冥王来訪
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第二部 1978年
ミンスクへ
褐色の野獣 その3
前書き
今回、3回に分けました
あまり長いと、読むほうも辛いかと思いまして……
米国と並び立つ大国として、世界を二分した、超大国・ソ連
しかし、今はBETAの侵攻もあって、嘗ての都モスクワから9000キロも離れたハバロフスクに落ち延びていた
スターリン時代に、ウクライナの人口の半分を死滅させるほどの大収奪から得た外貨
其の殆どは、6年近い戦争の結果、失われた
戦費調達の為に、戦時国債、資源採掘権や石油採掘の証文を売り払ったが、到底足りなかった
其処に、東ドイツに居る工作員から情報が届く
一騎当千の大型戦術機と、その設計者
予想を上回る性能と、測り知れないエネルギー効率
正しく、《超兵器》と呼ぶにふさわしい
ソ連首脳を集めた秘密会合で、早速ゼオライマーに関する話が上がった
一人の男が冷笑する
「どうやら他国の手まで借りて、お作りになられた《ESP発現体》とやらは、失敗のようですな」
対面する老人が、睨む
「君ならば、成功すると言うのかね」
彼は、その老人の方を振り返る
「ただし、KGBから人手は、お貸し頂きたい」
ソ連陸軍大将の服を着た男が、答える
「お前に、その日本野郎から情報を引き出して、超兵器など作れるものか」
彼は、苦笑する
「失敗したお方が、その様な大口を叩いて良いのでしょうか」
陸軍大将の男は、右の食指で彼を指差す
「何の根拠があって、その様な自信を持てるのだ」
男は、立ち上がる
「我が科学アカデミーに於いて、先日特殊な蛋白質の開発に、成功致しました。
無色透明且つ、無味無臭。
向精神作用は、阿芙蓉の比ではなく、しかも依存性も非常に低いのです。
極端な話、水に混ぜて、市民にばら撒けば一定の効果を得ましょう」
陸軍大将は、苦言を呈した
「貴様は、あの《ウルトラMK作戦》を我が国で行うというのか。悍ましい男よ」
《ウルトラMK作戦》
朝鮮戦争における中共の思想工作、《洗脳》
この事に衝撃を受けたCIAは、人間行動の操作を目的として、薬や電気ショックなどを用いた実験を開始
そこで乱用されたのが向精神作用のある薬物の一種である、LSD
無味無臭、無色で、微量でも効果のある幻覚剤
後に公開された資料の一部によると、少なくとも80の機関、185人の民間研究者が参加
被害者の正確な数は、CIAの資料廃棄によって現在も闇の中である
「何を仰いますか。我が国とて、批難出来ますまい。
政治犯に対して致死量の生理食塩水の投与や、野兎病の発病実験の為に大型の檻に病原菌と一緒に放り込む……。
ヴォズロジデニヤ島などでは、ドイツ人捕虜を大量に《消費》したと聞き及んでいます」
彼は、冷笑する
「その新開発の蛋白質を、捕縛してきた男に摂取させ、超兵器の設計図を描き起こさせる。
そして我が国が誇る科学アカデミーの学者達に、その製作ノウハウを学ばせるのです」
彼の話を、遮る声が響く
「随分と、その超兵器に入れ込んでいる様だが、それほど素晴らしいものなのかね」
周囲の人間が、声の主の方を振り向く
声の主は、ソ連邦の議長であった
彼は、平身低頭し、応じる
「議長、何でも鋼鉄の装甲を簡単に貫通するビーム砲を兼ね備えていると聞いております。
かの、光線級の攻撃よりも優れて居り、範囲も長大であるとの報告も聞き及んでいます」
そう述べると、彼は着席した
議長は、彼の言葉に思い悩んだ
西側に露見した時のリスクが高すぎるのだ……
同席したKGB長官も、同様の見解を示す
