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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  シュミットの最期  その2

 
前書き
なんやかんやで、5千字の長文になってしまいました 

 
 ハバロフスクのソ連共産党臨時本部
ベルリンの駐独大使館との連絡途絶の一報を受け、臨時の会議が開かれていた
昨夕の『木原マサキ誘拐作戦』の成功を受け、安心していた彼等にとって寝耳に水
早朝5時からの政治局会議は紛糾した
KGBと科学アカデミーの双方は、責任の擦り付け合いに終始
事態は一向に進展しなかった
 一旦、会議を休会して遅めの朝食を取っていた時、さらなる続報が伝えられた
「何、シュミットが仕損じただと」
KGB長官は、報告を上げた職員の襟首をつかむ
「冗談ではあるまいな……」
職員は、目を泳がせ、押し黙る
彼の勢いに気後(きおく)れしてしまった
 議長は、彼の方を向いて言う
「そのものに責任は無い。下がらせろ」
職員はその一言で、手を離される
申し訳なさそうに部屋を後にした
 9時間の時差は大きく、ソ連の対応に遅れが出始める
議長の口が再び開く
「本作戦の失敗は、駐独大使館内の一部過激派分子と国際金融資本の走狗となった科学アカデミー内の米国スパイ団による物とする。
関係者は、国事犯として収容せよ」
検事総長が、彼に問うた
「国連のオルタネイティヴ計画に参加した者の扱いに関してですが……」
参謀総長が立ち上がり、割り込む
「軍内部の研究会は如何する……。貴様の言い分だと、粛清でもせよというのか。
情勢を見て判断しろ。
この薄ノロが」
「お前たちの様に、中央アジアの反乱一つ抑え込めぬ役立たずに言われたくはない」
「五月蠅い。KGBもMVDも揃いも揃って宣撫工作をしくじったのが原因であろう」
議長が一括する
「黙れ。弁明はもう沢山だ」
両者は、議長に叩頭(こうとう)した
両者が着席するのを見届けた後、周囲を見回す
彼の口から驚くべきことが言い放たれた
「シュミット及びベルリンのKGB支部は切り捨てる」
周囲の人間は、驚愕した表情を見せる
「米議会に工作し、G元素研究の施設に我が国の人間を噛ませる」
黙っていたKGB長官は、彼の方を向いて一言伝える
「すると、原爆スパイ団と同じ手法で我が国にG元素の基礎研究を持ち込ませると……」
彼は、黙って頷く 
参謀総長は、椅子に座りなおすと、歴戦のチェキストの意見を否定する
「パリの宝飾品店に行ってダイヤの首飾りを買うのとは、訳が違いますぞ」
そう言い放つと、苦笑する
「無論、成功するとは言ってはいない。
最悪、西の兵隊共を磨り潰してG元素を手に入れれば、如何様にでも出来るであろう」
参謀総長は、哄笑する
「『麒麟(きりん)も老いては駑馬(どば)に劣る』
契丹(きったん)(支那の雅称)の古典に、その様な言い回しがあります。
その様な絵空事(えそらごと)を言うようであれば、貴殿も老いを隠せぬと言う事でしょうな」
「貴様は、シュトラハヴィッツ少将に手紙を送ったそうではないか」
男の言葉に、参謀総長は目を剥く
「貴様の党への背信行為は、重々承知して居る。
党内の政治バランスのみで、昇進した小童(こわっぱ)には我らが深謀遠慮は理解出来まい。
違うか」
暫しの間、沈黙がその場を支配する
 議長が口を開いた
「米議会に置いて、一定の工作が成功し、アラスカ租借の目途が着きつつある。
最悪、東ドイツを失っても米本土の眼前に核ミサイルを配備出来る。
上手く行きさえすれば、北太平洋は我がソビエトの領海同然となり、あの禍々しい日本を一捻りで潰せる」
「つまり、東欧を米国にくれてやる代わりに、アラスカを取ると……」
KGB長官は笑みを浮かべる
「ドイツ人やポーランドの狂人共を世話を連中にさせるのだ。
痩せて石炭しか採れぬ片田舎など貰ってもソ連の為にはならん」
男は、議長の妄言に阿諛追従(あゆついしょう)する
「お約束しましょう。
KGBは、BETA戦勝利の為に労農プロレタリア独裁体制の維持を致します事を」
男達の呵呵大笑(かかたいしょう)が響き渡った


