ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
圏内事件~追跡編~
──あれは、スローイングダガーの柄だ!
そう思う自分と同時に、あり得ない!と叫ぶ自分もいることをレンは感じていた。
部屋の中はシステム的に保護されているのだ。たとえ窓が開いていても、その内部に侵入することはもちろん、何かを投げ込むことなど絶対に不可能だ。
「あっ……」
悲鳴混じりの声を発するアスナの横で、キリトが叫ぶ。
「レン!」
だが、その言葉が向けられた先にすでに小柄な姿はなく、振り向いたときには窓の外に落下していく血色のコートの端っこがちらりと見えただけだった。
「レン!」
キリトの咄嗟としか形容しがたい声を受け、レンはすぐさま行動を開始した。
もたれ掛かっていた、廊下に続く北側のドアを足場に、ドアに直角に立つようにして、爆発的に加速した。
視界の先では、ヨルコの頼りなさげな体がぐらりと窓の方に傾けられる。
「く……ぁっ!」
引き戻そうと伸ばした手は───
あと少しで届かなかった。
そのままヨルコは窓の外へと落下する。
それを追って、レンは窓枠に立つ。しかし、ここで言う《立つ》は、語弊があるだろう。
なぜならば、レンが立っている窓枠は窓枠であっても、上側の窓枠だからだ。
そしてレンはそのまま、今度は窓枠を足場にして、落下していくヨルコを追う。
追い付き───追い越す。
先に地面に音もなく着地したレンは上を見上げ、落下してくるヨルコを受け止めようと両手を伸ばす。
だが、ここに至ってレンはある一つのことに気がついた。
すなわち、どうやってキャッチしようか、ということに。
そう、単純なことだ。
レンは、恐らく攻略組の中で一番速く、一番非力なのだ。
レベルアップボーナスでの自動獲得値があるため、レベル1とは比較にはならないが、攻略組の中では飛び抜けて低い。
女性プレイヤーとはいえ、あんな高さからの重力加速度と厚着をしていたら、命がいくつあっても足りない。
しかし──
ここは圏内なのだ。
いかなることがあっても、HPゲージは1ドットさえ減らない。
だが、一連の事件を聞いていると、どうしても足がすくんでしまう。
その結果、かなり腰が引けて、バンザイをするように両手を高く伸ばすという、かなり情けない格好ができあがった。
──数コンマ後
何やら良い香りと柔らかい感触を感じた直後、激しい衝撃が走る。
腕が石畳の路上に食い込み、嫌な音を立てる。
だが──
「…………プッはああぁぁぁ」
何とか止まった。
痛みはなかったが、なんとなく背中をさすりながら体を起こす。
「───────」
「へっ?」
腕の中で何とか受け止めたヨルコに顔を移す。
ばしゃっ、という、あまりにもささやかな破砕音。ポリゴンの欠片が、炸裂したブルーの光に吹き散らされるようにして拡散し───
腕の中に、漆黒のダガーだけが残っていた。
レンは、突如心に湧いた感情が何なのか解らなかった。
そしてその感情を理解しないまま、腕の中に残ったダガーを静かに石畳の上に置く。
──と
「野郎っ………!」
不意に上から聞こえてきた叫び声にレンは顔を上げる。
すると、レンとヨルコが落ちてきた窓の窓枠に右足を掛けているキリトが見えた。
「アスナ、後は頼む!!」
叫び、通りを隔てた向かいの建物の屋根へと一気に跳んだ。
キリトがあんなに急いでいる訳は明白だった。恐らく、犯人を目撃したのだろう。
──僕は?
レンは思う。追うべきなのだろうか、と。
「キリトくん、だめよ!」
頭上から切迫したアスナの声が響いた。
制止の理由は明白だ。もしあのスローイングダガーによる攻撃を被弾すれば、即死してしまうかもしれないからだ。
しかし、ここで自分の命を惜しんで、とうとうその姿を現した殺人犯を見逃せというのか?
もともとレンはこの一連の事件には無関係だ。
ここで無意味に命を危険にさらして、何の意味があるのだろうか?
