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安石国の樹

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第三章

「種がなくなった、あの木のな」
「石榴のですか」
「あの木の種がなくなりましたか」
「そうなのですか」
「そうなってしまった」
 苦い顔で言うのだった。
「これがな」
「そうですか」
「それは残念ですね」
「あの木の種はとは」
「全くだ、折角の種だったが」
 漢に帰れば植えるつもりだった、それで張騫は非常に残念に思った。だが皆無事なのを幸いとしてだった。
 長安に戻っていった、その間彼は種を失くしてしまったことを残念に思うことしきりだった。その無念さを抱いたまま。
 長安に着いた、彼は長安の城門を見て供の者達に語った。
「遂にだな」
「はい、戻ってきました」
「長安に」
「思えば長い旅でした」
「大月氏まで行き戻って来るまで」
「盟約は結べなかったが」
 それでもと言うのだった。
「西域のことがわかった、それにだ」
「はい、名馬が手に入りました」
「西域の名馬が」
「それを漢に売ることを約束させられました」
「そのことはよかったです」
「特に汗血馬をな」 
 この馬をというのだ。
「手に入れることが出来る様になった」
「あの馬は非常にいい馬です」
「漢の馬なぞ比べものになりません」
「匈奴にもあの様な馬はありません」
「まことによい馬です」
「あらゆることを帝にお伝えしよう」
 こう言ってだった。
 盟約を結べなかったことの釈明は過失を許さず処刑を好む帝後に武帝と呼ばれる彼のことを思い暗くなったがそれ以上の益を漢にもたらすことが出来たと確信してだった。
 帝の下に参上しようと決意した、そうしてだった。
 城門を潜ろうとしたその時にだった。
「あの」
「どうした?」
「宜しいでしょうか」
 見ればだった。
 安石国で出会った赤と緑の服の女だった、その女がだ。
 やつれた姿で彼のところに来て言ってきた。
「ようやくお会い出来ました」
「そなたあの国にいたのではないのか」
「そうでしたが」
 それでもとだ、女は馬上の張騫に答えた。
「こちらまでお慕いして参りました」
「何故そうしたのだ」
「あの国で助けて頂いたので」
 だからだというのだ。
「来させて頂きました」
「助けた?私がか」
「日照りの時に毎日水を下さいました」
「水だと、まさか」
「はい」
 女は張騫の言葉に頷いて答えた。 
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