同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~
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【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦
【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦(11)~基地主戦陣地攻防(上)~
前書き
フェザーンで同盟と帝国の高等弁務官事務所の若手職員たちはこっそり酒場で酒を飲んでいた。
同盟側の職員は言った。
「私はどんなときでも影響力拡大の機会を逃しません。交通費をふんだんに渡してタクシーに乗ったら、ありったけのチップを渡し『いつもご苦労様です。自由惑星同盟のものだ』と言って降りるように皆に伝えています」
帝国側の職員はニヤリと笑っていった。
「私もいつも影響力拡大の機会を逃しませんよ。私の場合は部下にタクシーに乗ったら、まったくチップは払わせないように指導しています。
運転手に頼まれても絶対払いません。それで降りるときに言うんです。
『よろしく。我々は共和主義者だ』とね」
それを聞いたフェザーン人のタクシードライバーは嘆いた。
「畜生!フェザーンの連中はみんな共和主義者だったのか!!」
(フェザーンの小咄より)
さて、ヴァンフリート4=2において同盟常備陸軍と構成邦軍連合軍と帝国軍の熾烈な攻防戦が繰り広げられている最中、パランティア連合国の情報機関HUORNの特務通報艦は相も変わらずデブリ帯に潜み、4=2を観測している。
「統括、第5艦隊より連絡です」
ファンゴルンは音声通信機をとる。
「……はいはい、ファンゴルンです。え~はい、はい、はい。わっわかりました~。そちらはそのように。え~、はいはい、ではお待ちしておりますぅぅぅ」
なぜか通信機越しにペコペコお辞儀をするファンゴルンを周囲はちょっとヒいた目でみている。悲しいね。
「やれやれ、現場の人はせっかちで困りますねぇ」
「第5艦隊はなんと?」
「1万隻もの獲物が基地の戦いを固唾をのんで眺めているんです、それはもう殺到ですよ」
総司令部は本土……小惑星コロニー群の防衛で手一杯のようですがとファンゴルンは肩をすくめて見せる。
「まぁ遊撃任務の範疇ではありましょうが」
「同盟軍主力の状況はまとまってますか?」
副官が端末を操作し、立体航路図にデータが表示された。
「総司令部が現在掌握している主力部隊はビクター・アップルトン提督の第8艦隊とノルマン・ボロディン提督の第12艦隊です」
「アップルトン……アップルトン……あのパルメレントの?」
はい、と連絡官が端末をいじると新たなデータが反映された。
「例の“ドレッドノート・プラン”で財務委員会を卒倒させたパルメレント、弁務官総会で乱闘を引き起こした挙句にアイアース型の改装でおちつきましたな。
例の“クリシュナ”に乗っておりますよ。
まぁそれはともかく艦隊主力は予定の通り内線作戦に徹しております。戦術的にはやや優位と言ったところで膠着しているようです」
ふむん、とファンゴルンは顎をさする。
「陸戦隊……装甲擲弾兵……勇み足の貴族領軍……どうにもチグハグで中途半端だ……」
「”等族”ですらないようですね」
”等族”、即ち高度な自治権を認められ複数の星系を支配する大貴族――ではない、ルドルフ体制下で分割し、弱体化されたはずの諸侯経済を一門の所領を事実上統合することで克服し、時には軍需関係の工廠すら所有する自由惑星構成邦を凌ぐ一大軍閥の領袖である。その筆頭はブラウンシュヴァイク公爵と数年前までの財務尚書カストロプ公爵である。
こらこら、とファンゴルンは苦笑する。
「等族は公式の言葉ではないですよ、アルレスハイムに叱られてしまいます」
アルレスハイムでは”そもそも等族という言葉は帝国議会の存在ありきであり進歩主義的に過ぎる”と匿名の政治史学者が批判したことでしられている。
「君、あの艦隊の着陸後の映像データを」
「補給基地……それも艦隊用の……ふむ?」
