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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  我が妹よ その3

 
前書き
無血クーデターの話が暫し続きます
文章量も今回の話は多少多めのが続きます 

 
 大部隊を引き連れてシュトラハヴィッツ少将達は帰ってきた
一か月ぶりのベルリン市内は、交通警官が多数配置されている以外、変わりはなかった
一旦基地に帰った後、官衙(かんが)に呼び出される
数名の将校と最先任曹長に部隊を任せて、幕僚と共に共和国宮殿に出向く
道すがら、議長が辞表を出した事は(うかが)って居たが、まさか国外に出ていたとは思わなかった
名目は病気療養(びょうきりょうよう)
出国先は、最先端の医療設備のある米国ではなく、隣国メキシコ
共産主義に親和的な政権がある国故に違和感は少なかった
だが、あの右派冒険主義者(トロツキー)の終焉の地
キューバ革命の過激派学生の訓練場
良い印象は彼の中にはなかった
 新任の議長代理に、形ばかりの挨拶と報告を済ませると、男は彼に人払いを命じた
ハンニバルやベルンハルト達を、室外に送り出す
彼に腰かけるよう指示する
「座れよ。
多少時間が掛かる」
彼が座った後、ひじ掛けの付いた椅子に座る
男の口からあることを告げられた
「KGBと保安省の一部過激派が集まり始めた。
どうやら「作戦」の事で、ボン(ドイツの地方都市、西ドイツ暫定首都)に動きがあったらしい」
彼は、内ポケットから潰れたタバコの箱を出すと、2本ほどタバコを摘まむ
そして目の前の男に差し出し、マッチを擦る
二人で火を分け合う様にしてタバコに火を点ける
深く吸い込み、勢いよく紫煙を吹き出す
「フランスか、イギリスの部隊でもきたのですか」
「違うな。連中の話だと日本軍の一個小隊が来たそうだ」
連中とは、保安省内部にある現政権に近い一派の事で、彼等からの情報提供を暗示させた
男は続ける
「貴様らが、BETAと戦っているときに、茶坊主共が急に騒めき出してな。
俺の方で探ってみたんだ。
なんでも、入れ違いに近い形で先発隊がドイツ(西ドイツ)国内に入ったらしい。
ハンブルグで、飛行訓練をしている写真を見た」
男は、タバコを叩きつける様にして、灰を捨てる
「それで、ハイムの所に《鉄砲玉》を準備しているということを耳にしてな。
奴に先に動いて、《卓袱台返し》させたのさ」
 彼は、男の言葉に驚愕した
昨年末以来、ハイムの事は避けていたが、奴等は事前に察知していたのだ
もし自分が青年将校達と行動をしていたら、恐らくこの国の軍事組織は内部崩壊していたであろう
「後、《鉄砲玉》は、俺が預かってるよ。
アイツは、お前さんたちが扱うのには危ない人材だからな」
男は、タバコをフィルターの近くまで吸うと、ゆっくり灰皿に立て、火を消した
「万に一つの事かもしれないが、お前さんの家族はボンなり、ハンブルグに行かせる準備はしておけ。
いくら優秀な飼い犬でも、所詮、畜生(ちくしょう)だ。
飼い主の手位、()む事は、良くある話だ
餌付けする人間の方を好きになるなんて話も、良く聞く」
餌付けする人間……、恐らくKGBか、GRUであろう
彼等のスパイ工作網は、優秀
大戦前から秘密裏に米国内にスパイ網を構築
原子爆弾のノウハウを我が物にした事実は、今でも語り草だ
「なあ、俺の事は構わないが、隊内の小僧共がなあ……」
彼が言った小僧達とは、ベルンハルト達のグループ、《戦術機マフィア》の面々であった
党内はおろか、軍内部にも、彼等を目の敵にする人物は多い
「今しがた、アベールにその事を話したんだが、奴は首を振らなかった。
見上げた忠誠心だが、(いささ)か脇が甘い。
そうでなくても、目立つ存在だから、俺自身も困っているのだよ。
まあ、目を付けている連中の事は、十分把握しているのだがな」
男は、彼にそう(うそぶ)

