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魔法使い×あさき☆彡

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第三十二章 寝そべって、組んだ両手を枕に心の星を見上げる


     1
「お、姉、ちゃん……」

 それは間違いなく、(あきら)()(ふみ)()の声であった。
 幼い声が、アサキたちの脳内に直接、生じて響いていたのである。

「フミ! フミ! 聞こえる? お姉ちゃんじゃ! お姉ちゃんはここじゃ! ここにおるよ!」

 きょろきょろ見回して、どうなるものでもないのだろう。
 だけども(あきら)()(はる)()は、悲痛な顔で首を動かし、真っ白な雲の中に妹の姿を見つけようとしている。

「こ、これは、ど、どういう、ことなの?」

 突然の不思議現象に、アサキの顔がぺたぺた貼られた疑問符のシールだらけになってしまっていた。

「単なる偶然です。疑似思考を処理する量子ビット配列の、物理的な、つまりは素子反応を、あなたたちが捉えて声として認識したのです」

 ブロンド髪の少女、ヴァイスが淡々とした口調で説明する。

 アサキ、ヴァイス、治奈、カズミ、四人は綿菓子雲を思わせる濃密な気体に包まれている。
 その綿菓子雲こそが反応素子、超次元量子コンピュータにおいてコンピューティングの根幹たるスイッチングという概念を実現するための物理媒体である。
 宇宙のどこにでも存在する物質であるが、コンピュータの中心に近付くほど演算が活発になるために、白く濁って雲のように見える。

 史奈の意識シミュレートを演算した反応素子と、偶然に同調した彼女たちは脳に直接その演算結果を受け取って、処理された入力結果を音声として認識した。と、ヴァイスは説明したのである。

「無事、なんだよね、生きているんだよね、お姉ちゃん!」

 彼女たちの中に響く、史奈の声。

「おう、無事じゃ! フミのお姉ちゃんは強いけえね。簡単にゃあくたばらん」

 治奈は自分の胸をどんと叩いた。

「どこにいるの? どうして、帰ってこないの?」
「ごめん。いまは、いえんわ」

 話したところで、信じられるはずがない。
 無駄に恐怖を与えても、仕方ないというものだろう。

「また、会えるんだよね、お姉ちゃん」
「会える。必ず、また。……約束じゃけえね」

 治奈は、潤んだ目を袖でごしごし、にんまり笑顔を作った。
 と、そのすぐそばで、

「よかっ、た。……ぶ、無事、無事でっ、フミちゃん……」

 アサキが、治奈よりもっと目を潤ませて、いや堪え切れずに涙がボロボロボロボロ。完全に、泣きモードに入ってしまっていた。

「なあんで、お前の方が泣くんだよお!」

 突っ込み入れるカズミであるが、むしろ引き金の言葉になってしまったようで、

「だ、だって、だって、か、仮想世界は残っている、といわっいわれて、もっ、ほ、ほ、本当かなんて、ひぐっ、わ、わ、分からなかったからっ。『新しい世界(ヌーべエルヴアーグ)』が発動したら、せ、世界はっ、滅ぶと、あぐっ、い、いわれて、いた、いたしっ。で、でも、でも、無事だった。ほろっ滅んで、なんか、いなかっ、かったっ。フミちゃんも、生きていた。そ、それが、嬉しくて……嬉しくてっ」

 すっかり感極まったアサキは、後はただ遥か天を見上げて大声で泣き叫ぶばかりだった。
 ボロボロボロボロ、大粒の涙をこぼしながら。

「ほんっと、まったく変わってねえのな、泣き虫ヘタレなところ、全然」

 カズミは苦笑しながら、自分の頬を人差し指で掻いた。

「ま、そこがお前のよさだけどな」

 ぼそりというカズミであるが、彼女の心にもじんわり込み上げるものがあったのだろう、やはり少し涙目になっていて、ごまかすように軽く鼻をすすった。

     2
「無事だったのは、結界に触れたのが(オルト)ヴァイスタ化したアサキさんだったからです。そうでなければ、間違いなく世界は滅び、リセットされていた。そういう現実感(リアリテイ)のもと、運用される世界だったのだから」

 淡々と説明するヴァイスの声に、アサキは、真上を向いていた顔を下ろした。まだ涙ボロボロ、えっくひっくとしゃくり上げながら、ヴァイスの顔を見て口を開く。

「わた、わたしには、(オルト)ヴァイスタになっている実感なんか、なかったし、いくら話に聞かされていようとも『新しい世界』は『絶対世界』ならば滅びないとか、そんなの本当か分かるはずもないし。だから、不安、だったんだ。でも、でも、フミちゃんの声を聞けて、安心した。……世界は、まだ、みんな、生きて……ひぐっ」

 知った者が生きているという歓喜に、泣きじゃくっていたアサキであったが、インターバルを挟むと再び天を見上げて、今度は悲しげな大声で泣き喚き始めた。
 わんわんと大声で、文字通りの号泣である。
 心から辛く悲しい気持ちが込み上げていたからだ。
 仮想世界を現実と信じ、生きている者の生を喜ぶほどに、殺された義理の両親のことが、より以上に現実であると認識されて、思い知らされて、どうしようもなく悲しい気持ちになってしまっていたのだ。