「我々が監視しているこの艦隊は戦略予備というと聞こえがいいがその実態は予備役――厄介な諸侯をまとめて放り込んだといったところでしょうが……そもそもの目的を考えると――」
ファンゴルンは愚かではなかったが文官のケースオフィサーであり戦術学は専門外である。ゆえにミュッケンベルガー元帥の策に嵌りかけていた。
ミュッケンベルガー元帥を元帥たらしめたのは威風堂々たる風貌や戦術能力のみならず、その政治的調整能力と巧みにブラフを使用する”叛徒との駆け引き”である。
功績目当ての貴族――非主流派であれど適度に厄介な貴族をあしらいつつ、目くらましに活用する。
「4=2基地の方はいよいよ本線陣地ですか……」
「緒戦は優位にすすめていますが……」
「マズいなぁ、奴さんが痺れを切らして艦隊を上げたらどうするんですか」
その通りである、しかしながらそれを行えない状況であるのがグリンメルスハウゼン艦隊司令部であった。
通信の断絶、先任准将である単座戦闘艇監に暴言を吐いた陸戦隊副司令官、予想以上に優勢な敵の陸戦戦力、先任准将である単座戦闘艇監に暴言を吐いた陸戦隊副司令官、補給拠点の建設計画に対して訪れない補給艦。
そういった諸々が退嬰的な【戦力保全】を第一とするようになってしまった。
「観測班から報告! 敵艦隊の光学観測を出します」
「……ふむん」
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ヴァンフリート4=2基地外周部、中将と少将、そして佐官たちが兵の警護を受けながら望遠で装甲服のヘルメットに画像を映している。
……いやそれならば司令室でいいのではないか? と思っている者もいるが前線の将兵と共に見るということに意義があるのだとフォルベック少将は考え、セレブレッゼは”そういうものか”と受け入れた。
中将の階級章を付けた男は12時の方向を見る。
「包囲されている」
3時の方向を見る。
「包囲されている」
6時の方向を見る。
「包囲されている」
……最後に9時の方向を見て、シンクレシア・セレブレッゼ中将は溜息をはいた。
「……囲まれている。一面に敵陣、敵陣、敵陣。吹雪の如き兵共の鳴き声、白い雪原に浮かぶ車両と旗印。人間は大勢になると見分けが付かず、さながら一つの生命体のようだ。
なるほど、社会契約論者による絶対主義者は国家をリヴァイアサンと呼んだ。国民社会主義者は国家は一つの有機体であるといった。
当時の国軍を凌ぐ規模に相対した今、私は改めてその論を体感している」
「アイアースの装甲と書類の束は恐怖より私を遠ざける偉大なものだ。あちらでは数十倍の敵と相対しようと恐怖を感ずることはなかった!」
「兵馬の飯の量はわかる、艦隊が推進剤をどれだけ食らうかもわかる。だが兵馬の運用はよく知らん」
セレブレッゼは腹痛を堪えるような口調で言った。
フォルベック少将は黙って肩をすくめる。”わからん”と言ってくれるだけでもマシな上官だと理解しているからだ。
「帝国軍は100年前の大親征でも見られた、実に、実に伝統的な陣で我々に気炎を吐いています。大時代的ではありますが、伝統とは実用性の証明であり優位の時の定石ほど恐ろしい物はありません。
敵本軍は我が軍本陣地から氷河を挟んで北側に本陣を置き包囲網を指揮しています。我々の整備した主要な連絡道路は帝国軍に封鎖されているため、タバル方面隊やターイー戦闘団との相互連携が困難な状況にあります」
「つまり……しばらくの間、我々は寡兵で攻勢を食い止めることになります」
「12時の方向は陸戦隊の司令官リューネブルク直轄の装甲擲弾兵師団、歩兵を主体としつつ重火力隊を追従させ、必要を見ればゼッフル粒子を散布し白兵戦で切り込む。彼らは非常に堅実な戦い方をします。
彼らこそが実質上の最高戦力、それに対する我々の奮戦こそ、戦の勝敗を大きく左右する事になるでしょう。
まあ、何にせよ。この戦いで最も”近代的”な地獄を見るのは、間違いく彼らとそれに相対する部隊となるのは確実です」
「そして3時の方向には後背に劣悪な装備と錬度の貴族艦隊陸戦隊ですね。重火力隊を前方に出しています」
