有栖キャロの小学校物語
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第13話 夏穂ちゃんの過去話です
私のおじいちゃんは合気道の達人だ。
大きな道場を持ち、私は小さい頃から合気道を習っている。
おじいちゃんは決して大きくない。むしろ小さい方だ。だけどそんなことを感じさせないような綺麗な動き、相手が筋肉の凄い大男でも関係なく技をかける姿。
そんなおじいちゃんが私の憧れだった。
でも………
「心臓発作だったのよ。病院に運ばれたときには既に………」
お母さんとお父さんに連れられて行った病院には白い布を顔にのせたおじいちゃんがそこにいた。
人形のように全く動くことのない。
ああ、おじいちゃんは天国に行ったんだ………
幼い私でもそれくらいは分かった。
それを理解したときには私の目は涙で一杯になった。
だけど私は声を出して泣かなかった。
『最強を目指すならそれくらいの事で泣くんじゃない!』
厳しい練習で泣くとおじいちゃんは口癖のように私に言っていた。
おじいちゃんみたいになりたいと言ってから、私はおじいちゃんと厳しい練習に明け暮れていた。
おじいちゃんみたいになりたい、いや、絶対になる。
そう思っていたのに………
「待っててね、おじいちゃんがいなくても天国にも響くぐらい強くなるから………」
私は動かないおじいちゃんの前で宣言するように呟いた。
「夏穂ちゃん、一緒に鬼ごっこしよう」
「ダメ、鍛錬しなくちゃいけないから」
私は幼稚園に行ってる間も暇さえあれば鍛錬をしていた。
一分一秒無駄に出来ないと思っていたからだ。
ランニングに1人でひたすら技の練習。
先生から見ても変な子だったと思う。
だけど先生に注意されたり相手にされることがなかった。
なぜなら………
「先生、男を手に入れたいなら縞パンはやめた方が良いぜ」
私のクラスには私以上の変人がいたからだ………
「………エローシュ君だね」
「………エローシュね」
「………エローシュだね」
「伸也君だ………」
「凄かったわよ。担任の先生に合コンでうまくいくコツとかも教えてたから………」
合コンって………
「それに佐助も今みたいに喋らなかったけどエローシュと共にいつもとんでもない事してたし………カメラを隠し持つ様になったのもあの時だって聞いたわ」
「あの2人は………」
「幼稚園にカメラって良いのかな?」
「絶対にダメだよ真白ちゃん」
「まあそんなこんなで私の行動にかまっていられる程先生達は私の相手をしてる暇が無かったのよ」
そんなある日………
「はぁ!!」
私はまた技の練習、バカみたいにひたすら同じ形を練習する。
最初こそ、色んな目で見ていた周りの子も、誰も気にしなくなった。
「たあ!!」
相手を投げる動き。
相手はいないのでイメージで動く。相手のイメージも毎回変える。
「でやぁ!!」
「はぁ、たぁ、でやぁ!!ってゲームで戦闘するキャラの掛け声みたいだな」
「暗殺するなら声を出したらいけない」
「いや、しないだろ………」
後ろから2人で話している男の子の声が聞こえる。
「はぁ………」
最近いつも見に来ている。
彼らは一体何しに………
「いっそ、大声で叫ぶようにしたらどうだ。アタタタタタタタタタタイタ!!とか?」
「何かおかしい」
「いや、案外いけると思う」
私を題材にして好き勝手話してる二人。
集中出来ない………
「なあ千歳、一度やってみてくれない?アタタタタタタタタタタイタ!!って」
「私のやっているのは合気道だし、その掛け声痛って言ってるし、絶対に恥ずかしくてやりたくないし………集中力が途切れるからどっか行って」
「何だ、お前はそんなことで集中力が切れるのか?」
「案外大した事無い」
「!?いいわ、分かったわよ!!好きなだけ喋ってればいいじゃない!!」
「なあ佐助、昨日親父が新しいエロ本を買ってきたんだけど………」
「今日は直ぐに遊びに行く!」
「やっぱりどっか行って………」
その後もあの二人は毎回私の所へやってきては2人で勝手に話してどこかへ行く。
何でそんな事してるのかはその時は分からず、最初こそ邪魔だと思ってたけど………
「なあ佐助」
「どうした?」
「俺さ、言おうと思うんだ」
「何を?」
「告白」
「ぶっ!?」
ドサ!!
