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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
孤独な戦い
  姿を現す闇の主 その1

 
前書き
 国際金融資本に関する話です。 

 
 日ソ和平という世界平和の入り口もなりうる、今回のエネルギー共同開発の会談。
なぜ、英国政府は、日ソ間の接近を過剰に恐れたのであろうか。
 それは17世紀以降急速な勢いで、領土拡大を進めるロシア国家を恐れての事である。
しかし、理由はそればかりではなかった。
欧州の各国政府や王侯貴族までも自在に操る上位の存在が、ソ連を受け入れがかかったからである。

 欧州の各政府を操る、上位の存在とは何か。
それは、ナポレオン戦争の最中に資金を蓄えた金満ユダヤ資本家である。
 彼らは、ワーテルローの戦いに際して、情報をうまく操作した。
英国軍勝利の事実をいち早く知り、ナポレオン勝利の誤報を流して相場を操作し、莫大な富を得た。
それを元手にして、長い年月をかけて欧州の金融業界を自分たちの影響下に置いた存在である。
 急速な資本主義の発展のために力を失いつつあった王侯貴族に資金援助し、その見返りとして爵位を得たりもした。
 また20世紀にはいると、ハンガリー系ユダヤ人のテオドール・ヘルツルが始めたユダヤ人国家の建設運動である「シオニズム運動」に共鳴し、イスラエル再建を陰ながら支援するなどもした。

 金満ユダヤ資本は、ロシアの地に関して複雑な感情をいだいていた。
長い歴史の中で繰り返し行われてきた、ポグロムと呼ばれるユダヤ人迫害。
その多くが、東欧やロシアの地で盛んであった為である。
 有名な反ユダヤの著作である「シオン賢者の議定書」などは、帝政ロシアの秘密警察アフラナの影響を抜きには語れない。
かの怪文書は、瞬く間に全世界に流布したが、元の文書が出たのは1903年のサンクトペテルブルグであった。
当地にあった反ユダヤ系新聞『軍旗』において連載され、後に一冊の単行本にまとめられた。
 初期のソ連・ボリシェビキ政権は首魁レーニンを初めてとして、元勲の9割近くがユダヤ系であった。
 だが、英国の金満ユダヤ人と対立していた。
 国家の経済独占を狙うボリシェビキ政権にとって、外国の影響を受けた企業は国の利益を盗む泥棒のように見えた。
ユダヤ人マルクスの思想で、ユダヤ人の血を4分の1ほど引くレーニンがユダヤ資本家と対立すると いう奇妙な構図は革命以来ずっと続いた。
それは神学校出のスターリンが一貫して、宗教への弾圧政策を取ったのと同じである。
 ソ連は、出自や経歴よりもソ連政権への盲信であることが重要視された。
ソ連共産党に否定的な立場をとるものは、たとえ革命の元勲であっても例外ではなかった。
 トロツキーのような人物でさえも、同じだった。
亡命先のメキシコに暗殺団を送り込み、抹殺したのだ。

 白軍のコルチャーク提督を支援し、列強のシベリア出兵をすすめた英国にとってソ連政権は内心受け入れがたいものであった。
 極東最大の自由陣営の拠点で、2000年来独立を保つ日本。 
彼等が自分たちの影響下から離れて、ソ連の影響下になるのは避けたい。
そういった理由もあって、今回の日ソ会談をつぶすことにしたのだ。
 
 日ソ会談をつぶすには、どうしたらよいのだろうか
MI6を統括する情報部長は、次のような行動に出た。
 まず手始めに、モルディブの政府機構を混乱させる。
そして駐留インド軍に潜り込ませたスパイを用いて反乱を起こさせる。
最後に、タミールイラムの虎をモルディブ近海に招き入れ、日ソの艦艇や戦術機を攻撃することにした。
 英国政府は、会談の地となったモルディブやインド亜大陸において、かつて植民地という権益を持っていた。
1947年のインド独立に際して、各地に『スリーパー』というスパイネットワークを残してきた。 
 スリーパーとは、眠るものという意味の英語である。
文字通り、目標となる時期が来るまで寝ているスパイの事である。
彼らは指定された時期が来るまでひたすら眠り、時期が来れば武装蜂起や破壊活動に従事する。
 英国情報部MI6は、日ソ会談に合わせて、作戦開始の暗号を打った。
『ガンジス川を渡る象』という写真広告を、インドの日刊紙『タイムズ・オブ・インディア』に掲載したのである。
 インド・モルディブ・セイロン(今日のスリランカ)・パキスタン・バングラディッシュ。
旧英領インドの同時破壊の指令を受けた、スリーパーたち。
彼等が、一斉に動き出すこととなったのだ!


