DQ11長編+短編集
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私の王子さま
前書き
過去編の主人公とセーニャの話。
「セーニャ、これ⋯⋯受け取ってくれないかな」
「えっ?! ジュイネ様⋯⋯そ、それって」
復興したイシの村で自然と一緒に暮らすようになり、ジュイネから差し出された手のひらの上にあったものを目にしたセーニャは、驚きと共に胸が高鳴るのを感じる。
「ここっ、こ⋯⋯婚約指輪ですかっ?」
「え、ごめん違うよ。[イメチェンリング]っていうらしいんだけど⋯⋯着けてみてほしいんだ」
「婚約指輪じゃ、ないのですね⋯⋯。ちょっと残念ですが、ジュイネ様が私に下さるというなら着けさせて頂きますわ」
本当は左薬指に着けてほしかったセーニャだが、そこは我慢して自分で右薬指に着ける事にした。
「───あ、あら? 急に首回りの風通しがよくなったような」
「⋯⋯セーニャ、自分の髪がショートになったのが分かる?」
ジュイネに言われ、両の手でいつものように髪に触れてみるものの、肩下まであった髪の長さがいつの間にか短くなっている事に気づく。
「え⋯⋯あ、本当ですわ! 横も後ろもすっかり短くなって⋯⋯ど、どうなっているのですっ??」
「その[イメチェンリング]が、セーニャの髪を短くさせてるんだよ。実際に短くなったわけじゃないから安心して、それを外せば元の髪の長さに戻るはずだから」
「そうなのですか⋯⋯。でもジュイネ様、何故このようなアクセサリーを私に?」
「僕の知ってる君に、また逢いたくなったんだ」
「───え?」
ジュイネの言葉の意味する所がセーニャには分からなかったが、どこか憂いを帯びた彼の微笑に心が締めつけられる思いがした。
「ごめん、勝手なこと言って⋯⋯。気に入らなかったら外してくれて構わないから」
「いえ⋯⋯何だか身の引き締まる思いが致しますが、ジュイネ様がこちらの方がいいと仰るならこのままにしておきますわ」
「ロングのセーニャが好きじゃないってわけじゃないからね、どっちのセーニャも⋯⋯僕は好きだから」
「ふふ⋯⋯ありがとうございます、ジュイネ様。せっかくですからこのまま、神の岩の頂上まで二人で登りませんか?」
「うん、いいよ。それじゃあ行こうか」
神の岩の頂上にて。
「はぁ⋯⋯、やはり溜め息が出るほどの絶景ですね」
「そうだね、僕はもう何度か登ってるけど⋯⋯神の岩の頂上からの景色は何度見ても飽きないよ」
───暫し言葉を忘れ絶景に見入っていた二人だが、セーニャが唐突に思い出したかのように声を上げる。
「そうですわ! 私、ジュイネ様のお母様のペルラ様から教わってあなたの大好物の特製シチューを作ってきたのです! ジュイネ様⋯⋯食べていただけますかっ?」
「え、いつの間に⋯⋯ってセーニャ、その大鍋どこから出したの?? 神の岩を登ってる時、そんな大鍋持ってなかった気がするけど」
突如シチューのたっぷり入った大鍋を取り出して地面に豪快に置いたセーニャを不思議そうに見つめて首を傾げるジュイネ。
「細かい事は気になさらないで下さいませ! さぁ⋯⋯どうぞお召し上がり下さいっ」
「もしかして、大鍋から直接⋯⋯?」
「あ、オタマが必要でしたね! はい、どうぞっ」
「う、うん⋯⋯じゃあ、いただきます」
香りは何やら怪しげだったが見た目は普通のシチューに見え、ジュイネはオタマで大鍋から直接掬ってシチューを口にした。───その瞬間身体中に衝撃が走り、固まったまま動かなくなるジュイネ。
「い、如何でしたか⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「ジュイネ、様⋯⋯??」
「───────」
「あ、あの⋯⋯しっかりして下さいませ!《ベホマ》!!」
「はっ、ごめん⋯⋯お花畑が見えてた」
「それほど、美味しかったという事でしょうか⋯⋯?」
「何て、言ったらいいか⋯⋯⋯衝撃的な、味だね」
何とか取り繕おうとジュイネは笑顔を見せたつもりが、彼女からすると引きつった顔に見えてしまったらしく、がっくりと肩を落とすセーニャ。
「美味しく、なかったのですね⋯⋯。申し訳ありません、精進致しますわ⋯⋯」
「だ、大丈夫だよ⋯⋯! 僕のために作ってくれたんだから責任持って、全部食べさせてもらうよ」
「ご無理なさらないで下さい⋯⋯! 自分の料理が致命的なのは、何となく気づいていましたから。ベロニカお姉様がよく作って下さる創作料理を食べ続けていたら、味覚がちょっとおかしくなってしまって⋯⋯それが私の料理に反映されているのかもしれませんわ。お、お姉様は何も悪くないのです、私の為を思って作って下さいますから⋯⋯!」
「いつだったかのキャンプで、ベロニカが作ってくれた料理でセーニャ以外みんな一時的に棺桶になっちゃったことがあったもんね⋯⋯」