「想定される戦術は、重火力隊が我が軍の陣地へ擾乱砲撃行い、乱れた陣地に弱兵の群れが飛び込んで食らい付く。後は雑兵による飽和攻撃です。
おそらく彼らは混乱を助長させる為のデコイとなるでしょう」
「これだけならさほど問題にはならんのだかな」
他が厄介なのだ。とセレブレッゼは髭を撫でる。
「6時の方向には副将らしき部隊が……捕虜の尋問によるとどうやら帝国の寵姫の弟が率いている直轄領常備宇宙軍から臨時陸戦隊を編成したようですね。練度はそこそこですが士気は低い、装備も重装甲車両が欠如しているのですが……」
言わんでもわかるわ、とセレブレッゼが空を見てうなる。そこには見慣れた巡航艦が浮かんでいる。
まだ染みのようだがセレブレッゼの慣れ親しんだ艦隊戦では数万隻のうちの数隻であるが、今は途方もない脅威である。
「最大の問題は、敵は対地改修を済ませたらしい巡航船を3隻も持ち込んでいることです。あの巡航艦隊は今や基地を艦砲射撃で破壊できる距離に侵入しつつあります。
――アレをどうにかせねばならない。スパルタニアンの戦術が限定されてしまう、制空権を奪われた場合、練度云々の問題ではなく鉄量の絶対的な敗北により基地が陥落します」
「基地や常備軍の対空システムで処理できぬかね? 小規模な軌道爆撃であれば撃退できるはずだが」
「連中はそれを見込んだのか低高度で地上軍に随行しております」
「いくら帝国艦とはいえ限度が……いやここは低重力だったな」
銀河帝国軍は元来反乱鎮圧を旨としており、同盟宇宙軍と異なり大気圏突入機能にキャパシティを割いている。
「えぇ、無論迎撃しますが対軌道爆撃を想定したシステムですので限度があります。スパルタニアンなどの航空兵力はワルキューレにも対応せねばなりません。航空戦術を防空司令部が練り直しておりますが楽はできません」
セレブレッゼは唇を舐め、唾を呑み込んだ。
「……待て、それでは巡航艦の火力で制圧されるのではないか? 巡航艦対策は……」
「エル・ファシルに任せるべきです彼らは切り札を持っています」
「エル・ファシルの大隊はターイー戦闘団として迂回している最中では?」
「その通り、正面は既存の対空システムと単座戦闘艇で敵を誘引します。閣下」
「崩れる基地と運命を共にする程、我々は軍事ロマン主義者ではありません。ご安心ください。一時的な火力の優越は決定要素ではありません! 絶対多数の敵を打倒する為に最も有効で、かつ我々が彼らを上回っている点とは何か。それは機動戦術に不可欠な”部隊の質”です。同盟常備地上軍、ヴァンフリート、ティアマト、アルレスハイム、エル・ファシル、大夏天民国、アスターテ……いずれも実戦経験豊富であり、出兵を甘く見て悲鳴をあげる貧乏貴族どもを圧倒する質があります。
敵は大軍、力押しで押し切ろうと攻め立てるでしょう。ならばその力押しを受け止め続け、敵戦力を吸引すれば合流した構成邦軍による多方面攻撃により重火力を叩き、敵の士気を崩壊させる。これで我々は勝利できます」
「……その間にロボス閣下の救援が来ることを祈るしかないのか」
苦虫を噛み潰した顔をする事務屋にフォルベックはわざとらしく敬礼をした。
「はっ! それでは基地司令閣下、我が軍は何にお祈りなさりますか?」
「……それぞれの信ずるものに、この国は自由の国だ…このヴァンフリート4=2も」
フォルベックはニヤリと笑った。
「承知しました、閣下。Freiheit, Gleichheit, Brüderlichkeit!」
セレブレッゼはこの男、外連味が過ぎるのではないか、と鼻にしわを寄せ、いやそれこそが野戦指揮官というものかもしれないな、と思い直した。
なぜなら彼も数秒だけ野戦指揮官を演じる必要があった。
「へいし・・・・」
喉が渇いた、水を飲み、咳払いをする。
「兵士諸君! 思い出して欲しい! かつて【大親征】が起きた時! このヴァンフリートは孤立しながらも交戦星域における民主主義の砦となった! そして最後まで守り抜いた!敵元帥は討ち取られたことを! この星系に身を寄せた交戦星域人民とラウール提督ら宇宙艦隊の勝利に終わった事を!」
「そう! この地で始まった戦いは先人達の驚嘆すべき勇気と忍耐によって勝利に終わったのだ!
