非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第122話『晴風』
前書き
先に言っておくと、過去最大の文字数です。
魔導祭襲撃の翌日。大事を取って選手たちはホテルで待機していたが、ようやくそれが解除されたのだった。
よって、晴登たち魔術部一行はようやく帰るところだ。
「……ト」
晴登は昨日、影丸と歓談したことを思い出す。初対面はあまり良い印象はなかったが、いざ話してみると同年代の友達と話しているかのような気楽さがあった。父さんの知らない一面を知れて、とても満足している。
「……ハルト、どうしたの?」
「うわ!?」
その満足感に浸っていた晴登は、背中に背負った人物の一言で現実に引き戻される。見ると、心配そうな表情で結月がこちらを覗き込んでいた。
「さっきからボーッとしてるし、何かあったの?」
「いや、ちょっと考え事してただけ」
「ふぅん。あんまり寝れてないんじゃない? 目ばっか擦ってるけど」
「あ〜……ちょっと目が疲れてるだけかな」
「ならいいけど……」
自然にやっていたつもりだったが、結月にはお見通しだったらしい。
実は、寝不足という訳ではなくて、今朝からやけに視界がぼやけており、さっきから瞬きが多くなったり目を擦ったりしていたのだ。昨日色々なことがあったから、きっと疲れているんだと思う。眼精疲労ってやつだろうか。
「結月こそ、病み上がりだけど大丈夫?」
「もちろん!……と言いたいところだけど、まだちょっとダルいかな……」
そう言って、結月は引きつった笑顔を見せた。
一昨日の昨日で熱を出せば、体調は"ちょっとダルい"どころではない。本来であれば今日も安静にしていないといけないのだが、生憎今から家に帰らなければいけないので、体調が万全ではない彼女を晴登が背負って移動しているという訳だ。
ちなみに帰りが1日遅れる旨は、昨日のうちに電話で智乃に伝えてある。そこで父さんと話すことも期待したが、家に帰れば同じことだ。むしろ、電話越しじゃなくて直接話をしたい。
「おーい!」
「ん? あれは……」
「マーさん! 無事だったんですね!」
ホテルから出てすぐに声をかけてきたのは、開会式の前以来の遭遇となる商人のマーさんだった。彼もまた待機命令の対象となったのだろう。でなければ昨日のうちに撤退しているはずだ。
「何とかな。そこの白髪の嬢ちゃんが観客席まで守ってくれたおかげだ。ありがとな」
「えへへ……どういたしまして」
襲撃の折、敵はフィールドに現れたが、雨男の攻撃は観客席にまで至っていた。それすらも防いだ結月はまさにヒーローと言えるだろう。パートナーとして誇らしい気持ちだ。
「それにしても、お前らすげぇじゃねぇか!ベスト4だぜ! こんな快挙見たことねぇよ!」
「だから言ったろ。今年のメンツはバッチリだって」
マーさんの興奮ぶりに終夜は鼻高々に言った。今まで予選落ちだったチームにしては上出来も上出来だろう。
「特に風のボウズは見どころだらけだったな! あんなワクワクする戦闘するやつは初めてだ!」
「お、俺ですか? ありがとうございます」
結月、チームと来て、次は晴登が褒められる。まさか自分の番が来るとは思っておらず、困惑しながら返事をした。
「ちゃんと覚悟があるってわかって安心したぜ」
「覚悟? 何のですか?」
「ほれ、最初に会った時だよ。お前さんが背中の嬢ちゃんの面倒を一生見るって覚悟」
マーさんの言う「覚悟」が何のことか知るや否や、晴登の顔がみるみる紅くなる。そういえば、マーさんに誘導されるがままにプロポーズ紛いのことを言わされたのだった。思い出すだけでも顔から火が噴き出そうなほど恥ずかしい。
「そ、その話はやめてください!」
「はっはっは! また来年にも同じ話してやらぁ! ……と、お? 風のボウズ、何か雰囲気変わったか?」
「え? そうですか?」
大声で一頻り笑ったマーさんは、何かに気づいたのかずいと晴登に顔を寄せる。
しかし、そう言われても晴登には心当たりがない。魔導祭中に色々なことがあったから、そのせいなのだろうか。
その後もマーさんは品定めでもするかのように晴登の顔を観察したが、結論が出せなかったのか「気のせいみたいだ」と首を振った。
