送り拍子木
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第二章
辰五郎はめ組の者達に探させた、無論自分もそうした。
それで一刻程拍子木の音を聞きながら町中を探したが。
その後集まった時に辰五郎は聞いた。
「いたか」
「いえ、全く」
「拍子木を叩いた奴はいませんでした」
「いるのは屋台で飲んでるか食ってるのだけで」
「蕎麦や煮物の店もありますが」
「他は」
「俺もだ、そんな奴は見なかった」
辰五郎もこう言った。
「一人もな」
「そうですね」
「俺達もですよ」
「拍子木の音は聞こえるんですが」
「それでもです」
「叩いている奴はいませんでした」
「そうだな、これはあれか」
辰五郎はここで察した。
「音だけ出す化けものだ」
「姿はないんですか」
「そんな化けものですか」
「そんな化けものもいるんですか」
「世の中広いからな」
それでとだ、辰五郎は述べた。
「世の中にはな」
「そうですか」
「そんな奴もいますか」
「そうなんですね」
「化けものも色々ですね」
「ああ、しかしな」
辰五郎はさらに言った。
「別に拍子木叩いてもな」
「はい、火の用心をしようとは思いますが」
「これといって悪いことはないですね」
「むしろ用心するからいいですね」
「かえって」
「だからな」
それでというのだ。
「このことはな」
「悪くない」
「じゃあいいですか」
「化けものの仕業でも」
「そえでもですね」
「化けものでも人に迷惑かけなかったら問題ないだろ」
辰五郎は着物の袖の中に手を入れて組んだうえで述べた。
「むしろそれで用心になるんならな」
「いいってことで」
「それじゃあですか」
「ここの拍子木のことは」
「いいな、そういうことでな」
それでと言ってだ、そうしてだった。
辰五郎は自分の家に帰ると寝た、そのうえで後でこの話を周りに話した。そうしてこの話は江戸中に広まり今も残っている。
江戸今で言う東京の本所にはこうした話が残っている、今もこの拍子木を鳴らしていたのが誰かはわかっていない。だがこうした話があったことも事実である。東京に残る不思議な話の一つでありこの街の歴史の一部となっている。東京の歴史は人だけが作るものではないということであろうかと思いここに書き残しておいた。一人でも多くの人が読んで頂ければ幸いである。
送り拍子木 完
2021・4・15
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