魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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GX編
第130話:剣が砕かれ、雨が降り注ぐ
前書き
どうも、黒井です。
今回は前半にちょいと過激な流血シーンがあります。そう言うシーンが苦手な方はご注意を。
チフォージュ・シャトーの玉座の間。一際高い位置にある玉座に腰掛けたキャロルは、目の前に広がる広間を見下ろしている。
そこは以前までなら、4体居たオートスコアラーが立っていた台座がある。しかし今、ガリィは失われ、前までガリィの定位置であった台座は青い光を放ち天井からは垂れ幕の様な物が下りて来ている。
そして今、ミカが居た場所も赤い光を放ち天井から垂れ幕が下がって来た。よく見るとその垂れ幕には、何かが刻まれている。
2体のオートスコアラーが敗北したことを示すようなその垂れ幕に、キャロルはどこか感慨深いものを感じるように目を瞑った。
「ガリィに続き、ミカも逝ったか。……見事だった。お前達の働きにより、計画は大きく進んだ。そして…………」
目を見開いたキャロルの視線の先。そこに映るのは広間ではなく、S.O.N.G.の医務室。そのベッドの上に腰掛けている響の姿であった。
キャロルの視線の先に居る響は、とても親しげな眼を向けて話し掛けてくる。
『聞いた? 調ちゃんと切歌ちゃん強いね! 本当に強くなったと思う。そう思うでしょ? 《《エルフナインちゃん》》』
キャロルの視線の先に居るのは確かに響だが、響が居るのは間違いなくS.O.N.G.本部の医務室。そして彼女の前に立つのは、キャロルではなくエルフナイン。
そう、今キャロルは、エルフナインの目と耳を通じて響の言葉を聞いているのだ。
「あぁ、思うとも。故に……世界の終わりが加速する!」
既に勝ちを確信し多様な声色で口走るキャロル。それもその筈で、彼女の計画にS.O.N.G.の誰も気付いた様子がない。あれ程大口を叩いていた颯人ですら、未だ奔走するばかりで何の手掛かりもつかめていない様子なのだ。
「所詮魔法使いなどその程度、という事だ。お前を除いてな、ハンス?」
キャロルは自分に背を向けて玉座に続く階段の最上段に腰掛けているハンスに話し掛ける。しかしおかしなことに、ハンスはキャロルからの言葉に何の反応も返さない。ただぼんやりと前方を眺めているだけだ。
その様子にキャロルは先程までの良かった機嫌を損なわれ、ムッとした顔で再度彼に声を掛けた。
「ハンス? おいハンス!!」
二度三度と呼ぶが、まるで聞こえていないかのようにハンスはキャロルの声を無視する。それどころか、何かを探す様にゆっくりと首を左右に動かすばかり。
苛立ちが頂点に達しそうになっているのを見て、ファラがハンスに呼ばれている事を教えてやった。
「ハンス、マスターがお呼びですよ」
ハンスはファラが明らかに自分の方に向けて声を掛けている事に気付くが、その表情からは思考が抜け落ちた様に覇気が感じられず、自分の名を呼ばれているにも拘らず首を傾げていた。
「ハン、ス? ん? んん?」
「貴方の事です、ハンス」
「ハンス? 俺、ハンス……? あぁ、俺、ハンス……」
漸く自分の名前を思い出したかのような反応をするハンスに、レイアが溜め息を感じさせそうな声で呟いた。
「最近、地味に酷くなっているな」
「? 何が?」
「ちょっと来いッ!?」
依然として茫洋とした反応しか見せないハンスに、キャロルは痺れを切らしたように玉座を立つと彼を引っ張っていく。
去り際に残ったオートスコアラー2体に指示を出しておくことを忘れない。
「俺は少しコイツと席を外す! お前達はその間に次の準備を整えておけ!!」
「畏まりました、マスター」
「直ぐに取り掛かります」
ファラとレイアに見送られてキャロルがハンスを引っ張っていったのは、プライベートルームとも言える寝室であった。キャロルは室内にハンスを引っ張り込むと、彼を乱暴にベッドの上に放り投げた。
