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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第121話『雨は上がって』

 
眠りからの目覚めは突然なもので、ふわふわと揺蕩っていた状態から吸い込まれるように意識が深淵から浮上する。だが目を開く寸前、眠りにつく前の記憶が蘇った。


「……はっ! 雨男は?!」


その記憶の中で特に重要なことを思い出した晴登は、飛び起きるように目を覚ました。

しかし、目の前は思っていたような戦場ではなく、静かな一室の風景が目に映る。すぐに、ここがホテルで泊まっていた部屋だと気づいた。
白色の無地で統一された壁と天井に、ふかふかなベッド。窓から入ってくる日差しは日除けによって緩和され、その一方で心地よい風が頬を撫でる。

そうして外に目を向けた後、逆側を見て初めて驚き顔でこっちを見ている伸太郎の存在に気づいた。


「……あ、暁君。えっと、おはよう……なのかな?」

「……残念ながら、もうすぐこんばんはの時間だ。全く、起きて早々大声出すなよ」

「はは、ごめん」


伸太郎に言われてもう一度窓の外を見ると、確かに昼の強い日差しではなく、空はもう日が落ちかけて仄かに暗さを宿していた。
どうやら晴登は、昼間に倒れてからこんな時間まで眠りこけていたらしい。


「さて、何から聞きたい?」

「え?」

「『え?』って。お前が寝てる間に何があったか知りたくないのか?」

「い、いや知りたいけど、そんな急に言われるとは」

「しょうがねぇだろ。全部話すとややこしいからな。知りたい情報から知れば寝起きの頭でも混乱しないだろ」


どうやら伸太郎なりの配慮の末の発言だったらしい。確かに一から全て説明されるよりかはその方が頭に入りやすそうだ。


「じゃあ雨男たち……スサノオはどうなったの?」


まずは最重要懸念事項。起きてすぐに頭に浮かぶくらいには気になって仕方ない。こうして晴登と伸太郎が生きている以上、全員がやられるということはなかったみたいだが。


「お前が気を失った後、すぐに杖を回収して撤退したよ。雨男はお前との戦闘(バトル)で疲れたみたいだったし、戦況も俺たちに傾いてたから、敵ながら賢い判断だな」

「なるほど」

「だから、杖は取られたけど全滅は免れた。死傷者もゼロ。怪我の大小こそあれ、全員生きてる。俺たちの勝ちだ」


そう言って、伸太郎は拳を強く握った。
突然の事態だったとはいえ、テロリスト相手に死人を出さなかったのは不幸中の幸いだ。晴登たちの治療がどこまで効いたかはわからないが、微力ながら貢献してると思いたい。


