竜のもうひとつの瞳
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第七十五話
夜明け間近にやって来た雑賀衆のアジトは、前に来た時と打って変わってがらんとしていた。
仕掛けてあった罠も外され、アジトを守っている人間もいない。
「我ら、誇り高き雑賀衆~……ってのも聞こえないわねぇ」
西軍のところにもいないというのならば、何処かにいるとは思うんだけど……
「しゃーない。ちょっとお邪魔させてもらおうか」
とりあえず雑賀のアジト内部に踏み込んでみることにした。
この前アニキと一緒に来た時は外で孫市さんと会ったけど、内部には入らなかったから詳しいことは分からないのよね。
昔来た時も外で待機してたし、中には入らなかったから。
一体どんな風になっているんだろうって思っていたんだけど、内部にも侵入者除けの罠がゴロゴロと設置してあって、
これが普通の城に堂々と仕掛けられてたら嫌だなぁなんて思ってしまう。
そんな私の思いとは裏腹に、小十郎ってばそれを見て必死に勉強してるし。
「……えげつない罠仕掛けるの止めてよ? 味方が引っ掛かったら酷だからさぁ」
「……善処致します」
……おいおい、一体何仕掛ける気でいるのよ。後でしっかり聞いておかないと、とんでもない罠仕掛けそうで恐いわ。
とりあえず一番豪華っぽい部屋に入っていろいろと探ってみるものの、めぼしいものは何も無い。
かすがも既に探っているようで、忍が探して何もないのならば素人の私達に見つかるわけもないだろう。
ならばここは引き上げて、なんて思ってたところで奥の方に何かが転がっているのが見えた。
何となくそれが人の足に見えて入って確かめてみると、そこに慶次が気を失って倒れているのを見つけてしまった。
「ちょ、ちょっと慶次!? しっかりしなって!!」
顔を軽く叩いて呼びかけてみると、慶次が少し呻いた後に目を開いた。
ぱっと見た感じでは特に大きな怪我もなさそうだし、意識が戻ったから良かったとほっと一息吐く。
「……あれ、小夜さん?」
「どうしたの、こんなところで……誰にやられたの?」
慶次は後頭部を押さえてゆっくりと起き上がった。
見れば誰かに殴られたような痕があり、しっかりと瘤になっている。
とりあえずこんなもんで済んで良かった、なんて思っていると、ずかずかとかすがが割り込んで慶次の胸倉をきつく掴んでいた。
「慶次! なかなか戻って来ないと思ったら、一体何をやっていたんだ!!」
「わっ、ご、ごめんよ! ……いや、書状を渡した後にさ、孫市が血相変えて調査をし始めたんだよ
ね。何か織田とは因縁があるみたいでさ、絶対に阻止しなければって言ってて、俺もそれを手伝ってたんだ」
孫市って、早速呼び捨てですかい。全くこの男ときたら女を見れば手を出そうとするんだから。
「雑賀衆の連中が何処に行ったのか知ってんのか? それにテメェは何でここにいるんだ」
小十郎の問いかけに慶次が頭を押さえながら頷いた。
「織田の残党が西軍の大谷さんや天海さんと繋がりがあるって聞いてさ、孫市が事情を聞いてくるって雑賀衆を連れて大阪城に行っちゃったんだよ。
俺もついて行こうとしたんだけど、ここで留守番を任されてさ。……で、留守番してたんだけど、昨日の夜頃になって何者かに頭を殴られて……」
そのまま気を失ってしまった、ってわけか。
とりあえず侵入者が現れたってのは間違い無さそうだね。今の話を聞く限りじゃ。
「ねぇ、起きたばっかりのところ申し訳ないんだけど、何か盗まれたりしてない?」
いくら何でも慶次をただ殴りに来たってことはないだろう。
慶次にとりあえず確認してもらうけど、盗まれたものはなさそうだという。
ただ、荒らされた形跡はあるとは言っていたけど。
情報がどれほど引き出されたのかを探ろうとしていたのかしら。
それとも雑賀衆に探られた情報に余程漏れると困るものがあったのかしら。
実際どうなのかは良く分からないけど、ここに忍び込んで探るほどの何かがあったのは確かだろう。
「ってことは、次に向かうのは大阪城か。慶次、ありがとう。ゆっくり休んでなよ」
「ちょっと待ってよ。雑賀が手に入れた情報を知りたいんだろ?