「ふんっ!」
「ぅおっ……」
乱暴にベッドの上に寝かされたハンスが体を起き上がらせる前に、キャロルがその上に馬乗りになる。その状態でキャロルがベッド横のサイドテーブルの引き出しを開けると、そこには目を背けたくなるような拷問器具が乱雑に放り込まれていた。しかも恐ろしい事にその拷問器具には、何度も使用した跡が垣間見える古く固まった血がこびり付いていた。
キャロルは引き出しの中から適当に歪な形をしたナイフのようなものを取り出すと、それを躊躇なくハンスの肩に突き刺した。
「ぎっ?!」
肩に走る激痛に一瞬悲鳴を上げるハンスだったが、次の瞬間には苦痛に歪んだ顔に笑みが浮かぶ。その笑みを見て、キャロルもまた歪な笑みを浮かべた。
「ハンス、お前私の事を忘れそうになったな? 許さないぞ、私の事を忘れるなんて――――!!」
キャロルは何度もナイフをハンスの体に突き刺し、引き裂き、流れ出た血を舐め取り恍惚の笑みを浮かべる。
「駄目だよハンス。私の事、ずっと覚えててくれるんでしょ? 私を1人にしないんでしょ? ずっとずっと一緒に居てくれるんでしょ? なら、覚えててよ、この痛みと一緒に!」
「がっ、うっ!? あ、ああ……キャロル。俺はお前を忘れない、忘れたくない。だから、俺にお前の存在をもっともっと刻み付けてくれ。俺の傍に、お前がずっと居てくれるように。お前の傍に、俺がずっと居られるように!」
「あぁ、ハンス!!!」
その後も、キャロルによるハンスへの拷問は続いた。部屋の中が血だらけになる様な惨劇が繰り広げられていると言うのに、2人の顔は上気しまるで男女が愛し合っているかのように恍惚の笑みを浮かべ続けていた。
***
一方、S.O.N.G.では先の共同溝での戦闘から、敵の狙いが電力の優先供給先から何らかの主要地点を探り出そうとしていると予測し、電力の供給先を計測。その結果割り出された複数の供給地点の内、有力とされている地点を割り出す事に成功した。
「何だあれ? 海のど真ん中?」
「一際目立ってる……」
颯人や調が特に注目したのは、洋上に集中している供給先だった。他に比べて、明らかに電力が集中している。
「深淵の竜宮……異端技術に関連した、危険物や未解析品を封印した絶対禁区。秘匿レベルの高さから、我々にも詳細な情報は伏せられている」
「でも今は流石にその限りじゃない……だろ、旦那? 守るべき場所が不明だってんじゃ、こっちも守りようがない」
場所も分からない所を守れなど無茶にも程がある。今回の意図的な電力供給への攻撃など、敵の狙いが送電先にある事は確実となった今、必要な情報という事で秘匿されてきた情報がある程度S.O.N.G.にも明かされる事となった。
「あぁ。正確な場所はここ。そして、これが大まかな収容されているもののリストだ」
正面のモニターに深淵の竜宮の具体的な地点が表示され、さらにその隣には収容されている物がリストとなってズラっと表示された。
「うわ、多い……」
「あんなに一杯あるデスか!?」
「世に出回らないだけで、危ない物ってのはゴロゴロしてるもんだ……あぁん?」
「どした、ペテン師?」
「ん? ううん、何でも」
「???」
クリスが首を傾げている前で、颯人は朔也とあおいに近付くと魔法で書峰カップに入ったコーヒーを差し出した。
「毎度毎度ご苦労さんだね。これ、俺からの奢り。友里さんもたまには温かいものどうぞ」
「あら。温かいものどうも!」
「……熱いものじゃないだろうな?」
「そこは加減してあるから大丈夫だって」
最初に颯人が彼らと出会った時に熱々のコーヒーを出された事を引き合いに出す朔也だったが、あおいは心配していないのか躊躇なくカップに口を付けた。
颯人がオペレーター2人に差し入れをしている後ろで、収容されている物のリストを眺めていた透があるものに気付いた。
「?……!!」
「ん? どうした透?」
「!……!!……」
「え!? ウェルが居る!?」
「はぁっ!?」
「どういう事デス!?」
透の言葉を口にしたクリスにより、装者達が一斉にリストを見つめた。そのリストを上から追っていくと、そこには確かにウェル博士の名前が刻まれているのが見えた。