私は驚いて転んでしまった。
「何してんだ、千歳………」
「それはこっちのセリフよ。そういうのはこういう場所じゃなくて隠れて相談するものでしょ!?」
「別に俺達以外だれもいないじゃん」
そう言われるとそうだ。
ここにいるのは私含めて3人。
「だけど私がいる前でそんな話する事じゃないでしょ………」
「何だ?恋バナは苦手なのか?」
「べ、別に私は………」
「苦手なら聞き流せばいい」
「違う場所で話すと言う選択肢は無いの!?」
この二人が何を考えてるのか全く分からない。
だけど決して悪くないとそう感じている自分がいた。
そしていつしか………
「遅かったじゃない」
「伸也がおしっこ漏らした」
「漏らしてねぇよ!?」
私がひたすら鍛練をしながら時々話に加わる。
二人はとにかくずっと話していた。
時々私をいじってたりしたけど………
だけどいつしか私の中で一番楽しい時間となっていた………
「だけどね、その内おじいちゃんとの約束の事を思うとこれでいいのかって思うようになったんだ」
「えっ、でもそれって………」
「そう、あの二人から離れる事にしたのよ。もう一緒にいないでってね」
「………どう言うことだ?」
「おじいちゃんとの約束の為に私は最強にならなきゃいけないの。だから………」
「最強ねぇ………」
そう呟くとバカにするよな顔で見てくる伸也。
「何よ、悪い!?」
「結構大人びてると思ってたけど、案外ガキだったんだな………」
今度はクスクス笑い始める。
「笑うな!!何よ!何にも知らない癖に!!」
「そりゃあ知らないさ。何も話してくれないんだからな。まあおじいちゃんの約束って話を聞けばだいたい想像はつく」
私は伸也が神童と言われていた事は知っていた。
それにより孤立していたことも。
事実、私も最初は話したいとも思わなかった。天才のイメージは人を見下して、自意識過剰な部分があると当時の自分は思っていたのだと思う。
実際話してみると微塵も感じなかったのだけど………
「じいさんが何かの理由で合気道出来なくなって、その意思を受け継いでいるって所か?」
「おじいちゃんが死んじゃって、私はおじいちゃんのいる天国にまで届く最強の達人になるって誓ったの」
「そうか………」
「だから私は頑張らなくちゃいけないの。全てはおじいちゃんとの誓いの為に………」
「悪かったな、バカにしたように言って………」
「いいわよ、だけど分かったでしょ?だからもう私と………」
「だがやりすぎは返って駄目」
伸也と話していた私に佐助が口を挟んできた。
佐助は自分から話すことは少なく、結構珍しい。
「鍛錬はやりすぎても効果は無い。適度に休んで、時間をしっかり決めてやることがベスト」
「何よ、知ったかぶって」
「僕もしている事があるから分かる」
そう言った佐助の顔は凄く真面目で冗談で言っている様には見えなかった。
「………けれど普通じゃ駄目なのよ。私は少しでも早く強くならないと」
「結構頑固だな千歳」
「これは譲れないから………」
「………分かった。佐助、行こう」
「………分かった」
佐助に声をかけ、二人はこの場から離れていった………
「これでいいんだ………」
彼らが来なくなってからも私は鍛練を続けた。ひたすら何度も何度も。
家に帰っても時間があればやっていた。
だけど………
「うっ………」
無理が響いたのか、ある日腕がとても痛くなった。
ちゃんと自分でケアしていたけど、それでも痛みが引かない………
「でもやらなきゃ………」
私は痛みを耐えて頑張っていた。
だけどもう限界だった………
「はぁ、たぁ………くっ」
腕に痛みが走る。
「痛い………」
痛みで泣きそうになるけど、我慢する。
私は止まる訳には行かないんだ………
「ぐすっ、泣いちゃ駄目なんだ………頑張らないと………」
立ち上がり構える。
だけど痛みで腕が上がらない
「何でよ………お願いだから上がってよ!!」
叫ぶがそれでも変わらない。
「ったく、世話の焼ける………」
頭をかき、そう呟きながら伸也が物陰から現れた。
「佐助!」
「イタッ!?」
私の痛めている腕を掴み、佐助を呼んだ。
「分かってる」
一緒にいたのか物陰から直ぐに現れた。
佐助が取り出したのは湿布。
だけど市販されているものとは違うものだ。
「お父さん特製の湿布。凄くヒリヒリするけど凄く効く」
しかし、湿布を受け取った伸也は佐助が話し終わる前に、私の痛い箇所を見つけ、さっさと湿布を貼ってしまった。
「っ〜!?」
佐助の言った通り、凄くヒリヒリする。
だけど気持ちいい………
「さて、千歳」
「な………」
パン!!