 東ベルリンでのソ連大使館前の銃撃事件を受け、ホワイトハウスでは対応に追われる
土曜の18時という時間に緊急会議が行われていた
西ベルリンに被害が及んだ際の対応に徹するべきという意見が、大多数を占める
葉巻を咥え、椅子に深く倒れ込む副大統領に、CIA長官が尋ねる
国家保安省(シュタージ)内の間者によりますと、3時間ほど前、反乱が発生した模様です。
反乱軍への対応は如何しますか」
彼の言葉を聞いた男は、前のめりになり、机に肘を置く
「情勢が明らかになるまで保留せよ」
「そうは言ってられぬ事態になったのです」
人工衛星の通信を謄写印刷した物を彼に見せる
「これは……」
口に咥えた葉巻を落としそうになり、右手で押さえる
「例の大型戦術機で、ゼオライマーと称されるものです」
葉巻を再び咥え、吹かす
周囲に紫煙が広がる
「東ベルリンに日本軍の戦術機だと……。
ややこしい話になるな」
男は、国防長官に話を振る
「ペンタゴン(バージニア州にある五芒星形の国防総省本部)の意思は……」
国防長官は、男の方を向く
「西ベルリンにある兵は、動かすつもりは御座いません」
煙が立ち上る葉巻を、右の食指と親指で掴み、灰皿に立てる
「日本政府は何と言っている……」
「国防省は現在調査中とだけ返答してきました」
ガラス製のコップにある水を口に含む
「煙に巻く積りか」
 黙っていた大統領が口を開く
「良かれと思って手を出せば、最悪の事態に発展しかねない。
現状維持で行く」
CIA長官は、大統領に意見した
「同盟国の戦術機とそのパイロットを見捨てろと申されるのですか。
閣下、自分は納得出来かねます。
核攻撃を恐れるなら、何のためにパーシングミサイルが西ドイツにあると言うのですか」
副大統領は、CIA長官を宥める
「君は、そのゼオライマーとやらに心酔していると聞く。
たかがその様な高価な玩具(おもちゃ)の為に、合衆国市民の権益を害するようなことは認められぬ」
CIA長官は押し黙る
男の意見に不満があるのか、肩で息をして、落ち着かない様子であった
葉巻を灰皿から掴むと、シガーカッターを取る
立ち消えした葉巻の焦げた部分を切り取り、新たに火を点け、吹かす
「君が、立ち遅れている戦略航空機動要塞開発計画を進めるためにゼオライマーの新技術を欲しているのは分かる。
だが、どの様に優れた機械であってもBETA退治だけにしか役に立たなければ、それは所詮高価な玩具でしかないのだよ」
黒ぶちの老眼鏡を右手で持ち上げる
「シュタージの閻魔帳でも一式持ち込む事さえ叶えば、君が計画は考えてやっても良い」
「ご約束頂けるのであれば、今回は諦めましょう」
整った黄髪(こうはつ)の頭を、彼の方に向ける
「君がそれほどの覚悟であるのなら誓紙(せいし)の一つでも書こう」
CIA長官は事前に用意したタイプ打ちの文書を男に渡す
麗麗(れいれい)しく飾り立てた字を書き記すと、CIA長官に投げ渡した
「この件はこれで終わりだ」