「うわ、マジで居やがるデスよ!?」
「どう言う事?」
「あの野郎、ムショじゃなくてあんな所に……」
「仕方ない。今の彼の体はネフィリムと融合した状態だ。普通の刑務所には入れられない」
「とは言え、まさか聖遺物や危険物と同じ扱いを受けているなんてね」
「まぁ、危ない奴であることに変わりは無いし?」
一時騒然となる装者達の輪に、颯人が何時の間にか取り出したドーナツを齧りながら戻ってきた。その視線は、再び正面モニターのリストに向いている。
「英雄扱いじゃなくて物扱いか……自業自得とは言え、ねぇ……」
「意外ですね? 颯人さんでもそう言う感想を抱くとは……」
「え? ちょっとそれは心外、んぐっ!」
自分が冷たい人間とでも思われていたのかと抗議しようとした颯人だったが、ドーナツを喉に詰まらせたのか胸を叩きながら足早にその場を後にした。
「ワリ、ちょっと飲み物買ってくる」
そそくさと部屋を出て行く颯人。その自由っぷりにマリアは溜め息を吐いた。
「落ち着きがない男ね。奏、貴方あの男の何処が好きなの?」
マリアの問い掛けに、奏は笑う事でしか答えられない。何処が好きと言われても、ここが好きと具体的に言える訳ではないのだ。ただ純粋に好きとしか言いようがない。強いて言えば一途に自分を愛してくれるから自分も愛せると言えなくもないが、そんなこっ恥ずかしい事言える訳が無かった。
「んん! そんな事よりも、だ。キャロル達がその位置を割り出してたって事は……」
「狙いはそこにある危険物という事になるな」
「そうね」
「だったら話は簡単だ! 先回りして迎え撃つだけの事!」
意気込むクリスだったが、話はそう簡単に終わってはくれなかった。
「襲撃予測地点はもう一つある。藤尭、友里」
「あ、はい!」
「直ぐに!」
弦十郎がオペレーター2人に声を掛けると、何故か後ろを見ていた2人は慌ててコンソールに向かい合い正面モニターにもう一つの地図を表示した。
表示された場所は深淵の竜宮とは違い、陸地のある地点。そこを見た瞬間翼の目の色が変わった。
「ここって!?」
「……気になる出来事があったので、調査部で独自に動いてみました。報告によると、事故や事件による神社や祠の損壊が頻発していまして……」
「何か聞いた事のある話だな……それもつい最近だ。翼、覚えてるか?」
奏が思い浮かべるのは、先日皆で海に行った時の事。そこで買い出しに向かった際、近くの神社が恐らくはガリィによって破壊されていた。
奏の言葉でそれを思い出した翼は、ハッとした顔でもう一度地図を見た。
「いずれも明治政府の帝都構想で、霊的防衛機能を支えていた龍脈……レイラインのコントロールを担っていた要所になります」
「錬金術とレイライン。敵の計画の一環と見て、間違いないだろう」
「……風鳴の屋敷には、要石がある。狙われる道理もあるという訳か」
自分の生家がターゲット予測地点と言われる理由に納得した様子の翼の表情はどこか重苦しい。それは実家が敵に狙われ戦場となる事への不安以上の何かを抱えているように感じられた。
「検査入院で響君が欠けているが、打って出る好機かもしれないな」
「……キャロルの怨念を、止めてください」
決意を胸に宿した目で告げてくるエルフナインに、装者一同は頷く事で応えた。
こうしてこれまでとは違い、明確な目的をもってキャロル達に先んじて動くS.O.N.G.。
その戦力は大きく3つに分けられた。
一つは深淵の竜宮に向かうチーム。これには先日ミカを討伐するのに多大な活躍を見せた、調と切歌に加えてクリスと透が割り当てられた。
転移魔法で即座に現場に向かう事が出来る魔法使いは基本本部に待機として、不測の事態が起こった際に現場に急行させるのが賢い使い方なのだろうがこれからクリス達が向かう場所は海中の施設。もしもと言う時には、透の転移魔法が緊急脱出の手段となる事を考え最初から同行する事となった。