 なお号泣を続けるアサキであるが、

「……聞こえとるの? フミ、フミ! ねえ、お姉ちゃんの声、聞こえとる? フミ!」

 不審げな治奈の大声に、はっと我に返っていた。

 必死に叫び、妹を呼び続ける友の姿。その態度の理由に、すぐに気が付いた。妹の、史奈の声が、聞こえなくなっていたのだ。

「フミ! フミ! 聞こえておるなら返事をして!」

 いくら治奈が大声で呼び掛けようとも、もう彼女たちの頭の中に史奈の声が届くことはなかった。
 それどころか、ガジャアと不快な雑音さえ聞こえてきたので、彼女たちは素子反応を拾おうとする意識のスイッチを切った。

 戻るは静寂。この人工惑星に空気はなく、本来の音という意味ではもとから静かであったが。

「うちの声も、ちゃんとフミに届いのたじゃろか」

 治奈は泣き出しそうな顔で、白い衣装の少女ヴァイスの顔を見る。
 たったいままで会話をしていたばかりだというのに。自分の脳内だけのことではないか、などと不安なのだろう。

「届きましたよ。といっても、妹さんはおそらく夢の中でしょうけど。……治奈さんは、妹さんにとても愛されていたんですね」
「何故? あ、いや、絆は最強じゃよ、うちの家族は」

 声が届いたことが、愛されていることとどう関係するのかを、問おうとしたのだろう。
 でも、言葉の裏にちょっと不快な要素を感じ、はぐらかしたのだ。

「こちら側にとっては、ただの素子反応ですが、向こうの世界では夢の中や、深層心理といった無意識下でのみ、現実世界と接触することが出来るのです。正夢とか、神託が、とか、そういった具合にね。そうした世界観の設定ではあるため、基本は片方向。会話など双方向の通信をするためは、向こう側に、ある程度の強い思いが必要なのです。思いの強さといっても、量子配列に基づく疑似感情への方向性の作用であり、そういう意味では本人の資質や努力とはまったく異なるものですが」
「難しいな。思う気持ちが強い、というところだけ受け取っておくけえね。……そがいなことよりも、その『設定』ってい……」
「その『設定』とか『疑似』とかいうの、やめてくれないかな」

 治奈の言葉に被さったのは、アサキの声。おそらく同じことをいおうとしたのだろう。
 大きくはないが、明らかな怒気を孕んだ、震える声だった。

「わたしたちは、わたしたちの現実を必死に生きてきたんだ。(せい)()ちゃんの、ヴァイスタ化する恐怖。わたしには、どれだけのものであったか、想像も付かない。彼女と大喧嘩しちゃって仲直りしようとしていた、(なる)()ちゃんの純粋な気持ち。でも親友がヴァイスタになっちゃって、そのヴァイスタに襲われ、殺された。どれだけのショックだったか、怖かったか、悲しかったか。……ウメちゃんの、自分が砕いてしまった妹さんの魂を、なにがなんでも助けようとしていた、優しく、必死な思い。ことを為せず、朽ちる無念。……わたしだって、わたしだって、修一(しゆういち)く……義理の両親を、目の前で殺された。身がよじれるどころじゃなく、消え去りたくなるくらい、世界がどうなっても構わないと思うくらいに、辛かったんだ」

 一呼吸、アサキは続ける。

「この気持ちが、偽物なはずがない! だって、そうでしょ? わたしたちがそう思うというだけでなく、実際に、本物の世界を、作ったんでしょ? 痛みを感じる、身体や、心を、作ったんでしょ? 怖いものを怖いと感じる、心を作ったんでしょ? なら、生きているんだよ。……殴られれば痛いんだ。悲しい目にあえば涙が出るんだ。辛い思いなんか、したくないんだよ。悲しい思いなんか、したくないんだよ。人を信じて、繋がって、笑って、恋愛して、普通に、生きたいんだ! 生きてきたんだ! 偽物なんかじゃない!」

 声を裏返し、叫んでいた。

 知らず熱く語ってしまい、はあはあ息を切らせながらアサキは、驚きにはっと目を見開いた。我に返った途端に、気持ち萎んで弱気な表情。おずおずと申し訳なさそうな上目遣いで、ヴァイスの顔を見た。

「ごめん」

 小さく頭を下げると、赤毛がふさり揺れた。

「ヴァイスちゃんにいっても、仕方のないことなのに」 
「いえ、こちらこそ謝ります。……わたしは、これまでたくさんの仮想世界を見てきた。でも、わたし自身は、ずっとこんなところにいるから……現実にたくさんの人に囲まれて生きたことなんてないから、あなたたちがどれだけ必死な気持ちであるのかを、本心から理解することは出来ないんだ。本当に、ごめんなさい」

