエルフナインを見た時に、ウィズが取ろうとした行動はある意味で正しかった訳だ。例え本人に微塵も自覚が無くても、キャロルの方から一方的にアクセスして気付かれずに情報を抜き出せるのだから、確実に情報漏洩などを絶つ為には問答無用でエルフナインを排除する他ない。

 正直、キャロルにとって最初の賭けはあそこだった。あの時点で疑いを持たれてエルフナインを排除されてしまったら、計画に大幅な修正を加えなければならなかった。だがそれも杞憂に終わった。全ては装者達と弦十郎ら、S.O.N.G.の心にある甘さが招いた事。

 当然、今漸くその事を知らされたエルフナインは大きなショックを受けている。

「僕の感覚器官が、勝手に――!?」
《同じ素体から作られたホムンクルス個体だからこそ出来る事だ》

 これで今まで漠然と感じてきた疑問、キャロルがS.O.N.G.の動きを把握しているかのような行動をとってきた事への絡繰りが明らかとなった。エルフナインは図らずもS.O.N.G.の情報をキャロルへと流していたのだ。

「お願いします!? 僕を拘束してください! 誰も接触できないよう、独房にでも閉じ込めて!!…………いえ、キャロルの企みを知らしめると言う、僕の目的は既に果たされています」

 最早自分に存在意義は無い。最早自分に為すべき事は無い。居る必要が無いのであれば、ただ情報をキャロルに流すだけの自分などいない方が良いとエルフナインは己の存在そのものを否定した。

「だからいっそ!? だから、だから……いっそ僕を――」

 この場で殺してくれ……そう言おうとしたエルフナインを、誰かが優しく包むように抱きしめた。誰かと顔をあげればそこには、珍しく……と言ったら失礼かもしれないが、慈しむような笑みを浮かべた了子が居た。

「そんな事、出来る訳ないじゃない。エルフナインちゃん、何も悪いことしていないのに」
「そうだ。君は寧ろ被害者だ。そんな君を隔離したり排除する何てこと、したがる奴はこの場には誰も居ない」

 ただ1人ウィズであれば容赦なく排除に乗り出すかもしれないが、今彼は所用とやらでこの場に居ない。だからこの場に、エルフナインの事を否定する者は存在しなかった。

「了子さん……ガルドさん……」

 エルフナインが呆然と2人の顔を見上げ、視線を左右に向ければそこには2人と同じく安堵と優しさを含んだ目を向けるあおいと朔也の顔があった。彼ら彼女らの優しさが心に沁みて、エルフナインの目に涙が浮かぶ。

「君の目的は、キャロルの企みを止める事。そいつを最後まで見届ける事」
「弦十郎さん……」
「だからここに居ろ。誰に覗き見されようと、構うものか」
「は、はい!!」

 トドメに弦十郎からの言葉を受け、エルフナインは己の存在意義を取り戻した。自分はここに居ても良い、誰の迷惑にもならないと実感し、漸く肩から力が抜け笑みを浮かべる事が出来るようになった。

 それが面白くないのはキャロルの方であった。弦十郎達の見せつけるような光景に、キャロルは舌打ちをしてエルフナインを介した姿の投影を止めた。

 空気に溶けるように姿を消した幻影のキャロル。それと入れ違う様に、颯人が発令所に入って来た。

「ん? 何この空気? 何かあったの?」

 明らかにここを離れる前とは変わっている発令所の様子に首を傾げる颯人。彼の暢気な姿に、ガルドは呆れた目を彼に向けた。

「明星 颯人……お前、何時の間にか居なくなっていたかと思ったら、今の今までどこで何してた?」
「ん? ん~……便所」
「お前は……はぁ」

 この非常時に暢気な颯人に、ガルドは呆れて物が言えなくなり溜め息と共に俯いた。その様子に了子が笑みを浮かべる。

 この瞬間、了子がまだ抱きしめている為エルフナインから颯人へは視線が通っていない。それを確認し、颯人は素早く弦十郎、あおい、朔也へと視線を向けた。
 視線を向けられると、弦十郎は颯人に向け一瞬ウィンクし、あおいは小さく頷き朔也は意味深な視線を向けた。3人からの声無きコンタクトに、颯人は顔を隠すように俯き帽子で顔を隠した。

 その帽子の下で、彼が笑みを浮かべている事に、ガルドやエルフナインらは気付く事は無かった。 
 

 
後書き
という訳で第134話でした。

自分が意図せずキャロルに情報を流していたスパイにされていたと知ったエルフナインを、慰めるのは原作ではオペレーターの2人でしたが本作では了子とガルドになりました。最初このシーン、了子ではなくセレナの方が良かったのですが、完全に非戦闘要員であるセレナがこの場に居る理由がほぼほぼ見当たらず居るのが不自然だったので了子に変更となりました。

本当は今回でクリス側の戦いの決着まで持って行きたかったのですが、そこまで描写しようとするとちょっと長ったらしくなりそうだったので次回に持ち越しとなりました。
という訳で次回、深淵の竜宮での戦いも遂に決着。クリスだけでなく透も大活躍の予定です。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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