DQ11長編+短編集
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包まれて
前書き
マルティナと主人公の話。
⋯⋯ミルレアンの森で氷の魔女の急襲に遭い氷漬けにされかけたジュイネは身体が冷え切ってしまい意識を失って倒れ、森の入り口付近にあった小屋に運ばれて仲間達に介抱される。その際、ジュイネを背負って行ったのはマルティナだった。ユグノア城跡の崖から落ちて流れ着いた川辺から背負った時も思ったが、自分より背が高い割に軽いとマルティナは感じた。
「うぅ⋯⋯」
毛布を何枚も重ね掛けても、寒さで身体の震えが止まらないようだった。
「このままじゃ本当にジュイネが凍えちまう⋯⋯暖炉にもっと薪をくべないとな」
そう言いながら火の勢いを強めるカミュ。
「こうなったら、あたしがもっと近くで炎を灯し続けてやろうかしらっ?」
「お、お姉様、毛布に火が移ったりしたら大変ですわ」
本気でやりそうな姉のベロニカを止める妹のセーニャ。
「ジュイネ、しっかり⋯⋯」
顔を覗き込みながらマルティナは毛布の中のジュイネの冷たい片手を摩る。
「ん⋯⋯」
「あ、ジュイネ起きた?」
半目を開けたジュイネの目は、マルティナを虚ろに捉えた。
「お、母⋯⋯さん」
「え⋯⋯!? や、やだわジュイネったら、私はキミのお母さんじゃ──」
「意識がまだ朦朧としてるみたいね⋯⋯、マルティナさんこの際だから、お母さんになりきってあげたら?」
ベロニカの言葉にマルティナは思わず目を丸くする。
「えっ?」
「ジュイネ様がお育ちになられたイシの村は壊滅状態で、育ての親であるお母様も消息不明のようですし⋯⋯無意識の内に、マルティナ様にお母様の面影を見ていらっしゃるんじゃないでしょうか」
セーニャがそう付け加える。
「そ、そうなのかしら⋯⋯。じゃあえっと、その⋯⋯──ジュイネ、大丈夫よ。私が⋯⋯お母さんが付いているから、安心してお休み」
マルティナはジュイネに笑みを向け、頭を優しく撫ぜる。
「⋯⋯うん、お母さん⋯⋯」
安心した様子で再び眠るが、依然寒そうに震えている。
「このままだと可哀想ね⋯、直接温めてあげようかしら」
「えっ、マルティナさん大胆ね⋯⋯」
ベロニカは驚いた顔をして、セーニャはマルティナに同意する。
「そうですね、その方がいいと思いますわ。回復呪文だけでは補えない面もありますし」
「な、なんと、羨ましいのう⋯⋯」
「あのなぁじいさん⋯⋯」
鼻の下を伸ばしたようなロウに呆れるカミュ。
「ウフフ、じゃあアタシ達はちょっと席を外していようかしら~。さ、行きましょロウちゃん、カミュちゃん!」
シルビアが気を利かせて男性陣と共に小屋を出て行く。
「あー、えっと、あたし達も席外した方がいいかしら」
「大丈夫ですわお姉様、私達はジュイネ様とマルティナ様を見守りましょう⋯⋯!」
セーニャは何故か自信たっぷりに言い切る。
「ええっと、じゃあその⋯⋯失礼するわね」
「どうぞどうぞ、遠慮なく」
「はい、遠慮なくどうぞ」
にこにことベロニカとセーニャに見守られながらは入りづらいが、マルティナはジュイネの寝ているベッドの中にそっと入り込む。
直接触れた手と、着ている服の上からも分かるほどにジュイネの身体はまだ冷え切っており、小刻みに震えていて呼吸も浅かった。
マルティナにはその様子が不憫でもあり愛おしくもあって、全身で柔らかくジュイネを抱き包む。
(そういえば、ユグノア城跡でジュイネが崖から落ちてしまって私が助けようと一緒に落下した時も、こんなふうに抱き締めたわね⋯⋯。その時はほとんど余裕がなかったけれど、今こうしていると愛おしくて仕方ないわ⋯⋯。エレノア様もきっと、赤ん坊のジュイネを抱いている時こんな気持ちだったんじゃないかしら)
指通りの滑らかなジュイネの髪にそっと触れ、撫ぜながらマルティナはそのように思う。
⋯⋯いつの間にかマルティナも、心地よい眠気に誘われて眠ってしまったようだった。
「ねぇ⋯⋯ねぇおきてよ。ねぇってば⋯⋯」
「ん⋯⋯、あら? キミは───」
幼い子供の声の呼び掛けと控え目な揺さぶりに気づき、目を覚ますとそこには、素朴な村人の服を着た子供が心配そうにマルティナの顔を覗き込むように見つめていた。
「お姉ちゃん、だぁれ? それにここ、どこ? きづいたらここにいて、とっても広くて迷っちゃったんだ」
「え? キミ、もしかしてジュイネ⋯⋯?」
「そうだけど⋯⋯お姉ちゃん、どうしてぼくの名前しってるの?」
マルティナにとってはジュイネは赤ちゃんの頃までしか知らず幼少期は元より知らないはずだが、確かにその面差しは16年後に再会した時よりずっと幼くともジュイネだと分かる。