 ブロンド髪の少女も、小さく頭を下げた。

「あ、いや、その、いいんだよ。謝らないで。わたしの方こそ、自分の立場からだけでものをいってた。ヴァイスちゃんにも色々とあることを、全然考えもせずに。ごめんね」

 そういうと、ようやくアサキは笑みを浮かべた。
 激しく泣いた後であり、まだ目が真っ赤に腫れているため、ちょっと変な感じであったが。

「仲直りが出来たのは、まあいいんだけどよ。でも、なにをすりゃあいいんだろうな。あたしたち。この、世界で」

 カズミが腕を組んで、ぼそり呟いた。

 と、その瞬間、身体が浮き上がっていた。
 巨人の手に襟首を摘まれて引っ張られるかのように、突然、垂直に、浮上していた。
 カズミだけでなく、四人全員の身体が。

「そろそろ戻りましょう」

 白い衣装の少女ヴァイスが、手の中にある小さな機器のスイッチを押したのである。

     3
 身体が、巨大な手に摘まれ引っ張られているかのように浮き上がっている。

 と思った瞬間には、元いた部屋へと戻っていた。
 四人の少女たちは、机と寝台だけの簡素な部屋の中に立っていた。

 あまりの唐突さに、アサキ、治奈(はるな)、カズミの三人は、不思議さに口を半開きにして、きょろきょろしてしまう。

「な、なんか、ワープでもした感じだなあ。夢でも見てたような……」

 カズミが、自分の手や足、腕を上げて脇腹などを見たり、身体をぽんぽん叩いている。
 あまりの高速移動に、身体が削れていないか気にでもなったのか。
 実は陽子電送技術でハエが紛れ込んでたらどうしよう、とかなんとか心配でもしたのか。

「単なる高速昇降です。もう皆さんの身体も感覚も慣れたでしょうから、戻りは速度を抑えなかっただけです」

 白い衣装の少女、ヴァイスが説明する。

「へえ、すっげえんだな。つまりこれが、西暦五千年の科学ってわけだ」

 いま彼女らの存在する時代は、さらに千八百億年後の未来である。
 だが、この超速移動技術が生み出された時代は、カズミのいう通り西暦五千年頃のものだ。
 仮想世界の時送りに成功していれば、人類はもっと進んだ技術を手に入れることも出来ていたのかも知れないが。

「西暦だなんてとてつもない大昔、ってことは理解したけど、やっぱあたしらにとっちゃ遥かな未来なんだよなあ。ああもう、頭がこんがらがるな」

 難しげな、苦い表情を浮かべるカズミであるが、ふと、難しげな表情のまま首を傾げて、むむと眉を寄せて唸った。

「あれ、そもそもあたしら、なんの話の途中だったんだっけ?」
「わたしたちの、これからすべきことだよ」

 赤毛の少女、アサキが答える。

「ああ、そうだった」
「まあ、当面のところは、この現実世界や宇宙を云々というのは後回しじゃろな。まずは、仮想世界を守ること。シュヴァルツが、それを破壊しようと考えておるのなら」
「だな。フミちゃんが生きてることが、分かったんだもんな」

 カズミは、治奈の肩を叩いた。

「他のみんなもじゃ! だって、世界は、あったんじゃから」
「ごめんごめん。でもよ、この世界であたしたちが頑張って、あいつらからあたしたちの地球を守り抜いて……それでどうなるんだろうな? あ、いや、もちろん守るけれども、その先に、なにがあるのかって話でな」

 カズミは、難しそうな顔で頭を掻いた。

「なにかが、出来るはずなんです。あなたたち二人はともかくとして、アサキさんさえいれば」

 というブロンド髪の少女の言葉に、カズミはつまらなそうにふんと鼻を鳴らした。

「栗毛ぇ、てめえは、ほんっと人の気持ちの機微が分かんねえやつだな。事実だろうと正直にいやあいいってもんじゃねえだろが」
「すみません、悪気はないのですが」

 栗毛、白衣装の少女ヴァイスは小さく頭を下げた。

「とりあえずあたしらを持ち上げときゃあ、アサキがビビったりむずがったりしても、あたしらがおだててその気にさせたりとか、してやれるってもんだろ」
「承知しました」

 インプット完了。ブロンド髪の少女は、小さく頷いた。

「そ、そんな、おだててその気に、とか。……必要なことなら、やらなきゃならないことなら、やるよ。わたしに、そんな力があるかなんて、分からないし……いまは、ちょっと……元気が、出ないけど」

