遊戯王BV~摩天楼の四方山話~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
エンディング
前書き
今度こそ、これでおしまいです。
「そうそう、少し言っておきたいことがあって。僕、ここをそろそろ出ようと思うんだ」
それは、海上プラント戦での打ち上げパーティーから数日後。鼓や笹竜胆もそれぞれの場所へと帰っていき、家紋町にまた束の間の平和が戻ったある日のことだった。輝いていた日も徐々に傾き始め、ゆっくりと西日がオレンジ色の光を差し込んでくる時間。どこかまったりした空気の中で、いきなりとんだ爆弾を放り込んできた少年がいた。遊野清明、その人である。
「は?」
糸巻の言葉は、その場にいる全員の心境を極めて簡潔に言い表していた。小心者ならばそれだけで怖気づきそうなそれを受けて、しかし少年は慌てる様子もなくひどく大人びたしぐさで小さく肩をすくめ、なんてことないように言葉を続ける。
「少しばかり急な話だけど、次元の揺らぎがこの近くに発生しそうでね。この機を逃すと、次に他の世界まで飛べるのはいつになるか見当もつかないのよね……あーわかったわかった、わかったからそんな目で見るのやめてって。要するに、旅に出る時期なのよ」
「清明さん、いなくなっちゃうんですか……!?」
まるで要領を得ない説明に、真っ先に反応したのはこの日も当然の権利のごとく学校帰りにデュエルポリスのオフィスまで遊びに来ていた八卦である。もっとも彼女のこの反応の早さは、どちらかといえばその隣に今日もついてきていた親友のため、という方が強い。現にその視線は清明本人よりも、むしろその横で顔面を蒼白にしつつこの世の終わりを見たかのような表情で立ちすくむ親友の方に多く向けられている。
「……え……?」
絞り出すようにそれだけ口にした文学少女にあわあわと処置に困りながら、とにかくの助けを求め彼女が最も信頼するお姉様、つまり糸巻に視線で助けを求める。
もっとも、この場合他に選択肢がないというのもあるが。本来ここにいるはずのもう1人のデュエルポリス、鳥居浄瑠は現在外出中である。
それはさておき、そのままたっぷり数秒後。欠片も逸らされない純粋な、そして切実な視線に耐えきれなくなった糸巻が頭を掻きつつ観念して立ち上がった。
「なあ清明さんよ、そこでフリーズしてる子のためにも、もうちょっと何か言うことはないのか?」
「そうは言ってもねえ。元々ここにだって、最後の挨拶だけしに来たつもりだったし。後で八卦ちゃんの店に寄れば竹丸ちゃんにも会えると思ってたから、むしろここで会えてラッキーだったな……と……」
後半になればなるほど声が小さくしどろもどろになっていくのは、女性陣から容赦なく浴びせかけられる氷点下の目線にようやく気が付き始めたからだ。ちなみにその裏では頼みのブレイン、地縛神 Chacu Challhuaにテレパシーで助けを求め、説明下手なのが悪いとばっさり切り捨てられたりもしているのだが、無論精霊の認識能力を持たないこの場の3人にそこまでは知る由もない。
もっとも、彼とて決してその場の思い付きや風向きからこんなことを言い出したわけではない。元居た世界を離れこの地に降り立ったのはほんの偶然だが、そこからかれこれ半年近く。長く住み着いたことで、それなりに愛着もある。
それでも、当てのない旅に出ようと決心するだけの理由が彼にもあった。ため息ひとつして近くの来客用ソファーに身を投げ出し、普段はめったに見せることのない真面目な表情でその場にいる3人の顔を眺めまわすと、明らかに場の空気が変わったことを文学少女も敏感に感じ取り、ようやくショックから多少立ち直った。
「まずおかしいなと思ったのが、この子のこと」
すっと持ち上げた指2本の間には、いつの間にやらデッキから抜き取られた儚無みずきのカード。言わずと知れた、そもそも彼がデュエルポリスと接触するに至ったある意味はじまりの事件。精霊のカード騒動の中心となった1枚である。
「そもそも精霊のカードがあっちこっちにいること自体がおかしいのよ、本来。もともと僕がいたところは、この辺よりもカードの力が強くてね。封印されて鍵までつけられた強大なカードが学校のすぐそば、というか同じ島の中にあったり、なんか賢い人が頑張れば人工的に次元を越えてカードの精霊世界に行けたりとか、まあそういうところだったんだけど」
「内容以前にアンタのその説明がすでに頭悪そうなんだが」
「精霊が多かったところから来たの。これでいい?で、カードの精霊ってのは呼び水みたいなものでね。なんか1人出ると、それに触発されるのかそのカードを起点に精霊世界との繋がりが生まれるからか、割とそのあともあちこちで生まれやすくなるのよ」