 一方、東ベルリンの市街上空では激しい戦闘が繰り広げられていた
上空を哨戒していたヤウク少尉率いる小隊12機は、4機の所属不明機と遭遇
20㎜突撃砲の射撃を受けると散開し、距離を取る
機種は、MiG-21バラライカ
射撃戦が一般的な戦術機で、長剣装備……
彼の記憶が間違いなければ、対人戦に特化したソ連のKGB直属部隊
丁度、自分も二本、刀を積んでいる……
 ヤウク少尉は、絶え間ない射撃の間隙を縫って、高度を下げる
テンプリン湖上を勢いよく飛ぶ
衝撃で舞い上がる波しぶきが機体の両側に打ち付ける
背後に臨むサンスーシ宮殿の姿を見る
「ポツダムまで来ていたのか……」
このプロイセン王国の文化遺産を韃靼(だったん)の血を引く蛮族に焼かせてはならない
ヴォルガ河畔の地より遥か遠い中央アジアに送られた祖父母……
必ず生きて帰って、待つ父母や兄弟に会う
家族愛、それ以上に強く思うのは、自らが恋慕(れんぼ)する娘への感情
美しい亜麻色の髪をした美少女……
(いず)れは、この胸に(いだ)きたい
 4機編隊の内、一機はこちらに引き付けた
通信を入れる
「此方一番機、2番機どうぞ」
湖上を滑る様に、飛びながら、背後からの射撃を避ける
通り抜けた個所に、曳光弾(えいこうだん)が撃ち込まれるのが見えた
「2番機より、一番機へ。
指示をお願いします」
返信があった
推進剤の消費量を見る
飛び方さえ気を付ければ、あと2時間ぐらいは大丈夫であろう
「格闘戦は避けろ、集団で叩け。
繰り返す、集団戦で叩け。
以上」
 硬く強固に見える戦術機……
乗りなれれば判るが、恐ろしいほど脆い機体
対戦車砲や対戦車地雷で吹き飛ぶ装甲板
どの様に優秀な衛士が乗っていようと数を持って対応すれば、必ず落ちる
地獄のウクライナ戦線で嫌というほど見せつけられてきた……
引き付けた一機以外は、集団で叩けば初心者でも勝てる筈
一人でも多く、僚機を返さねば6月のパレオロゴス作戦に影響する
 再び機種を上げ、上空に向かう
ウクライナの戦場から遠く離れたベルリンは、幸い光線級の影響もない
急加速し、高度を上げる
 深夜だったのが幸いした……
日中であればカヌー遊びに興じる観光客であふれていたであろう
後ろから追いかけてきた敵機の背後に回り込むことに成功
開いている左手に、突撃砲を移動
兵装担架より長剣を、右手で掴む
左手の突撃砲を担架に乗せ、もう片方の長剣を受け取る
一瞬の隙を見て、両腕の連結部を破壊
薙ぎ払う様にして、跳躍ユニットを正確に切り取った
下は湖だ……
上手く行けば不時着、生け捕りに出来る
落下する機体を見ながら、彼は残る3機の対応に向かった
 空中で再び突撃砲に換装するとヴィルドパークの方角に向かう
対空砲火が上がっているのが見える
ヴィルドパークを超えれば、ポツダムの人民軍参謀本部だ
ここで死守しなければ、この国の中枢機能は瓦解する
彼は再び通信を入れる
「こちら第40戦術機実験中隊、どうぞ」
無線の混信が有ったと返信が入った
「こちら、第一戦車軍団……、友軍機か」
「対空砲火を下げてくれ……」
通信をしている間に、背後に一機付く
猛スピードで機体全面を後方に向ける
火器管制のレバーを手放す
「ユルゲンか。脅かすな」
背後に来たのはベルンハルト中尉
彼が率いた中隊12機が続けて飛んでくる
危うく友軍射撃を受けそうになっただけではなく、友軍機撃墜の可能性もあり得たのだ
 アフターバーナーの火力を調整し、ゆっくりと着陸の姿勢に入る
既に地上で、ハンニバル大尉達が待つ姿を視認した
難なく着陸すると、管制ユニットより降りる
機内より持ってきた陸軍の防寒着を着こみ、ベルンハルト中尉達の傍まで行く
綿の入った防寒電熱服(ウォーニングジャケット)……
着心地が悪く、重い為、ウクライナ帰りの古参兵達は誰も着ようともしなかった
ユルゲンに至っては戦闘機乗りの証である濃紺のフライトジャケットを着ていた
この男は、自分同様宇宙飛行士になるのが夢であったのを思い出した
翼をもがれても猶、空への夢は諦めきれぬのであろう

 しばらく、雑談をしながらタバコを吹かしていると司令官と数名の男達が来た
「総員、傾注」
ハンニバル大尉の掛け声で、40名の中隊が整列する
シュトラハヴィッツ少将の敬礼を受け、全員で返礼をする
ホンブルグ帽に、脹脛まで有る分厚いウール製の狩猟用防寒コートを着た人物が来る
彼も同じように敬礼をした後、立ち去って行く
後ろから来た防寒外套を着た国防大臣の姿を見て、初めて議長である事に気が付いた
見知った人物の顔すら認識できなかった……   
疲れているのであろう

 大尉が、腕時計を見る
周囲を見回した後、こう告げる
「追加の指示が無ければ、明日の0600に再び練兵場に集合。
同志ベルンハルト、同志ヤウクの両名以外は一旦解散する。
以上」
 隊員たちが引き上げた後、ヤウクとベルンハルトの両名は残された
ヤウクは、ハンニバル大尉に問う
「話とは何でしょうか」
「同志ヤウク少尉。
貴様、まず近接戦闘を捨てて、砲撃戦に徹する様、指示したのは評価しよう。
ただ、その本人が格闘戦に夢中になって小隊の指揮を疎かにするのは何事か。
小隊の指揮を執る将校として、落第だ」
彼は、ベルンハルト中尉の方を向く
「同志ベルンハルト中尉、あの状況でソ連大使館への被害を拡大させなかったのは技量の高さを認める。
しかし、日本軍機の介入が無ければ戦死していた可能性は高い。
ここ最近は判断に遅れがみられる。注意せよ」
彼は両名を改めて見る
「俺からの説教は以上だ。一先ず風呂にでも入って寝ろ」
挙手の礼に応じた後、参謀本部に隣接する兵舎へ向かった
 
 

 
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