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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第七十八話

 島津軍と大友軍は大将がこちらに寝返ったこともあって、西軍を抜けてこちらに付いてくれた。
片っ端から東軍西軍お構いなしに説得を試みて、こちらの仲間に引き込んでいく。
この戦が魔王復活に一役買っている、魔王の脅威を知っている分その事実は大きいようで、
ちなみにその情報源が雑賀衆ってのも更に大きいみたいで面白いくらいに寝返ってくれる。

 さて、関ヶ原も三分の一は制覇したかなってところで、アニキが鶴姫ちゃんを押し倒しているところに遭遇した。

 「おおっと、アニキが男を上げた!?」

 うっかりそんなことを口走ったけど、どうにも様子がおかしい。
押し倒されている鶴姫ちゃんも嫌がっているというよりは、アニキを心配して必死に呼びかけているようだし、
アニキも鶴姫ちゃんに呼びかけられているというのに全く動く気配が無い。

 これはと思って駆け寄って、鶴姫ちゃんからアニキを退かして頬を叩いてみるけれど反応がない。
脈や呼吸はあるから死んでるわけじゃないだろうけど。

 「どうしたの、アニキは」

 「わ、分かりません……突然敵から攻撃を受けて、海賊さんが私を庇って攻撃を受けて」

 ほぉ~? アニキ、惚れた女を身体張って守ったんだ。流石だねぇ~、単なるヘタレじゃ無かったんだねぇ~。

 って、いかんいかん。感心してる場合じゃない。

 「診せてみろ」

 孫市さんがアニキの身体を見て、肩に刺さっている一本の折れた矢を慎重に抜いた。
矢の匂いを嗅いで、孫市さんは雑賀衆の一人を呼びつけた。

 「解毒薬を。……強い毒が塗られている、おそらくこれで意識を失っているんだろう」

 どういう種類の毒なのかは分からないけど、アニキが意識を失うほどの強い毒なんて。
アニキなら毒くらい簡単に跳ね返しそうなのに。いやいや、それはいくらなんでも人間離れしすぎか。
しかし、毒矢なんかを射掛けて来たのか、東軍の連中は。

 解毒薬の準備をしている合間に、アニキがぼんやりと目を開く。

 「……おう、サヤ……カ……」

 多分相当苦しいんだろうけど、そんなことは尾首にも出さずに普段通りに振舞おうとするその姿が痛々しい。
他の人間も同じような顔をしてアニキのことを見ているわけだし。

 「元親、このからすめ。こんな毒矢を受けるなど、らしくないじゃないか」

 「はっ……鶴の字を、危険な目に……遭わすわけにゃ、いかねぇだろうがよ……」

 そんなアニキの言葉を、鶴姫ちゃんが涙を浮かべて聞いている。

 「好きな、男が……いんだろ……?
そいつに、会う……までは、よ……、綺麗な身体で、いなきゃあ……ならねぇだろうが……」

 弱々しくも笑うアニキが、漢に見えた。
鶴姫ちゃんにもアニキ以外に恋してる男がいたわけか。アニキはそれを知って、自分の恋心に蓋して応援することにしたのか。
健気だねぇ……アニキってば。振られた後なのかもしれないけど。

 「それ、によ……喧嘩出来る相手が、いなくなっちまうってのはよぉ……寂しくってなぁ……
こんな、毒……鶴の字が食らったら、すぐ、死んじまう……俺なら、このくらい……」

 「馬鹿なこと言わないで下さい!! 私だって喧嘩出来る相手がいなくなったら寂しいですよ!!」

 涙を溜めた鶴姫ちゃんの言葉に、アニキが本当に嬉しそうに笑っている。
こんな様子を見れば、アニキが鶴姫ちゃんに惚れてるんだってのは嫌でも分かる。
周りの連中だって気付いているけれど、今生の別れになるかもしれない今、冷やかすようなことを言う奴は誰もいない。

 「へっ……へへへ……、そりゃ、嬉しいことを……言ってくれるじゃねぇか……」

 次第に瞳に光が無くなっていくのを見て、孫市さんが少し慌てたようにアニキに呼びかけている。
鶴姫ちゃんもそんなアニキの意識を繋ぎ止めようと必死に呼んでいる。

 ようやく解毒薬の準備が出来て、アニキにそれを飲ませようとするが、アニキにはもう自力でそれを摂取する力が無い。
口に含むことも出来なくて、ただぼんやりと何処を見ているのか分からない目のまま、光だけが失われていく。

 どうしよう、本当にヤバいんじゃないの?