混ぜっ返しにもいつもの何も考えていないような能天気な反応では返さず、変わらぬ真面目な調子を保ったままに。本人なりに、この問題については長いこと考えていたことが垣間見えた。
「たぶんこの子は……いや、下手するとなんかすごい『BV』だっけ?これはあんまし言いたくなかったんだけど、あれだってどうも精霊持ちの僕がこの世界に来たから生まれたような気配がするのよね」
「……あー?ちょっと待て、どういう意味だそれ」
すっと、糸巻の目が細まる。先ほどのおふざけ交じりなそれではなく、本気の『赤髪の夜叉』の向ける視線に、部屋の気温さえも数度ほど下がったような錯覚がした。もっとも、彼女にしてみれば当然だろう。永遠のライバルたる巴とともに突如として彼女の前に現れ、その理不尽さをもって散々な目に合わせてきた異常出力のイレギュラー。その生まれた要因が、これまで彼女に協力してきたこの異邦人にあるという。
……冗談にしては、あまりに笑えない。しかしその視線を、清明は真正面から受け止めた。
「僕もあのプラントであの人と1回デュエルしただけだけど、あれはなんか……『こっち側』の代物っぽい気がする。エネルギーが強すぎて妨害電波が効かないんじゃなくて、闇のデュエル発生装置だよあれは。そもそも原理が別物だから、最初から効くわけないっていうか」
「それが本当だとして、じゃあアタシらはどうしろってんだ?」
「だから言ってるのよ、僕がここを出るって。多分、そうすればそのうちあのデュエルディスクからもオカルトパワーは抜けてくと思うし。これ以上変なアイテムやいわくつきのカードが生まれると、どこで何が起きるやら」
その言葉に嘘はなく、彼が本気でこの世界のことを案じているのがわかる。そして糸巻は、まさにその世界を守るためのデュエルポリスだった。ゆっくりと息を吐き、後ろで息を殺し自分たちのやり取りを見守っていた少女2人と目の前の少年の顔を見比べ……もう一度、大きくため息をついた。
「ったく、やだねえ年上ってのは。こういう面倒なことを言わなきゃならないのは、いつだってアタシの役目かよ。わかった、まあ元気でな」
「そんな……な、なら!私も、連れて行ってください!」
飛び掛からんばかりにしていつもの奥手さからは想像もつかないような粘りを見せる親友に、目を丸くする八卦。しかし、恋する少女にはそれを気にする余裕もない。
そして、当の清明本人は。激情に駆られた少女の本気にほんの一瞬だけ後ろ髪引かれるように目を閉じて、しかしすぐに真っすぐな視線を合わせる。
「それは、無理。ごめんね、竹丸ちゃんは悪くないんだけど」
光の加減か、それともこれも年の功か。糸巻の目にはまず一言でばっさりと拒否したのち、ほんのわずかに清明の表情が歪んだようにも見えた。これまで自分から開示することなく、彼女自身もわざわざ問い詰めてこなかった少年の過去が垣間見えたことにわずかに意地の悪い好奇心が刺激され、あえて助け舟は出さず腕を組んだままに耳を澄ます。
「…………僕は昔っから、大事な人を目の前で亡くすことが多くてね。生後3か月目には実の母親、それからしばらく経って高校の時には、もう数えるのも思い出すのも嫌なほどに。ごめんね、わかってるんだ、そんなの偶然だって。でも皆、僕を生き残らせるために命を捨てて何かを託していって」
もう散々に泣いたのだろう、その両目からは涙が流れこそしなかったものの、どれだけ平静を装っていてもわずかな声の震えを糸巻は聞き逃しはしなかった。そしてそれは、彼女よりずっと人生経験の浅い少女たちにも伝わったようだ。
「だから、ごめん。そのお願いは、ちょっと聞けないかな。親御さんや八卦ちゃんが心配するとか、本当はそういうことを言うべきなんだろうけど……正直に言うと僕には、それが何より怖い。どんなところに出るのかも、何が起きるのかもまるで予想がつかないから。また目の前で誰かが僕を生き残らせようとするのが、それで会えなくなるのが」
「清明、さん」
「あんなの僕は、もう怖い……」
感情を吐き出すような、震える弱音。それは、この世界で彼女たちが見てきていた姿からは想像もできないようなものだった。
そしてそんな姿と隠れていた本音を前に、恋する少女は。急に見た目の年齢、自分たちと大差ない程度にまで小さく見えるようになった背中に手を伸ばそうとして……しかしその手が触れる前に、また彼の背筋は伸びた。口元にはいつも通りの温和な微笑みを浮かべ、もう声も震えてはいない。
「とまあ、こういうわけでね。まあ、もう一生会えないわけじゃない……と思うよ、うん。何かの拍子で縁があったら、その時はまた遊びに来るよ」
そう告げる彼の様子からは、もう弱さはまるで感じられない。もしも少女の伸ばした手が彼が本心を取り繕うより先に届いていれば、何かは変わったのだろうか?