もう一つが風鳴邸に向かうチーム。こちらは関係者である翼と翼の装者としてのパートナーである奏。そして同じく年長組のマリアが割り振られた。恐らく装者としてもっとも実戦経験豊富なこの3人であれば、突発的な襲撃が起こった場合でも柔軟な対処が出来るだろうと言うのが大きな理由だ。
そして最後の一つが本部で待機するチーム。これは現在検査入院で席を外している響に加えて、魔法使い2人が担当となった。彼らの目的は所謂後詰であり、もし予想地点意外にアルカノイズなどが出現した場合即座に急行する事を目的としていた。
尤も透は前述の理由でクリス達に同行しているのだが。
そう言う訳で編成されたチームはそれぞれの担当の場所に向かい、奏は翼・マリアと共に風鳴邸へと足を踏み入れた。
門が開かれ、慎二を加えた4人が風鳴邸に入る。
入ってすぐ目に飛び込んできたのは、何とも立派な日本家屋。そしてその傍に見える、聳え立つ巨大な岩の柱だった。
「要石……」
「あれが?」
「ただの注連縄巻いた岩にしか見えないけどな」
装者3人が要石に注目していると、屋敷から1人の男性が黒服のガードマンと思しき男を引き連れて出てきた。慎二の声に其れに気付かされた3人が男に顔を向けると、眼鏡をかけて厳格そうな顔をした男性――風鳴 八紘が口を開いた。
「ご苦労だったな、慎二。それにS.O.N.G.に編入された君の活躍も聞いている、マリア・カデンツァヴナ・イヴ」
「あ、はい……」
まさかこんな所で労いの言葉を掛けられるとは思っていなかったのか、マリアはやや反応が遅れながらも返事を返した。
次はいよいよ翼の番か……と思われたが、八紘は翼を無視してその隣の奏に声を掛けた。
「そして君だ、天羽 奏。弦に拾われたと言う君が、良く活躍してくれていると聞いている。助かっているよ」
「そりゃどうも……」
翼の上を飛び越えるようにして奏に声を掛け、違和感を感じていたマリアだが娘は最後なのかと予想していた。我が子にも厳しい男なのだなと思っていたが、予想に反して翼へは何の話題も降らず話を続けた。
「アーネンエルベの神秘学部門より、アルカノイズに関する報告書も届いている。後で、開示させよう」
「……はい」
仕事の話を終えると、八紘は用は済んだとばかりに踵を返し屋敷へと戻っていく。その間彼は翼に全く視線を向ける事は無かった。
「お父様ッ! ぁ……」
堪らず八紘の背に声を掛ける翼だったが、直ぐに言葉を詰まらせると何を離せばいいのか分からないように俯き逡巡する。
そして数秒ほど経過してから、絞り出すように言葉を紡いだ。
「……沙汰も無く、申し訳ありませんでした」
「…………お前が居なくとも、風鳴の家に揺るぎはない。努めを果たし次第、戦場に戻るが良いだろう」
無難に今までロクに連絡を寄越していなかった事への謝罪を口にする翼だったが、八紘は振り向きもせずまるで翼を突き放すようなことを口にした。
父からの言葉に、翼は一瞬放心したようにその場に立ち尽くした。
だがそれで終われなかった人物がいる。マリアだ。既に両親を失い、最愛の妹しか血縁が存在しない彼女にとって、父親でありながら娘を無視する八紘の行動は無視できない事であった。
「待ちなさい! 貴方翼のパパさんでしょう? だったらもっと他にッ!?」
「マリア、いいんだ!」
「でもッ!」
「落ち着けって。ここじゃその、な?」
激昂するマリアを翼と奏が宥める。自分を心配してマリアが怒りを露にしてくれていることは分かる翼の制止は弱いものだったが、何か含みを持たせた奏の制止には何かを感じたのかマリアも徐々に落ち着きを取り戻していく。
背後で3人が巻き起こす喧騒を、八紘は無視して屋敷に入ろうと一度止めた足を再び進める。
その時、邸内の庭に何者かの気配を感じた慎二が素早く銃を引き抜き気配を感じた先に向け発砲した。
「!」
放たれた数発の銃弾が気配の元に迫ると、突然小さな竜巻の様な風が巻き起こりそこにファラが姿を現した。
「野暮ね? 親子水入らずを邪魔するつもりなんてなかったのに」
まるでこちらが悪いとでも言いたげなファラの物言いに、翼達は警戒心を抱き身構える。
「ッ! あの時のオートスコアラー!」
