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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第七十六話

 一日半掛けて大阪城に到着した私達は、どう侵入したものかと様子を伺っている。
警備は驚くくらいに手薄、正面突破をしても問題なさそうなほどの人数しかいない。
西軍の主力部隊が詰めているとすれば、この人数はありえない。
もう開戦まで間が無いことを考えても、主要な戦力は軒並み出立したと考えて良さそうか。

 ってことは、大谷の奴も……。

 「どうする? 駄目元で突っ込んでみるかい?」

 手がかりはあるかもしれないけど、万が一何も無かったらただの時間の無駄だ。現状では時間がないわけだから、そのロスが痛い。
が、こうして悩んでいるのはもっと時間のロスだ。

 「……踏み込んでみるか」

 それに、敵の本拠地を落としたとなれば西軍にダメージを与えることも出来る。
東軍に少しでも有利な展開になるはずだ。

 ってなわけで、正面突破で大阪城に踏み入った私達は、襲ってくる連中を叩き伏せて城へと侵入を果たす。
やっぱり中には主力になりそうな戦力がいなくて、モブしか湧いて来ない。
そいつらを叩き伏せてあちこちと探りを入れてみるけれど、やっぱり手がかりになりそうなものはない。

 ……ただの時間の無駄だったか? そんな風に思っていたところで、突然地下から爆発音が聞こえた。

 「なっ、何!? 爆発!?」

 誰かが攻撃を仕掛けてきた? いやでも、大抵西国の連中って西軍に組しているわけでしょ?
一体誰が攻撃してくんのよ。東軍が別働隊を動かして大阪城を占拠する、なんて話は聞いてないし、第一それが出来るだけの戦力も無い。
だって数で言えば西軍と互角なんだもん。

 そんな疑問を抱えつつしばらく様子を伺っていると、明らかに豊臣の連中とは違う兵達がやって来た。

 「あれ!? 雑賀衆の皆!?」

 「慶次殿!? 何故ここに……いや、それよりも慶次殿、頭領の下へお急ぎ下さい。頭領は武器庫で火器類を集めております」

 一体何が、と事情を聞こうとする慶次の髪を引っ張って、私達は孫市さんのところへと急いだ。
大谷には会えなかったけれど、最大の情報源がここにいる。会わない手はない。

 城の外に飛び出して、かすがの案内で武器庫へと向かう。
そこには雑賀衆の面々が待機しており、慶次の姿を見ると何も言わずに通してくれた。

 「孫市さん!」

 「お前は……竜の右目か?」

 「竜の右目はこっちね。……じゃなくて、孫市さんどうしてここに」

 事情を聞けば、どうやら大阪城に乗り込んだところで怪しげな術を掛けられて囚われてしまったのだとか。
戦力にならないのであればいらないと忍でも分からない地下の隠し部屋に押し込められてしまい、脱出する機会を待っていたらしい。
ちなみに雑賀衆の皆さん、火薬は常時携帯してるらしくて、孫市さんの婆娑羅の力である炎を使って
掻き集めた火薬で塞がれた入口を爆破して出てきたという。いや、ワイルドっすねぇ。

 「お前はどうして」

 「魔王復活に豊臣が絡んでるって聞いて踏み込んだのよ。
雑賀のアジトに行ったら慶次が誰かに殴られて昏倒してるし、雑賀衆は大阪城に行ったまま帰ってこないって言うし。
大谷が黒幕だってところまでは掴めたんだけど」

 そんな私の答えに孫市さんが腕組をして眉間に皺を寄せている。
この様子を見る限りでは、やはりこちら以上の情報を握っていると見て間違い無さそうだ。

 「そう、大谷が今回のこの騒動の黒幕だ。そして、関ヶ原の地で起ころうとしている戦いを引き起こした張本人でもある。
……石田は大谷の傀儡に過ぎない」

 「大谷は魔王なんざ蘇らせて何をしようってんだ。天下獲りの駒にでもしようってのか?」

 小十郎の問いに、孫市さんは眉を顰めて首を振った。

 「違う、奴はこの戦の勝敗などどうでもいいのさ。
関ヶ原の戦いで出た死者の魂を使って、魔王復活の儀式を完成させようとしている。
魔王を蘇らせたいのは、この世に不幸を齎したいからだと言っていた」

 不幸を? 何でそんなもん齎そうとしてんのよ。皆幸せの方がいいじゃないの。
思わぬ言葉に首を傾げたのを見て、孫市さんが言葉を続ける。

 「大谷は、皮膚が溶けて崩れる奇病に罹っているそうだ。
それで心を病み、頑なに人の幸せを憎むようになったと聞く。おそらく、魔王復活の動機はそれだ」

 「そんな、個人的な話で? いや、確かに気持ちは分かるよ。
何で自分だけこんな目に、ってのはさ……でも、だからって皆に不幸を齎そうなんてそんな」

 筋違いもいいところだろうに。そんな病気に罹ったのは他の人間のせいじゃない。無論、大谷のせいでもないだろう。同情はするけど容認は出来ない。
だってさ、折角関ヶ原の戦いで戦乱の世に終止符を打とうとしてるってのに、戦乱の世以上の苦しみを持ってくるだなんて許せるはずがない。