「あ、もうこんな時間か。それじゃあマーさん、お元気で!」
「おう! また会おうぜ!」
そうこうしている内に帰りのスケジュールが迫ってきたので、魔術部一行はマーさんに手を振って会場を後にしたのだった。
*
学校へ帰り着いた晴登は、再び結月を背負って帰路についていた。さすがに真夏日に人一人を背負ったまま歩き続けるのは疲れるが、彼女のためであれば何とか頑張れる。あと結月はひんやり冷たいので、それも一助となっていた。
吐息を漏らしながらすやすやと眠る結月を背中に乗せ、晴登はようやく我が家の前までたどり着く。
「いよいよか」
ついにこの時が来た。今の時間ならば父さんは家にいるはず。話したいことも訊きたいことも山ほどあるのだ。その願いがもうすぐ叶うのだと思うと、父親相手なのに緊張してきた。
「「ただいま」」
「おかえり晴登、結月ちゃん」
「え、父さん!? 何で!?」
しかし玄関の扉を開けた晴登を待っていたのは、予想以上に早い父さんとの対面であった。
すらっとした長躯に、綺麗に整えられた黒髪。優しげな目つきで、チャームポイントはうっすらと見える髭。見た目の雰囲気は大人っぽいが、実は中身が子供っぽい。それが晴登の父親、三浦 琉空だった。
「びっくりしたか? もうすぐ帰る頃だと思ってたから待ってたんだよ」
「えっと、その……」
「説明はいらないぞ。全部知ってるから」
「え?」
突然の出来事で、何から話そうと思っていたかが頭から飛んでしまったが、そんな晴登の言葉を遮って父さんはそう言い放った。
「今朝、影丸から電話があったんだ。事情は全てそこで聞いた。久々の会話だと思っていたら、まさかの内容だったよ」
疑っていた訳ではないが、父さんの口から魔導祭や影丸の名が出たことで、彼が言っていたことは事実だったと確認できた。本当にこの人は魔術に関わっているのだと。
「もっと早く知っていれば、手の打ちようもあったのに……」
「そんな、父さんが気にすることなんて──」
「気にするさ。一歩間違えたら息子ともう会えなかったんだぞ? それぐらい、お前は危険な目に遭ってたんだ。ちゃんと自覚はあるか?」
「う……」
父さんにそう指摘され、ぐうの音も出なかった。何せ銃で狙われた結月を庇おうとしたとか、無謀にも敵の親玉に突っ込んだとか、自覚がありすぎる。
一歩間違えれば二度と家族や友達に会えなくなっていたと考えると、それらの行動は後悔はせずとも反省はしなくてはいけない。
「結月ちゃんもお疲れみたいだね。彼女の活躍も聞いている。早く休ませてあげるといい」
「んあ……はっ、ボクは大丈夫ですお父様!」
「ははっ、そんなに取り繕わなくていいよ。空元気は体に毒だからね」
「う……」
ウトウト眠っていたはずの結月に父さんが声をかけると、彼女は反射的に目を覚まして背筋を正して返事をする。しかし無理をしていることはお見通しのようで、ひとまず結月を部屋で休ませることになった。
*
「ありがとう、ハルト」
「気にしないで。これくらい当たり前だから」
前回看病した時と同様に、晴登の部屋のベッドに結月を寝かせる。夏だからタオルケットをかけ、冷房の温度は抑えめに設定した。ひとまずこれでゆっくり休めるだろう。
「体調悪いの、お父様にはバレバレだったね」
「……あのさ、前から思ってるけど、何で父さんのこと『お父様』って呼ぶの?」
「え、恋人の両親はそんな風に呼ぶんじゃないの?」
「いやそんなことは……」
どこで仕入れたのか、結月のその偏った知識に晴登は戸惑いを隠せない。……いや、持っている漫画にそういうものがあったような気もする。
だが彼女がそう言い始めたのは、この世界に来て最初からであり、文字も読めなかった頃だ。もしかすると、異世界でそういう習慣があったのかもしれない。なら否定するのはあまり良くないか。
「それにしても、父さんが魔術師って知ってた?」
少し話が変えて、晴登は結月のその質問を投げる。これについてはどうしても彼女と情報を共有したかった。
10年以上父さんと暮らしてきたが、魔術師らしい素振りなど一度も見ていない。結月から見たら、何かおかしな様子でもあっただろうか。
「うん、知ってたよ」
「そうだよな。俺も知らなくてびっくり……え?」
