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イベリス

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第七十三話 何の価値もない思想家その一

                第七十三話  何の価値もない思想家
 吉本隆明について自分なりに調べてからであった、咲は夕食の時にこの日は休みだった父に話した。
「吉本隆明って人について調べたけれど」
「また随分と難しいな」
 父はその名前を聞いてまずは眉を微かに動かしてから応えた、母が作った冷えた山かけ蕎麦をすすりつつの返事だ。
「咲も思想家とか知る年頃になったか」
「この人馬鹿なの?」
 咲は父に本気で言った。
「調べたら本当にテロで無差別殺人やったカルト教団の教祖絶賛してたし」
「その話有名だな」
「最初の文章ちょっと見たら」
 実際そうもした。
「訳わからないこと書いてるし」
「それで馬鹿だって思ったんだな」
「先輩に言われて調べたら」
「馬鹿だって思ったんだな」
「バイト先でね、その人何の価値もないって言ったけれど」
「ああ、あんな奴の本なんて読むことないぞ」
 父もこう言った。
「お前さっき馬鹿かって言ったがな」
「実際になの」
「あんなインチキ宗教の教祖が偉大な筈ないだろ」
 父もこう言うのだった。
「そこから考えたらな」
「馬鹿なのね」
「そんなことは誰でもわかることだろ」
「先輩子供でもって言ったわ」
「お釈迦さんが無差別テロなんかしたか」
 そもそもというのだ。
「そんなことしたことないぞ」
「そうよね」
「そんな仏さんもいるか」
「いないわよね」
「しかも自分だけ贅沢三昧だったんだ」 
 その教祖はというのだ。
「言ってる教理も色々な宗教のつぎはぎだったしな」
「そんなのでどうして偉大か」
「そんなことは猿でもわかることだ」
 それこそというのだ。
「それがわからないからな」
「馬鹿なのね」
「普通じゃ考えられない位の馬鹿だ」
 吉本隆明はというのだ。
「お父さんもそう思う」
「じゃあ読まなくていいわね」
「吉本隆明を読まないで死ぬか?」
「そんなこと聞いたことないわ」
「読まなくていい、読むだけ時間の無駄だ」
「先輩もそう言われてたわ」
「そうだろうな、本当にあんなのが持て囃されるなんてな」
 このことは吉本が亡くなってからも続いている、高名な学者達が今こそ読みなおそうだのと言う位だ。
「おかしなことだ」
「戦後最大の思想家とか」
「そんなことあるか」
「あんなに馬鹿なのに言われていたのね」
「だからおかしいんだ」
 そもそもというのだ。
「吉本は凄いんじゃない、戦後の日本がな」
「おかしいのね」
「あんな奴は馬鹿が馬鹿なこと言ってるで終わりだ」
「普通なら」
「そんな程度だ」
 山かけ蕎麦をすする娘に話した、おろされた山芋が蕎麦に程よく絡まっていて実に美味い。
「あんなのの本読むなら今のままでいい」
「漫画やライトノベル読んでればいいの」
「ゲームをしてもいいしな」
 そちらを楽しんでもというのだ。 
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