 ふう、
 赤毛の少女は、弱々しい顔で、弱々しいため息を吐いた。

 先ほど、義理の両親を思い出して大泣きをしたが、まだその気持ちがまったくおさまっていないのだ。
 気持ちの整理が、まったくついていないのだ。

「ところでヴァイス、ふと思ったんだけど」

 カズミは不意に、ヴァイスへと声を掛けた。

「なんでしょうか、カズミさん」
「あのさ、死んだ人間を生き返らすことって、出来ないのかな?」

 もちろん仮想世界の、であろう。
 定義にもよるが、生きている人間などこの人工惑星上にはいない。それどころか、おそらくこの宇宙上にも存在していないのだから。

 アサキの気持ちを察しての、質問か。
 もとから、尋ねようとしていたことなのか。

「出来ません」

 いずれにしても、瞬間的に突っぱねられたが。

「魔法であれ無理です。仮に可能であるとして、それは、あなたたちにとっての『本当の世界』を否定することになりませんか?」

 その言は一理、いや一理以上にあるだろう。
 簡単に死者が蘇っていては、それこそゲームの世界である。
 生命の価値がない世界になってしまう。

「なんだよ、残念」

 カズミは、小さな舌打ちをした。
 予想通りと思ったか、あまり落胆もない様子ではあるが。

「ありがとう、カズミちゃん」

 アサキはカズミの質問を自分への気遣いと捉えて、心から礼をいった。ちょっとぎこちないかも知れないけれど、本心からの笑みを浮かべた。

「な、なんだよ急に」
「わたしが修一くんたちのことで落ち込んでいるから、そういうこと聞いてくれたんでしょう?」
「バカ、違うよ! スカートめくるぞ!」
「でも確かに、生き返れないというのは当然かも知れないね」

 だからこそ、現実なんだよ。
 もしもそれが自由にかなったら、世の中はきっと、とんでもないことになってしまう。
 常識的に考えてもそうだし、それに、ヴァイスちゃんのいう「設定」を途中で覆したことにより、世界にどんな影響が出るかも分からない。

 家族が死んで悲しいのは、わたしだけじゃない。
 生きている者が、そこから一歩を踏めるかだ。

 でも……
 それじゃあウメちゃんがこの「絶対世界(ヴアールハイト)」にきたとしても、(くも)()ちゃんの魂を蘇らせることは出来なかった、ということか。

 次の地球にまた生まれて、とかならばともかく。
 でもそれはもう、別の人間だ。

 雲音ちゃんは、もう、蘇らない。
 ウメちゃんも……

 悲し過ぎだ。
 あまりにも報いが、なさ過ぎだ。
 救いが、なさ過ぎた。

 (みち)()(おう)()の顔が脳裏に浮かび、一緒に活動したあれこれが浮かび、またアサキは元気なく俯いてしまっていた。
 く、
 と呻くと、ぼろっ、ぼろっ、左右の頬を、涙が伝い落ちていた。

     4
「お前、どうせ今度はウメのこと考えてんだろ」

 カズミには、完全に見通されていた。
 隠しても意味はないので、こくり、頷いた。
 鼻をすすった。

「だ、だって、(くも)()ちゃんを、救おうと、ウメちゃん、あ、あんなに必死に、頑張っていたのに。わたしたちをヴァイスタにしてでも、と苦悩しながら、が、頑張っていたのに……」

 アサキはそこまでいうと、俯いたまま黙ってしまう。

 時折、鼻をすすっていたが、やがて、顔を上げた。
 ぱしっ、
 両手で、自分の頬を叩いた。

「ごめんね。ここで、こんなこと。頑張っているというなら、誰もが頑張っている。ヴァイスちゃんだって宇宙のために、こんな、無限にも等しい時間を、ずうっと生きてきたんだ」
「宇宙のために、だけ肯定します。わたしは、いわゆる生体ロボットで退屈という感覚はないため、無限の時間に対して苦痛はないのです」
「それでも感謝だ」

 本心から、思う。

 遥か昔の人類が、宇宙延命のために思案、実行した、その仮想世界があればこそ、わたしたちも生まれたのだから。
 こうして、真実を知ることが出来たのだから。
 宇宙を守るための機会を与えて貰うことが出来たのだから。

 アサキの言葉の流れを受けて、今度はヴァイスが語り出す。

「確かにわたしは、無限に等しい時間を生き、ずっと待ち続けました。仮想世界内の歴史が進行し、人類に新たな叡智が授かることを。……そしていつしか、奇跡の起こる仮想世界を、願うようになっていた。宇宙の法則を覆す、知識と、力、さらにはその奇跡が、仮想世界に生まれ、よじり合わさって現実世界にも本当の奇跡が起こることを。……それが今回の『魔法のある仮想世界』ではないかと、かなり期待しているのです」
「まず、一つの奇跡は起きた、ってわけだな」

 カズミの言葉に、ブロンド髪の少女は幼い顔を縦に小さく振った。

「その通りです。アサキさんという、桁どころかそもそもの規格が違う、絶大な力を持つ魔法使い(マギマイスター)が仮想世界に生まれ、転写機により陽子構造式そのままに現実世界へと転造された。奇跡の始まりが、始まった瞬間です」
「まあ、アサキはほんっと規格外だからな。……でも、いまさらだけどさ、自分たちがコンピュータのデータだったなんて、複雑な気持ちだよな……」

 カズミはこれまで、どちらかといえば楽観的な発言や態度ばかりが目立っていたが、不安な態度をはっきりと見せないだけで思い気持ちはじわじわと蓄積されていたのだろう。
 目にじんわり浮かんだ涙は、きっとそういうことなのだ。

