冥王来訪
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異界に臨む
潜入工作
前書き
今回は心情描写多めです
対ソ作戦として秘密研究所の襲撃作戦
計画段階から、CIAより入手した航空写真と、それを基にした地図
秘密都市や研究所に関しては、先次大戦で抑留されたドイツ軍将兵の証言やその報告書を参考にされた
マサキは、その様な経緯から改めて、元の世界との差異をまざまざと見せつけられた
この世界では、1944年に日本は講和
主要都市への大規模空襲、原子爆弾投下、ソ連の条約違反の侵攻、国際法を無視したシベリア抑留は発生おらず、対ソ感情は、冷戦下にあって、現実社会よりかなり融和的な面が見え隠れする
不思議なことに、以上の出来事は、すべて、ドイツ国内で起こっているのだ
二昼夜行われたドレスデン空襲は、現実より過酷なものになり、東部戦線で降伏したドイツ将兵の数も、その強制抑留者の規模も格段に大きい
何より、ベルリン中心部に2発以上の原子爆弾が投下されるという凄惨な結末になった事を未だ受け入れられぬ自身が居た
帝国陸海軍内部にも、それなりの数の対ソ融和派がおり、今回の件でもその一派は騒擾事件の寸前であったことをのちに知らされた
聞くところによれば、大伴忠範という青年将校が主たる人物として戦術機に関する《勉強会》があり、その一派が、《将来の日ソ間における戦術機研究》の為、参謀本部に作戦中止の血判状を出したと聞いた時、彼は、不快感を覚えた
あの、《大東亜戦争》の際、ソ連への備えが甘かったゆえに、愚にもつかない対米交渉仲介を依頼し、満洲からの根こそぎ動員で、ほぼ無防備であった北方を事ごく掠め取られた事
その地に居た軍民270万人は、奴隷としてシベリア奥地へ拉致、10年近く抑留され40万近い人命を失ってしまった事実を、苦々しく思い起こしていた
何より、マサキ個人としては、生前ソ連交渉の道具となった経緯から、今一つソ連という国家を信用できなかった
《右派》を自称しながら、英米への接近を危惧し、共産圏に近づくという大伴一派の姿に、彼はかつて元の世界で、亡国への道を辿らせた《統制派》の《革新将校》の姿を、見るような感じがしてならなかった
神聖不可侵の君主をして、スターリン主義を日本に当てはめんとし、あの破滅を招いた《売国奴》共への、深い怒りの感情が、彼の内心に、まるで溶岩の様に、沸々と湧いてくる
異世界においても、日本が再び自滅の道を進むことに呆れるとともに、この国の上層部の迷走に呆れ果てた
異界の住人である自分にとってはどのような結果になっても構わないが、ただ今は居候の身
寄るべき場所である、この世界の日本が、その様な愚かな策謀や内訌によって、簡単に滅びられては困るのだ
せめて自滅の果てに滅びるのであれば、自身が《冥府の王》として、全世界を支配してからでも遅くは無かろう
「どうかしましたか」
その様な思いに耽っているとき、ふと彼に声を掛けるものが居た
彼が、ゼオライマーの次元連結システムの部品として作ったアンドロイド、氷室美久であった
彼女は、支那で、中共軍の戦術機パイロットが来ていた、身体の姿が透ける様な特別な繋ぎ服を着ていた
なんでも《衛士強化装備》と呼ばれる服で、戦闘機飛行士の飛行服に相当する物であった
ゴムやビニールに見える生地は、伸縮性を保持し対衝撃に優れた《特殊保護被膜》と呼ばれるもの
ヘルメットや飛行帽の代わりに、通信機を内蔵した顎当てを付ける
ゴーグルや眼鏡に相当する物はないが、網膜に外部映像を透過する機能があるという
彼は、薄ら笑いをし、見下すような表情で、彼女へ答えた
「美久、その様な破廉恥な服などを着て、何をしている。大方、ロボット操縦士の慰安でもさせられているのか」
