俺様勇者と武闘家日記
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第2部
エジンベア
美少女コンテスト予選・前編
「さあ、いよいよ始まりました!! エジンベア国一美しい淑女を決める美少女コンテスト!! 今回も国中から自分の美貌に自信を持った方々がお越し下さいました!!」
お城の中庭に響き渡るアナウンスを皮切りに、ステージを囲うように設置された観客席から大歓声が沸き起こる。その規模は、今日一日で終わるイベントにしては十分贅沢なものであった。
そんな豪華なステージの真ん中で今、声高らかに今の状況を説明しているのは、このコンテストのために用意された司会であった。お城の関係者なのか、それとも元々こういう職業の人なのかはわからないが、慣れた様子で会場を湧かしていく。
その間私はと言うと、全く余裕のない表情で、ステージの端の出場者専用待機場所に棒立ちになっていた。
(どうしよう、こんなに観客がいる中でステージに上がれるのかな)
人前でステージに上がるという経験がない私にとって、今の状況は不安と緊張で胸が押し潰されそうな気分だ。もともとステージに上がれるような人生を送ってきてないのだから、当たり前なのだが。
しかもユウリやビビアン、アルヴィスは観客席の方にいるのでここにはいない。そばにいてくれるのといないとでは、やはり安心感が違う。
そんな心細さを感じながら、無意識に観客席の方に目を向けて探し続けているが、三人の姿は全く見当たらない。
私がそんな不安剥き出しオーラを放っていると、後ろから私に向けられている視線を感じたので、恐る恐る振り向いた。
「……!!」
「あ、あの……。人違いだったらすみません。ひょっとして、ミオさんですか?」
「も……もしかしてマギー!?」
声をかけたのは、一週間前私たちを助けてくれたマギーだった。
本好きな彼女は目が悪くいつも眼鏡をかけているそうだが、素顔はものすごく美人な女の子だ。眼鏡を外した彼女は、メイクと衣装によりその魅力は最大限に発揮され、花柄の刺繍が施された水色のドレスを身に纏っている。その姿は、まるで花の妖精のように可憐で可愛らしかった。
彼女自身、自分の容姿にあまり自信を持てていなかったようだが、このコンテストに出場しているということは、何か心境の変化でもあったのだろうか。
「びっくりしました。一週間前とはまるで別人ですね! とても綺麗ですよ!」
「マギーの方こそ、どうしたの!? それにメガネかけてないけど、見えるの?」
「メガネの方は、この前ミオさんたちに使った『消え去り草』が少しだけ残ってたんです。その粉をいつも使ってるメガネに振りかけたら、メガネだけ消せるように出来たんです」
「てことは、今は見えてないけど、メガネはかけてるってこと?」
「そうです。一定時間経つと戻ってしまうので、消える前にまた消え去り草をかけ直してますけどね」
こんなときにも役に立つなんて、消え去り草って意外とすごいアイテムなのかもしれない。
「でもマギー、この前は自分の容姿より本の方が好きって言ってた気がするけど、何か心境の変化でもあったの?」
私が尋ねると、マギーは少し顔を赤らめて言った。
「……実はこの前、いつも私のことを『変わってる』って言ってた人から、告白されたんです」
「えっ!? ホントに!?」
「はい、ミオさんがいない間色々ありまして、結局付き合うことになったんです」
「すごいね、おめでとう!!」
思わぬ嬉しい知らせに私は興奮気味に祝福するが、なぜかマギーの顔色が曇る。
「……でも、こんな自分を本当に好きでいてくれるのか、彼と会うたびにだんだん不安になってしまいまして……。自分に自信が持てないと家族に話したら、コンテストに出てみないかと言われたんです」
どうやらマギーの家族も、彼女に彼氏が出来たことを喜んではいたようだが、マギーが自分の外見にあまり自信が持てないことを気にしていたらしい。そんなとき、ちょうどお城で開催される美少女コンテストがあることに気づき、マギーに勧めたんだそうだ。彼女の家族もマギーの容姿なら優勝できるかもしれないと思っているらしく、それが次第にマギーの自信の向上に繋がったという。
「そっか。いいご家族だね。と言うことは、これでやっと私の言葉を信じてもらえたってことだね」
「ふふ、そうですね。ミオさんの言うとおりでした」
そう言って、私はいたずらっぽい笑みを浮かべると、マギーは苦笑した。
「でも、いざコンテストに参加したら、皆さん美しい方ばかりで、私、とても肩身が狭くって……」
「わかるよ、私も今マギーと同じ気持ちだもの!本当はこんなところにいるべきじゃないのに、どうしても優勝しなきゃいけなくて……」
すると、急にマギーの表情がこわばったではないか。ある一点を見つめているので私がその方向へ顔を向けると、
「あら? そう思ってらっしゃるのなら、わざわざ出場しなければ良いではありませんこと?」
受付で会ったときよりもさらにきらびやかなアクセサリーを身に着けた、ヘレン王女がこちらにやってきた。どうやら今しがたこの会場に来たようだ。
「へっ、ヘレン様!? どうして!?」
マギーの反応に、周囲の参加者も一斉に王女の方を向きざわめいた。やはり他の参加者の間でも、王女の参加は想定外らしい。
「別に王女が出場してはいけないなんて決まりはないですわよ? それとも、そんなにわたくしに出場してほしくないのかしら?」
「い、いえそのようなことは……」
ヘレン王女の高圧的な態度に、すっかり恐縮してしまっているマギー。周りの参加者も、下手なことを言えば王女の不興を買うことを恐れて、皆黙っていた。
そんな張り詰めた雰囲気の中、ヘレン王女は私に目を留めると、見下すような視線を送った。
「せいぜい平民は平民同士、仲良しごっこでもしていればいいのですわ。優勝するのはこのわたくしなのですから」
まるでその瞳から火花でも放つんではないかと言うくらい敵意を剥き出しにしながらそれだけ言い残すと、ヘレン王女は颯爽とその場から去り、私たち出場者とは別の審査員席の隣にある、特別に用意されたヘレン王女専用の椅子に座った。
なぜか受付で会ったときよりも私に対して敵愾心を持っているように見えるけれど、気のせいだろうか?