「え?」
予期していない返事を貰い、一拍遅れて困惑の声を洩らす。
「い、いつから……?」
「初めて挨拶した時かな?」
「つまり最初からってこと……?!」
初めて挨拶した時と言うと、「お父様」の始まりと同様、晴登が家族に結月がホームステイだという苦しい言い訳をしながら紹介した時だろうか。あの時既に、結月は父さんの正体に気づいていたらしい。もしかすると、父さんも結月の正体に……。
「な、何で教えてくれなかったの?」
「だって知ってると思ってたから」
「う、そうなるよな……」
結月からすれば、自分も気づいているのだから、身内である晴登が知らないはずがないと考えるのも当然だ。一度も話題に出したことがなかったので、彼女が教えてくれる訳もない。責めるのは筋違いだ。
「それじゃあ、俺は父さんと話してくるから、結月はゆっくり休むんだよ」
「はーい」
結月の返事を聞いてから、晴登は部屋のドアを閉じたのだった。
*
「母さんと智乃は今出かけている。話をするにはちょうどいいだろう」
ダイニングで向かい合うように2人が座ってから、初めに父さんがそう言った。
つまり、これからする話は関係者以外には聞かれたくないということである。
「昨日智乃からお前の帰りが日を跨ぐと聞いた時は、遠征先ではしゃいでるのかと楽観していたが、まさか魔導祭がそんなことになっているとは知らなかったよ。お前たちが本当に無事で良かった」
「う、うん」
父さんは心底安心したように息をついていた。そこまで心配されていたと知っていたら、晴登だって無茶な行動はしなかっただろう。結果的には必要なことだったのだが。
「さて、影丸からもう俺のことは聞いているようだから、隠しはしない。俺は元魔術師だ」
「"元"?」
「引退したんだよ。とはいえ、今も魔術は使えるけどな」
「わっ」
そう言って父さんが指を動かすと、風が晴登の顔に吹いた。とても繊細で、晴登の風とは明らかに質が違う。そんな風が顔をくすぐるもんだから、思わず声を出してしまった。
「俺の能力は"小風"。レベル1の風属性の魔術だ」
「え!?」
父さんの能力の名とレベルを聞いて驚く。聞いていた話とあまりに噛み合わないからだ。だって、
「父さんって"風神"って呼ばれるほどの風の使い手じゃないの?!」
「そのあだ名は恥ずかしいからやめてくれ。……でも、昔は確かにそう呼ばれたこともある。レベルだけが能力の強さじゃないんだ」
確かに影丸からは予め「レベルはそれほど高くない」ということは聞いていたが、レベル1は予想外だった。その能力で"風神"と呼ばれるまでに至るなんて、一体何があったのか。
「俺の話は後回しだ。今日ここでお前には、1つ知ってもらいたい話がある」
「話?」
「お前の能力の話だ」
「!!」
急に真剣な顔つきになると、父さんはそう告げてきた。
予知という力が晴登の能力に含まれていたことを最近知り、ちょうど気になっていたところだ。とても興味がある。
「まず前提だが、お前の能力は"晴風"、そうだな?」
「うん……って、え? 何で知ってるの?!」
「何でって、親だから当然だろう? お前が赤ん坊の頃にコネ使って調べさせたんだ」
「えぇ、何それ怖い……」
父親が魔術関係でどんな繋がりを持っているか非常に興味がある一方で、まだ自我も芽生えていない赤子の頃に調べられたというのは少し恐怖を覚える。
というか、その頃から調べて能力ってわかるのか。なら早く教えて欲しかった気もする。
「まぁその話は置いといてだ。俺が言いたいのは、お前の能力は普通じゃなくて"例外"だってことだ」
「例、外……?」
「あぁ。実はお前の能力は"晴風"であって、"晴風"ではない」
「は?」
いきなり何を言い出すんだこの人は。晴登の能力は"晴風"であり、それは昔も今も変わらないのではないのか。
「言い方が悪かったな。"晴風"ってのは見た目上の名前なんだ。だが中身は2つの能力が混在してる」
「2つの能力?」
「あぁ。それが"小風"と"晴読"だ」
勿体ぶることもなくさらりと事実を告げられたので、理解が少し遅れてしまう。"小風"は父さんの能力と同じ名前で、"晴読"は何だろうか。聞いたことがない。