 ふと、そこまで考えてあることが私の頭に浮かんだ。

 「……ねぇ、もしかして家康さんは、この戦がどういう目的で仕掛けられたのか知ってるんじゃないのかな」

 その言葉に皆が一斉に驚いた顔をして私を見た。

 「魔王復活はともかくとしてよ? 西軍の、しかも豊臣の連中が怨恨で戦を起こそうとしてるってのを知ってて東軍作ったんじゃない?」

 「それの何がおかしいというのだ」

 かすがの問いに、小十郎が眉を顰めている。どうやら私の言いたいことを察してくれたみたいだ。

 「おかしいでしょうが。戦にならないように打つ手はいくらでもあったのよ?
大体戦ってのは、そんな個人的な感情で起こしていいものじゃないのよ。
家康を討てばその後の日本がどうなってもいい? そんなの許されるわけがない。
だって、戦ってのは多くの人の命を犠牲にして、民の幸せを奪うものなのよ?
だから大義名分が必要になるし、戦を起こした以上はその責任を取らなきゃいけない」

 そこまで言って、ようやくかすがも言いたいことを察してくれた。
慶次も今回は分かったみたいで眉間に皺を寄せている。流石にこれで分からなかったら戦力外通告をしたところだったよ。本当に。

 「家康は、自分が天下人になる為に西軍を利用したのよ。
西軍を討てば、その力を認められて天下人に君臨出来る。天下を狙う連中も諦めざるを得ない。
政宗様だって退かざるを得なくなるわ。つまり東軍も、家康を引き立たせる為の駒に過ぎない。
……絆の力で天下を統べる? 全く、大した“絆”だわ」

 絆の力で本当に統べようってんなら、どうしてこれからこんな戦をしようってんだか。
考えてみれば、家康さんの行動も矛盾だらけだ。

 「小十郎、奥州に同盟の打診に来たのは何時の話?」

 「姉上が本能寺に向かわれてすぐのことですが……」

 「その頃って、西軍はどうだったの? 対抗勢力作らなきゃ対応出来ないほどの集団だったの?」

 そう聞いてみたところで小十郎が眉を顰めていた。ということは……やっぱり私の予測が正しいのかもしれない。

 そうなれば、お市の身柄も途端に怪しくなる。
家康さんに託すのが安全だと思っていたけれども、この戦が終わったらどうなることか……
下手をすれば殺されるか、良いように利用されるかのどちらかじゃない?

 「……でも、アイツがそんなこと」

 「……慶次、前田が東軍に組したことを知っているか?」

 かすがの言葉に慶次が驚いた顔をしていた。
そういえば、利家さんが一人で城に詰めていたけど、近寄れないくらいに怖い空気を放ってたっけなぁ……。

 「だって、加賀は中立を保つって」

 「前田利家の奥方が、東軍に人質に取られたらしい。それで東軍として関ヶ原の戦いに参戦することを決めたのだとか」

 流石にこの情報には私も驚いた。まさかそこまでやってるとは思いも寄らなかったんだもん。

 「……家康、アイツ……」

 震える拳で怒りに身を震わせる慶次の肩を叩く。

 「……ぶち壊してやろうか、この戦い」

 「姉上!?」

 「こんな盛大な茶番劇に付き合ってやるのが馬鹿臭くない?
てかさ、家康が天下人になりたいってんならぶっちゃけそれでもいいと思ってるよ。
政宗様にはまだ天下人として立てるだけの力が無いからね。……けど、駒に使われるのは願い下げよ。
アンタもそう思うでしょ?」

 小十郎も口を閉ざし、渋い顔をしている。

 「小十郎の仕事は政宗様の背中を守ること。私の仕事は、皆を無事に家に帰すこと。
こんな茶番劇で命落とされたら連中に申し訳が立たないわ」

 「小夜さん……」

 慶次の顔を見て私は静かに頷いた。慶次も力強く笑って、頷き返す。

 「かすが、状況はかなり深刻だから越後に戻って魔王復活に備えてもらって。私達は関ヶ原に向かって戦を止める。……雑賀衆は?」

 「我らも行こう。豊臣と契約を結んだが、これは明らかな契約違反だ。
その礼は、きちんとしなければならない。それに魔王が復活するのならば、止めに行かねば」

 これで話は決まった。後は皆揃って関ヶ原の戦いに乱入するだけだ。

 「あ、そうだ。かすが、佐助なんだけど……」

 他の皆には聞こえないようにぼそぼそと話をする。かすがは私の話を聞いて、眉間に皺を寄せて顔を真っ赤にした。

 「あ、あの男……!! わ、私をそんな目で……!!」

 一体何を言ったんだって目で周りは見てるけど、これで私の佐助への仕置きは完了しました。
次かすがに会った時は、きっとゴキブリを見るような目で見られるだろうねっ、てへ。

 かすがが涙目で去っていったのを見送った後、私達は大阪城から馬を拝借して関ヶ原へと向かった。

 こんな茶番劇、全部叩き崩して魔王復活も阻止してやる! 
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