 誰もがそんな風に思ったところで、鶴姫ちゃんが引っ手繰るようにして孫市さんから解毒薬を奪った。
そしてそれを自分の口に含んで、アニキの口にそのまま流し込んだ。
この光景を、異変に気付いて寄ってきた海賊さんや鶴姫ちゃんの私兵が見ていて、揃っておぉっ、と声を上げる。
ごくり、とアニキの喉が鳴ったのを感じて鶴姫ちゃんが唇を離していたけれども、アニキはそれが分かってるんだろうか。
唇を離した後にアニキはゆっくりと目を閉じてまた気を失ってしまったわけだから。
鶴姫ちゃんは慌ててたけど、孫市さんが大丈夫だと言うと、やっと安心したように今まで堪えていた分の涙を押し出すようにして泣き出した。

 いやぁ~……鶴姫ちゃんも漢だねぇ~。つか、何気にアニキとフラグ立ってない?
っていうか、鶴姫ちゃんに口移しで解毒薬飲ませて貰ったとか知ったらどうなることか。
絶対顔赤くして、責任取らなきゃとか言い出して、一人で暴走しそうな気がするぞぉ?

 「孫市姉様」

 そっと鶴姫ちゃんの背を擦っていた孫市さんが、少しばかり厳しい顔をして鶴姫ちゃんに説得を試みる。

 「姫、我々はこの戦を止めなければならない。
……魔王復活を望む者が、ここで命を落とした者達の命と引き換えに、魔王を復活させる儀式を行うつもりでいるらしい。
ここで仮に勝利を収めたとしてもだ。平和な世など訪れない」

 「そんな……」

 どう丸め込まれたのかは知らないけど、この戦いで勝利すれば平和な世になるとでも言われたのかもしれない。
鶴姫ちゃんが愕然としているところを見ると、耳障りの良い言葉を言われて引き入れられたんだろう。

 駆け寄ってきた海賊達にアニキを託し、孫市さんは四国攻めの真相を海賊に明かしている。

 「四国攻めだが、アレを仕掛けたのは黒田官兵衛、毛利元就だ。
その二人を動かしたのは大谷刑部……徳川家康は、四国攻めを行ってはいない」

 この事実を知って青ざめていたのは海賊達だ。
この様子だと家康さんが四国攻めを行ったと本気で考えていたようだ。

 「そ、それじゃ、家康さんは裏切ってなんかいなかったってことっすか!?」

 「ああ。……西軍は、この馬鹿の短絡的なところを突いてきたんだろう。徳川の旗を落としておけば、徳川が攻めたと思うと踏んでな」

 アニキと家康さんはお友達。なのにどうしてこの戦で西軍に付いたのか疑問ではあった。
だけど、徳川が四国攻めを行ったという偽の情報を流されている以上、アニキが家康さんが心変わりをしたと怒って西軍に組するのは無理の無い話かもしれない。

 でも、家康さんがアニキに何も言わずに西軍に組することを許したってのも、何か奇妙な話だとも思う。
友達なら真っ先に声をかけるだろうし、四国でそんなことがあったってのを知らないってのも妙だ。
もしかして、とは思ったけれどもあえてそれは口にせず、代わりに私も耳障りの良い言葉を口にする。

 「アニキにきちんと事情を説明してやんなよ。……もしかしたら家康さん、アニキに止めて欲しかったのかもしれない」

 「え?」

 「おかしいと思わない? 友達だって言うのならさ、どうしてアニキに東軍参加を呼びかけなかったんだろう。
西軍に組することを快く見逃すっておかしいでしょ? それに、四国攻めの話も本当に知らなかったのかしら」

 かすがが話した時は不愉快そうな顔をしていたけれど、実はそれを知っていたんじゃないのかとも思う。
知った上で、アニキの西軍に参加するのを見逃したんじゃないのかって。

 「じゃ、じゃあどうして……」

 「この戦い、家康が天下人になる為の戦いでもあるわけじゃない? 西軍を倒せばその力を天下に知らしめることが出来る。
……でもさ、絆の力で日本を統べる、なんて言ってる奴が戦いで終わらせようとしてるなんておかしいじゃない。
西軍に入ることを止めなかったのは、きっとアニキに止めて欲しかったのよ。
どっかで間違ってるって意識があったから……友達のアニキに助けを求めていたのよ」

 「い、家康さん……」

 海賊達は皆泣いているけれど、一部の武将達は眉を顰めたまま何も言うことはなかった。

 アニキが起きたら合流します、そう言ってくれた海賊達を残して私達は先へと進む。
大分離れて海賊達が小さくなったところで、小十郎がようやく口を開いた。

 「……後々厄介な勢力になると踏んで、西軍に組するのを許したのではないでしょうか。叩き潰すことを前提として」

 やっぱり竜の右目名乗ってるだけあって鋭いわね。まぁ、大抵普通はこう考えるもんだけどもさ。

 「うん、それが正解だと思うよ。……まぁ、推測の域だから真意は分からないけどもさ。
でも、あの場では友達だから、って言った方が良いでしょ?
何も裏切られた、って思いを深くして話をややこしくする必要はないわ」

 あんまり腹黒い考えをしているとは考えたくないんだけどねぇ……。
そう考えてしまうのは職業病か、真相を見抜いているからなのか。

 そんな私達のやり取りを見ていた慶次が眉を顰めていたけれど、それには特に何も答えなかった。 
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