「レイラインの開放……やらせていただきますわ」
「やはり狙いは要石か!」
「そう簡単にやらせると思うのか?」
装者3人、それも以前ロンドンで出会った時とは違い、マリアもシンフォギアを纏えると言う状態。しかも今度のシンフォギアは、あの時と違いアルカノイズによる分解器官による攻撃も防げるように改良されている。
状況はどう考えてもファラにとって不利であるにもかかわらず、ファラは全く怖気付いた様子を見せない。そもそも人形に怯えの感情があるかも不明ではあるが……
「ダンスマカブル」
ファラはアルカノイズの召喚結晶をばら撒き、邸内にアルカノイズを召喚する。あの時と同じ戦いの構図に、しかし翼は戦意を顔に漲らせてギアペンダントを手にした。
「あぁ、付き合ってやるとも!」
「今度こそスクラップにしてやる!」
「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」
「Imyuteus amenohabakiri tron」
「Seilien coffin airget-lamh tron」
装者3人がシンフォギアを纏い、アルカノイズの群れへと突撃していく。翼は無駄のない動きで次々とアルカノイズを切り伏せ、奏は嵐の様に迫るアルカノイズを打ちのめし、マリアは正確に短剣を投擲しアルカノイズを1体残らず始末していった。
「おらぁぁぁぁっ!」
「はぁぁぁっ!」
「ここは私達が!」
奏とマリアが周囲のアルカノイズの相手をしている間に、翼は八紘らに後退を願った。いくら強化型シンフォギアであっても、無力な人間を守りながらの戦いでは限界がある。
「うむ、務めを果たせ」
それに対し八紘は、情を感じさせない事務的な言葉だけを返し護衛と共に下がっていった。
その事に翼は辛そうに顔を伏せるが、今は戦いが優先と気を取り直しアルカノイズの討伐へと戻る。
ファラはそんな翼に目を付けた。
「さぁ、捕まえて御覧なさい!」
まるで竜巻に乗った様に宙を舞うファラが、強風を纏い翼へと何度も突撃する。翼はそれを悉く回避すると、一瞬の隙を見てアームドギアを大剣へと変形させ青い斬撃をファラに向け飛ばした。
[蒼ノ一閃]
大剣から放たれる青い斬撃が、ファラに向けて一直線に飛んでいく。ファラはそれを避けようとする気配がない。このまま大人しく切られるつもり……な訳が無く、ファラは手にした剣を振るい斬撃のように風を飛ばして翼の攻撃を打ち消した。
自慢の一撃が容易く防がれたのを見て、翼は大きく飛び上がるとファラに向け上空から剣を投擲する。その剣は見る間に翼の身の丈など軽く超えるほどの巨大な剣となり、それを翼は上から蹴り落とすようにしてファラに叩き落した。
[天ノ逆鱗]
この状態で翼が放てる大技の一つ、『天ノ逆鱗』。こんなのを喰らえばファラもただでは済まない筈だが、ファラは全く焦る様子を見せず手にした剣一本でそれを受け止めてしまった。
「何かしら……」
一見すると無謀にしか見えない光景。傍から見ていた奏は、ファラの剣が砕かれ翼の技により真っ二つにされる未来を想像していた。
しかし現実に起こったのは、翼の放った剣が粉微塵に砕かれ翼が地面に落下する光景であった。
「何ッ!? 剣が、砕かれていくッ!?」
「翼ッ!?」
「うあぁぁぁぁっ!?」
剣を砕かれた衝撃でか、受け身を取る様子も無く落下していく翼の姿に奏はそちらに駆け寄りながら無意識に左手をギアコンバーターの前に翳した。
瞬間、奏の中で蓄えられていた魔力に火が付き奏のガングニールをウィザード型へと変化させる。
「間に合えぇぇぇッ!!」
〈コネクト、プリーズ〉
落下する翼に向けて奏が手を伸ばすと、その先に魔法陣が現れる。奏はそこに躊躇なく手を突っ込むと、その手は翼の落下地点に巨大化した状態で出現し翼の体を優しく受け止めた。
「ふひぃ、間に合った……」
「それが……」
翼に取り合えず大事が無い事に奏が汗を拭う仕草をすると、ファラがそれを鋭い目で睨んでいた。
一方マリアは、翼の身に起こった出来事と彼女がとりあえず無事であることに安堵し、そして明らかに何かをしたのだろうファラを睨み付けた。