「そっか。みんな無事で良かった……」

「ったく、それはこっちのセリフだ。正義感だけで立ち向かえる相手じゃなかっただろ。もっとよく考えて行動しろよな」

「あれ、俺今怒られてる?」


勝利宣言をして気分が良くなってるのかと思いきや、伸太郎の鋭い視線が晴登を射る。心当たりがあるだけに、目を合わせたくない。


「怒ってるっつーか呆れてんだよ。普通あそこで突っ込むかよ。……でも、結果的には助かったから、礼は言っとく。やっぱすげーよお前」

「あ、ありがとう」


説教が飛んでくるかと思いきや、そこまでには至らず、むしろ褒められてしまった。

結果的には、晴登が立ち塞がったおかげで雨男が疲弊した訳だから、確かにお手柄だったかもしれない。戦闘(バトル)には負けたからあまり釈然としないが……。


「雨男……凄く強かった」

「だな。アーサーさんも影丸さんもやられちまうなんて、新魔術師とやらの力は本物らしい」

「ただの魔術師と何が違うのかな?」

「さぁな。ただ会場から出る時に見たが、あの時あいつが降らせた雨の威力、相当なもんだぜ。そこら中ボコボコ抉れてたからな。岩でも降ってきたのかって感じだよ」


晴登は倒れていたから知らないが、どうやらあの鉛のような雨は会場とその周辺のみに降っていたらしい。あれがこの山全体ならともかく、街中まで至らなくて本当に良かった。


「──あ、結月は?! 結月は大丈夫?! また熱出してる?!」


と、安堵したところで、この雨の被害を抑えてくれた存在を思い出す。雨男のことで頭がいっぱいで、彼女のことを忘れてしまっていた。


「落ち着けよ。そしてその予想は正しい。ま、病み上がりであれだけ力使ったらそりゃそうなるわな」

「やっぱりか……。後で謝らないと」

「そうだな、だいぶ無理させちまったみたいだし」


鬼化の反動から復活したばかりの彼女に再び鬼化を強要するという、文字通り鬼の所業をしてしまった晴登は特に罪悪感が強い。
しかし、彼女のおかげで最悪の事態だけは免れた。今回の防衛戦のMVPは間違いなく結月である。


「……なぁ、そのことに関して少し訊きたいんだが」

「何?」

「あの雨が降り始める直前、お前が結月に屋根を作るよう指示してたよな? 攻撃が来るってわかってたのか?」


ここで伸太郎に最もな疑問をぶつけられる。
スサノオとの戦いに必死で忘れていたが、言われてみればそんな幕開けだった。
だがこの答えはもう晴登にはわかっている。昨日までは空論だったが、今はもう確信した。


「……うん。その未来が"予知"できたから」

「!!」


晴登の言葉を聞いて、伸太郎は驚いた表情をする。そりゃ予知能力があるなんて言われて平常心でいられる訳が──


「昨日の話は本当だったってことか。不思議なことがあるもんだな」

「え、すんなり受け入れるんだね」

「魔術とかいう胡散臭いもん使ってるのに今更だろ。お前が嘘言ってるとも思えねぇし」

「暁君……!」


あの伸太郎の信頼を得ていることに感動を覚えつつ、予想以上にあっさりとした態度に拍子抜けした。もうちょっと驚いて欲しかった気もする。


「……あれ、そういえば部長たちは?」


ここで、部屋に自分と伸太郎以外のメンバーがいないことに気づく。少なくとも、同部屋の終夜はいてもおかしくないはずだが。


「今、全チームの代表者が集められて、スサノオについて緊急会議してるんだ。部長もそこに出てる」

「会議?」

「スサノオついての情報収集とか対策とか、そんなとこだろ」


運営側から見ればテロリストに襲撃された訳だから、そういった緊急会議が開かれるのも当然と言えよう。
新魔術師云々の話も行なっているのだろうか。詳しくは後で終夜に訊いてみるとしよう。


「ま、相当イレギュラーな事態だぜ。何せ魔導祭関係者は、安全が確認されるまで全員ホテルで待機するように言われてるんだからな」

「え、それって今日は家に帰れないってこと?」

「かもしれねぇな」


これは困った事態になった。晴登は家族に魔導祭遠征のことをただ「部活の合宿」としか伝えていない。だから期間が突然1日延びてしまう状況は違和感がある。どうにか誤魔化す方法を考えないと。


「聞きたいことはこれで終わりか?」

「うーんそうかな。教えてくれてありがとう」

「気にすんな。……俺は別に何もしてねぇから」


そう零した伸太郎の表情には翳りが見られた。晴登や終夜たちと比べて、先の戦いであまり活躍できなかったことを悔いているのだろうか。


「そんなことないよ。暁君だって頑張ってたじゃん」

「お前ほどじゃねぇよ。俺には部長や副部長みたいな強さもお前みたいな勇気もねぇ。ただ後ろで言われた通りに動いてただけのヘタレだよ」

「っ……」


伸太郎の想像以上の卑屈っぷりに、フォローの言葉に詰まりそうになる。しかし彼は目眩しだったり治癒だったりと、サポートとしては充分な仕事を果たしていた。そんなに自分を卑下することはないと思う。


