冥王来訪
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ソ連の長い手
牙城 その2
前書き
ゴールデンウイーク特別投稿 中日
ベルリン 4月28日 22時
ベルリン郊外にある館で、密議がなされていた
テーブルの上に有るのはバランタインの30年物のウィスキー
二人の男が椅子に腰かけ、酒を片手に語り合っていた
一人は東ドイツの指導者で、もう一人はアーベル・ブレーメ
「なあ、アーベル。俺は奴がやりたかったことは間違ってはいないように思える」
嘗ての敵対者、シュミットの核保有の腹案を認める趣旨の発言をする
そう言うと氷の入ったグラスを傾ける
「どういう事だね」
彼の方を向く
「自前の核戦力……、間違ってはいない」
先次大戦においてベルリンに核爆弾投下の事実を知る者にとっては、彼の発言は危うかった
厄災を齎す兵器との認識から、東西ドイツでは強烈なまでの反核感情が醸成
西ドイツでの反核運動たるや凄まじく、核配備はおろか原子力利用まで否定した
米軍はボン政権の非核原則によって、表立って核の持ち込みをしてこなかった
核ミサイルは存在しないと言う事で、ソ連も同様の措置を取る
両者とも住民感情に配慮し、表面上は核持ち込みをしていないことが暗黙の了解……
更にドイツ国民の感情を悪化させたのがBETA戦争の核使用である
ソ連の核飽和攻撃は、東西ドイツ間にあったソ連への怨嗟を再び蘇らせた
シュミットが国家保安省の派閥内で核保有を提案するまで、その意見が一切出ない……
ドイツ国民の放射能汚染への過剰な恐怖を証左して居た
男は、自分が危ない橋を渡っていることを認識しながら続けた
「俺が青年団を島にしているのは知っていよう。
物心の付いた小僧っ子を一人前にするのに10年掛かる……」
相槌を打つ
「ああ……」
一口、酒を呷る
グラスの氷が揺れ、深いウィスキーの味わいが口の中に広がる
「軍とて同じだ。5年で戦術機部隊はそれらしい形になりつつあるが、不十分だ……。
やはり新型の軍事兵器構想を立ち上げ、人材教育を成し、物にするのには10年は必要だ」
テーブルに静かにグラスを置く
「その点、核戦力は比較的短期間で整備でき、安全保障上の問題を先送り出来る。
その時間を通じて軍事力の涵養に努める……。
この様な結論ならば、俺は奴に賛意を示したであろう」
断固とした口調で続ける
「無論、核兵器の操作ボタンは我らが手中に置く。
核の操作ボタンが他国の手に在る……、其れでは駄目だ。
飽く迄自国の都合に応じて自由に使える形でなければなるまい……」
アベールの方を見る
彼は、口を結んだままだ
「米国は朝鮮動乱の折、核使用を躊躇ったが故に38度線で膠着せざるを得なかった。
あの時、陸軍元帥が言う様に核を満洲に投下していれば、ソ連は即座に北鮮を切り捨てたはずだ。
この事からも、日米、韓米の間にある核の傘と言う物は、虚構でしかない事実が広く知られた」
彼は、左手でグラスを掴む
「ある時、仏大統領が米国に出向き、ホワイトハウスに真意を訪ねた話は知っておろう」
男は、机の上に有る「ジダン」の紙箱を開け、フィルター付きのタバコを抜き出す
「キューバ危機で名前を売った若造か……」
紙巻きタバコに火を点けると、彼の言葉を繋ぐ
「あの魚雷艇乗り上がりの大統領は、終ぞ核防衛計画をフランスの老元帥に明かせなかった」
紫煙を燻らせながら、熱っぽく語った
「それはなぜか、簡単な事さ。そのような物は最初から無いのだから約束などできる筈もない。
ボンの連中も同じことを思い、嘆いているであろう」
タバコを片手に、室内をゆっくり歩き始める
「俺はボンとの統一が成った際、核の問題は避けられぬと思っている。
甘い連中は中立国が出来ると思っているが、そんなのは絵空事だ」