だがこ、この戦いは耐えるだけのものとは違う! 我々が守り抜くものは侵略者の集う砦を打ち倒す勇者達の足がかりである! わ、我々がここを守り抜けば、そ、その勝利と勇気が報われる日である!」
息を吸い込む。セレブレッゼは基地司令官としての務めを果たさねばならない。
「我らの父祖の如くこの日を偉大な日としよう! ヴァンフリート人民と共に自由惑星同盟は再び勝利の旗を掲げるのだ!
勝利と共に故郷へ凱旋しよう! ――勇気を奮え! 自由惑星同盟万歳!!」
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「司令官閣下……」
基地の兵士たちの顔は見えない。だがそれでもリューネブルクには敵方の情動は“見てきた”ようにわかる。
「闘争心や敵愾心に火をつけられたな。叛徒共め、将兵の士気が高まっているのが手に取る様に分かる。……士気、か、あぁ全く面倒な事だ。なぁ君、我らの兵が何を望むかわかるか?」
リューネブルクは頬を吊り上げる。
「“いかなる宣伝も大衆に好まれるものでなければならず、その知的水準は宣伝の対象となる大衆のうちの最低レベルの人々が理解できるように調整されねばならない。獲得すべき大衆の数が多くなるにつれ、宣伝の知的程度はますます低く抑えねばならない”……そして私は幾万の農奴上りの前にいる」
幕僚長は眉をひそめ、首を左右に振る。彼は良くも悪くも都市中産層出身であり、知的な軍将校であった。
「アレがある限り総崩れはないでしょう」
「……あぁその通り、連中もそう思っているさ」
リューネブルクは基地を顎でしゃくり、皮肉に笑うと回線を開く。
「忠勇なる帝国兵……金が欲しいか!?」
「土地が欲しいか!? 建物を買い上げたいか!?」
兵達は黙りこくる。だがその沈黙の意味をリューネブルクは知っている。
「兵たちよ! 目の前にあるのは宝の山だ!」
「邪魔するのは叛徒だ! 構わず殺せ!」
「武勲を得ろ! 財をわけてやろう!」
「前へ進め! 斧を振るえ! 敵を殺せ!!」
「皇帝陛下に武勲を示せ! さすればお前たちは身を立てることができる!!」
「皇帝陛下の名の下に叛徒をぶっ殺せッ!! 基地を我々のものに!! 力を示せ! 富を勝ち取るのだ!」
「…………」
兵の一人が武器を構える。そこには殺意がこもっていた。
「ウォォォォォ!!!!」
「「オォォォォォォォォォ!!!!!!」」
咆哮は連鎖する、雪原の吸い取る許容量を、熱も、音も超えたのだ。
ヴァンフリート4=2はいよいよもって凄惨な戦の幕開けに相応しい熱気を持ち始めた。
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そして派手な包囲陣の後方からひそやかに機動する者たちもいる。フランダン伯の装甲旅団である。
「偵察兵が戻りました。敵守備隊はおりません」
「やはりか。よし、ここを抜ければ敵の基地主戦陣地を射程に入れるまで防衛線が無いぞ」
「地雷原で道が塞がれています」
「ふん。叛徒どもめ、所詮は寡兵だ。急ごしらえの小細工だな。この回廊を抜けるまであと少しだ。地雷原の撤去を急いでくれ」
「閣下、ですが隘路で戦列が伸びきっています。今襲われたらひとたまりもありません。排除が終わるまで本陣を後方へ動かすべきです」
「地雷原を設置したのなら重火力を中心とした陣地がある筈だ、それがないのは……何故か」答えはあれだよ、と巡航隊をフランダンは指す。
「対空火力を揃えない限り退くしかない。我々がここを通ると確信し、防衛陣地線を空にでもしなければ、奴らには今、こんな場所にまで兵力を割く余裕は無いのだ。孺子は良い仕事をした――が奴らの引き立て役になっては諸侯のとりまとめができん。そうなったらフランダンが”あの”コーブルク侯レオポルト2世の風下に立ったままだぞ! わかっているのか!!!」
いやまぁお気持ちは痛いほどわかりますが、と幕僚長はなだめる。
