冥王来訪
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第二部 1978年
ソ連の長い手
雷鳴止まず その2
マサキは単機ゼオライマーを駆り、ミンスクハイヴに向かった。
時刻は午前三時ごろで、夜明けとともに開始されるミンスクハイヴ空爆まで残された時間はあと僅か。
ウラリスクやマシュハドの時の様に、さっさと片付ければ終わるであろう。
ただ今回はG元素を採取してきて欲しいとの依頼があったので手間はかかろう。
コンテナ20ケース程を拾い集めたら、ソ連赤軍が使えぬように原子レベルで灰にするつもりだ。
ハイヴ内にはG元素に相当する物を作る精製設備があるのではないかという米軍やCIAの報告書を基に直近に転移した。
以前より数を減らしたとはいえ、多数のBETAが群れる様にして周辺を彷徨っている。
『あのカシュガルにあった、タコの化け物が何かの指令を中継する装置だったのであろうか』
マサキの脳裏にふと疑問が浮かんだが、どうせ吹き飛ばす存在故にどうでも良くなった。
次元連結砲を連射して、手当たり次第にBETAを駆逐すると、地上構造物に突っ込む。
東京タワー程はあろうかという高さの構造物を即座にメイオウ攻撃で破壊。
天に向かってぽっかり口を開けた深い縦穴に向かって降りる準備をする。
底知れぬ深さの主縦抗。
ゼオライマーの地中探査レーダーの測定結果は、1200メートル。
ざっと自由落下の速度を計算したが、153メートル毎秒……
勢い良く飛び込むと、加速が掛かり、強烈な眩暈と共に身体全体が軽くなるように感じる。
落下する寸前、自動制御でブースターが掛かり、軟着陸をする。
薄暗いホール状の空間の中央に近づくと、やがて青白い光を放つ異様な物体が浮かび上がって来た。
まるで卵に似た形状をしており、よく見ると表面はまるでパイナップルの様なデコボコとした姿が見える。
恐らくこれが化け物共を誘導する装置なのではないか……
形は違えども、カシュガルで見たタコ足の生えた気色の悪い化け物と同じ類ではないか……
CIAの資料に在った反応炉というのは、此の事であろう。
もしこの巣穴の主ならば、遠い異星との通信を担当しているのであろうか。
ならば、この場から信号を送られ、地球に向けて増援を寄越される事態になってからでは遅い。
躊躇せず、メイオウ攻撃で原子レベルまで灰燼に帰した。
マサキは着ている深緑の野戦服を脱ぐと、強化装備と機密兜に着替えて、機外に下りる。
できれば防毒面や防護服で作業したかったのだが、ハイヴの中は未だに謎。
人体にどの様な悪影響を及ぼすか、不安だったため、嫌々ながら装備を付けたのだ。
持ってきたスコップで、コンテナボックスに残土を拾い集めている時、機内に居る美久が訊ねて来た。
「何か、向こう側から呼びかけのような反応がありましたが……」
マサキは、ふとスコップを落とした。
『俺は、勘違いをしていたのかもしれない』
マサキは、BETAが一種の生体ロボットであることは類推していた。
カシュガルでのタコの化け物がコンピューターを、美久を乗っ取ろうとしかけていた事からそう考えていた。
故に、今回も電子機器に何かしらの反応があると踏んで、次元連結システムをフルに活用し反応を調べていた。
だが、めぼしい反応がなかったと諦めていた矢先に、この話を聞いて思い悩んだ。
今は、鉄骨のような状態でメインエンジンの構成パーツになっているも、普段は人間の姿に似せて特殊形状シリコンで、外皮の様に覆っている。
もし今の事が事実ならば、BETAはシリコン、詰り珪素に反応したという事……
有機生命体である人類や哺乳類を生命として認識しているか、疑わしくなってきた。
彼は、一つの結論に達した。
『やはり奴等は、母星から滅ぼさねば……』
そうなって来ると、この地球を支配する事より、まず先にBETAの母星に乗り込んで、本拠地ごと灰燼に帰すしか有るまい。
途端に不安になった。