何にせよ、晴登の"晴風"はその2つの能力が合体したものだということだ。だが複数の属性を持つならまだしも、そんなことがありえるのだろうか。
「疑うのも無理はない。この事実は俺と調べてくれた魔術師しか知らないからな。そこらの魔力検知器では見かけの"晴風"という名前しか出ないはずだ」
そうだ、入部時に計測した限りでは晴登の能力は"晴風"だった。そこに間違いはない。だがあの測定は完全ではなかったのだ。
「だからこそ、例外なんだ。本来、1人が2つの能力を持つことはありえない。しかし、何らかの原因でそれが起こることがある」
「何らかの原因って?」
「前例があまりいないから眉唾な内容ばかりだが……お前の場合は確信して言える。ずばり"遺伝"だ」
「え、遺伝?!」
自分が例外だと知ってちょっとそわそわし始めたところで、耳を疑う情報を聞いた。その情報は晴登の持つ知識と食い違うのだ。
「能力は遺伝することはないんじゃ……」
「普通はな。だが極めて練度の高い能力は、親から子に引き継がれることがあるらしい。お前の場合は、俺の"小風"を受け継いだんだ」
そんな話は聞いたことがない。しかし、だからといって否定することはできなかった。魔術にはまだまだ晴登が知らないことが多くあるし、何より父さんが嘘をつく理由がない。
「能力を引き継ぐ時、同時に練度もある程度引き継ぐらしい。お前がレベル1以上の力を引き出せているのはそれが理由だ。影丸も不思議に思っていたよ。『じゃあどうしてあんなに魔術の使い方が似てるんだ』って。俺の練度を引き継いでいるんだから、そりゃ当然似るわな」
「つまり、父さんがそこまで練度を高めたってこと?」
「そうだな。レベル1だった"小風"を、レベル4くらいには引き上げたぞ。俺がお前と同じように、日城中に通っていた頃のことだ」
「えぇっ!?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
父さんの魔術の練度の高め具合にもだが、日城中に通っていたという事実の方が何よりも驚きだった。昨日今日だけで何回驚いているのだろう。そろそろ疲れてきた。
「思えば、それが"風神"って呼ばれ始めた所以だったかもな。魔導祭で少しだけ活躍してな」
「そうなんだ……」
「正確には、俺ともう1人がな。そいつと合わせて"風神雷神"って呼ばれたりしたんだよ」
「そんなに凄かったの?」
「ん〜そんなに大層なことじゃないさ。中学生だった俺らの予選の順位が高かった、ただそれだけのことだ。それに今と昔では魔術師の質が違うから、今じゃ大して目立たないだろうな。今年の魔導祭に俺が出たとしても、お前らほどの高順位は残せないよ」
"風神雷神"と呼ばれるぐらいだから、当時の父さんとその仲間は相当強かったはずだが、それ以上に今の魔術師の方が強いというのか。ますます自分たちがベスト4なのが信じられなくなってくる。
「というか、そんなに昔から日城中って魔導祭に出てたんだね」
「そりゃ、日城中学校は魔術連盟指定の魔術師育成機構だからな」
「え、どういうこと……?」
「文字通りの意味だ。日城中って変な行事が多いだろ? あれって魔術師を育成するための特別なカリキュラムなんだ」
「そうなの!?」
ここに来て、これまた大きなカミングアウト。変な行事が多いとは最初から思っていたが、まさかそんな裏があったとは。新情報ばかりでそろそろキャパオーバーしそうだ。
その辺についてまだまだ聞きたかったが、父さんは「話が逸れたな」と言って、一つ咳払いを挟む。
「それじゃあ、"晴読"についての話だが──」
「……もしかして、それって予知とかできたりする?」
晴登は父さんがその先に言うであろう内容を先に口にする。さっきから驚かされてばかりだったから、ここらでささやかな反撃をしておきたい。
「予知? いや、能力の詳しい内容は知らないが……なるほど、もう自覚はあったか。それが"遺伝"じゃない、お前本来の能力なんだ」
「俺本来の……」
"小風"が父さん由来であれば、残る"晴読"が晴登の能力ということになる。今まで使ってきた風の力が自分のものじゃないということは少しだけショックだが、予知の力が自分のものなのは嬉しさもあった。
「そうか、予知か。それは確かにレベル5に値する力かもな」