 そんな彼女へと、

「現実だよ」

 アサキは、抱き着いていた。
 自分自身も大泣きの涙痕がくっきり浮いているくせに、優しい笑みを浮かべて、そっと優しく、ぎゅっと強く、ポニーテールの少女を抱き締めていた。

「お、おい、アサキ!」

 びっくり慌てて、身をよじって離れようとするカズミであるが、

 アサキが、離さなかった。
 ぎゅうっと、より抱き締める力を腕に込めていた。

「データなんかじゃない。現実なんだよ。……これまでも、そして、これからも。わたしたちは、現実に生まれて、現実を生きていくんだ」
「……そうだよな。ちったあマシなこというようになったじゃんよ」

 抱き締め返すカズミ。
 嬉しさに溢れた、でもちょっと恥ずかしい、そんな表情で。
 ただしそれは、ほんの一瞬だけの表情だった。アサキの様子の変化に、カズミの顔には驚き、疑問、焦り、不安といった色が生じていた。

「アサキ……」

 優しい笑顔が、なんとも苦しげな、なんとも悲しげな、なんとも辛そうな表情へと変わっており、カズミも色々と共感してしまったものだろう。

 アサキは、表情の変化のみならず息も荒くなっていた。
 この人工惑星に酸素はなく、実際には呼吸はしていないが。精神の乱れが仕草に現れて、そう見えるのである。

「過去も、未来も現実だ……現実、だけど……でも、でも、でもわたしは!」

 はっきりと、混じり込んでいた。
 乱れる吐息の中に、苦痛の声、苦悩の声が。
 いまにも叫び出しそうな、いまにも泣き出しそうな顔で、アサキはぐううと呻いた。

 わたしは……

 この世界が現実だけど、自分たちが生きてきた世界も現実だ。
 だけど、そう認めるということは、つまり自分は人間ではない、ということになるのだ。
 合成生物(キマイラ)であるのだ。

 それだけならば、構わない。
 自分だけのことだ。

 だけど、わたしの身体は……
 絶望し、世を呪い、死んでいったたくさんの人たちを、合成し、生み出された存在。
 いつか、(オルト)ヴァイスタ化させるために。

 吹っ切れたつもりでいた。
 吹っ切れてなどいなかった。

 こちらの世界へと来たことで、
 自分がいた世界が仮想世界であると知ったことで、
 その真実を、その呪いを、うやむやに出来る。
 無意識に、少しでも、そう考えて、楽な気持ちになっていた。
 でも現在、その安心した思いの絶対値がそのまま、いやむしろ数倍加して現在の自分を激しく攻撃していた。

 自分のせいで、義理の両親が死んだ。
 たくさんの人たちが、死んだ。
 自分は人間ではない。
 呪われた、合成生物(キマイラ)

 カズミちゃん、治奈ちゃん、他の、みんなのいた、あの世界を、現実であると認めるのであれば、それはつまり、自分を呪われた存在と認めることになる。
 認めないのであれば、それは親友であるカズミちゃん、治奈ちゃん、死んだ仲間たちの存在を、否定することになる。

 仮想世界だからなどと、都合よく割り切れるものではない。

 わたしは……

 わたしは!

「うああああああああああああああ!」

 耐え切れなかった。
 張り裂けそうなほどに口を開き、絶叫していた。

 頭の中が、真っ白だか、真っ黒だか、わけが分からなくなって。

 だけど、絶叫放ったその瞬間に、アサキは包まれていた。
 温かな柔らかさの中に、包まれていた。

「大丈夫」

 カズミが、アサキの身体を強く、強く、抱き締め返していたのである。

「……あたしたちが、いるだろ」

 頬に頬を当て、擦るように押し付けていたのである。
 優しく、微笑んでいたのである。

「ほうよ、アサキちゃん」

 二人の肩を、治奈が抱え込んでいた。
 大きく、腕を広げて、強く、優しく。

「カズミちゃんの、いう通りじゃ。心配ない。……生きておれば、きっとなんとかなる。仲間がおれば、きっとなんとかなる。絶望しなければ、きっとなんとかなる。アサキちゃんはいつも、絶望はしないって、いっておったじゃろが。口癖のように」
「ありがとう、治奈ちゃん。……ありがとう、カズミちゃん。二人とも……本当に、ありがとう」