「既にボンの政権自身は発足以来米国の傀儡であり、対ソ姿勢を明確にしている。
我が党も既に先頃の事件で、ソ連とは決別状態になった……」
彼はグラスを置くと、立ち上がり、一言尋ねる
「で、どうするのかね……。
核濃縮のノウハウも無いうちからその様な空論を述べるのは……」
タバコを右手より左手に持ち替え、一口吸いこむ
ゆっくりと紫煙を漂わせながら、答えた
「なあ、話は変わるが、西で環境問題活動家という連中が暴れ回ってるのは知っていよう」
彼は、両腕をズボンのマフポケットに入れた侭、男の話に聞き入る
「あの無政府主義者のことか」
男は下を向き、机の上に有るグラスを右手で掴む
其のまま、ウイスキーを一口含む
「俺がブル選をやりたいのは、この国が社会主義で持たぬ事もある……。
だが核利用の道筋を作り、ガキどもに残してやりたいからだよ……。
環境活動家の中に入り込み、石炭発電より綺麗な核利用という宣伝文句を広める。
奴等は排ガス規制や大気汚染、公害を問題にしてるから、取り込みやすい」
グラスを静かに置く
「放射能廃棄物の処理はどうするのかね」
男は、彼の方を振り向く
「その辺は米英の先進的な手法を取り入れる。
原子力業界は、国際金融資本の連中が仕切っている。
奴等に金とノウハウを提供させ、我等はそこから学べばよい」
安心したかのように笑みを浮かべた
ポツダム 4月29日 5時
早暁のサンスーシ宮殿、庭園内を軍服姿の男達が散策していた
参謀本部にほど近いこの場所で、密議がなされていた
参加者は、国防省トップの軍官僚数名……
参謀次長の地位にあるハイム少将が問う
「赤軍参謀総長を担ぐと言う案、些か拙速ではないかね」
男は、最年少の将官を諭すように答える
「シュトラハヴィッツ君、確かに核の操作権を握っているのは議長、国防相、参謀総長。
だが、二人の首を挿げ替えるのは容易ではあるまい……」
ソ連の核ミサイル発射手順は、議長と国防相と参謀総長の3人に最終決断の権限があった
万が一に備え、3人の内の2人揃えば、起動出来るシステム
議長が死亡しても参謀総長と国防相が健在なら、核の脅威は消える事は無かった
長老格の一人である、人民軍参謀総長が応じる
「同志議長、彼は根っからの職業軍人ですぞ。政治の世界では……」
シュトラハヴィッツと懇意な国防相が、笑みを浮かべながら答える
「アルフレートの提案は、一理ある。
冗談抜きで言えば、今の議長を失脚させた後……、英米が担ぐには丁度良い人物なのは間違いない」
男は紫煙を燻らせながら、彼等の顔を見回す
「神輿を担ぐにも、担ぎ手の体力も関係してくる。
軽い方が楽であることは間違いない」
「同志議長……」
シュトラハヴィッツ少将は戸惑った
果たして自分の提案と言う物が荒唐無稽でなかったのか……
周囲の混乱を余所に、男は答える
「国家保安省の連中を通じ、欺瞞情報を流させた。
駐独ソ連軍は、国家人民軍の側に着いたとな……。
仮に駐独ソ連軍司令官が無事でも、肝心の駐ドイツ大使館が吹っ飛ばされた。
当面の作戦指揮が混乱するのは、必至。
その割れ目をついて、こじ開ける方策に掛けてみることにした」
男は、一か八かの勝負に出た
まさか、この中に間者はいないであろうが……
万に一つの事を考え欺瞞作戦を行っていることを吹聴した
混乱は必須であろう
そうして居る内に背広姿の護衛が駆け寄ってきた
「同志議長、そろそろお時間です……」
懐中時計を取り出し、時間を見る
「シュトラハヴィッツ君、中々刺激的な提案であったよ」
周囲を駆け寄ってきた人民警察の警官が取り囲む
シュトラハヴィッツ少将とハイム少将は、その場で議長一行を見送る事にした
彼等の姿が見えなくなるまで、挙手の礼で応じた
後書き
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