今のゼオライマーの装備では、次元連結砲以外の武装が無いのが、最大の弱点だ。
未だ人類未到達の月や火星にあるハイヴに乗り込んだ際に近接戦闘に持ち込まれたりすれば、防ぐ手立てはない。
マサキは、そう思うと、背筋に冷たいものを感じた。
天のゼオライマーは他の八卦ロボとは違い、無限のエネルギーを有する。
それ故に、ほぼすべての武装を遠距離攻撃を主とするものに限定して設計した。
月のローズ・セラヴィーのように近接戦闘に対応する武器がない……
山のバーストンの如く、多段ロケット連装砲のような補助兵装も無ければ、火炎放射器やビーム兵器の類も無い。
天候操作や人工地震の発生も一応可能だが、風のランスターほど十分ではない。
やはり新型機を、この世界で作るしかないか……
一層の事、八卦ロボの装備を闇鍋の様に混ぜた機体を一から作るのも悪くはない。
この世界のロボット建造技術があれば、元の世界で10年掛かる所を半年で出来るかもしれない。
鉄甲龍に残った同僚・ルーランは15年の歳月を掛け、自分が破壊した八卦ロボを再建した。
凡夫のルーランですら作れるのだから、この世界の人間にも可能であろう。
異界の天才技術者の手を借りるのも、悪くは無い。
そうなると先んじて戦術機と言う大型ロボットを開発した米国の知見を利用する。
悪くないように思える……。
早速基地に還った後、戦術機の技師である篁に知恵を借りるとするか……
手慰みに書き起こした月のローズセラヴィーの図面でも持って行って、あの貴公子の機嫌でも取ろう。
その様な事を考えながら、コンテナを機内に回収するとコックピットに乗り込む。
椅子に腰かけて、地上に発進する準備をしている最中に、美久の報告を受けた。
「未確認の機影が多数接近。その数50機ほどです」
通信を聞いたマサキは、思わず歯ぎしりをする。
「恐らく米空軍だ」
事前連絡の有った通り、大規模な絨毯爆撃が開始されるのであろう。
新型の高性能爆薬の威力は、未知数。
余計な損耗を避けるために一刻も、早く脱出するのが得策。
操作卓を右の食指で強く打刻すると、即座に機体は転移された。
マサキは、ミンスクハイヴから西方に30キロほどの位置に移転すると機体を着陸させる。
場所は、ラコフと表示され、リトアニアのビルニュスに向かう街道沿いの村落である事が判った。
態々白ロシア国内に残ったのは、米軍の絨毯爆撃を遠くから見届ける為。
爆撃を一通り終えた後、最後の仕上げとして白ロシアの東半分を廃墟にするためであった。
段々と東の空が明るくなって来ると、深い朝靄が晴れ始め、近くに建物が見えた。
廃墟となったロシア正教の寺院と思しき建物が目に入る。
その様を見ながら、マサキは過去の追憶へ沈潜していた。
ソ連は、マルクスの言う所の『宗教は人民の阿片』という共産主義の原理に基づいて、あらゆる宗教を否定した。
ギリシア正教の流れをくむロシア正教は言うに及ばず、イスラム教、仏教、土着信仰の類まで徹底的に弾圧。
王侯貴族の墓所を暴き、金銀財宝を略奪したばかりではなく、古代から崇拝の対象になっていた権力者や各宗教の聖人の墓所を暴き、屍を弄んだ。
各宗教、宗派から荘園や寺院を暴力で取り上げ、僧侶や神父などの聖職者の大部分は、刑場の露と消えた。
ロシア正教の壮麗な寺院や大伽藍は、食糧倉庫やラジオ局に改造されたのはマシな位で、その多くはゴミ捨て場や共同便所になった。
モスクワの救世主ハリストス大聖堂など、代表的な施設は爆破されて、無残な姿をさらした事を思い起こす。
爆破の指令を出したスターリンは、神学校出の強盗犯であったのは、何という皮肉であろうか……
冴え冴えと朝日が廃墟となったロシア正教寺院に差す様を見ながら、マサキは思う。
何れや、BETA戦に一定の目途が着いた暁には、この世界から共産主義者を滅することを心に誓った。
後書き
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