 二人に抱き締められながらアサキは、微笑んだ。
 弱々しく、でも嬉しそうに、ちょっと恥ずかしそうに。

 微笑んだ途端、ぼろり、涙が出た。
 ぼろり、ぼろり、
 大粒の涙が頬を伝って、上着を濡らしてしまう。

 ひぐっ、
 しゃくり上げたアサキは、天井を見上げて、またわんわん大声で泣き出してしまった。

「あ、あ、あり、あ、ありが、う、うれし、のに、な、涙、がっ、うっ、うわあああああああああん」

 ぼろり、ぼろり。
 ぼろり、ぼろり。
 涙が、こぼれる。

 止まらなかった。

 こんなに嬉しいことはないのに。

 ぼろり、ぼろり。
 止まらなかった。

     5
 暗闇の中に、浮いている。

 正確には、地に立っている。
 だが、空も地面も等しく漆黒であるため、浮いているように感じてしまうのだ。

 ちょっと意識を切り替えれば、この空は青色にも茜色にもなるのだが、その意識のスイッチを、ちょっとの間、切っているのである。

 ここは光源のなに一つない、宇宙空間に漂う人工惑星。
 太古には天に輝いていたはずの星々も、すでに朽ちている。
 宇宙の終焉も近く、新たな星が誕生することもない。

 そんな暗黒の中で彼女たちがものを見ることが出来るのは魔力の目が無意識に働いているためだが、でも現在はその意識を切っている。
 お互いの姿だけは見えるようにしているが、地に立っているのか空中に浮いているのかも分からない状態だ。
 いや、いつの間にか、しっかりとした地面が足元に現れており、辺りを見れば歪んだ奇妙な建物の数々に囲まれていた。

 さらには頭上を、

「よおし。みんな、青空に見えてっかあ?」

 見上げれば、綺麗に晴れ渡る青い空。
 カズミの言葉に、治奈とアサキは頷いた。

 実際には光などなんにもない真っ暗闇だが、三人の脳内では陽光に照らされ光り輝く世界へと変わっていた。

 彼女たちは、なにをしているのか?
 魔力の目による視界を、みなで調整し、見え方を共有しているのである。

 青空に見えるのは、仮想世界の中の日本が昼だからだ。
 魔法による小細工で脳内にタイマーセットして、仮想世界の日本と同じ昼夜が訪れるように調整したのだ。

 仮想世界は、現実世界と時間が同期しており、つまり現実世界こそが時間の基準だ。
 しかしこの通り、この現実世界は昼も夜もない。
 ならば、と昼夜に関しては、仮想世界側の日本に合わせることにしたのである。

「雲とか、雨なんかは、どうしようかのう」
「そこまでは余計だろ。実際には降らないんだから」
「ほうじゃね。とりあえずは二十四時間の中で、朝昼晩を回すだけでええね」

 共有基準を作るための調整をすっかり二人に任せて、アサキは先ほどから、周囲の建物群をきょろきょろと見回している。

 シュヴァルツや()(だれ)がいつ気配を殺し襲ってくるかも分からないから、と警戒していたのだが、いつの間にかそのことそっちのけで、この変な形の建物に心を奪われていた。
 低層、高層、様々なビルがあり、みな、倒れないのが不思議なほどに、歪みに歪んでいる。

「なんだか、異空みたいだ……」

 建物のねじくれ具合をまじまじと見ていると、本当にそう思う。

「住むこと出来のかな? でも、暮らしにくそうだな」

 建物の中は通路が無意味にうねっていて、上か下かも分からないくらいだったし、外観にしても奇抜さ先行が過ぎて、住心地がよいかもなどとても想像出来るものではない。

「異星人の感覚や価値観など分かるはずもないし、もしも地球人が使うことになった場合には有事の際に敵の侵入を退けるため、このようデザインにしたらしいです」

 ブロンド髪の少女、ヴァイスが説明する。

「ん。ああ、そうか」

 アサキは納得し、小さく頷いた。

「でも結局、異星人はここへはやってこなかったんだ」
「はい。この星系には、微生物、バクテリアの類しか、生命の確認は出来ませんでした」
「そうなんだ。地球に生物がいるって、考えてみれば凄いことだったんだね」

 自分が知る地球とは違うが、とにかく地球が存在したというそれ自体が奇跡と思うし、その奇跡があったからこそ、人類が生まれて、進化した。超次元量子コンピュータによる仮想世界なるものが作り出され、そして、

「わたしたちは、そこからこの現実世界へと、この地に、いまこうして立っている」

 しみじみと奇跡を実感していると、どの部分から話を聞いていたのかカズミが楽しげな顔で乗ってきた。

「なあ、あたしたちだけじゃなくてさあ、仮想世界の人間を、いや、仮想世界そのものを、すべてこっちに持ってきてさ、みんなでこっちの世界で暮らすとか、面白くない?」
()(だれ)だけ、メダカの水槽なみに狭くした仮想世界に押し込めてな」

 治奈も話に参加し、カズミは「鑑賞魚かよ」と楽しそうに笑った。

「技術的には、可能です」

 というヴァイスの言葉に、カズミたち三人は飛び上がって驚いた。

「ほ、本当かよ!」
「もともと、行く末に相互往来を考えての、転造技術なのですから。アサキさんたちがこちらへきたのは、仮想世界側の達成条件を考えると奇跡的というだけで、こちらの側からすれば、単に陽子配列式を元に転写復元させただけ」
「身も蓋もねえいい方だな」