 マレ島の近海に、謎の貨物船が現れたのは、その日の早朝だった。
貨物船は、モルディブの治安を害する存在かもしれない。 
大統領府は直ちに、調査を命じるも、すでに遅かった。
 不審船事件にモルディブ政府が全力を注いでいる内に、事件が起きた。
同時多発的に事件を起こした集団は、速やかに首都を支配下に収めた。
 首都を占拠した集団の手際は、実に鮮やかだった。
スリランカ船籍の謎の貨物船は、偽装であった。
別動隊が、空港や湾港に乗り込んでいたのだ。  
 キプロス航空の貨物機に偽装した飛行機は、50名の傭兵が乗り込んでいた。
既に前日から、外人旅行者を装った工作員200名が入り込んでいた。
彼らは、傭兵たちと合流する前に、主だった政府庁舎や、空港、港湾、放送局を昼前までに占拠した。
 500名しかいない国家保安隊は、そのすべてが即座に降伏してしまった。
その為に、昼前には、大統領と閣僚全員が、敵に捕縛される有様だった。 

 
 首都のあるマレ島で、クーデター事件が発生した。
隣の島にあるクルンバ・モルディブに、その知らせが届いたのは昼過ぎだった。
 事件の一報を聞いた警備大隊長のパウル・ラダビノット少佐は、即座にインド本国に連絡を入れた。
インド軍司令部に、精鋭の第50独立空挺旅団の派遣要請を行った。
 だが、インド軍は即座に動かなかった。
同日、西ベンガル州で毛沢東主義者の反乱があったためである。
持てる空挺戦力のほとんどをカルカッタに投入し、予備の部隊をパキスタン方面に温存していた。
 またモルディブまでは、インドのアグラ空軍基地から、2000キロメートル以上離れていたことも大きい。
航空機を使っても、高速の駆逐艦を使っても12時間以上かかってしまう。
 これがモルディブ大統領府からであったのならば、違ったであろう。
ラダビノット少佐の電報は、インド軍司令部で放置されることとなってしまった。


 その頃、鎧衣と白銀はマレ島の市街を、一組の男女と散策していた。
彼らが連れて歩ている男女は、ソ連人将校の二人で、グルジア人大尉とラトロワであった。
 大尉は、薄いカーキ色の熱帯武官服ではなく、観光客らしい服装に着替えていた。
白の開襟シャツ姿で、薄手の長ズボンの後ろポケットに、小型拳銃と軍用ナイフを忍ばせていた。
 またラトロワの方も、南インドで広く着られている民族衣装のパンジャビをまとっていた。
有名な民族衣装サリーは、ヒンズー教徒や仏教徒の衣装であった。
 12世紀に来訪したアラブ人によってイスラム化したモルディブでは一般的ではなかった。
またサリーは5メートルの布地を全身に巻き付ける為、ラトロワには着こなせる技術がなかった。
 ガウミリバースと呼ばれる民族衣装や、回教圏らしいヒジャブ(スカーフの一種)に長袖の服装は、ロシア人の彼女には暑苦しく思えた。
本当は胸元の空いた半袖の開襟シャツに、半ズボンという服装をしたかったのだが、警察とのトラブルに巻き込まれる可能性が大だった。
故に、比較的おとなしい印象のパンジャビ・ドレスを着ていたのだ。
 市中にある、サルタン宮殿公園を散策している折である。
鎧衣の目に、怪しげなアラブ人の一団が目に留まった。
 モルディブは、古代から南インドとアラブ世界をつなぐ位置にあったため、アラブ人が多かった。
だが銃火器の持ち込みが禁止されている同国であって、大型武器を隠し持てるようなトープと呼ばれる足首まである長い白装束。
そして、揃いに揃えた様に、赤白の千鳥格子頭巾(シュマッグ)姿は、余りにも奇異だった。
 これは、何かが起きる前兆ではないか。 
そう考えた彼は、ラトロワたちにモルディブの歴史を説明していた白銀に注意を投げかけた。
「白銀君、あのアラブ人の服装をした連中は奇妙だと思わないか」
「旦那もそう思われますか」
「いくら敬虔なアラブ人のビジネスマンでも、常夏の国でトープを着る義務はない。
それに彼らの履いていた物はサンダルではなくて、黒い布製のジャングルブーツだ」
 その言葉を聞いた瞬間、白銀は理解した。
件のアラブ装束の男たちは、ビジネスマンや観光客ではない。
 おそらく、テロリスト、あるいは工作員。
長いローブの下には、ウージやスターリングと言った短機関銃が隠してある。
「旦那、武器は……」
「刃渡り30センチのボウイナイフと、イングラムM11だけだ」
 イングラムM11は、ベトナム戦争で活躍した、M10短機関銃の小型版である。
おもにカンボジア戦線やラオスなど、南ベトナムから奥地の補給が難しい場所で使われた高性能の短機関銃(サブマシンガン)。 
特別な消音器具(サイレンサーキット)を使えば、静粛性に優れた暗殺用の武器であった。
「白銀君、君の道具は」
「シャツの下にブローニングのピストルが、一丁入っています」
「そうか」