「貴方、今何をしたの!?」
「私のソードブレイカーは、剣と定義されるものであれば硬度も強度も問わずに噛み砕く哲学兵装。さぁ、如何いたしますか?」
挑発する様に切っ先を向けてくるファラの前で、奏は翼を魔法で引っ張り寄せ地面に静かに下ろす。しかしその間、視線は油断なくファラへと向けられていた。
「強化型シンフォギアでも、敵わないのか!?」
「せやぁぁぁぁぁぁっ!!」
恐るべき哲学兵装の威力に、慎二が戦きマリアが怯まずに何本もの短剣を投擲する。
しかし投擲された短剣は全てファラが放った一振りにより全て砕かれてしまった。しかも最悪な事に、その射線上には要石がありファラが放った斬撃はマリアの短剣を砕くのみでは留まらず、要石をも砕いてしまった。
「あら? アガートラームも剣と定義されてたかしら?」
容易く目標を達成できたからか、余裕を感じさせるファラ。そのファラに対し、奏がアームドギアを振り下ろす。
「剣じゃなくて、槍ならどうだ!!」
「おっと!」
振り回される奏の槍を、ファラは風も利用して次々と回避していく。柳に風と言わんばかりに軽々と攻撃を回避された奏は、ならばと魔法も駆使してファラを追い詰めに掛かった。
「この野郎ッ!」
〈バインド、プリーズ〉
「ッ! くっ!?」
四方八方から襲い掛かる魔法の鎖。これは明らかに剣ではないので、迎え撃つ事は出来ても砕く事は出来ない。
奏の意志により操られ、まるで生きているかのように襲い掛かる鎖に翻弄されファラは遂に体を鎖で絡め取られた。
「ぐぅっ!?」
「掴んだぞ!」
如何に剣を砕く刃を持ち、風を自在に操ろうとも、雁字搦めにされては意味がない。奏は身動きが取れなくなったファラの首筋にアームドギアの切っ先を当てて降伏を促した。
「ここまでだな。観念しろ。大人しく、キャロルってガキンチョの企みを全部吐いちまうんだな」
状況は完全にファラにとって詰みとなり、彼女に出来る事は眼前の奏を睨み付ける事のみ。
これで勝負ありかと、離れた所から見ていた慎二が確信した次の瞬間、空から無数の刃が降り注ぎファラを拘束している鎖を引き千切った。
「誰だッ!?」
やっとの思いで拘束したファラを解放させられ、奏は誰の仕業かと上空に目を向けた。
その間に拘束から逃れたファラは、奏を引き離すべく突風を巻き起こす。
「貴方の歌では、意味がない!」
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
「奏、うわっ!?」
吹き飛ばされた奏を、マリアが何とか受け止める。
その間にファラは風に乗ってその場から逃れてしまった。
去り際、ファラの声が風鳴邸に響いた。
『剣ちゃんに伝えてくれる? 目が覚めたら改めて貴方の唄を聴きに伺います』
ファラはそう言い残してその場を去り、後にはマリアと彼女に受け止められた奏、そして地面に横たえられた翼と少し離れた所で立ち尽くす慎二だけが残された。
要石も守れず、翼も敗れ去った。敗北感に苛まれる4人に追い打ちをかけるように、空には曇天が広がり雨が降り注いだ。
その様子を上空から眺めている者が居た。
「…………フンッ」
その者、メデューサは杖に腰掛けた状態で暫し滞空していたが、ファラが完全に下がったのを見て自身もその場を後にするのだった。
後書き
という訳で第130話でした。
今まで散々キャロルに甚振られて喜ぶハンスを描いてきましたが、これは彼が極まったドMという訳ではなく痛みと共にキャロルの事を自身の記憶に刻み付けている感じです。無印でフィーネが言っていた、痛みが人と人を繋ぐ、と言うのをこの2人は実践している感じです。
後に描く予定ですが、キャロルにとってもハンスにとってもお互いに依存するほどの関係になっているので、互いに病んだような感じになっています。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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