「……暁君がいなかったら、俺たちは本戦に出れてないよ」

「あ、あれはたまたま俺の得意分野だっただけで……。つか、今その話はしてな──」

「暁君がいて良かったって言ってるんだよ。だから、そんなに自分のことを悪く言わないで」

「……っ!」


これは晴登の本心からの言葉だ。伸太郎は役立たずやヘタレだなんてことはない。だって襲撃があった時、彼はすぐに状況を把握できていたし、自分の役目が何かもわかっていた。世の中には『適材適所』という言葉がある。それを体現できていた時点で伸太郎は凄いし、強いのだ。


「……じゃ、じゃあ俺はお前が起きたことを部長たちに知らせて来るわ」

「え、でも今は会議してるんじゃなかった?」

「あ、そうだった……」


珍しく勘違いをして、赤くなった頬をさらに赤くしながら、伸太郎は座り直す。時々おっちょこちょいな所があるから、晴登も伸太郎に気兼ねしなくて済むというものだ。

そのまま2人は終夜が戻るまで駄弁り続けるのだった。







「ただいま〜!」


すっかり日が落ちた頃、ようやく終夜が部屋に戻ってきた。元気に振舞ってはいるが、顔を見ると疲れているのがよくわかる。


「あ、部長」

「三浦! 起きたのか! 大丈夫か?!」

「もう平気です。魔力切れなんて慣れたもんですよ」

「普通はそんな状況にならないんだけどな……。まぁ無事なら良かった。結月もさっき目覚めたらしいから、動けるようになったら会いに行くといい」

「……! はい!」


駆け寄って来た終夜を安心させつつ、結月が目覚めたことを聞いて晴登も安堵する。後でちゃんと謝って、そして感謝の言葉を伝えないと。


「それにしても、今日のお前は凄かったな〜。よくあれに立ち向かおうと思ったぜ」

「部長、その話もうしたっす」

「えぇ? 俺も話したいんだけど。だって痺れたぜ。あんな度胸、一体どこで身につく──」


──ピンポン。部屋のチャイムが鳴った。

全員が入口に視線を向け、終夜が代表してドアを開ける。そこには驚くべき人物が立っていた。


「あ、アローさん?!」

「突然すまない。ここは【日城中魔術部】の部屋で合ってるか?」

「はい、そうですけど……」

「では、三浦 晴登はいるか?」

「ここにいます」


唐突に部屋を訪れたのは、【覇軍】のアロー。室内では帽子を脱いでおり、茶色の伸びた前髪が片目を隠している。
どうやら目当ては晴登らしく、「失礼」と一言断ってから部屋に上がり込んだ。


「先の戦い、其方の活躍は見事であった。あの場にいた魔術師を代表して、ここに感謝の意を示す」

「そんな! 俺なんかやられただけですし……」

「そんなことはない。其方のおかげで雨男は退いた。其方が私たちを救ったのだ」

「いや、でも、俺より結月の方が……」


急に感謝されて、晴登は戸惑う。自分でもお手柄かもとは思っているが、いざこんな凄い人に褒められるとさすがに畏れ多い。だからつい、結月の名を挙げて逃げてしまった。


「もちろん、彼女にも後で礼を伝えに行くつもりだ。しかし、今こうしてここにいるのは感謝をするためだけではない」

「え?」

「手負いのところすまないが、私たちの部屋に来てもらえないだろうか? 影丸が其方と話したがっている」

「……! 影丸さんが?! というか、無事だったんですね!」

「あぁ、辛うじてな。あいつは丈夫だから、多少のことで死にはしない」


影丸が無事だと聞いて、晴登はホッと胸を撫で下ろす。目の前でボロボロになっていく姿を見てしまっていたから、大事がなくて本当に良かった。


「まだ体調が優れないようであれば、日を改めるが」


アローが晴登がベッドに横たわっているのを見てそう提案したが、日を改めると言ってもそれがいつになるのかわからない以上、今行っておく方が良いだろう。何を話すのかはわからないが、断るのはさすがに申し訳ないし。
終夜に目で意見を仰ぐと、彼は好きにしろという風に苦笑いを零した。


