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イベリス

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第二十九話 報いを受けた人その一

               第二十九話  報いを受けた人
 咲は充実したゴールデンウィークを過ごしていた。
 アルバイトに部活、そして家族との時間とこれまで彼女が過ごしたことのないまでに充実したゴールデンウィークだった。
 そのゴールデンウィークも次第に終わりに近付いていたが。
 速水は店に来た彼女に対してこんなことを言った。
「小山さんは今日複雑なものを見そうですね」
「複雑なですか」
「はい、このカードが出ました」
 吊るし人のカードである、両手を後ろに縛られ片足を縛られ吊るされている男だ。ただ表情はあまり深刻なものではない。
「このカードは一概に悪いものでなく」
「何か色々な意味がありますね」
「そうです、解釈も難しいですが」
 それでもというのだ。
「この場合はです」
「複雑なものをですか」
「見ることになる様です」
「そうなんですね」
「それもまた人生であり」 
 速水はさらに話した。
「学んで下さい」
「そのものを見てですか」
「不意にですが」
 ここで速水はこうも言った。
「汚れちまった悲しみという言葉を思い出しました」
「中原中也の詩ですね」
「あの人も色々ありました」
 その短い一生の中でだ。
「悪いこともです」
「してきたんですか」
「お世辞にも品行方正とは言えない人で」
「女の人とお酒で」
「酒乱でもあって」
 店の中で暴れて出入り禁止になった店もあった、酒の場で太宰治に言い掛かりめいたことを言ったこともあった。
「何かとです」
「問題のある人だったんですね」
「そうです、ですから」
 それでというのだ。
「悪いこともしていて」
「汚れちまった悲しみがですか」
「生じました、そして」
「今店長さんも」
「人は悪いこともします」
 人間は不完全な存在であり善悪を併せ持っている、それで人間は悪事を犯すこともあるのだ。
「それが許されない悪事であることもです」
「ありますか」
「はい」
 咲に答えた。
「時として、そしてその結果大変なことになり」
「そうしてですか」
「そのことで後悔して生きることも」
「ありますか」
「そうです、悪人は報いを受けますね」
「因果応報ですね」
「ですが」 
 それでもとだ、速水はさらに話した。
「その後で生きて報いを受け続ける」
「そうなりますね」
「しかも一生になると」
「かなり酷いことになりますね」
「それでも生きる意志があれば」 
 それならというのだ。
「生きます、そして」
「その中で、ですか」
「報いを受け続けます」
「何か残酷ですね」
 咲は速水のその話を聞いて考える顔になって言った。
「一生なんて」
「そうですね、ですが」
「それでもですか」
「それもまた世の中なのです」
 速水はこう述べた。 
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