冥王来訪
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第二部 1978年
ミンスクへ
青天の霹靂 その5
前書き
サミット主要5か国の内、日米以外の国に関してのお話です
(英、仏、西ドイツの順になります)
午前二時、眩いシャンデリアの輝く大広間に、響く足音
勲章を胸一杯に付けた完全正装の軍人や燕尾服姿の紳士、ドレス姿の貴婦人
まるで絵画から抜け出してきたような人々は、引切り無しに続く軍楽隊の演奏に乗って踊る
その夜会の主人は、浮かぬ顔をしていた
王立空軍将校の軍服を着て、目立たぬように、窓辺に立つ
一人、深夜のロンドン市中を眺めていた
彼は、今夕の話を思い起こしていたのだ
時間は数刻ほど遡る
首相からの上奏の折、日本の戦術機に関して、彼は尋ねた
「陛下、彼の国では既にハイヴ攻略を2か所単独で成したと聞き及んでおります」
「本当か」
男は、振り向かずに答える
「では尋ねる。どれ程の損害が日本軍に生じたのか……」
「信じられぬ話ではありますが、全くの損害無しです」
男は、振り返る
「誠か」
この男は、嘗て七つの海を制覇した大英帝国の皇帝で、今は英連邦の国王であった
「秘密情報部長官を此処に呼び出せ」
「陛下、ただいま参内致しました」
秘密情報部長官は、今にも譴責されるかと震撼していた
「では、聞こう。日本の大型戦術機とはどれ程の物か」
情報部長官は、額の汗をハンカチで拭うと、答え始めた
「先ず、支那の新彊、嘗ての東トルキスタンに置いて、僅か12時間でハイヴ攻略を成し得ました。
その後、西ドイツのハンブルグでパレオロゴス作戦の下準備の為に入った後、米軍第二機甲師団の基地に駐留しています」
「それだけかね」
眼光鋭く、彼を睨む
「では、余が教えてやろう。
今しがた入った情報であるが、ペルシアのマシュハドのハイヴを同様に破壊したのだ。しかも2時間も掛からずにな。
それで良く、情報部長が務まるわ」
右の食指で、彼の胸元を指差す
彼を追い出すように部屋から出すと、入れ替わる様に国防長官が入ってきた
「国防情報参謀部の意見はどうか」
男に深い礼をすると、国防長官は話し始めた
「では申し上げます。国防情報部では、例の大型機は 核爆弾数百発に相当する威力であり、其れ一台でまさに一騎当千の価値があると考えて居ります。
操縦者と開発者は男女混成のペアで、その機体を動かしていると聞き及んでいます。
しかしながら、その動力源に関しては一切不明です」
男は、執務用の椅子に腰かけると、こう漏らした
「《コロンビア》(米国の雅称)の統領に書状を認める。この件に関しては、政府部内でよく意見をまとめた後、報告せよ」
机の上に立掛けてある老眼鏡をかけると、万年筆で流れる様に書き上げる
署名した後、国璽を押し、封をする
「これを、明日一番の飛行機でD.C(District of Columbia/コロンビア特別区)に届けよ」
両手で親書を受け取ると、国防長官は最敬礼の姿勢を取る
そして部屋を後にした
「若かりし頃、《コロンビア》の寡婦に熱を上げたが、今思えば愚かな事であった物よ……」
脇に立ち尽くす首相へ、聞こえる様に囁く
「そなた達が、自死を持って迄、諫めてくれたからこそ、今日の余があると言っても過言ではない」
首相は、その男の顔を直視できなかった
「臣民が、王朝の弥栄を願う気持ち。無駄には出来ぬからな」
龍顔から流れ出る滂沱の姿を見て、彼は咽び泣いた
「この愚か者共が!」
深夜の宮殿内に、怒声が響き渡る
「閣下、お怒りをお納めください」
初老の男は、彼を諫める秘書官たちを一括する