何と言おうとする前に、私はいきなり伸也に頬を叩かれた。
「何するのよ!!」
「何するのよじゃねえ!!お前自分のしていた事が分かってるのか!?あんなに無茶をして………下手をしたら腕が使いものにならなかったかもしれないんだぞ!!」
「だ、大丈夫よ!!私はそんなにヤワじゃないわ!!」
「どの口が言うんだよ、涙目で痛みを堪えてたくせに………」
「な、泣いてなんか………」
「バカでアホで無謀なお前に一つ教えてやる。人はな成長するにあたって体も強くなっていく。その成長途中に体に負担をかけすぎると返って成長を妨げるんだよ。だからお前の無茶は逆に自分を弱くしてるんだよ!!」
「嘘だ!!そんな事無い!!」
「お前は俺が何て言われてるか分かるよな?」
「神童………」
「ハッキリ言ってお前以上に頭は良いし、沢山の事を知っている。それじゃあ信じられないか?」
「で、でも………」
「なら聞くが、無理をしてきてお前の実力は向上したか?」
………してない。
おじいちゃんと稽古をしていた時の方が強かったかもしれない。
そんな事ありえないと心の奥底で否定していたから今まで考えなかったけど………
そんな………私のやっていた事は無駄だったの?
私はその場で崩れ落ちた。
「ごめんおじいちゃん、私………私………」
私の頬に涙が流れる。
この時初めておじいちゃんが死んでから涙を流した。
それほど悔しかった………
「だからバカなんだよお前は………」
そんな私にしゃがんだ伸也がハンカチを渡してきた。
「やって来た事に無駄な事なんかあるかよ。お前のしてきた努力はこの先様々な事に役立つだろうし、こんな簡単に成長は止まったりしないよ。それにやり過ぎが良くないだけで、別に鍛錬することに反対はしない。ちゃんと休憩を入れて、やりすぎなければ強くなれるさ。だからそんなに焦るな。人生まだまだ先は長いんだぜ。それにな………」
私の腕を掴み、私を立たせて、
「そんな風に頑張ってもちっとも楽しく無いだろ?」
そう言って二カッと笑った。
その時、私の心の中がスカっとした。
私は最強を目指していた。
おじいちゃんの為………私が最強になればまたおじいちゃんに会えるかもしれないと思っていた。
その為にもってがむしゃらに頑張って、無理をして………
別に私はおじいちゃんの為に合気道を始めた訳じゃない。
おじいちゃんの綺麗な動きに憧れて合気道を始めたんだ。
最強を目指して訳じゃない………
「そうだね………私はね、本当はおじいちゃんの綺麗な動きを見て憧れて合気道を始めたんだ。稽古は厳しかったけど、うまく技が決まった時はとても嬉しかったし気持ち良かった。なによりおじいちゃんに褒められた事が一番嬉しかった」
「そうか………」
「だから私は最強になればおじいちゃんが会いに来てくれると思ってたんだ。そんな事ありえないのに………」
2人は黙って聞いてくれている。
「ありがとう伸也君、佐助君。私、気づけて良かった」
「別に構わない………」
「気にしちゃいねえよ。それと君はいらない。俺も佐助も呼び捨てでいいよ」
「うん、私は夏穂。これからもよろしくね」
「それから私はいつもあの2人と一緒にいたわ。あの2人はすぐに暴走するから抑えるのが大変だったけど、1人でいた時よりも凄く楽しかったわ」
「夏穂ちゃんは今でも鍛錬を?」
「それはやっているわよ。私が目指しているのはおじいちゃんみたいな綺麗な技だから」
「そうなんだ………出来るようになるといいね」
「………ありがとうキャロ」
そんな時、階段を降りる音が聞こえてきた。
「あら終わったの?」
「母さん、また俺の大事なお宝が消えたよ………俺泣いていいかな?」
「いいわよ。だけど泣いたからって何も変わらないけどね」
「理不尽………」
「そんな事よりお菓子早く食べないと無くなっちゃうわよ」
「「なっ!?」」
そうお母さんが言うと2人は凄いスピードでこっちにやってきました。
「お菓子ー!!あ、チョコパイ!!」
エローシュ君が手を伸ばしますが、その横から手が伸び、エローシュ君の手を払い、チョコパイを取りました。
「ありがとうエローシュ」
「ルーちゃん!?お願い私めにお慈悲を………」
「美味しい」
「せめて返事をしてからにしてくれー!!」
騒ぐエローシュ君に笑うみんな。
そんなこんなでその後も楽しく過ごしました。
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