別れる前までは情報を共有してるし、道すがら話すから俺も連れて行ってくれよ。いい加減皆が心配でさ」
まぁ、慶次なら連れて行っても足手まといにはならないか。
おちゃらけているように見えて何気に強いしね、慶次は。
慶次を連れて雑賀のアジトを抜けるまでに、いろいろと話を聞いた。
織田に手を貸していた二人はやはり大谷と天海であり、この二人は度々密談をしていたとか。
大谷は毛利とも繋がって、西軍の人員を集めるべく手段を選ばずに行動しているらしい。
例えば、最近四国攻めがあったらしいんだけど、それも徳川の仕業に見せかけてアニキが西軍に下るように仕向けたらしいし、
あの鶴姫ちゃんも言葉巧みに騙して西軍に引き入れたらしい。
家康さんと敵対する姿勢を示していた幸村君はともかく、大体がそんな感じで西軍に引き入れているようで、
その事実を西軍の人間に知られないようにとかなり周到に立ち回っているのだとか。
「……そいつは酷ぇな」
流石に小十郎もそれには眉を顰めていて、気分が悪いとでも言いたげな表情をしていた。
「でもさ、そうなると全ての黒幕は大谷ってことじゃない? 天海にしろ毛利にしろ、あくまで大谷の協力者って立ち位置よね?
……大谷が、石田の復讐心を利用して今回の戦を仕掛けた張本人ってこと?」
「そういうことだろうけど……そうなると、大谷が戦を起こす理由は何だい?」
そう、そこが実は不透明に思えてならない。
「そりゃ、普通に考えりゃ自分が天下を取りたいから、じゃねぇのか?
豊臣の後継を名乗れるほどに位がねぇから、石田を上に立たせて自分が裏から天下を掌握しようとしているんだと思うが」
確かに普通に考えればそうだ。でも、そうすると第六天魔王を復活させようとする意図が分からない。
復活したどさくさに紛れて天下統一を果たすつもりだとしても、この世を魔界にしようとしたそんな厄介な者を蘇らせてその後どうするんだろう。
実際に会った事があるわけじゃないけど、方々で話を聞く限りじゃただのおじさんってわけじゃなさそう。
だから後処理が結構大変なんじゃないだろうか。簡単に操れそうなものでもなさそうだしさぁ。
「まさかとは思うけどもさ、魔王を復活させる為に戦を起こそうとしてる、ってことは」
それならばまだ話は通る。
魔王を復活させる為のカモフラージュとして戦を起こすというのならば、
家康さんさえ討てれば後はどうでもいいっていう石田を使うのは妥当だと思う。
でも、どうして魔王なんか蘇らせようとしてるわけ? 結局そこら辺が分からない。
どういう仮定を持って来ても、一本に筋が通らないのよね。まぁ、多分情報が足りないんだろうけど。
「大阪城へ行ってみよう。大谷に会えば、全てがはっきりする。ひょっとしたら、雑賀衆も大阪城にいるかもしれないし」
ここでいろいろ考えても推論の域を超えられない。確かな答えを導くには情報が足りなさ過ぎる。
それならば、いっそのこと忍び込んで目的をはっきりさせてもいいだろう。時間も無いことだしね。
私達はアジトを抜けて、大阪城に向かって走り出した。
空を飛びたいところではあったけど、もう日が出ている以上、そういうわけにもいかない。
下手に敵に見つかって攻撃されても面倒なだけだしね。
大谷吉継……何を考えて魔王復活を企んでるのか知らないけど、阻止させてもらうわよ。
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