「貴様等は、揃いも揃って、英米に先を越されるとは何事か。
この栄光ある、第五共和国に泥を塗りつけているのと何ら変わりはない」
彼は、椅子に腰かけ、腕を組む
「あの老人共にコケにされてるのは、懲り懲りだ」
暫し、瞑想をすると、目を見開き、言葉少なに答える
「首相を呼べい!」
秘書官が恐る恐る問いかける
「閣下、今は深夜一時で御座います。今から呼び立てるとは……」
「事は急を要する。そして奴の他を置いてこの工作を行える人物はいない」
秘書官が問い直す
「なぜですか。ほかにも、専従工作員や軍のクーリエがおります」
右手を持ち上げ、天井を指差す
「奴には、日本国内に妾がおって、そしてその女との間に子が有る。
その女は、武家の娘と聞く。
彼女を通じて、城内省に話を付けてもらう」
一同に衝撃が走る
「例の新型機に関する情報は、城内省の中に立ち入らねば手に入れられぬ。
将に『虎穴に入らずんば虎児を得ず』とは、この事よ」
机の上に有るシガレットケースを開け、フィルター付きのタバコを取り出すと、火を点ける
《ジダン》(Gitanes)の青色の箱から開け、詰め替えた物であった
「そうよのう、この《ジダン》の様な、壮麗な踊り子でも用意して、戦術機の衛士に近づけよ」
タバコを吹かし、吐き出す
「どの様な人物か知らぬが、男であれば、転ぶ様な絶世の美女を仕立て上げてな」
彼は不敵の笑みを浮かべた後、こう告げた
「《フリッツ》共に先を越されてはならぬ。あの負け犬共には、その地位に甘んじてもらわねば」
タバコを、右手で灰皿に押し付け、もみ消す
「我が国の平安の為に、彼等は永遠にその立場に据え置かねばならぬのだよ」
そう答えると、再び瞑想の世界に戻った
ボンの合同庁舎では、深夜を過ぎても作業が続いていた
三か月後に迫ったパレオロゴス作戦の補給計画の遅れを取り戻すべく毎夜残業が行われていた
政府部内の試算では、現在の保有弾薬数や燃料備蓄量ではハイヴ攻略には不足
各所を通じて、合わせて食料や需品の確保に追われていた
男はタイプライターの前から立ち上がると、眠気覚ましにコーヒーを取りに給湯室に向かった
周囲を見ると、自宅に帰れずに机に突っ伏して仮眠している人物がそれなりに居る事に気が付く
既に、残業は常態化しており、彼は、気には留めなかった
給湯室で出涸らしのコーヒーを入れると、紙コップを持ったまま、室外に出た
季節は既に4月に近いが、肌寒くオーバーが必要なくらいの温度
窓辺から、入り込む深夜の風は冷たく、目が冴える
懐より両切りタバコを取り出すと、火を点け、吹かす
噂では、日本軍の大型戦術機は、高出力で大火力
高度1万メートルまで悠々と飛び上がり、推進剤の消耗の心配もいらないと聞く
光線級の攻撃を物ともせず、逆にBETAの群れを一撃で灰燼に帰す
その話が本当ならば、この様な準備計画は無駄ではなかろうか……
いつ終わるか、わからぬ残業を続けているせいであろう
そう自分自身に言い聞かせ、心を落ち着かせる
この作戦が終わったならば、妻と共にオーストリーのウィーンに行って湯治でもしたいものだと考える
足腰の痛みは辛く、長時間のデスクワークで体も凝り固まってしまった
35度の熱泉に入って、体を休めたい
或いは、バーデン・バーデンの混浴に入って、妻と暫し語らうのも良かろう……
ふと腕時計を見ると、深夜3時
開庁時間まで仮眠するかと、その場を後にした
後書き
ソ連の反応に関しては後日改めて書かせていただきます
ご意見、ご感想、よろしくお願いいたします
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