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レーヴァティン

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第二百五十四話 両者の再会その十

「だから安心するたい」
「河豚のこともだな」
「河豚を食べたら他の魚は食べられんとよ」
 この言葉には二つの意味がある、あまりに美味しくて他の魚では物足りなくなるということでありそして毒にあたって死に以後食べられなくなるという意味である。
「そうしたお魚だからたい」
「振る舞いな」
「毒にはたい」
「注意するな」
「そうするたい」
「そうしないとな」
「実際伊藤博文さんに出した時も」 
 下関の店がそうした、日清戦争後の条約締結の時に彼が下関に入った時に出されたのである。
「他にお魚がなくてたい」
「仕方なく河豚を出したな」
「下関では昔から河豚を食べていたたい」
 これは大阪も同じであった。
「それでたい」
「毒のある部分は普通に除けた」
「しかし毒があるのは事実たい」
「出す方も処罰されることを覚悟で出したな」
「そうだったたい」
「まあ伊藤公が器が大きくて助かったわ」
 耕平はその時のことを笑顔で話した。
「処罰どころかな」
「河豚は美味かったと言ってな」
「下関と博多で河豚を食べるのを認めてや」
「そこから全国で河豚が食える様になった」
「そうたい」
 そうなったというのだ。
「あの人は器が大きくてざっくばらんだったからな」
「大人物だったからな」
「痛快な位な」
「そうだったからな」
「そんなことで怒らんかったわ」
「あたらなかったしな」
「それでや」
 店の者達を処罰せずにだったのだ。
「喜んで許すどころかな」
「解禁したな」
「河豚禁止令をな」
「そうだったな、もっともそんなことで罰する人間はな」
 英雄は冷静な声で述べた。
「当時の日本の主な政治家達にはだ」
「おらんかったな」
「伊東公は特にだったが」
 その実像は実に痛快な人物であった、飾らずこれはと見た者を政界に勧誘し人懐っこく明るい人柄であった。 
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