遊戯王BV~摩天楼の四方山話~
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エピローグ
前書き
前回のあらすじ:長い長い(リアルタイム換算)海上プラントでの戦いもついに完結。
「えー、それじゃあ、この度の大勝利を祝しまして、だ。せーの」
「「「かんぱーい!」」」
糸巻が音頭を取り、それに合わせてその場にいる面々が一斉にグラスを上げる。酒類がどのグラスにも注がれていないのは、時間帯と参加メンバーを考慮してのことだ。
土曜日の昼間少し過ぎ、まだ日も高い午後3時。普段は清明が居候しているケーキ屋は事実上の貸し切り状態となり、彼女たちだけの祝勝会が始まった。糸巻、鳥居、八卦、竹丸、鼓、笹竜胆、そして遊野。好むと好まざるとにかかわらず、この度の長い戦いにデュエルポリス側として首を突っ込んだ人間がそこには勢揃いしている。無論、蓋を開けてみれば極めて複雑怪奇な勢力図によるものだったこの海上プラント戦で、最終的な勝者となった一部勢力の人間に限定されるのだが。
「すみませんでしたお姉様、私、あの時負けちゃって……」
乾杯も早々に空のグラスを片手にとことことやって来て、糸巻の顔を大きく潤んだ目でおずおずと見上げる八卦。よくよく見ればかすかに赤みがさしたその頬を見た瞬間、かつてないほどに早く今回の宴席をセッティングした男、遊野清明に殺気を込めた視線だけで問いかける。
「(オイ、本当にちゃんとジュース入れたんだよな?アルコール入りなんてこんな子供に注いでたらこの場で病院送りにするからな?)」
「(待って待って待って!僕何もしてない!ちゃんとスーパーで買ってきたオレンジジュースだし!)」
首と手を全力で横に振る少年の態度に疑心がほんのわずかに揺らぎ、改めて目の前の少女を見下ろす糸巻。
即座に後悔した。ばっちりと目が合ったのだ。それも、まんまるに開いた両目を決壊寸前にまで潤ませた捨てられた子犬のような目と。
「でもお姉様ー、私が不甲斐ないせいで……ふえぇぇぇん!」
「わかった、わかったから泣きながら抱き着くなって八卦ちゃん!ああもう、べっとべとになっちゃって……おいコラ清明。今殴りに行くからそこで正座しとけ」
「ノー!僕無実!」
もはや完全に出来上がった酔っぱらいオーラを隠そうともせずにべたべたと引っ付きに来る少女のいつもより数割増しで高い体温を引きはがしながら、据わった目でじろりと睨みつける……そんな3人をずっと横から騒がしいものだ、と呆れ半分面白半分に、さりげなく巻き込まれない程度の距離を保ちつつ眺めていた鼓が、ふと何か言いたげなもうひとりの少女に気が付いた。
「あ、あの、えっと……」
「どうした?私でよければ、言ってみてほしい」
「ひいっ!?……あ、鼓さん……」
おずおずと話しかけようとしては、糸巻の気迫に気圧されてうまく声が出ない竹丸。その小さな背中がビクリと跳ね、こっちもこっちで今にも泣き出しそうないっぱいいっぱいの少女が振り返った。
「安心しろ、これでも奴とは古い仲だ。今無理に話しかけるとほぼ確実に返事の代わりに拳が飛んでくるだろうが、奴がまず人体のどこを狙ってくるか私は理解している。問題なく躱せるとも」
「……突っ込むのも野暮じゃが、そっちなのかえ?そちなら話を聞いてくれる、とかではなく?」
もぐもぐとドーナツを頬張りながら冷めた目とともに飛んできた笹竜胆の一言は黙殺し、それで、と少女の先を促す。おずおずと話し始めたその手には、何やら紙箱が握られていた。
「じ、実は八卦ちゃん、このチョコレートを食べてから調子がおかしくなって、それであんな風に……」
「どれどれ?む」
横文字の並ぶ、チョコレートの写真がプリントされたそれを何気なく受け取った鼓が、くぐもった声を漏らすなりぴたりと押し黙った。たっぷり10秒ほどその状態のまま、すらりと伸びた長身に端正な表情も相まって女神像か何かのように動かなくなる。