「え!? "晴読"ってレベル5なの?!」
「そうだ。"小風"がレベル1、"晴読"がレベル5、足して2で割った"晴風"がレベル3という訳だ」
「レベルの計算雑じゃない!?」
「そういう結果なんだから仕方ないだろ」
小学生が考えたかのようなレベルの計算に思わずツッコんでしまうが、それよりも自分がレベル5の力を持っていることにとても興奮した。
「しかし、ここで1つ問題が生じる」
「問題?」
だがここで父さんは指を立ててそう言った。何だか神妙な面持ちだ。
「今のお前の能力はレベル3。だから練度を度外視しても、レベル1の"小風"の力は引き上げられている。逆に、レベル5の"晴読"は力に"代償"がかかる可能性が高い」
「"代償"? "制限"じゃなくて?」
晴登は最近覚えたての専門用語を並べて問いかける。字面から何となく意味はわかるが、今一つ違いがわからない。
「その2つの意味は全然違うぞ。"制限"は魔術の出力がレベルによって制限がかかること。そして"代償"はレベルに合わない魔術を使う時に、何らかの形で代償を払わないといけないということだ」
「"制限"はわかるけど……"代償"って具体的に?」
「"代償"が起こる例として、魔術カードが挙げられる。あれは魔術師が自身の能力を魔法陣としてカードに刻むことで、カードを触媒として魔術を発動できるようになる古典的な魔術だが、そこでレベルの高い魔術師が作ったカードをレベルの低い魔術師が使う時なんかに"代償"が発生する。内容はランダムだが、身体に支障をきたすものが多いと聞く」
"代償"という文字通り、強い力を得るには何かの犠牲が必要ということか。
晴登が昨日用いた治癒の魔術カードでは、疲れた以外には特に違和感がなかったから、レベルは同程度だったと考えられる。
「お前の場合はカードではなく、使う能力とレベルが見合ってないって話だ。こんなこと、能力が混合している例外にしかありえないことだがな」
「じゃあもしかして……」
「あぁ。今まで使っていた"晴読"にも、何かしらの"代償"が発生してる可能性が高い。心当たりはあるか?」
「うーん、別に何とも──」
そこまで言いかけて、ある可能性が晴登の頭の中をよぎる。
身体は疲れているが、結月のように熱が出ている訳でもなく、別に異常はない。が、強いて挙げるならば、"今朝からやけに視界がぼやけている"のだ。もし、もしこれが"代償"だとしたら。
そう、例えば──視力。"晴読"は目を使う能力だから、目に負担がかかるのは納得がいく。
「何か心当たりがあるみたいだな」
「う、うん。でもこれが本当に"代償"なのかはわからない……」
「そうか、まぁそうかもしれないって自覚があるならいい。これからは少しならともかく、過度な"晴読"の使用は控えるべきだ。わかったか?」
「うん……」
予知という強力な力を使うためには、視力を犠牲にしなければいけない。絶妙な均衡を保つこの天秤の存在が、晴登に"晴読"の使用を躊躇わせる。
本来の自分の能力であるはずなのに、自由に使えないなんて。とても歯がゆい気分だ。
しかし、父さんの"小風"がなければ良かった、とは思えなかった。この力が晴登の魔術師としてのルーツなのだから。
「なに、落ち込むことはないさ。使いすぎなければいいだけのことだ。少しずつ少しずつ練度を上げて、身体を慣らしていく。父さんはそうやって魔術を鍛えたぞ」
父さんは晴登の心情を察して、そう慰めてくれた。他でもない、父さんの言葉なら凄く安心できる。
うん、まだ諦めちゃいけない。いつか絶対に自分のものにしてやる。
「さて、話はおしまいだ。元々お前に訊かれるまで黙っておくつもりだったが、良い機会だからつい喋りすぎてしまった」
たはは、と父さんは頭を搔く。
想像以上の収穫を得られたので、晴登としては今日の会話は非常に有意義だった。
とここで、晴登はずっと気になっていた疑問をぶつける。
「父さん、最後に訊きたいんだけど、どうして影丸さんの元からいなくなったの?」
「ん? あぁ、そのことか」
そう、影丸が話してくれた過去の話の中で、父さんは影丸を置いてどこかへ行ってしまったのだ。その理由は影丸にもわからず、彼はずっとその答えを探していた。