「いや、大丈夫です。今から行きます」

「そうか。では部屋まで案内しよう」


晴登はよろよろと立ち上がり、アローの肩を借りて影丸の元へと向かうのだった。






アローに連れられて彼らの泊まる部屋まで来た晴登。彼が部屋のドアを開けると、まずベッドに横たわる影丸の姿が目に映った。


「影丸、戻ったぞ」

「し、失礼します」


一体何の用事かと少し緊張して、自然と背筋が伸びる。影丸が目を覚ましたことは非常に喜ばしいのだが、それはそれとしてまだ接点が少ない。勝手に目をつけられて、変な質問をされた記憶しかないのだ。上手く話せるだろうか。


「それでは私は席を外す。アーサーが寝ているから、大きな音は出さないように」

「は、はい」


晴登を椅子に座らせた後にそう言い残して、アローは部屋を出て行った。配慮のつもりなんだろうが、正直少し心細い。

部屋を見渡すと、確かに別のベッドでアーサーも眠っていた。彼はまだ目覚めていないようで、すぅすぅと吐息を立ててぐっすりと眠っている。


「……」

「えっと……」


一方、一言も口にすることもなく、こちらを睨みつける影丸。いや、元々目付きが悪かったから、きっと睨んでいる訳ではないと思う。たぶん。

──少し視線を落とすと、彼の全身に痛々しく巻かれた包帯が目に入る。
晴登も見ていたが、身体中を水でできた槍のようなもので貫かれたのだ。人によっては致命傷だというのに、こうして意識が戻るまで回復していることは本当に凄いと思う。


「……あぁ、めんどくせぇ」

「え?」


晴登が1人で感心していたところに、影丸がぶっきらぼうにそう吐き捨てた。
どうしたのかと再び彼と目を合わせると、少しだけ目付きが和らいでいた気がした。


「いきなり悪かったな。お前をここに呼んだのは、その……訊きたいことがあったからだ」

「それって、前に質問されたことですか……?」

「ん? あぁ、そういやそうだったな。いや、別件だ」


あれは魔導祭1日目で予選が始まる直前、彼との初めてのエンカウントの時だ。話はてっきりその時の続きだと思っていたのだが、実はそうではないらしい。
晴登はなおさら心の中で身構える。


「──単刀直入に訊くぞ。お前、"三浦 琉空(りゅうく)"って名前に聞き覚えはあるか?」

「……!!」


とある人物の名前を出された瞬間、晴登の肩がビクリと跳ねる。というのも、こんなところで聞くとは思っていなかった名前だからだ。


「俺の……父です」

「……! やっぱりか」


そう、"三浦 琉空"とは紛れもなく晴登の父の名前である。
だが、なぜその名前を影丸が知っているのか。以前、どこかで関わったのか……?


「何で知ってんだって面だな。俺はな、あの人の弟子だったんだ」

「えぇぇぇぇ!!??」

「しーっ! 静かにしろ! つか、そんなに驚くことか?」

「すいません! いや、だって……」


この答えを聞いて、声を上げるなという方が無理だろう。ただ知り合っただけならまだしも、父と影丸が師弟関係にあっただなんて、どう妄想しても辿り着かない。
第一、そこには1つの疑問があって。


「えっと……俺の父さんって魔術師なんですか?」

「……お前、知らなかったのか?」

「は、はい……」


影丸の師匠ということは、それすなわち魔術の師匠と考えるのが妥当だろう。父が格闘技を習っていたという話は聞いていないし、その分野の師匠はありえない。
であれば当然、父は魔術師ということになる。だが晴登はそんな話も一度も聞いたことがなかった。


「そうか、知らなかったのか……。じゃあどうしてあんなに……」


その答えを聞いて、影丸が何かを不思議に思ったのか思案に暮れる。声をかけるべきか迷ったが、話が進まないので割り込むことにする。


「あ、あの……」

「ん? あぁ悪い。まぁお前が知らないってことは意図的に師匠が隠してたのかもしれねぇな。ならまずはそこから説明しねぇと」


そう1拍置いて、影丸は思い出すように語り始めた。


「まずお前の父はすげぇ魔術師でな、昔は"風神"って呼ばれてたほどの風の使い手だったんだ」

「"風神"……!? それって能力(アビリティ)がですか!?」


初手から耳を疑う情報を喰らい、早速頭がバグりそうになる。"神"という名が付くなんて、一体どんな活躍をしたのだろうか。"風神"というのがもし能力(アビリティ)であるならば、レベル5以外ありえないと断定できる。