 ぼそり突っ込むカズミ。

「ただし、転造で物質化しようにも、その素材が限られています。この惑星に資源はなく、恒星間移動の手段もないため、これ以上の物質化は不可能でしょう」
「くそ、()(だれ)のアホがこっちくるから」
「あなたたち二人も同じということを、お忘れなく」

 ヴァイスにさらりいわれて、カズミは、

「す、好きできたわけじゃねえやい!」

 まともな二の句がつげず、声荒らげてごまかすしかなかった。

「そもそも、このような滅び掛けた宇宙に、何億もの人間が仮想世界から出てきたところで、ここでなにをすればよいのです? やはりまずは、なにをおいても、この宇宙を救う、すべてはそれからなのです。そのためには、神になること」
「紙に……」

 と、カズミがボケるが、ヴァイスは完全に無視して赤毛の少女へと、尋ねた。

「アサキさん、あなたは、どんな神になりたいのですか?」

 急に振られて、アサキはびっくり慌ててしまう。

「え、わ、わたし? 何故そんなことを。……神だとか、そんなものに、別になりたくなんか、ないな。わたしは、力なんか欲しいとは思わない。平和な日々を送れれば、それだけで幸せだ」
「でも、現実はこんなですよ。ならば、平和な日々を送るためには、やはり神の力を手に入れるか、または、宇宙が消滅した方がよいということになりますけど」
「消滅は、困るけど……」

 問われても困ってしまう。
 だったら神になれだなんて、そんなこといわれも。

 そんな欲望がまったくないのだから、答えられないのは仕方がないじゃないか。
 誰もが神とか、強さとか、権力とか、そんなことを望むものと思っているなら大間違いだぞ。

 もちろん、出来る限りの力は貸すよ。
 出来る、限りのだ。
 でも、もともとが、仮想世界の中で科学技術を進歩させて技術や人類の叡智を取り出す、などといっていたんじゃないか。じゃあ計画通りに、それを進めればいいじゃないか。

 時間を同期させる関係で、あと一回しか仮想地球を試せない、という話だけど。それにしたって、宇宙の終焉まであと百億年くらいあるじゃないか。

 わたしはまだ十三、いや十四歳になったばかりだよ。
 なんだか、話というか感覚が途方もなさ過ぎる。
 途方もなくて、現実感がわかなさ過ぎる。

 ヴァイスに掛けられた言葉から、そんなあれこれをアサキが思っていると、

「あたしは、歌の神様にでもなるかあ!」

 カズミがバカでかい声で、アサキの心の吹き出し台詞に横槍をぶっ刺してきた。

「神の資質を持っているのは、アサキさんだけです。あなたたちは、ただ一緒にいるだけですので、履き違えないよう願います」
「なんだよ、くそ、かわいい冗談に本気突っ込みやがって。……じゃあ、じゃあ、あたしの分まで歌の神になれ、アサキ!」
「え、ええっ」

 いきなり変というか恥ずかしいこと振られて、アサキは肩を震わせ、顔を赤くした。

「う、歌の、とか、いわれても、わたし……」

 わたしが音痴なの、知ってるだろう。
 いや自分ではそう思ってないけど、みんなメチャクチャからかうじゃないか。こんな大変な時に、あんまりふざけないで欲しいんだけど。

「大丈夫大丈夫」
「なにが大丈夫なんですかあ?」
「うん、こっちの世界ならきっと、たぶん被害少ないから。……それではあ、(ほし)(かわ)()()()の名曲を、ちょっとオバカな宇宙世紀アイドルのアサキちゃんが歌いむああす。♪ ずっちゃーらちゃちゃちゃちゃからりらりらりいいん、ちゃっちゃーらちゃちゃか、はい!」
「♪ ながれぼおしいぃぃキラキラァァァあああがくよおおおおおお ♪」

 マイクに見立てた拳を突き付けられた瞬間、アサキの口から漏れて出たのは、歌といっていいのか、単なる唸り声というべきか。

「でたあ、殺人音波あああ!」

 カズミはげらげらと笑いながら、両手で自分の耳を塞いだ。

「アサキちゃん、相変わらず強烈じゃけえね!」

 治奈もだ。
 楽しげな表情で、耳を塞いでいる。

「う、歌わせておいてそれは酷いよお!」

 自分の歌のどこが悪いのか、まったく分からないけど、それだけに恥ずかしくて、アサキは涙目になった顔を赤らめ、怒った顔で拳を振り上げた。

 でもすぐに、自分もなんだかおかしくなってしまって、けらけらと楽しげに笑い始めた。

「いや、ごめんごめん。でもさ、アサキがアサキ過ぎて……安心したよ」

 カズミは耳から手を離すと、目尻の涙を指で拭った。そして、

「だからさ……大丈夫だよ、あたしたち。この先さ、どんな困難があろうともさ」

 優しく、微笑んだ。

「話が飛躍して、よく分からんのじゃけど」
「そもそも、わたしの歌からそういう雰囲気に持ってくのやめてよ」

 突っ込む二人。
 まあまあ、とカズミに引き寄せられて、三人は肩を寄せ合い円陣を作っていた。

 仕方ない、カズミちゃんのノリに付き合いますか。と、アサキと治奈は、笑みを浮かべた顔を見合わせた。

「あたしがあたしであり、治奈が治奈であり、そしてアサキがバカで、アホで、赤毛のアホ毛で、歌が捕まったら死刑間違いないレベルで、胸がぺったんこで、こないだお風呂で見ちゃったけど下ツルツルで、思わずブン殴りたくなる顔で、すぐ泣くクソヘタレで、お笑いセンスも最悪で、でも……誰よりも強くて、誰よりも優しいアサキであり。そんな、あたしたち三人である以上は、立ち向かう困難なんか、なにもない!」