「話は変わるが、お前さん達が、西側部隊との通信連携の話を持ち込んだ件。
あれが、国防評議会(東独の軍事方針を決める党傘下の会議)で揉めた。
《おやじ》からダメ出しを喰らって、廃案になりかけたが、検討課題で残した。
俺が、代行をやってるうちに通してやるよ」
彼は、背広の胸ポケットから新しいタバコの包み紙を取り出す
封を切ると、シュトラハヴィッツに差し出し、好きなだけ取らせた
彼の手に包み紙を戻すと、数本抜き出し、机の上に並べる
新たに火を起こして、タバコを吸い始めた
「いずれにせよ、東西(ドイツ)の再統合は避けて通れぬ問題だ。
米ソも、やがては折れる。
工業力に欠け、冶金技術(やきんぎじゅつ)もチェコやハンガリーよりはマシだが、自動車と小銃ぐらいしか作れぬ。
おまけに、ポーランドの連中も信用できん。
そうすると、同胞に頼るほかあるまい。
米国の圧力で、戦術機の工場を移転させたが、俺はあんな玩具(おもちゃ)を信用しては居ない。
どうせ、この戦争が終われば役立たずになるのが、目に見えている。
多少は安く、中近東やアフリカにでも売れるだろうが、其れとて米ソや販路を持つ英仏には負ける。
いっそ、ドイツ一国で作るの(あきら)めて、欧州の航空機産業でも集めて作った方が楽かもしれん。
支那辺りでは、細々に分解し、研究しているそうだが、時間も金も掛かり過ぎる」
タバコを深く吸うと、天を仰ぎ、紫煙を吐き出す
「だから、俺は、お前らの計画に乗ることにした。
これを足掛かりにして、西側との連携を進めたい。
《おやじ》も様々な方法で駄々を捏ねて、西側から金を《せびった》。
門前の小僧ではないが、俺も備にその様を見て知っている。
俺が立ち会ってやるから、上手くやって呉れ」
少将は、腕を組みながら冷笑した
灰皿に載せられた吸いかけのタバコは(くすぶ)り、部屋中に煙が舞う
「随分勝手な話だな。
今更認めるなんて自分勝手な話ではないか……」
右手で、タバコを取り、咥える
マッチを擦り、左手で覆う様にして、火を点ける
強く吹かした後、紫煙を吐く
「議長の指示だ、協力も(やぶさ)かではない。
例の鉄砲玉の件だけ、どうにかして呉れるなら……、動く。
ただ、今はこの混乱を収めるのが先だろう」
更に二口ほど吸うと、右手で揉消す
「最も、俺たちの仕事ではないがな……。
その辺は、あんた等に任せるよ」
そういうと、少将は立ち上がる
男も立ち上がり、返答した
「ああ、任せてくれ」

 室外で待つベルンハルト達の前に、少将が出てきた
ドアを開けると、疲れ切った顔をしており、白い襟布がかすかに湿っていた
顔の汗は拭きとった様子であったが、軍帽の下から見える幾らか灰色がかった髪には汗が(にじ)んでいる
ハンニバル大尉が敬礼をすると、続けて他の将校も同様の姿勢を取った
少将は挙手の礼で返すと、ゆっくり歩きながら話し始めた
「今夕、幕僚会議をしようと思っている。
18時までに諸業務を終わらせた後、会議室に集合。
以上」
一同が返答する
 最後方を歩くベルンハルト中尉は、横目で周囲を見た
少将は、黙って列の先頭を歩く
多少遅れて、副官が後からついて来る
列の真ん中にいるハンニバル大尉は、相変わらず正面を向いた侭、堂々と歩いている
あの(かまびす)しいヤウクが、しおらしい
昨晩の事が(こた)えたのであろうか……
この様な場に来る機会が無いカッツェとヴィークマンは、物珍しさから忙しなく辺りを見ている
士官学校時代から同じ釜の飯を食う仲間とは言え、ここまで差が開くとは思っても居なかった
まるで、この数か月間は夢の中にいる様な感じがする
(カッツェ)彼女(ヴィークマン)は優秀なパイロットになり得たはずだ……
衛士としても申し分ない
やはり、ノーメンクラツーラ(Nomenklatura/共産圏の特権階級)と関係したことが大きいのであろうか
愛すべき人の父が、偶々(たまたま)特権階級(ノーメンクラツーラ)であった事が人事や縁故に反映されるとは……
彼は将来の妻を思い、歩みを進めた
 
 一団の将校が列を組んで歩いて来る 
長靴の歩く音が、宮殿内を響き、周囲から反響する
衛兵や案内係の人間も、然程いない
やがて出口まで来ると、小銃を下げた衛兵が見える
少将が敬礼すると、直立し、(ささ)(つつ)
銃を下げると、扉を開ける
戸外にある、2台の乗用車に分乗すると、昼下がりの宮殿を後にした
 
 

 
後書き
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