ルドルフ大帝が好んだ”自然由来”の薬を得るために劣等人種の農奴をかき集めてノルマに達しなければ腕を切り落とす帝国の”健康的奢侈品”の闇を担い、かの『“最も偉大なる悪き財務尚書”カストロプ公』『“古典的貴族筆頭”リッテンハイム侯爵』も黙って首を振り、“大官”リヒテンラーデ国務尚書の胃潰瘍の源泉の一つとして知られる”真の漢”……そりゃ嫌である。
「しかし哨戒ドローンや通信妨害すらありません。あまりにも静かすぎます。兵力の配置を放棄しても情報を得ないはずがありません。これは罠では?」
「なに、叛徒の姑息な企みなど罠もろとも粉砕してくれるわ。このわけのわからん叛徒の堅城を陥とすまであと一歩なのだ。不確定要素を優先させて目の前の勝利を見逃せと? そうはならん! ここで勝って恩寵の車両工場を領内に作ってもらうのだ!!!」
幕僚長が熱くなった目頭を押さえるのと同時に、ズドン! と彼らが話す数百メートル後ろで装甲車が爆炎を上げた。
「伏撃だとぉ!? まっ……待て! アレはなんだ!」
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「……しかし無茶をするものだ」
「エル・ファシル地上軍本土決戦用対空車両“剣牙虎”。火薬式130mm高射砲2連装、標準引力における有効高度は35,000m。決意と恨みと意地で包んで総動員だ、はっ! 130mmなんてヴァラーハやヴァンフリートでさえ拠点防衛システムとしてしか使ってないんじゃないか? ――こんな兵器を作ったエル・ファシル軍の開発部門を恨むんだね」
「まさか使う時が来るとは――奴らに食らわせてやる機会があるのは幸福かもしれんがね。死ななければ」
皮肉を無視して派遣参謀たるバドウ少佐は端末を見る。画像が乱れてとても見れたものではない――満足げにうなずき、行動を促す。
「嵐が来ました、ニュースロット大隊長殿」
「あぁ頃合いだね、こちらも始めよう、剣牙虎を前へ!」
断熱材やらあれこれを被せらえた偽装をはぎ取り、ヴァンフリート工兵が巡らせたトンネルを突き破る。
そこはちょっとした氷の丘の上、巡航艦隊を捉えるには十分に距離を詰めた危険な場所。
「隊長車両停止」
だが無線も乱れ切った”今だけ”は関係がないのだ。
「停止、各車両停止確認、所定の指示に従い直接照準」
そしてそれは――何もかもが無論電子戦においても敗北した時に”原始的”な方法で敵に一矢報いることを想定した奇形児、剣牙虎が想定した状況であった。
「直接照準! たっぷり喰らえ!」
「教本通りにかましてやれ!」
5秒間に一発、20を超える門数の砲が火を噴き、3隻の全長576mの艦へ襲い掛かる。
特に悲惨なのが旗艦であるシュヴァルツアドラーであった。当然のように集中砲火を受ける。
「オフェンブルク姿勢制御困難!! ホーホコップフ居住区画爆破炎上!」
「マインゴット! 撤退だわが艦は……」
「機関破損! 畜生! 推進剤タンクがやられた!」
「側砲手は何をしとるか! 早く撃て!」
「推進剤流出が止まりません!! 助けてくれ!」
「ワルキューレ格納庫から火災発生! 誘爆します!」
「シュヴァルツアドラーが! シュヴァルツアドラーが沈む!」
「戦隊旗艦シュヴァルツアドラー、Untergang!! シュヴァルツアドラー、Untergang!!!!」
ヴァンフリート4=2基地攻防戦の終盤を告げるのはこの報告であった、とも言われている。
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「部隊の把握を急げ!」
「……! 無線が機能しません! 恒星嵐です!!」
フランダン伯の舞台も混乱しきっていた。良くも悪くも彼らはイゼルローン回廊の中で戦ってきたのである。だがそれでも旅団本部は実戦経験者で固められていた。
「落ちつけ、全隊白兵戦用意をとれ!! 後退用意とワルキューレ隊への連絡を!」
「閣下! 閣下! あれを!!」
「……巡航艦隊が沈む!?」
素早くフランダンは耳を澄ませ、周囲を見回す。彼は貴族であるのと同時に将校としての経験も積んでいた。つまるところ兵下士官の統制というものの面倒さを知っていたのだ。
――やられた! このままだと士気崩壊が起きかねんぞ!