 アラブ人の男たちは、咄嗟にトープを脱ぎ去る。
長い衣の下に着ていたのは、タイガーストラップの迷彩服で、胸掛け式の弾薬納を付けていた。
 見ると、銃剣の密集したひらめきが、鎧衣たちに押し寄せていた。
つづいて、銃口を向けかえて、一閃(いっせん)の光を浴びせかける。
「うわあぁ」
 ドドドッと、銃弾のひびきがすさまじい音が聞こえる。
 鎧衣は、咄嗟に、手にもっておいた鞄の蓋を開いた。
彼の持っていたのは、アタッシェケース型の折り畳み式の防弾シールドであった。
「伏せろ!」
 危機一髪だった。
洪水の際、河水が堤防のすき間からあふれはじめるのと同じ、恐るべき瞬間だった。
もう一秒、(おく)れていたら、命は奪われていたに違いない。
「鎧衣左近、動くなっ」
 とたんに、大喝と共に、彼の眼にとびこんで来たのは、迷彩服姿の白人。
鎧衣には、見覚えのあるの男だった。
「何、貴様はッ」
 自分の記憶が確かならば、男はオーストラリアの精鋭部隊、特殊空挺連隊(SASR)の大佐。
1966年からベトナム戦争介入や、カンボジア戦線での作戦に関係した人物であった。
「大人しくしていれば殺しはしない。あきらめろ」
「たわけた雑言を……」 
「それこそ、世迷い言よ。
あんたの命はいらない……一緒にいるソ連人の男女をいただきたい」
「な、何の事だ」
「とぼけても無駄だ。
あんたが連れているのは日本政府が人質にしているソ連赤軍の将校……
そんなことは、モルディブにいるスパイ関係者なら誰でも知っていることだぜ」
「ソ連赤軍の将校を手に入れて、どうする。
君が代わりにソ連に送り返してくれるのか」
「人質にして、ソ連政府に渡すのさ。
かなりの額を払ってくれるはずだ」
 鎧衣は、眉をひそめて、なお凝視し続けていた。
解せぬと思ったのは、余りにも、彼の予感があたり過ぎていた為であった。
「あんたは、そこの工作員の坊やと日本に帰ればいい。
ゼオライマーのパイロットの面倒も、見るしかないだろう」
そう話す、男の後ろには、銃身や槍の穂先が林立していた。
「このどさくさに紛れて、モルディブから逃げ出すつもりだろう。
それが早まったと思えばいいだろうに……
あんたには、メリットのある話だぜ」
「う……」
「この話を飲めば、あんたの命は奪わない。
だが断れば……」
 さっと、形相を変えるやいな、上衣の下からピストルを取り出して、
「こうだ!」
 鎧衣の顔面に突きつける。
黒い革手袋から引き金を引き絞る、かすかな音が聞こえた。
「本気だぜッ!覚悟を決めな」
「むむむ……」
 要求を、聞き入れるか、入れないか。
鎧衣の肚としては、実は、敵兵に囲まれる最中で、既に決まっていたのである。
 いいかえれば。
肚を決めかねて、SASR大佐と問答をしたわけでなく、肚をきめた。
 なので、どうだろうと、一応、問答にかけてみたのである。
そこにも、彼の腹芸があった。
 もし、SASR大佐の要求を受け入れてやらないと、どうなるか。
人質として預かっているソ連将校の立場は、非常にまずいものになる。
 また、いきり立っている工作員たちの興奮は、ここで抑えても、ほかの場合で、何かの形をとって、復讐という形であらわれるにちがいない。
 それは、外交上の、大きな危険だ。
いや、それ以上にも、鎧衣がおそれたのは、SASR大佐に、不平をいだかせておくことであった。
放置しておけば、彼の背後にいる、老獪(ろうかい)な英国王が、必ず手を回して来るに違いない。
そう、思われることだった。
「……」
 多くの小さな鋭い音が一度に起こった。
それは、支那製の63式自動歩槍(小銃)を構える音だった。
「わ、わかった」
「よろしい!」
と同時に、銃をおろす音が聞こえた。
「では連れていけ」
「はいッ!」
 そうして、グルジア人の大尉とラトロワは、近くに止めてあったワゴン車に乗せられる。
そのまま、いずこへと連れ去らわれていった。 
 

 
後書き
 明日、2月11日は祝日なので、久しぶりに休日投稿を行います。
ご意見、ご感想よろしくお願いいたします 
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