「ミオさん、ヘレン様と何かあったんですか? それに王女様が優勝するためにコンテストに出場するのも何か変ですし」
訝しげに問うマギーに、私は素直に返答すべきか迷っていた。おそらくヘレン王女が優勝したらユウリの婚約者になるということは公にはされていないのだろう。それに、下手にマギーに話してしまえば、彼女に余計な心配をさせてしまうかもしれない。
「ううん、ただ私みたいな一般人が参加するから、あまり良く思われてないだけなんだよ」
私は苦笑いを浮かべながら、曖昧に言葉を濁すことしか出来なかったのだった。
「四番、アンリエッタ・ティファーソン、十六歳です」
ステージに上がった参加者の女性が自己紹介をするたびに拍手が沸き起こり、時には歓声も聞こえてくる。
そのあと司会からいくつか質問を受け、最後に一つ特技を披露するのがこのコンテストの『予選』の一連の流れだ。
そう、これはあくまで予選であり、この審査で高評価を得た上位四名が、最終審査へと進むことが出来る。
審査員は半分が商家などを営む市民、もう半分が貴族たちであり、その人たちからの評価を得るのがこの予選の目的だ。
だが最終審査の内容は、観客はおろか出場者にも知られていない。どういう審査をするのか全くわからない状態なのだ。
とりあえず今は予選を通過することだけを考えなければならない。なので私は始まってからずっとステージの袖で他の出場者たちの様子を眺めているのだけれど……。
(皆めちゃくちゃ可愛い……!! あの子なんか私と同い年なのに、すごく大人っぽい!! その前の子もドレスがすごく似合ってたし、何より特技が歌だなんて反則過ぎる……!!)
他の人を見て参考にするどころか、どんどん自信が失われていく。改めて、私は場違いじゃないかと不安が頭をもたげてくる。
「次、マギー・ジークライトさん!!」
「はい!!」
名前を呼ばれ即座に返事をすると、マギーは落ち着いた足取りでステージの方に向かう。そしてステージに上った瞬間、このコンテストで一番の歓声が沸き起こった。
普段店番をしているからかマギーを知っている人は多く、あちこちに彼女の名前を呼ぶ声や、応援する声が聞こえてくる。
「十番、マギー・ジークライト、十九歳です」
それでも臆することなくいつも通りの立ち振舞いで、自己紹介をするマギー。その落ち着いていながらも堂々とした様子に、私は再び自信を失いそうになる。
その間、次々とマギーに質問が繰り出され、その度にマギーは優しく微笑みながらしっかりと回答していた。
「ありがとうございます。では最後に、何か得意なことなどがありましたらこの場で披露していただきます!」
司会の声に、小さく頷くマギー。そしておもむろに、一冊の本を取り出した。
あの本は、まさかーー。
「私の特技は、『勇者物語』を一言一句間違えずにそらで言えることです」
マギーの思いがけない一言に、観客席が一斉にざわついた。いや、彼女が勇者物語を好きなのは知っていたが、まさかここでそんな特技を披露するとは思わなかった。
「そ、そうですか。では、披露していただいてもよろしいですか?」
「はい!! では、序章から……。はるか昔、平和な世界に突如魔王と名乗る存在が現れて……」
いきなり始まった勇者物語に、会場がざわついた。
それからマギーは第二章に入る寸前まで語り始めた。第二章に入らなかったのは、途中で司会の人が止めたためだ。もっと話したかったのだろう、マギーは少し不満げな表情ながらも、司会に促されるまま自分の番を終えてステージを降りた。
「次、ミオ・ファブエルさん!!」
「あ、はい!!」
唐突に名前を呼ばれ、私は慌てて返事をする。急いでステージに向かおうと足を出そうとした、その時だった。
「もう、どうしてなかなかわたくしの名前が呼ばれませんの!?」
横から、強引に私の視界を遮ったのは、ついさっきまで別の場所にいたヘレン王女だ。彼女は私の前に割り込むと、
「次、わたくしの番に変更しなさい!! 待ちくたびれて足がとっても痛いの!!」
「で、ですがあらかじめ順番は決まっておりまして……」
「わたくしは王女なんですのよ!! エジンベアの上に立つ人間を平民と同じ扱いにするなんて、神聖なる王族に対して失礼ですわ!!」
「も、申し訳ありません」
ヘレン王女の無茶な物言いにうろたえつつも、司会の人はひたすら謝っている。いやいや、王女だろうと平民だろうと、順番は守んなきゃ。皆が言わないならと、私はヘレン王女の前まで近づいた。
