送り提灯
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第四章
源内は福助と共に家に帰ってそうして寝た、そして翌日今度は鰻屋に入って鰻を待つ間に男に話した。
「まさにそのままだったぜ」
「消えましたか」
「そうだった」
「そうですか、実際にそうなりましたか」
「これがな、面白かったぜ」
「怖くないんですね」
「取って食われなかったし襲われなかったしな」
だからだというのだ。
「別にな」
「そうですか、肝っ玉が凄いですね」
「そうか?しかしな」
「しかし?」
「考えてみたら江戸も不思議なことが多いな」
こうも言うのだった。
「色々とな」
「そういえばそうですね」
男もそう言われると、と頷いた。
「何かと」
「そうだよな」
「ええ、本所も」
「人が集まるとな」
「不思議なことも多いですか」
「人以外のものも集まるか人が見るか」
「その不思議なことを」
源内のその言葉に応えた。
「そうですか」
「そうかもな」
「そうですか、そういえばです」
ここで男はこうも言った。
「今こうして鰻屋にいますが」
「ああ、それがどうしたんだ?」
源内は煙管を吸いながら応えた、長いそれを吸う姿も様になっている。
「一体」
「先生去年鰻屋さんに相談されましたね」
「ああ、夏鰻が売れなくてか」
「そうです、それでどうしたらいいか」
「土用のことだな」
「それで丑の日に鰻を食べればいい」
「あれな、元々鰻は夏痩せにいいしな」
源内は笑って話した。
「精がつくからな」
「だからですね」
「ああしてな」
「夏の土用丑の日に食べるといい」
「そう言ったらな」
それでというのだ。
「売れるもんだ」
「それでああしろと言われたんですね」
「そうさ、面白いだろ」
「そのこともですね」
「何かとな、じゃあ今から鰻食うか」
「それも面白いですね」
「そうさ、面白いことなら何でもやる」
源内は陽気に言った。
「それでいいじゃねえか」
「そういうものですか」
「ああ、おいらは面白いと思ったら何でもやるぜ」
笑って言ってだ、そのうえで。
源内は鰻を食べた、土用ではないがその鰻は実に美味かった。彼はその鰻を食べて笑顔になった。その顔は実に面白そうだった。
送り提灯 完
2021・8・15
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