「今、我が国は存亡の瀬戸際だ。
その様な時に、西側と相対する真似はしたくはない……」
暫し思い悩んだ末、結論を絞り出す
「科学アカデミーが、全責任を取るという形ならば、名うての工作員を貸し出しても良い」
ソ連陸軍参謀総長の顔色は優れなかった
GRU(赤軍総参謀本部)肝煎りで進めた、《虎の子》のオルタネイティヴ3計画
去年の末、謎の攻撃によって水泡に帰した
聞いた噂話によると、彼が欲する超兵器によって消された
それが事実ならなんという皮肉であろうか
ドイツ国家人民軍に、駐留ソ連軍を通じて問い合わせる事を考える
『プラハの春』で、轡を並べたシュトラハヴィッツ少将に手紙でも書くとしようか……
小生意気な科学アカデミーの若造の企みを潰す為にも、奴らを利用させてもらおう
議長は、その場を締めくくる様に、告げる
「では、その日本人を聴取して、超兵器の秘密を入手せよ。
方法の如何は問わぬ」
その場にいる人間は、議長へ、了解の意を伝えた
マサキは、休日を利用して、西ベルリン市内に来ていた
動物園駅で、屋台のカレー・ソーセージを頬張りながら、佇む
遠くに見える、先次大戦の空襲で壊されたカイザー・ヴィルヘルム記念教会の廃墟を眺め、考える
偶々流れ着いた異世界
思ったより深く関わってしまった
それ故に、不思議な感情を抱くようになった
この、何とも表現できぬ焦燥感に悩む必要も無かろう……
その様にしていると、ホンブルグを被り、外套姿の4人の男に周囲を囲まれる
傍にある屑籠に食べ滓を捨てると、ドイツ語で尋ねる
「何の用だ……」
其の内の一人が、流暢なドイツ語で返してきた
「貴方が、木原マサキさんですね。
我々と共に、来ていただけませんか」
見ると、既に胸元には、ソ連製の自動拳銃が押し付けられている
奴等に聞こえる様、日本語で漏らす
「俺の意思は無視か。
蛮人の露助らしい、やり口だ」
左側に立つ男が、眉を動かすのが見えた
日本語のできる工作員も居る様だ……
彼は、正面を向くと、こう伝える
「良かろう。俺もこんな所で雑兵ごときに殺されては詰まらぬからな」
暫く、其の儘で待つと、年代物のセダンが近寄ってくる
外交官ナンバーの付いたソ連の高級国産車、チャイカ
脇に止まった車を見ていた彼は、男達に押さえつけられる
抵抗する間もなくトランクに、手荒く投げ入れられ、勢いよくドアを閉められる
車は、轟音を上げながら、西ベルリン市内を後にした
ソ連邦各構成国のKGBから選抜された特殊工作員
彼等をもってして、「木原マサキ」誘拐作戦は実行に移された
丁度、西ベルリン市内に居た彼を誘拐し、ソ連大使館公用車に乗せ、連れ去るという策は成功した
しかし、連れ去るまでの過程を、西ベルリン市民に見られてしまう
その失態を犯しても、猶、ソ連共産党は木原マサキという人物を欲しがったのだ
乗り心地の悪いソ連車のトランクで、じっと身をひそめるマサキ
彼は、停車した際の話声を聞き入る
チェックポイント・チャーリーを超えて、東ドイツに入る手続きをしている所であることが分かった
恐らく、奴等の大使館に連れ去らわれるのであろう
これでは、然しもの彩峰達も、外交特権とやらで手出しは出来まい……
万が一のことを想定し、位置情報機能のある携帯次元連結システムの子機から、美久に連絡を入れる
何かあった時の為に、ゼオライマーを瞬時に転送出来る様、操作し、次に備えた
後書き
「オルタネイティヴ」本編で、乱用されている「指向性蛋白質」を出しました。
ご意見、ご感想、ご要望、お待ちしております。
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