「いや、能力(アビリティ)は別物で、レベルもそれほど高くなかったな」

「じゃあどうして……」

「今のお前に少し似てるが、とにかく"器用"だった。制限がかかる中で、あの人は自由に魔術を組み上げていたんだ。お前が使う技に似た技も見たことがある。だから戦闘技術も優れていて、そのうち"風神"なんて呼ばれるようになったんだ」

「へぇ……」


驚きの情報の連続で、ついにリアクションすらまともに取れなくなった。まとめると、父は凄腕の魔術師だったということだろうか。
確かに影丸が師匠と呼ぶならば、それくらいの実力があって然るべきだ。


「そしてあれは忘れもしない15年前。俺と師匠が初めて会った時のことだ」


──

────

──────


今から15年前のこと。

俺は捨て子だった。

物心付いた時には既にスラム街に住んでいた。スラム街つっても、都市の近くの治安が悪い所って意味だけどな。

親も兄弟もなく、知り合いも全員ホームレス。

盗みや暴力なんて日常茶飯事だった。何せその日を生きるために必死だったからな。



するとその日は訪れた。

日課のように喧嘩をしていると、自分の右手に鱗が生え、爪が鋭く伸びていることに気づいた。

それでそのまま相手を殴ったら、血塗れで倒れちまったんだよ。

幼い俺は理屈も考えず、強くなったって喜んだっけな。

今思えば、これが俺の能力(アビリティ)の目覚めだった。

そっからは単純だ。喧嘩を吹っ掛けては相手を倒し、持ち物を奪う。

その頃には左手や両足も龍になってて、喧嘩は負けなしだった。



そうやって子供ながらにスラム街を牛耳ってたある日、師匠はやって来たんだ。

その時は確か、魔術連盟より派遣されて俺を保護しに来たとか何とか言ってたな。

まぁ当時の俺にはどうでも良かったから、すぐに噛みついたけどよ。

結果は当然返り討ち。並の相手ならともかく、魔術師相手に敵う訳がなかった。

そして俺はそのまま師匠に保護され、魔術連盟に引き取られた。



結論から言えば、保護されて良かったって思う。そりゃ衣食住が提供されるから、明日のことを心配する必要がなくなったからな。

俺はそうやってすくすくと育つ一方で、師匠に魔術を習うことになった。

正しく魔術を覚えて、人を傷つけるのではなく人を守るんだ、って散々言われたよ。

そんな師匠が凄くカッコよく見えたし、俺の魔術師の理想でもあった。



でも保護されて1年が経った頃、師匠は俺の前から姿を消した。

何も言わず、書き残すこともしてなかった。

結局それ以来、師匠と会うことはなかった。


──────

────

──


「まぁ俺と師匠の出会いはこんなもんだ。スラム街の悪ガキが拾われたってだけの話だよ」

「そんなことが……」


彼があまりにも淡々と話すためリアクションを取るタイミングを失ってしまったが、彼の過去はとても暗い闇に包まれていた。そして晴登の父、琉空がそこに差し伸べた光ということか。
15年前ならばまだ晴登が産まれる前の話。父がそんな活動をしていたなんて全く知らなかった。


「こんな話をした理由だけどよ、つまり訊きたいことってのは、師匠との連絡手段が欲しいってこった。あの時なぜ俺を置いていったのか、真相が知りたい」

「連絡手段……電話番号でいいですか?」

「はっ、願ったり叶ったりだ」


残念ながら晴登はスマホを持っていないため、教えられる連絡手段はそれしかなかった。それでも、真実に辿り着きたい影丸にとっては十分な収穫だったと言えよう。

そうして電話番号を教えた後、影丸はポツリと呟いた。


「お前は、師匠によく似ている」

「え? 俺はどちらかと言えば母さんよりですけど……」

「そうじゃない。魔術師としてだ。あの人に重なる所がいくつもある」

「そうなんですか……」


過去を懐かしむようにそう言った影丸の表情を見て、晴登は父への興味が一層増していく。
今までは、家族に優しくて、でもちょっと自分勝手でよく母と出かけてしまう困った父親という認識だったが、その認識を捨て去る時が来た。すぐにでも、魔術師として父と話してみたい。