「あ、あの……?」
「ふむ、何事か気が付いたようじゃの。ま、放っておくがよい。こやつも悪い御仁ではないのだがのう、どうもあの妖怪生意気乳女が絡むと昔から隙が多くて困る。ところでお主、そこのちょこれいとの入った『まふぃん』をひとつ、取ってくれぬかの?。ついでに、もうちいとばかりわらわのそばに寄ってまいれ。その位置は少し、あの妖怪乳女どもに近すぎて危ないからの」
「は、はい。どうぞ……?」
言われたとおりにマフィンを手に近寄ると、その雅な雰囲気はそのままにバリバリの洋菓子を受け取る年齢不詳の美女。両手に持つ物がマフィンとオレンジジュース入りのコップでなければ、さぞかし絵になる光景だったろう。
「うむ、すまぬのう。ほれ、そろそろ面白くなりそうじゃぞ」
「つーづみー?お前今の言葉もいっぺん言ってみろオラ」
言い切るのとほぼ同時に、糸巻の割とキレ気味な声が妙に大きく店内に響く。
ほらの、と愉快そうに目を細めつつどこからともなく取り出した扇子を半開きにして口元に添え上品に笑みを隠す笹竜胆とは対照的にわけもわからずおろおろするばかりの竹丸だったが、すぐにその疑問は解消された。つい先日もニュースで見るのとまったく同じ理知的でぶっきらぼうな口調で、当の鼓が形だけごくごく軽く頭を下げつつ平然と丁寧に説明してのけたからだ。
「む、もう一度か?仕方ないな、すまん糸巻。その子が食べたウイスキーボンボン、それ私が税関で適当に見繕って買ってきた土産だ。一番安かった奴だがな」
「……アタシ言ったよな?子供がいるんだから酒は無しだぞって」
「安いだけあって期限が切れかけていてな。私1人では喰い切れないところだったからな。かなり度数がきつい奴だとは聞いていたが、まさかここまでとはな」
「ほーねえしゃまー、わたひのほうをむいてくらさいよー」
「あのなぁ!?あーわかったわかった、わかったから八卦ちゃん、ちょっと待ってくれ……!」
今一ついつもの威勢がないのは、とろんとした目と真っ赤な顔で隙あらば密着しにかかる少女をどうにか押しとどめながらだろう。しかし、酒の力にもいつかは終わりが来る。騒ぐだけ騒いでついに限界が来たのか抱き着こうとする格好のままずるずると倒れ込みながら、消え入りそうな声で最後の言葉をつぶやいた。
「らってわたひには、もうおじいちゃんがいなくなっちゃったんですもん……」
「っ!」
言葉を失い、固まる糸巻。
彼女とて、わかってはいたのだ。あの老人、狂った哀れな七宝寺に引導を渡すということが、少女にとってどんな意味を持つのかということは。それでも、彼女たちはやらなければならなかった。それだけのことだ……などと、割り切れたら楽なのだが。
彼はこれから、国家権力の元でその罪を償うことになるのだろう。すべては彼自身の自業自得とはいえ突然に肉親を奪われ、それでも少女は今日まで気丈にふるまっていた。糸巻や鳥居へも恨み言ひとつ口にせず、これまで同様の態度で毎日のように顔を見せていた。しかし、八卦九々乃はまだ多感な中学生の少女だ。ここ13年間で必要以上の辛酸をなめつくし回想の全てがセピア色に染まった糸巻たち旧世代のデュエリストとは違い、人生が希望に満ちているべき子供。
堪えていない、訳がない。力尽きた少女がすやすやと寝息を立て始めても、しばらく彼女はその場を動けなかった。これ以上何かが壊れてしまうのを、怖がっているかのように。
「「「……」」」
そしてそれは竹丸も、鼓も、笹竜胆も同じだった。そもそも、彼女たちがカードショップ『七宝』での戦いに勝利していれば……無論それは、無意味な仮定だ。そもそも最前線の現役デュエルポリスが2人がかりでようやく辛勝できたような化け物相手に現職フランス支部長の『錬金武者』はともかく、現役を退いて久しい『十六夜の決闘龍会』ではさすがに荷が重いだろう。事実、彼女たちはあの時あの場所で老人に負けたのだ。それでも、そう割り切れるほど彼女たちの心は強くはない。割り切って目を背けるほど、弱くはないのと同じように。
