英雄の声
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第一章
英雄の声
ヘンデルの代表作であるユリウス=カエサル英語ではジュリアス=シーザーという。
今その歌劇が上演されていた、ローマの鎧と赤いマントを身に着けたカエサルをアフリカ系の背の高い歌手ジャック=ニルギーが歌っていたが。
その彼を観てだ、尾花好美は目を丸くしていた。一五八程の背であどけない顔立ちで黒髪を長く伸ばしていて後ろで束ねている。歌劇場に来ているので今は白いドレス姿だ。
「嘘みたいよ」
「これがカウンターテノールだよ」
彼女を歌劇場に招待した交際相手の因幡智和が答えた、黒髪をオースバックにしていて面長で小さなやや切れ長の目で背は一七六程でやや太っていてタキシードを着ている。二人共同じ会社で働いている。
「凄いね」
「外見は男の人なのに」
「それがだよ」
「声は女の人ね」
「それがカウンターテノールなんだ」
女性の声で歌っている彼を観つつ話した。
「オペラ歌手の中でも特別なんだ」
「特別な人なのね」
「こうした作品には欠かせないんだ」
「こうした作品っていうと」
「昔の。十八世紀までのオペラにはね」
こちらにはというのだ。
「欠かせない人達なんだ」
「十八世紀までっていうと」
「この作品の作曲者ヘンデルもそうだし」
それにというのだ。
「モーツァルトもね」
「あの人の作品でもなのね」
「出ることがあるよ」
「そうなのね」
「だから凄く貴重なんだ」
カウンターテノールはというのだ。
「オペラの時でもね」
「そうなのね、しかしね」
「凄いよね」
「ええ、本当にね」
実際にとだ、好美は因幡に真剣な顔で答えた。
「幾ら聴いても声は女性なのに」
「歌っている人は男性だからね」
「背の高い黒人の人だから」
「それがカウンターテノールなんだよ」
因幡は好美にこう答えた。
「まさに。では今日は」
「カウンターテノールの歌を聴くのね」
「そうしていこう」
こう言ってだった。
因幡は自分もカウンターテノールの曲を聴いていった、そしてだった。
幕が下りた後でレストランに入った、そこで二人でディナーを食べたが。
ここでだ、好美はこう言った。
「兎に角今日のオペラはね」
「カウンターテノールだね」
「あの人の声がね」
まにとだ、ディナーを食べつつ話した。
「凄かったわ」
「上手なだけじゃなくてね」
「ええ、もうあの声が」
それがというのだ。
「信じられない位凄かったわ」
「あれがだからね」
「カウンターテノールで」
「昔の作品はね」
歌劇のそれはというのだ。
「あの声の人達が歌うんだ」
「そうなのね、ただね」
「ただ?」
「昔って言うけれど」
好美はメインディッシュのステーキを食べつつ言った、因幡も同じものを食べてそのうえで話をしているのだ。
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