そしてようやく手に入れた晴登という手がかり。父さんとの連絡も可能になり、今朝の電話とやらできっと答えは聞いたのだろう。しかし晴登自身も、その話の真相が気になって仕方がなかった。
父さんはどのように伝えるか少し迷ってから、口を開いた。
「一言で言うと──母さんに惚れたからだ」
「……はい?」
一体どんな深刻な理由があったのかと身構えていた晴登は、その予想外の答えに拍子抜けする。
「俺が昔、魔術連盟に所属していたことは知ってるな? その仕事の途中で見かけた母さんに俺は一目惚れした。すぐにナンパして仲良くなったよ」
「うわ」
『ナンパ』というワードを聞いて、若い頃の父さんが晴登と違って全く人見知りではないことが窺い知れる。
というかそんなことより、どうして今父さんと母さんの馴れ初め話になっているのか。
「だが母さんは魔術に精通していなかった。だから俺は生業とする魔術を捨てることにした」
「極端すぎない!?」
あっさりとしたその結論にたまらずツッコむ。"風神"とまで呼ばれていたのに、その箔を簡単に捨てるなんて、短絡的にも程がある。
「変な話じゃないだろ。魔術というのは一般人が無用心に近づいていい代物じゃない。母さんを危険なことに巻き込みたくなかったから、俺はその日付けで魔術連盟を脱退した」
「じゃあ影丸さんの元に現れなくなったのは……」
「それが理由だ。魔術連盟を抜けた俺が面倒を見ることはできない。あいつのことは息子のように可愛がったが、新しい息子ができると考えると……ふふ」
「あっ……」
父さんが気味の悪い笑みを浮かべ始めたので、晴登はこれ以上の言及はよそうと思った。とりあえず、心の中で影丸に謝っておく。うちの父さんが自分勝手でごめんなさい。
「と、とにかく、お前のおかげでまた影丸と話ができた。ありがとな、晴登」
「ううん、いいよ。俺も父さんと魔術の話ができて楽しかった」
「そうか。なら良かった」
父さんはそう静かに笑うと、自分の部屋へと戻ろうとする。しかし、その途中で再びこちらを向くと、口に指を当てて言った。
「あ、でも母さんには内緒だぞ?」
「結局隠し通してるんだ……」
父さんの隠蔽は継続中だった。
*
夢を見た。と、いつもの導入の通り、晴登は例の草原に立っていた。天気は晴れ。特筆すべきことはないほど、普通の空模様だ。
この夢にも慣れたものだ。さて、今回はこれからどのように天気が変わるのかと、ボケーッと空を見上げていたくらいに。
おかげで、背後にいる人物に気づかなかったのだが。
『久しぶり』
「うわっ!?」
声をかけてきたのはアーサーや影丸と同じくらいの年齢の青年だった。まさか自分以外に人がいると思わず、後ずさるぐらい驚いてしまう。……いや、前にもいたことがあったような。
そして現れた人物の顔をまじまじと見ていると、どことなく知っている顔に見えた。
「若い、父さん……?」
そう。髭も皺もないが、その顔は間違いなく父さんのものだった。晴登が生まれた頃のアルバムで見た顔よりもさらに若い。
『少し違うな。この見た目は借り物だ。元々あいつから生まれたからな』
「ということは……"小風"?」
『そういうこと』
そもそもどうして父さんが夢の中にいるのかという疑問と彼のヒントによって、その答えは導き出された。我ながら察しが良い。つまり、
「──この夢は"晴読"の力だったんだ」
『そうだな。この世界全てが"晴読"と言える。それに比べると俺は当てのない草原に迷い込んだちっぽけな存在だよ』
"小風"は自嘲するようにそう言って肩を竦める。だが"小風"がレベル1で"晴読"がレベル5なので、その存在感の差は当然と言えよう。まさに月とすっぽんだ。
「この空が、全部俺の力……」
雄大な空を見上げて、晴登は嘆息する。夢の中とはいえ、とんでもないものを飼っていたなと自分自身が恐ろしい。
「それで、どうして父さん……いや、"小風"は出てきたの?」
『俺はずっとここにいるからその言われ方は少し傷つくが……強いて答えるとすれば、お前が全てを知ったからだな。お前が自分の力を自覚したから、俺の存在を認知できるようになったんだ』
このイレギュラーな事態は、どうやら父さんの話を聞いたことで起こっているらしい。フラグが立ったとはこのことだろう。であれば、それを逃す手はない。