 叫ぶと同時に、カズミの寄せる肩にぎゅっと力が入る。
 アサキと治奈も、つい同じように、力を込めた。
 強く、肩を寄せ合い、抱き合い、真顔でお互いを見つめ合った。

 なんで自分だけこんな酷くいわれないとならないんだろう、とも思うアサキであったが、

 でも、
 ありがとう、カズミちゃん。
 なんだか、元気が出たよ。
 おかげで、わたしたち三人の絆は、深まったよ。
 大丈夫。
 なんとかなるよね、この先。

「やるぞおーーーーっ!」
「おーーーーっ!」

 カズミの音頭に、アサキと治奈は大声で叫ぶ。
 そして三人、右腕を高く、天へと突き上げた。

     6
 暗黒の空である。
 だけれども、カズミ、治奈(はるな)、アサキの三人には、日の暮れ掛かる茜色の空に見えていた。

 三人は、公園の傾斜した芝の上にごろり転がって、手を繋ぎ合いながら空を見上げている。

「将来の夢!」

 寝転びながら、不意にカズミが叫んだ。

「な、なんよいきなり。しょ、将来の?」
「夢?」

 治奈もアサキも、不意過ぎて目が点だ。

「そう! 将来の夢! あたしはねえ……金持ちと結婚してえ、子供は五人!」
「え、けけっ結婚、って、カズミちゃん……」

 アサキの、点になってた目がさらに点になって、ほとんど見えなくなっていた。

「お前は、したくないんかよ」

 諸々を否定されたとでも思ったか、カズミは不満げに唇をとがらせた。

「え、え、そ、そんな、こといわれても……」

 もちろん漠然とは考えていた。
 自分は恋愛に疎く、あまり興味もないけれど、一般常識的に、いつかは誰かと新たな家庭を築くことを。

 でもそれは、なんにも知らなかったから。
 現実がこんな世界だなんて、知らなかったから。
 宇宙が終わり掛けていて、地球ももうないだなんて、知らなかったから。こんな、滅び掛けた、生命の存在しない宇宙だなんて。

 自分たちが生活していた超次元量子コンピュータによる仮想世界が、仮に誰もが認める現実であったとしても、でも、ならばわたしは合成生物(キマイラ)なわけで。

 でも人間だ。って、思ってはいるけど、やっぱり生物学的には人間じゃないわけで。

「いつか、するんだろうな、って、思っては、いたけど……」

 叶って、いただろうか。
 世界がこんなでなく、わたしが合成生物(キマイラ)でなかったならば。

 どんな人と、結婚していたんだろうな。
 どんな家庭を、築いたんだろうな。
 まあ、いいや。
 ないことを考えても仕方ない。

 と、その話は自分の中で終わりにしようと思っていたのに、

「何歳で? 相手の職は? 顔のタイプは? 子供は何人? 男? 女? マンション派? 一戸建て? 変態性癖どこまで許せる?」

 カズミが、まったく離してくれない。
 それどころか、やたら具体的に、しつこく聞いてくる。

「え、に、二十五、までには。あっ相手はっ、えっと、普通の、サラリーマンで。……ふ、二人くらいかな。男の子と女の子、一人ずつ。でも、でも……」

 でも、わたしたちは……
 ここは……現在は……
 わたしは……

「でもじゃねえよ! 願えばなんだって叶うんだよ! あたしたちは、魔法使い(マギマイスター)なんだぞ!」

 願えば、叶う。
 わたしたちは……

「あっと、えっと、いまのちょっといい直すな。……女の子はみんな、魔法使(まほうつか)いなんだ!」

 しーん。
 静寂が訪れていた。
 せっかく暗闇じゃなくなったのに、暗闇にいるかのような静かさだった。

 カズミが一人で盛り上がるのはよいが、隣で寝そべる治奈とアサキはついて行かれずに、唖然呆然と口半開きになってしまっている。

 その凍った空気にはっと我に返ったカズミも、口を開いたまま黙ってしまった。

 だが、どれくらいが過ぎただろうか。

 ぷっ
 アサキが、吹き出した。
 あははは笑い出した。
 足をバタ付かせながら、無邪気な顔で。

 その首に、

「ギロチンドロップ!」

 顔を赤らめたカズミの踵が、ガスリ振り下ろされた。

「むぎゃ」 
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