優しい美人上司は実は

　そこで向かい合って飲みつつだ、彼に言った。
「神谷君私怖がってるでしょ」
「いえ、それは」
　その通りだがそんなことは認められない、それで内心ドキリとしつつそのうえで初江の問いに答えた。
「ないです」
「わかるわよ。あれでしょ」
　初江はビールを飲みつつ笑って応えた、黒い膝までのスーツの着こなしは実に真面目なものであった。
「噂聞いたのでしょ、私の」
「それはその」
「剣道五段空手六段って」
　初江は自分からこの言葉を出した。
「それ本当だから」
「じゃあ大会のことも」
「それで今もやってるわ」　　　
「剣道も空手も」
「今日は飲んでるけれど毎朝早く起きて稽古もしてるしね」
　そうもしているというのだ。
「毎週三日ずつよ」
「稽古されてるんですか」
「そうよ、剣道も空手もね」
「そうだったんですか」
「けれど武道をしていてもよ」　
　初江は焼き鳥も食べて話した、塩のハツである。
「それでも暴力は振るわないし怒ってもよ」
「怖くないですか」
「私は私よ。武道や格闘技をしていてもね」
　それでもというのだ。
「怖くないわ、あくまで自分の心身を鍛えて律するもので」
「暴力とはですか」
「無縁よ。だから怖がらないでね」
「そうなんですね」
「そうよ、だからね」
　それでとだ、初江は神谷にさらに話した。
「普通にお付き合いしてね」
「わかりました」
「怖がられると私も困るしね」
　初江は優しい笑顔で述べた、そうしてだった。
　神谷にこの店のお勧めを話してそれを注文して一緒に飲んで食べた、その時の彼女も会社でいる時と同じく真面目で優しく面倒見のいいものだった。
　それで神谷は初江を怖がることはしなかった、幾ら強くてもそれが怖さここで言うのは暴力性とは関係ないとわかったからだ。
　普通に部下として接した、そして彼女が結婚して優しい母親になったと東北支社に転勤した時に聞いてそれは当然だと頷いた、そうして自分もあんな人と結婚したいと思ったのだった。


優しい上司は実は　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２０２２・８・２３