「……ずっと気になってたことがあるんだけど」
『ん、何だ?』
「──俺が、入学式の朝に見た夢って何? あれも意味があるんでしょ?」
彼がこの夢のことを知っているかはわからないが、晴登はこのことをずっと誰かに問いたかった。
随分と昔のように感じるが、確かに覚えている。智乃と鬼ごっこをしていると、なぜか智乃がドンドンと増殖してしまうというものだ。入学式の朝にそんな夢を見るなんて、幸先が悪いにも程がある。
とはいえ、最近は思い出すこともしていなかったが……。
『あぁ、あれか』
「知ってるの!?」
『いや、俺は"晴読"本体じゃないから具体的にはわからないが……ただ一つだけ言えることは、智乃の身に何かが起こるかもしれないということだな』
「やっぱり……。鬼ごっこっていうのも関係ある?」
『そこまではわからない。だが彼女のイメージが強かったというなら、より一層警戒すべきだろう』
今までの経験を元に結論づけると、この夢は天気で予知を行なうという、かなり大雑把な予知方法だ。しかし、あの夢だけは智乃の主張が激しかった。それなのに何も起こらないのはどう考えても不自然である。あれから月日が経ったが、時間差という可能性も捨て切れない。
物騒な事件に遭遇したばかりだし、"小風"の言う通り、智乃の身にも気を配っておこう。
『お兄ちゃんなんだから、妹をちゃんと守るんだぞ』
「……うん、わかってる」
"小風"は自分の姿の元である父さんが言いそうなことをそのまま言った。年齢が違いすぎて、父さんとは思えないんだけど。
『それじゃあ、俺はもうここを去ることにするよ』
「え、それって……」
『何、いなくなる訳じゃないさ。ただ、あの時力を貸して疲れたから休むだけだ』
「あの時って……」
思い当たる節があった。
あれは魔導祭本戦で風香と戦った時だ。魔力が切れかけてもうダメだと思っていると、不意に力が湧いてきたのである。同時に頭に声が響いてきたが、あれは"小風"の仕業だったのか。
『その力はお前のものだ。もう俺がいなくても大丈夫だろう』
「……助けてくれてありがとう」
『気にするな』
最後に感謝の言葉を述べると、"小風"は振り返る。もうお別れなんだと、背中で語っていた。その背中の大きさは、今の父さんによく似ている気がする。
『──君の旅路が晴れやかでありますように』
そう言って、彼は空を見上げる。そこには地平線を結ぶように大きな虹が1本架かっていた。
後書き
なっっっが。何が長いって、もう全部が長い。5章のまとめだと思って書いてたら想像以上に膨れ上がってしまいました。分けた方が良かったかな……でも前回に次で5章完結ですとか言っちゃったし……(自業自得)。
ということで、他の章と比べても圧倒的に存在感の大きい5章の話を少ししましょうか。
まぁ存在感が大きいっていうのはストーリー的にもそうですが、何より物理的にもですね。実はこの章、現時点での物語の3分の1以上の文字数を占めてるようです。話数も過去最大ですが、何より1話1話の文字数が多くて多くて……。主に予選のせいです(定期)。
ストーリーの話をすると、まぁ今回の話が一番インパクトがデカいんじゃないかと思います。過去にあったフラグや伏線を根こそぎ回収していった訳ですからね。あまりに多くて、もしかすると回収し忘れてることがあるかもしれないので、質問等は感想にて投げて貰えると幸いです。
さて、それでは今後の予定ですが、キャラ紹介を挟んだ後、夏休み編を少しだけやりたいと思います。リアル夏休みの間に頑張ってそれらを終えてから、いよいよ6章に突入します。内容は大方決まっているのですが、細部が甘々なのでリアル夏休みの間に煮詰めていきたいと思います。さすがに5章ほど長くはならんやろ……(フラグ?)。
物語も折り返し、少しずつストーリーが前に進んでいる実感があります。ここまで来れたのも皆さんのおかげです。駄文にお付き合い頂き感謝すると共に、これからも読んでいただけると嬉しいです。引き続き精進していきます。
それでは次回もお楽しみに! では!
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