「はい、私は多少耐性がついているので問題ありませんけど⋯⋯。私が作った特製シチューは、自分で責任を持って平らげますから、ジュイネ様はお気になさらないで下さいませね。時間はかかるかもしれませんが、ジュイネ様に美味しいと思っていただける料理を作れるように頑張りますから!」
「うん、楽しみにしてるよセーニャ」
ジュイネからの優しげな微笑みを受け、セーニャは夢見るようなうっとりした表情でジュイネを見つめ返す。
「あぁ⋯⋯やはりジュイネ様は私にとって、“白馬の王子様”ですわ⋯⋯!」
「そうなの? 確かに僕は白馬に乗ってて、亡国のユグノアの王子ではあるけど⋯⋯」
「そ、そのままの意味ではなくて⋯⋯何と言いますか私にとってジュイネ様は、理想の方なのです。物語に出てくる王子様のように優しくて勇ましく、とても素敵な方なのですわ」
「⋯⋯⋯⋯」
セーニャに憧れの眼差しを向けられ、ジュイネは押し黙って顔を背けてしまう。
「す、すみません私⋯⋯おかしな事を言ってしまいましたか?」
「───僕はセーニャが思ってるほど、優しくもないし勇ましくもないよ。素敵なわけもない」
「え⋯⋯」
「僕はね、逃げてきたんだよ自分の罪から。“世界を救い直す”という名目で⋯⋯」
「!」
「そんな僕が、優しくて勇ましいわけないじゃないか。⋯⋯勇者としての自分に都合の悪いことを無かったことにして、置いてきたみんなを蔑ろにして自分だけ幸せになろうとしてる。最低だよ、僕は⋯⋯悪魔の子そのものだ。物語に出てくるような、優しくて勇ましい王子様なんかじゃない」
「───⋯⋯」
「ごめん⋯⋯何のことを言ってるか分からないよね。いいんだよ、僕だけが覚えていればいいんだ。あんな、悲しい記憶なんて───」
「ジュイネ様は、また私のことを⋯⋯探し出してくれたじゃありませんか」
「⋯⋯え」
特殊なリングで髪型がショートになっているセーニャに一心に見つめられ、目を逸らせなくなるジュイネ。
「私だけじゃありません、仲間のみなさんも⋯⋯ベロニカお姉様だってそうです」
「⋯⋯⋯⋯」
「あなたは自分だけ幸せになろうとなんてしていない。ベロニカお姉様は、仲間のみなさんと一緒に居られる事がとても幸せのように仰っていました。───多くの犠牲を無かった事にしたのではなく、あなたは多くの人々の幸せを取り戻したのです」
「─────」
「それにあなたは、“自らの罪”としている事に向き合い続けている。それはきっと、“逃げてきた”事にはならないはずですわ」
「セー、ニャ⋯⋯君はもしかして、覚えているの? それとも、思い出したの⋯⋯?」
「え? ⋯⋯あら、私ったら何を分かったように話しているのでしょうね。自分でも、よく分かりませんけれど」
急にハッとして首を傾げるセーニャは、自分が無意識の内に述べた言葉を理解していない様子だった。
「そっか⋯⋯うん、そうだといいよね。ありがとうセーニャ、さっきの君の言葉で気持ちが少し軽くなったよ」
「それなら、いいのですが⋯⋯」
「セーニャの、理想の王子様に近づけるように⋯⋯僕もっとがんばるね」
「いえ、そんな⋯⋯ジュイネ様に私の理想を押し付けるのは、やはりよろしくありませんわ」
「そんなことないよ、セーニャにとって“唯一の王子様”になら⋯⋯なってみたいから」
「それでしたら、もうなってくれていますのに」
「ううん、僕なんてまだまだだよ。セーニャには、僕の隣りで笑っていてほしいんだ。つらく悲しい思いはもう⋯⋯してほしくないから」
「────っ」
俯いたセーニャがぽろぽろと涙を零し始めた為、ジュイネはオロオロしてしまう。
「えっ、ど、どうして⋯⋯⋯ごめん、言ったそばから何か悲しませるようなこと言っちゃったかな⋯⋯?」
「違うのです⋯⋯悲しいのではなくこの涙は、嬉し涙なのですから」
涙を拭い顔を上げたセーニャの表情は、微笑みと共に晴れやかだった。
「私も、ジュイネ様には笑顔でいてほしいです。───あなたと話していると、嬉しくて楽しくもありながら時々切なくなってしまいますが⋯⋯それ以上にジュイネ様は、私達には知り得ない何か大きなものを背負っていらっしゃるのだと思います」
「⋯⋯⋯⋯」
「その背負っているものを、少しでも軽くして差し上げたいです。あなたは、自分だけが悲しい記憶を覚えていればいいと仰っていましたが⋯⋯今でなくても、いつか打ち明けてほしいのです。それがどんなに悲しい記憶でも⋯⋯私は受け止めます。ジュイネ様だけに、背負い続けさせたくはないですから」
「(⋯⋯セーニャ)」
「喜びも悲しみも全部⋯⋯あなたと共有していきたいです。悲しみは、悲しみだけで何も生まないわけではありません。そこからいくらだって強くなる事も出来るはずですもの」
「(そうだね⋯⋯かつての、君のように)───分かった、いつか話すよ。だからそれまで⋯⋯待っていてくれるかな、セーニャ」
「はい⋯⋯!」
end
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