だが──
「意味なんか、いるかっ!」
叫ぶと同時に、レンは、レンの姿がその場からかき消える。
街の屋根が並ぶ上空へと、カタパルトのように飛び出す。上昇から下降へと転じる一瞬の空白に、周囲に目を走らせる。
「いたっ!」
少し離れたところを猛然と走るキリトと、漆黒のフーデッドローブ姿のプレイヤー。
二つの人影は、それぞれのコートの裾をなびかせ、夕暮れの風を切り裂いて屋根から屋根へと跳び移っていく。
──リンゴーン リンゴーン──
その時、マーテンの街全体に大音量の鐘の音が響きわたった。
レンの耳──正確には聴覚野が、午後五時を告げる多重サウンドに大部分占領されている中───
「あっ!」
眼前を遠ざかっていた人影のうちの一つ、フーデッドローブ姿の人影が青い光とともに呆気なく消失した。
「ばかっ、無茶しないでよ!」
消沈したキリトとともに部屋に戻ったレンを出迎えたのは、押し殺したアスナの悲痛な声だった。
憤激と安堵が半分ずつ混ざったような表情で、ふう、と長く息をついて続ける。
「……どうなったの?」
レンとキリトは揃って首を振った。
「だめだ、テレポートで逃げられた。顔も声も、男か女かも判らなかった。まぁ…あれがグリムロックなら、男だろうけど……」
SAOで同姓婚は不可能だ。黄金林檎のリーダーが女性だったなら、結婚していたというグリムロックは自動的に男ということになる。
もっとも、それは絞りこむにはあまり使えない情報だ。
なぜならば、SAOプレイヤーの実に八割近くが男性プレイヤーで成り立っているのだから。
「………違う」
不意にキリトの言葉に反応した言葉があった。
その発生源は、ソファの上で大きな体を限界まで丸め、かちゃかちゃという金属音を響かせていたシュミットだった。
「違うって……なにが?」
訊ねたアスナを見やることもなく、シュミットはいっそう深く顔を俯かせながら呻いた。
「違うんだ。あれは……屋根の上にいたローブは、グリムロックじゃない。グリムはあんなに背が高くない。それに………それに………」
続いた言葉は、驚愕の一言だった。
「あのフードつきローブは、GAのリーダーのものだ。彼女は、街に行くときはいつもあんな格好をしていた。そうだ……指輪を売りにいくときだって、あれを着ていたんだ!あれは……さっきのあれは、彼女だ。俺たち全員に復讐に来たんだ。あれはリーダーの幽霊だ」
はは、はははは、と不意にタガが外れたような笑い声を漏らす。
「幽霊ならなんでもアリだ。圏内でPKするくらい楽勝だよな。いっそリーダーにSAOのラスボスを倒してもらえばいいんだ。最初からHPがなきゃ、もう死なないんだから」
はははは、とヒステリックに笑い続けるシュミットの目の前のテーブルに、キリトは左手に握ったままだったものを放り投げた。
ごとん、と鈍い音が響くや、シュミットはぴたりと笑いを止めた。
凶悪に光る刃を数秒見つめ───
「ひっ」
弾かれたように上体を仰け反らせる大男に、キリトは抑えた声で言った。
「幽霊じゃないよ。それは実在するオブジェクトだ。SAOサーバーに書き込まれたただのコードの塊だ。あんたのストレージに入ったままのショートスピアと同じ、な。信じられなきゃ、それも持っていくといい」
「い、いらない!槍も返す!!」
シュミットは絶叫し、ウインドウを開くや、震える指先を何度もミスらせながら操作して、黒いスピアを実体化させた。
窓の上に現れた武器を払い落とすようにして、ダガーの隣に転がす。
そして再び頭を抱えてしまう男に、アスナが穏やかな声をかけた。
「………シュミットさん。私も幽霊なんかじゃないと思うわ。だって、もしアインクラッドに幽霊が出るなら、黄金林檎のリーダーさん一人だけのはずがないもの。今まで死んでしまった三千五百人、みんなが同じくらい無念だったはずだわ。そうでしょう?」
だが、シュミットは項垂れたまま今度も首を左右に動かした。
「あんたらは……彼女を知らないだろ。あの人は……グリセルダは、すげえ強くて、いつも毅然としてて………でも、不正や横着にはとんでもなく厳しかった。あんた以上だよ、アスナさん。だから、もし自分を罠に嵌めて殺した奴がいれば……グリセルダは、絶対にそいつを許さない。たとえ、幽霊になってでも裁きに来るだろうさ…」
しん、と重苦しい沈黙が広い部屋を満たした。
アスナが閉めたのだろう、施錠された窓の外ではもうほとんど日が沈んでいる。
橙色のランタンが幾つも灯され、街は一夜の憩いを求めるプレイヤーで賑わっているはずだが、喧騒も不思議にこの部屋を避けているようだった。
唐突にレンが口を開いた。
「………別におじさんが何を信じよーが勝手だけどさ、約束は守ってよね」
「や、約束………?」
「グリムロックの行きつけの店を教えるって約束だったでしょ」
素っ気なくレンは言い、キリトとアスナに向き直った。
「キリトにーちゃん達は、その店に行ってくれない?」
「お、お前はどーするんだよ」
「………僕は、行くとこができたから」
伏せ目がちにそう言うレンから、言いようのない威圧感が放たれているような気がして、キリトはそっか、としか言えなかった。
「分かった。じゃあ、ここからは別行動だな」
キリトの言葉に、レンはこくりと頷くと静かにドアを開けた。
立ち尽くすキリトの前で、静かにドアが閉まった。
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんりゃいん!!」
レン「……………………」
なべさん「……………………」
レン「タイトルコール噛んだよこの人」
なべさん「やめて!そんな目で見ないで!」
レン「じとー」
なべさん「ジト目はやめてぇー!ってか、効果音を口で言うな!!」
レン「(無視)はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
──To be continued──
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