全員が全員後ろめたそうに目を伏せ、なんとはなしの沈黙と微妙な空気が立ち込める。そんな空気をぶち壊したのは、日頃から糸巻との付き合い方を心得ているがゆえに彼女が荒れだしたとみるや光の速さでその場を離れトイレを口実に店の奥まで緊急避難を決めていた鳥居の足音だった。
「い、いと、糸巻さん!ちょっとこっちでもテレビつけてください!ニュース、今ヤバいことになってるんすよ」
「あー?ちょっと悪いな八卦ちゃん、ゆっくり寝ててくれ……んで、ニュースがどうしたって?」
「はいはい、ちょっと待ってねリモコンは……っと」
居候だけあって慣れた手つきで店内のテレビの電源を入れた清明の後ろから、なんだなんだと内心話が逸れたことにほっとしながら全員で画面を覗き込む。だが次の瞬間、そんな弛緩した空気は吹き飛んだ。
『えー、こちらは事件現場、数日前に逮捕された凶悪犯罪者……デュエルモンスターズを介したテロ行為における重要参考人である七宝寺守氏、及び巴光太郎氏の護送車で発生した爆発事件の付近まで来ております!この両名はかつてプロデュエリストとしても活動しており、キャッ!?』
黒煙を上げる力尽きた護送車を遠巻きに、画面越しにでも伝わってくる現地の混乱。そして唐突に吹いた台風もかくやというような豪風を浴び、手にしたマイクに必死に叫ぶレポーターの短い悲鳴。
「糸巻さん!なんでこんな大事な時に有休なんてとってんすか!?俺も糸巻さんが取れっていうからこっち来たんすよ!?」
「アタシじゃねえよ、ありゃ警察のお偉いさんからの意向だ。デュエルポリスにこれ以上手柄を渡したくないから、護送は警察の連中だけでやりたかったんだとよ。あとさんざ好き放題やりやがった奴が何言ってやがる」
「……残念ながら、その通りだ。一応護送にデュエルポリスがいない、なんて情報は漏れないように日本警察にも上から話は通しておいたんだが、まあ無駄だったな」
いっぺんに仕事の顔つきになった鳥居と糸巻の会話に、仏頂面の鼓が補足する。お互いに今回の決定について面白くは思っていなかったが、デュエルポリスに表立って国家権力に異を唱えるような権力はない。
結局、どこまで行ってもこの世界におけるデュエリストは虐げられる側なのだ。武力担当として非常時には泣きつかれ、脅され、最前線で戦えど、ことが終わればそれでおしまい。手柄はすべて取り上げられ、またひとつデュエリストの評判が落ちたという事実だけが後には残る。
「み、皆さん、その……」
その場の空気に何か言いたげな竹丸に気づき、糸巻はくたびれた笑顔を向けた。
「あー、まあいつものことさ。13年間変わりゃしない、な」
「そういう仕事だ。だが、私はこれが必要な仕事だと思うよ」
「糸巻さん、鼓さん……」
「なんじゃ、すっかり物わかりのいいセリフを吐くようになって。それともそれは、あの時デュエルポリスになることを拒んだわらわへのあてつけかの?」
言葉とは裏腹に面白がるように扇子で口元を覆い笑う笹竜胆に、2人のデュエルポリスが応えたのは全くの同時だった。
「「いや、アンタ(お前)の方がアタシ(私)よりずっとまともな感性だった、って話さ」」
ここまで地に堕ちたデュエルモンスターズにしがみついている時点で結局はみな同じようなものだ、そう皮肉気に彼女たちは笑う。
守るべき世界からの迫害に耐え、常に後手での火消しに回る自分たちデュエルポリスも。散発的に暴れつつ、同時にその世界から飯の種を拾う巴らテロリストも。裏の世界にしがみついてまで、いまだ見世物としてのデュエルにこだわり続けるロベルトら裏稼業としてのデュエリストも。そしてこのご時世にデュエルモンスターズに手を染めた八卦や竹丸だって、結局はどこか頭のねじが抜け落ちているとしか思えないのだから。