「かくなる上は包囲を突破する他あるまい。統制の及ぶ限りに集合をかけろ!! 白兵戦用意!! 私に続け、血路を切り――」
フランダンは見誤っていた。彼らは侵略者であり――ここは【敵国】であることを。そこで”足を止めてしまった”失態の重さを。
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その数分前のことである。
「エル・ファシルの、いい仕事をするじゃあないか!!」
「あちらも元気がよろしいですな」
指し示すほうではエル・ファシルの防衛線を構築していた部隊がいきなり突撃を仕掛けて敵と並行追撃を仕掛けている。
「騎乗隊、前へ!!」
「……おい、貴様ら! 山岳最強は誰だ!
同盟常備陸軍のお行儀の良い山岳師団か?
正墨旗の砦守か? アスカリ達の山岳工兵旅団か?」
ターイーは罵倒するように吠える。
「「ハミディイェだ! ハミディイェだ!! 俺達だ!」」
兵たちはそれを同様の口調で返す。
「大変結構! そしてここは何処だ!! 雪山だ!! ここでの最強は誰だ!?」
「「我々ハミディイェだ! 我々ハミディイェだ!!!」」
「大変結構!!! それでは踏み潰すぞ!!! 駱駝騎兵ィ! 前へ!」
「喇叭を鳴らせ!!!」
「ムサンダム・アクバル!!!」
400騎の駱駝騎兵と800名の強襲歩兵で編成された突撃部隊は、刃を抜き放ち集中砲火により指揮統制が崩壊しつつある帝国軍装甲重火力旅団へ突撃を開始した。
ターイーという男はひどく性格が悪い博徒であった。彼は突撃の際に敵兵が巡航隊を背後に見えるように自己演出を怠らなかった。そしてこの博打は大当たりであった。帝国将兵は沈む巡航艦を背景に駱駝騎兵が突撃してくる姿を見ることになる。
パニックは拡大し、燃え広がり、狂奔した。
その中で比較的統制を保っている小規模中隊ほどの集まりにターイー達は殺到する。
歩兵の一部が擲弾を放ち数人を噴き飛ばすが兵達は怯まず白兵戦と射撃で食い止めようとする。だがターイーが先頭に立った最精鋭の突撃はついに届いた。
どう、とフランダンは倒れ伏す。幕僚と従兵達も”義務を果たし”倒れている。彼らがヴァルハラに旅立てるだろう、不名誉はなかった。
「グッ……ハハハッ! 共和主義者め! オリオンに居ればさぞ厚遇されたろうに愚か者め!」
ターイーの駱駝が唾を吐き、空中で凍り付くのと同時にフランダンの首から鮮血が噴出した。
「クソッタレの封建領主め、ウチの国に産まれてれば俺の苦労を押し付けられたろうに!」
ターイー戦闘団は装甲旅団の迂回と巡航隊の排除に成功した。彼らはヴァンフリート民主共和国英雄の勲章を授与されることが確定した。その生死を問わず。
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