「ど、どうしたのジュイネ、そんなに幼くなってしまって⋯⋯まさか、これもあの氷の魔女の影響だというの?」
「お姉ちゃん、なんのこと言ってるかわかんないよ。それよりここ、どこだかわかる?」
幼少期の声のトーンが高めのジュイネに聞かれて周囲を見回すと、見覚えのある懐かしい城の中だった。何度か訪れた事のある、滅ぼされる前のユグノア城⋯⋯母親のように慕っていたエレノア王妃との思い出⋯⋯赤ん坊のジュイネに触れて、とても可愛くて仕方がなかった記憶⋯⋯
「ぼくのおうち、イシの村っていうとこにあるんだけど⋯⋯なんでここにいるのか、わかんないんだ。ここすごく広くて、誰もいなくて⋯⋯だけど倒れてるお姉ちゃんだけ見つけたんだよ」
確かに城の中は怖いほどにシンと静まり返っている。⋯⋯あの日多くの魔物に襲撃を受け滅ぼされたはずの城の中は綺麗に整っているものの、人の気配はまるで無い。それに幼くなったジュイネと違ってマルティナ自身は歳は変わらず格好も普段と同じで、立ち上がってみると明らかにジュイネの方は背が低く可愛らしかった。いつもなら彼の方がすらりと背が高く、視線は上向きになるのに今のマルティナの視線は下向く形になるので新鮮な感じがした。
(私の事を見上げている幼いジュイネは何て可愛いのかしら⋯⋯普段の彼も可愛いところがあるけれど⋯⋯って、そんな事を考えている場合ではないわ。どういう事⋯⋯これは夢、なのかしら)
「お母さんも、エマもルキも、村のみんなもいない⋯⋯。テオじいちゃんはもうしんじゃったし、ぼくどうすればいいの⋯⋯?」
マルティナを見つけるまでは一人で怖いのをぐっと我慢していた為か、とうとう堪えきれなくなってジュイネはぽろぽろと泣き出してしまう。
(そう、よね⋯⋯この子にとってのお母様やお爺様は、育ての親のお母様とお爺様なんだわ)
泣いているジュイネを見ていられなくなったマルティナは膝をついて姿勢を低くし、柔らかく抱き留める。
「大丈夫よ⋯⋯これからは私がずっと一緒に居て、キミを守ってあげるから」
「ほんと⋯⋯? ありがとう、お姉ちゃん⋯⋯」
耳元で囁かれた言葉に安心してか、幼いジュイネはマルティナをぎゅっと抱き返す。
「⋯⋯そうだ、お姉ちゃん名前なんていうの?」
「マルティナ⋯⋯マルティナよ。よく覚えておいてね、ジュイネ」
「うん、マルティナお姉ちゃん。ずっと⋯⋯ずっといっしょに、いてね」
「ええ、ずっと一緒よ。私はもう、キミを離したくはないから⋯⋯───」
ふと目を覚ますとマルティナはベッドの中で、もう幼くはないジュイネを抱き包んでいた事に気付く。
(あぁ、やっぱり夢だったのね⋯⋯。夢でも私の気持ちは変わらない。今度こそ、ジュイネを守り続けてみせる)
「う、ん⋯⋯。? マル、ティナ⋯⋯?」
ジュイネはマルティナの腕の中でおもむろに意識を戻す。
「あら、良かった⋯⋯! ジュイネ、目が覚めた? 身体はどうかしら、まだ寒い?」
「えっと、その⋯⋯寒くはなくなったけど、逆に、熱いというか⋯⋯」
恥ずかしくて間近のマルティナを直視出来ずに、つい目を逸らすジュイネ。
「そうなの? ⋯⋯顔が紅いけど、熱が上がったんじゃないかしら」
マルティナからおでこに片手を宛てがわれ、ジュイネはますます顔が熱くなる。
「──どおジュイネ、マルティナさんのお陰で大分身体あったまったんじゃないっ?」
「うふふ、良かったですねジュイネ様⋯⋯!」
「え⋯⋯!? ベロニカ、セーニャ、見てたの⋯⋯?!」
二人に見られていた事に気付いたジュイネは、ガバッとベッドから弾かれたように起き上がる。
「あ、こら、まだ寝てなきゃダメよジュイネ。ほら⋯⋯!」
「いや、もう、大丈夫だから⋯⋯! ベッドに引きずり込もうとしないでマルティナ⋯⋯!?」
「おおジュイネよ、元気になったようで安心したぞい! マルティナのあれを受ければ当然じゃな!」
「まぁそりゃ寒さも吹っ飛んで熱くもなるだろうぜ」
「あら~、どうせならアタシの火吹き芸であっためてあげても良かったかしらね~!」
気を利かせて外に出ていたロウ、カミュ、シルビアも小屋に戻り、元々小屋を使っていた魔法学者エッケハルトによると魔女を封印する手掛かりを得る為、古代図書館に赴く運びとなる。
「あのさ、マルティナ⋯⋯」
「何かしら、ジュイネ?」
次の場所へ向かう前にマルティナに呼び掛けたジュイネは、決意の眼差しを向ける。
「僕も⋯⋯マルティナのこと、ちゃんと守れるようになるから。だから、その⋯⋯これからも、よろしくね」
「ふふ⋯⋯ありがとう、こちらこそ宜しくお願いするわね」
end
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