そういうと、彼女は赤面し、胸を隠すように右腕を当て、左手で下半身を覆うような仕草をした
彼は、その姿を見逃さなかった
「流石は、推論型の人工知能だ。部品にしかすぎぬのに、さも、人間の女の様に振舞うとは、貴様の学習機能というのも捨てたものではないな」
そう言って近づき、彼女の右腕を左手で掴み、右手で左胸を強く揉む
彼女は赤面し、下を向いている
「止めて下さい」
「これが、奴らの飛行服か。面白い材質だな。
だが、身体の形状が露になるというのは、設計上の機能に見合うとは思えん」
そう言い放つと、彼は彼女を軽く突き放す
「で、奴らのロボットに乗った感想は……」
彼女は、ゼオライマーの副操縦士と言う事で、試験的に戦術機への訓練に参加させられたのだ
アンドロイドであることを知らない軍は、彼女の《身体能力の高さ》に驚愕し、軍事教練を飛ばし、簡素な試験の後、戦術機訓練に放り込んだのだ
一連の経緯を聞いた時、マサキは、近い将来起こるであろうことを夢想した
現時点で、ソ連圏での大規模な敗北。
やがてはBETAと呼ばれる化け物共は、東亜まで侵食してくることは想像に難くない
高々常備兵力が20万前後に帝国陸海軍には対応は厳しかろう
そうなれば促成栽培による徴兵
教育期間の短い兵士の質の低さでは、前線の維持は厳しい
忽ち国内の成年男子は、選抜された兵士を使い果たしてしまうであろう事
その時起るのは、恐らく大規模な学徒動員と婦女子の徴兵
幾らカシュガルのハイヴを消し飛ばしたとはいえ、まだ世界には4つあり、状況の悪化は時間の問題であろう事
仮に欧州で食い止めても、制圧した支那を迂回して、シベリア経由で東進される可能性は否定できない
この社会の日本は、自身の社会の日本以上に、冷血で非情な国家だ
恐らくは見せしめとして、《高貴なる義務》などと、偽りの賛美で、貴族層、所謂《武家》の婦女子などを徴兵
彼女達をBETA共への《生贄》とし、饗するのであろう
そうでなければ身分制度の濃厚に残る社会において、婦人兵を前線に送れぬであろう
男女の肉体差から男社会の軍隊では、婦人兵は元の世界でも扱いに困る存在でしかない
多少《まともな》頭をしていれば、精々軍の学校を出た後に、《腰かけ》で、後方勤務や教官などをやらせて、それなりの男と結婚してくれた方がマシであろう事は、幼児でもわかる
仮に、今の最前線であるソ連の場合は、共産国で、《男女平等》の観点から婦人兵を採用したという建前が成り立つかもしれないが、いくら不足とはいっても扱いに困る支配層の子弟、ことに、婦女子を送るという判断は、狂気の沙汰でなければ出来ぬであろう事
最も、元の世界の共産圏ですら、婦人兵の割合は多かったが、殆どが後方勤務であったことを考えると、特別な事情が無ければ婦女子を前線に立たせるのは非合理的だ
もし、この世界の日本政府が、判断を誤って本土決戦前に、十分な衛士や候補生がいる状態で、このような方針を決定すれば、血統や婚姻関係によって成り立つ貴族層、《武家》を壊すためにやってるようにしか見えぬであろう
その様な方針を示せば、武家や一部の過激派、俗にいう烈士が、反乱起こしかねない
まるで政府上層部が、反乱の火種を配って歩く姿が見える
戦時の重要局面で、内乱を招けば、前線ではなく銃後から、この国は崩壊するであろうと
美久の強化装備姿を見た彼は、深いため息をつくと、呆然とする彼女を置き去りにしたまま、その場を後にした
後書き
大伴忠範は、「トータル・イクリプス」の時点で参謀本部勤務の中佐ですが、年齢が明記されていなかったように記憶しています
現実の登用や、昇進から考えて、士官学校卒業から中佐任官まで20年近い年月が掛かったと言う事で、本作に登場させました
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