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ドリトル先生とめでたい幽霊

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第八幕その四

「私達あまり知らないのよね」
「中華料理屋さんの中華料理ってね」
 ホワイティも言いました。
「もう昔って感じがするね」
「昭和の趣ってね」 
 ジップはこのことから思いました。
「僕達これまであまり触れて来なかったね」
「もう三十年以上昔のことだから」
「私達も中々触れられないわね」
 チープサイドの家族も思いました。
「織田作さんの頃のことも文学で」
「僕達も史跡研修みたいな感じになってるね」
「だからこのラーメンも」
 ポリネシアは縮れた麺と茶色で上に油が浮いているスープを見ました。
「実はあまりね」
「そう、食べる機会がなかったよ」
 トートーははっきりと言いました。
「ラーメン自体は結構あってもね」
「このチャーシューにメンマも」
 チーチーはそういったもの見ています。
「ここまで昔ながらなのはね」
「そうそう見られないね」
 老馬にしてもです。
「今の日本だとね」
「こうしたラーメンって織田作さんの頃からかな」
 ここでダブダブは思いました。
「そうなのかな」
「うん、ラーメンは元々中華そばといったけれど」
 先生は皆にお話しました。
「関東じゃ支那そばと呼んだらしいけれどね」
「支那って中国のことだね」
「確かチャイナがなまってだったね」
「支那って呼んでいたんだね」
「昔の日本だと」
「清が倒れてね」
 王朝だったこの国がです。
「その後は終戦まで公でもだったよ」
「支那と呼んでいて」
「それで差別用語でもなくて」
「普通に使われていたね」
「大学の中国語学科も支那語学科となっていたんだ」
 こちらもというのです。
「永井荷風さんは東京外国語大学のそちらにいたよ」
「そうだったんだ」
「差別用語でもなくて」
「普通に使われていて」
「公だったんだね」
「そして関西ではそう呼んでいて」
 中華そばと、です。
「明治の終わりから大正に本格的に入ってね」
「それで定着して」
「この味でだったんだね」
「だから織田作さんの頃もなのね」
「このラーメンだったんだね」
「うん、その頃は中華そばともよく呼ばれていたけれど」
 それでもというのです。
「織田作さんの頃もね」
「昭和であって」
「このラーメンだったんだね」
「縮れた麺でトリガラスープ」
「そしてお醤油で味付けしているんだ」
「そうだよ、そして大阪だから」
 それ故にというのです。
「お醤油はね」
「薄口だね」
「薄口醤油で」
「それでだね」
「その味で」
「そうだよ、その味でこうしてメンマやチャーシューも刻んだお葱もあって」
 それでというのです。
「こうした風だったんだ」
「成程ね」
「じゃあ今から僕達はだね」
「そのラーメンを食べるんだ」
「織田作さんの頃のラーメンを」
「そうしようね」
 笑顔でお話してでした。 
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