「あの、もっと父のことを教えてくれませんか?」

「お? そうだな……あ、保護されてすぐの頃に一度だけ、師匠が出場する魔導祭を観戦したことがあったな」

「!!」


もっと父のことを知りたいと思って影丸に訊いてみると、タイムリーな答えが返ってくる。なんと父も魔導祭に参加したことがあったのだ。父が魔術師であるという、裏付けにもなるエピソードである。


「驚いたよ。だって師匠より強い魔術師がゴロゴロいたんだからな。当時の俺は信じられなかったよ。……それでも、師匠は諦めなかった。自分が弱い自覚があったからこそ、誰よりも考え、そして誰よりも行動していたんだ」


影丸の言葉から察するに、どうやら父は凄腕の魔術師というよりは、晴登のように平凡で、だけど努力家の魔術師だったらしい。であれば、なぜそんな父に"風神"という異名が付いたのか。


「その時の結果は予選敗退だったけどよ、俺は感動した。だって師匠の予選順位は確か10位くらい、別のチームだったら本戦出場できるくらいの実力だったからな。まさに"風神"の名に相応しい活躍だよ」

「なるほど……」


影丸は琉空のことをこれでもかと持ち上げているが、やはり"風神"の名が付いた理由のエピソードとしては少し弱い気もする。何か他に理由があるのだろうか。


「さて、悪いが俺が知ってることはこれで全部だ。これ以上知りたいなら、直接師匠に訊くといい」


だがこれ以上の追及はできなかった。
影丸が父と一緒にいたのは幼少期の1年間のみ。忘れていたり、覚えていないことも多いだろう。どうせ父と話してみたかったし、詳しいことは全部聞き出してみよう。


「教えてくれてありがとうございました」

「なに、気にすんな。師匠の血縁とあっちゃ無下にはできねぇからよ。けどその代わり、お前が知ってる師匠のことを教えてくれねぇか? あの人は今、何してんだ?」


クールな印象はどこへやら、子供のように目を輝かせて晴登に問い詰める影丸。よっぽど、琉空のことを慕っているのだとわかる。
父のことをそんな風に想われて、悪い気はしなかった。


「そうですね。ちょっと長くなるかもしれませんが、お話しましょう。あれは──」


そのまま時間を忘れて、2人の少年は語らうのだった。
 
 

 
後書き
連日厳しい暑さが続いています。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。私は今、新大陸にて狩りをしています。中々目当ての素材が手に入りませんが、夏の暑さに負けずに頑張っていく所存です。どうも波羅月です。暑い。

先月初めに更新して、「次は早く更新したい」などと宣って早1ヶ月。時の流れは早いものです。言い訳をすると、想像以上に文量が膨れ上がってしまったというのが5割、狩りに行っていたというのが3割、残りの2割は暑さとかにしておきましょうか。いやマジで暑い。

世間話はさておき、内容の話をしましょうか。
今回は今までの中でもとびきり大きな情報が出てきたように思います。まぁこういう展開はあるあるだと思いますけどね。詳しくは次回で書きますので、ここでは割愛します。
それにしても文量の多いこと多いこと。途中で切りたい気持ちは山々だったのですが、そうなると内容が寂しくなってしまうのでこうせざるを得ませんでした。悔しい。伸太郎も影丸も喋りすぎ。

ということで、次回でいよいよ5章完結です。長かった。どうせ次回の後書きでも言うと思いますが、本当に長かった。こんなに膨れさせるつもりなんてなかったんですよ。大体は予選のせいです。まぁ本戦パートも同じくらいあるんですけどね。もうこれ以上話数の多い章は出てこないです(断言)。

はい。それでは5章のラストに向けて、最後まで気を抜かずに執筆して行こうと思います。今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 
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