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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
ソ連の長い手
  首府ハバロフスク

 
前書き
主人公独白回 

 
 マサキは自室で、佇んでいた
持ち込んだ製図版で、記憶の中にあるローズ・セラヴィーの図面を、書き起こしていた最中であった
鉛筆を置くと、ラッキーストライクの封を開け、茶色いフィルターが付いたタバコを抜き取る
ガスライターを胸元より取り出し、口に咥えたタバコに火を点ける
紫煙を燻らせながら、思案する

 暫しロシアの歴史を思う
史書によれば、およそ1000年前、長らく無主の地であった彼の地に小規模な国家が勃興
東ローマや当時の回教国、蒙古人との戦乱の後、300年の軛を受ける
そして地球寒冷化の影響もあって蒙古人の勢力が弱体化した後、独立を取り戻す
数度の政変の後、300年ほどロマノフ朝が支配した
 今一度彼等の立場になって考えてみる
両大戦にしても、ナポレオン戦争にしても、ジンギスカンの存在も……
彼等の視点に立つと全て、悉く被害者の目線なのだ
 事あるごとにナチスや日本帝国主義を持ち出し、自分達の加害の事実を薄める
ポーランドの指導層を惨殺し、ベルリン市民を辱め、金銀財宝を略奪
満蒙の地にあった日本軍将兵180万をシベリア奥地に誘拐し、奴隷として扱って虐め殺す
僅かばかり良心の呵責に苦しんでるゆえであろうか……
既に影も形もない「ナチス」や「日本帝国主義」を持ち出し、清涼剤にしているのであろう……

 嘗て暮らした元の世界の日本は、ロシアの存在と言う物は常に悩みの種であった
およそロマノフ朝が、満洲王朝・清の始祖の地を侵略し、黒竜江の源流を奪取
彼等の言う沿海州に到達した時より、その禍に苦しんだ
思えば、160年前の文化年間(1804年から1818年)の頃より蝦夷に海賊が出入りし、沿岸を焼き払った
同地より漁民や化外の民を拉致、抑留した
その事実は、光格帝の叡聞(えいぶん)に達し、幕府に下問が在ったと伝え聞く
 明治維新が無かったこの世界でも、恐らく維新以前は同じであろうと考えることが出来る
それにしても、この世界にある日本は危機が無さすぎる
北樺太をソ連領のままにしておくのだから……
 思えば、樺太もすでに13世紀には日本人が支那人や蒙古人に先んじて居住し、影響力を及ぼした地域であった
幕末の川路 聖謨(としあきら)の日露交渉の際に『雑居地』と認めたのがまずかった
同年代のチェーホフの旅行記などを見れば、彼等の認識は日本領……
樺太は流刑地の一つでしかなく、全くと言っていいほど経済的発展は無かった
ロシア革命の際に保証占領したまま、全島を日本領にして置けば、樺太での惨劇は防ぎえたであろう……
過ぎた事とは言え、悔やまれる


 その様な事を思案していると、美久が熱い茶を持ってきた
『ロンネフェルト』(Ronnefeldt)というメーカーの紅茶
甘い柑橘系の香りが、鼻腔を(くすぐ)る……
青磁の茶碗を受け取り、熱い茶を一口含む
茶器をテーブルに置くと、ふと漏らす
「良い茶葉だ、気に入った……。また買っておけ」
椅子に腰かけ、『ショカコーラ』(SCHO-KA-KOLA)という青い缶詰に入ったチョコを頬張る
風味は、チョコにしては固めで、程よく甘い……
どことなく米・マース(Mars)社の名品『スニッカーズ』(Snickers)に似た印象を受ける
 彼女は、革張りのソファーにまっすぐ腰かけた
机を隔てて対坐(たいざ)する
そして彼の姿を静かに見届けながら、手前に置いてある青磁の急須を持つ
左手を添えながら、空になった椀に熱い茶を注いだ

「俺の機嫌でも取りに来たのか……、まあ良い」
そう言うと、タバコを取り出し、火を点ける
「なぜ、次元連結システムの話をしたのか……。
俺自身が、奴等の中に不破を招く足掛かりとして、仕掛けた」
放たれた言葉に、彼女は驚く
目を見開いて、絶句する
その様を見た彼は、ふと失笑を漏らす
「勿論、奴等のために働くつもりはさらさら無い。
俺は、ある意味賭けて見ることにした。
連中が欲しがっているゼオライマーを餌にして、東欧諸国とソ連の間を引き裂く……」
湯気の立つ紅茶を口に含む
「東ドイツは、ソ連以上の情報統制社会だ……。
2千万人も満たない人口に対して、20万人の監視組織が暗躍している。
ベルンハルトとその妻と会った事は、すぐに露見しよう。
恐らく伝えた話も、彼等の口を通して指導部に漏れ伝わろう……」
灰皿に、灰をゆっくりと捨てる
「と、するならば、シュタージと関係の深いとされるKGBが黙っては居るまい。
先頃の失点を取り返そうとするはずだ……」
 
 急須から茶を注ぎながら、彼女は尋ねる
「どうして、その様な考えになられたのですか……」
目を閉じて、タバコを握ったままの右手を額に置く
すると、苦笑し始めた
「ソ連は、ゼオライマーを欲しがっているからさ」
額から手を離すと、彼女の顔をまじまじと眺める
「この際だ、詳しくかみ砕いて説明してやろう。
ソ連では第二次大戦以上の被害を出しながら、BETA戦争を行っている。
深刻な核汚染により疲弊した国土、成年男子の大多数が死滅するほどの敗走……。
加えて、遠隔地への運搬さえ儘ならないほどの流通システムの停滞。
自慢の鉄道網も戦争で寸断されたとなれば、収穫物も、産出地の倉庫で腐るばかりであろう。
従前から経済破綻に加え、住民には塗炭の苦しみを与えて、暴動が続発していると聞く」
不意に立ち上がると、開いている左手で、彼女の右腕を掴む
驚いて後ずさりするが、其の儘、右脇まで引っ張る
「天下にソ連共産党の健在ぶりと、その威信を見せつける方策とは何か。
そこで一気呵成にハイヴを攻略……。
しかも無傷に近い形で行わねば、軍は維持できない……」
持っているタバコを左手に持ち替える
「その様な事を出来る存在……」
右手で、彼女の上着の前合わせを掴んむ
驚く間もなく、胸を(はだ)けさせる
肌着越しに乳房に、掌で包むように触れる
満面朱を注いだような表情を見て愉しむ
「この世界に在って、為し得る人物とは、誰か」
彼女は、右手を除けると、後ずさりする
胸を両腕で覆って、含羞(はにか)む様を見ながら、続けた
「次元連結システムから繰り出す無限のエネルギーを持つ天のゼオライマー。
その操縦パイロットの木原マサキ」
顔を、左耳の方に近づけ、囁く
「この俺を置いて他にはおるまい」
彼女の紅潮させた頬を食指でなぞり乍ら、焦点の合わない瞳を見つめる
新しいタバコを取り出して、火を点ける
「この賭け勝負……、どの様な結末に為ろうとも俺は負けぬようには考えてはある。
久々にスリルを味わおうではないか」
そう述べると不敵の笑みを浮かべ、ゆっくりと腰かけた 
 

 
後書き
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