しかし、それはもはやあり得ない仮定の話に過ぎない。唯一にして最後の機会は、もはや永遠に失われた。それを聡い少女は、感じ取った。理解してしまった。
「なら……」
視界が潤む。両目に力を込めて、必死にそれが溢れ出るのを堪える。彼の顔を、最後まではっきりと見つめるために。最後の頼みを、自分の言葉で届けるために。
「なら、清明さん。せめて私と、最後にデュエルしてくれますか。全力で、私と戦ってくれますか」
「竹丸さん!?」
この言葉は予想外だったのか、親友の名を驚きとともに呼ぶ八卦。その驚きは、半分は喜びの声でもあった。彼女はまだ、自分と同じくデュエルモンスターズに魅せられていることがその一言だけで理解できたからだ。出会いからして楽しいことなど何一つなかったであろうに、まだカードのことを考えるほどに。その気持ちがよくわかるからこそ、喜びもまたひとしおで。パッと表情を明るくし、誘われた清明の方へと目を向ける。
そして彼もまた、思いは同じだった。ほんのわずかに目を丸くしたのちにふっと笑い、左腕の腕輪が展開する。デッキの中に先ほど抜き出していた儚無みずきのカードを滑り込ませると、展開されたデュエルディスクの骨組みに水の膜が張る。ひらりと軽やかに立ち上がってオフィスの端まで距離をとり、自然体に構える。
「いいよ、本気でやろうじゃないの。うんと楽しく、とびっきりのをね。さあ、デュエルと洒落込もうか!」
「……はいっ!よろしく、よろしくお願いします!」
「へー、そんなことがあったんすか。それで、どうなったんです?」
そして日は沈み、時刻はすっかり夜。子供たちは家へと帰り、いまだオフィスにいるのは相も変わらずため込んだ残業と格闘する糸巻と、それに付き合わされる鳥居の2人。コンビニで買ってきた夕飯を袋から取り出しながら、つい先ほどまでこの場所で起きていた顛末に耳を傾けていた鳥居が問う。
「ああ、大したもんだったぜ。遊野の奴はもちろんだが、やっぱ竹丸ちゃんの才能はとてつもないな。トラウマにでもなってないかと思ってちょっと心配だったが、結果的にはヒリヒリした実践に放り込まれたのも良かったらしい。前に見た……っつってもアンタは見てないのか、まあとにかくその時よりカードの使い方も引きのキレも上がっててな。ありゃ八卦ちゃんどころか、アタシやアンタもうかうかしてたら危ないぞ?」
「へえ。それで……」
どちらが勝ったんです、と喉元まで出てきた質問を、すんでのところで飲み込んだ。どうせこの上司は答えないだろう、というのもあるが、それ以上に彼自身がそれは重要なところではない、と感じたからだ。代わりに、もうひとつ別に気になったことを聞いてみる。
「あいつ、もう行っちゃったんです?」
「ああ、らしいぜ。突然ふらっと来て突然いなくなるんだもんな、なんか夢でも見てた気分だ」
「そこは同感っすね。あー、だからか」
「あん?」
上司のなにかあるならさっさと話せ勿体ぶるなと言わんばかりの視線に肩をすくめ、おにぎりの包装を破りつつさっさと口を開く。別にこんなこと、わざわざ溜めるような話でもない。
「いえね糸巻さん、俺さっき……多分そのデュエルが終わってお開きになった時っすね、写真屋から出てきたところでちょうどあいつと会ったんすよ。なんか妙に話しかけてくるなーとは思ったんすけど、あれ別れの挨拶のつもりだったんすね。おかげで、ちょうどこれも渡せたんですけど。あ、こっちは糸巻さんの分です」
「お、現像終わったのか。悪いな……明日来たら、八卦ちゃんと竹丸ちゃんにも渡してやらなきゃな。鼓と笹竜胆にも、ちと面倒だけど送ってやるか。着払いでな」
鳥居の差し出したそれを受け取り、指の間に挟んでしげしげと眺める。今頃は清明も、どこともつかない空の下でこれと同じものを眺めたりしているのだろうか。先日のパーティー終了時、全員で並んで撮った集合写真の笑顔を見つめながら、ふとそんなことを考えた。
後書き
「遊野清明の物語」がもし気になった方は、ぜひ前作にて。あちらもよろしくお願いいただけると作者冥利に尽きます。
あ、まだ完結にはしません。前作でもやった最後に設定や章ごとの振り返りを大放出する後語りコーナー、あれも書きますので。
今度こそこれでおしまいとは一体…?
それでは、このエンディングまでを読み終わった皆様。糸巻大夫と鳥居浄瑠、そしてその他たくさんのキャラクターのいるこの世界の物語にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
今はただただ、感謝の言葉をもって。
ページ上へ戻る