「ヘレン王女。足が痛くてお辛いのはわかりますが、順番は守って頂かないと」
「まあ!! 平民のくせにわたくしに指図する気なんですの!?」
こちらを振り向くなり、ぎろりと睨み付けるヘレン王女。ユウリがいたときとは随分態度が様変わりしている。
「それでなくてもあなたみたいな凡人がユウリ様のお側にいるだけでも不愉快ですのに、そのふてぶてしい態度!! ひょっとしてあなた、田舎者なのではなくて!?」
「っ!?」
他の出場者たちの視線が、一斉に私の方へ向けられた気がした。
「この国では田舎者と呼ばれる人間など、いてはいけないのですわ!」
『田舎者』。その言葉に、胸を抉られるような衝撃を受ける。
せっかくそう言われないようにここまで頑張ってきたのに、彼女の一言でそれを台無しにされるわけにはいかない。
「? なにか言いたいことでもあるのかしら?」
私を見上げながらねめつけるその視線は、完全に相手を侮蔑しているように見えた。
でもーー。
「……な、なんでもありません」
感情を圧し殺すように、私はそう答えるしかなかった。
「ふん、最初から余計なことを言わなければ良かったのに。ほら、早くわたくしを連れて行きなさい!」
ヘレン王女に追い立てられ、係の人は複雑な表情をしながらも彼女の言うことに従う。
王女がステージに立った途端、マギーと同じか、それ以上の歓声が響き渡った。
「……」
やり場のない怒りと悔しさが身体中に込み上げてくる。
けれど、それを押し止めるように、ふとユウリの顔が思い浮かぶ。
今はこんなことでうだうだと悩んでいるわけには行かない。ここで優勝しなければ渇きの壺が手に入らないのはもちろんのこと、もしヘレン王女が優勝したらユウリが彼女の婚約者にされてしまう。それだけはなんとしても阻止しなければ。
「……ですのよ!!」
「なるほど、さすがはヘレン王女ですね。では最後に特技などはありますか?」
どの出場者も必ず最後に聞かれる質問だ。気になった私は、ひょっこりと舞台袖からヘレン王女を覗き見た。
「わたくし、実は体を動かすことが好きなんです。なので特にダンスに関しましては自信がありますの。それに最近は、練習の時間を倍にしましたのよ」
「ほう!! どのくらい練習なさってますか?」
「ええと、そうね……この二ヶ月で1日四時間はやってますわ」
「よっ、四時間ですか!? それはすごい!! 確かにヘレン王女様はご幼少の頃からがとてもお上手ですものね。この間の舞踏会の時も……」
「ふふ、皆様には是非わたくしの踊りを見ていただきたいですわ!! もちろん、平民であるあなた方にもね!!」
「そ、そうですね!! 実は、王女様のために王国一の楽団を用意しておりますので! リクエスト下されば、どんな今日も演奏してくれますよ!」
「そう? なら、わたくしの一番得意な曲をお願いしますわ」
ヘレン王女が曲名を司会の人に伝えると、楽団の人たちはすぐさま演奏に入った。そしてその音楽にあわせて、王女は優雅に踊り始めた。
「うわ……すごい上手……」
思わず声に出てしまったが、彼女の踊りはもはやプロと呼べるくらい優雅で美しかった。二ヶ月前に練習を倍にしたと言うことはそれ以前も毎日二時間はやっていたはず。それに小さい頃からダンスはやっていたと言うから、総合的な練習時間は相当な数だろう。
付け焼き刃な私の踊りでは、到底叶わない。月とスライム……いや、それ以下だろう。
ダンスが終わり、割れんばかりの拍手と共にヘレン王女の番が幕を閉じる。
あれ、ちょっと待って? もしかして、次が私!?
「では次の方、ミオ・ファブエルさーん!!」
どうしよう、あんな芸術的な踊りを見せられたあとに登場なんて、荷が重すぎるよ!! 私はパニックになりながら、頭を抱える。
するとその瞬間、ユウリの言葉が脳裏をよぎった。
(応援するから、必ず優勝してくれ)
あのいつも自信に満ち溢れているユウリが、どこかすがるような目で私を応援すると言っていた。
今もどこかで、私を見てくれている。彼の言葉に応えるためにも、ここで退くわけには行かない。
私は大きく深呼吸すると、ぺちんと自分の両頬を叩いた。
「はい、今行きます!」
もう後には退けない。今までやってきたことを信じて、私は一人ステージへと向かったのだった。
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