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イベリス

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第五十三話 雨の東京その九

「それこそ」
「ですから」
「そこまでする様な人でもないとですか」
「地獄にはです」
「堕ちませんか」
「餓鬼ですらそうそうなれないのです」
 地獄の上にある世界もというのだ。
「何処までも浅ましく卑しくです」
「人間の底を割ってですか」
「そこまでならないとです」
「餓鬼になれなくて」
「はい」
 そしてというのだ。
「地獄はさらにですから」
「そんな外道にでもならないとですか」
「小山さんは私利私欲や遊びで平気で命を奪えますか」
 咲の目を見て問うてきた。
「それが出来ますか」
「そんなの出来ないですよ」 
 即座にだ、咲は答えた。
「とても」
「それが人間です」
「そうですか」
「はい、笑って人の命を奪える悪事を行えるなら」
 それならというのだ。
「最早人間ではなく」
「地獄に堕ちますか」
「そうなります」
 まさにというのだ。
「そうした人こそ」
「そこまでの悪人でないとですか」
「地獄には堕ちません」
「邪悪でもないとですね」
 咲はこうも言った。
「地獄にはですね」
「堕ちないです」
「そうなんですね」
「太宰はその作品で多くの人を救ってもいますので」
 それがあるからだというのだ。
「彼を研究している学舎さんはそれで食べています」
「人を食べさせてもいますか」
「色々と問題のあった人ですが」
 それでもというのだ。
「芥川にしても。自殺もしていますが」
「功績もあってですか」
「地獄には堕ちていません」
「店長さんが思われるには」
「私は宗教家ではありませんが」
 それでもというのだ。
「そう思います」
「そうですか」
「はい、ただ私は神仏は信じています」
 宗教家でなくともというのだ。
「確かに神を感じています」
「仏様もですね」
「はい」
 その通りだというのだ。
「感じています」
「そうですか」
「むしろ無神論をです」
 これをというのだ。
「否定しています」
「そうなんですね」
「はい」
 こう咲に答えた。
「この世は何が動かしているか」
「神様仏様ですか」
「人ではありません」
 こうも言うのだった。
「決して」
「人間じゃないですね」
「この世、宇宙は広いですね」
「とんでもなく」
「一応広さに限りはありますが」
 そうであるがというのだ。 
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