「それでも、今回やったことは無駄じゃなかったでしょ?あのプラントは潰したし、裏デュエルコロシアム?だっけ?も、胴元がいなくなったならそれなりの打撃にはなるでしょ?そんな難しい話はおしまいにしようよ」
「いなくなったったって、巴のアホ狐も七宝時の爺さんも逃げ出したんだからこれでまた振り出しだろ?」
『あっ!現場から速報です!護送車の中に、まだ人が残っていました!』
まるで糸巻の反論に異を唱えるかのようなタイミングで、画面の中のレポーターが叫ぶ。嫌でも全員の視線が引き込まれた先で、恐る恐るマイク片手に近寄ったレポーターと付き添いのカメラがその残った人とやらを映し出す。
『おや、ブン屋かね?それも、生放送、か。ひひっ、ならちょっとそのマイク借りるよ。なあに、今話題の凶悪犯からの生放送さ。どこの局かは知らないが、箔がつくってもんだろう?……さて糸巻の、それに九々乃。聞いているかい、聞こえているかい?七宝寺だよ』
「おじいちゃん!」
寝息を立てていた状態からいきなりはね起きた少女が、テレビの中央に映る老人に駆け寄る。まさかその声が届いたはずもないが、合わせたかのようなタイミングでレポーターから奪ったマイク片手に老人がカメラをまっすぐにのぞき込んだ。
『初めにひとつ言っておくと、私は自分が間違っていたとは思わないよ。ただ、それでも敗北した。それが、カードの出した答えさ』
しんと黙りこくった店内に、老人の声が画面越しに響く。糸巻でさえ、いつになく神妙な表情でそのひとことひとことを、かつて伝説と呼ばれた男の最後の言葉を噛みしめるように聞き入っていた。
『実を言うとね、さっきここを出て行った巴のには私も誘われたんだ。私に対しては色々と思うところもあるが、それでも昔は世話になった身だからってね。でも、見ての通り私はここに残った。私のカードは私にすべてを諦めろと伝えたかったのか、それとも今はまだその時じゃないと教えたかったのか。少し、ゆっくりと考える時間が欲しかったからね』
「爺さん……」
『九々乃。自分の姪1人大事にできなかったおじいちゃんが何を言おうと九々乃の心には響かないかもしれないが、それでもこれだけは覚えておいておくれ。カードは、決して裏切らない。これから九々乃がどんな道に進むかを私が見ることはできないけれど、少なくとも九々乃がデュエルモンスターズを愛した心は本物だった。そのことを忘れなければ、いつだってカードは味方だよ……デュエリスト、八卦九々乃』
「おじい、ちゃん」
静かに涙を流し声を詰まらせながら、テレビの前にへたり込む少女。そして画面の中の老人が、言いたいことは言い切ったとばかりに手持ちぶさたになっていたレポーターにマイクを差し出した。
『そら、返すよ。そうそう、ついでに私の護送はいつ再開するのかも警察に問いただしてきてくれないかね、ひひっ。この壊れた護送車だと、空調も効かなくてね』
『え?えっと、はい……あっ!い、以上現場からお送りしました!』
慌てたようにそう締めると、画像が今までこの中継を見ていたのであろうスタジオに移り変わる。こんなものを生放送で流されて、今頃局内はてんやわんやだろう。しかしそれをどう収集つけるのかこのまま見ていたいなどとは誰も言わず、むしろ逆に最初と同じく清明が無言でテレビの電源を落とした。
そして再びしんとなった店内で、がっくりと膝をついていた少女がゆっくりと立ち上がる。気丈に袖で涙をぬぐい、赤く潤んだ瞳で笑顔を浮かべてみせる。
「あの、お姉様!」
「……おう」
「私、これからもデュエルモンスターズ、続けます!ずっとずっとクノスぺ達とデュエルして、もっともっと強くなってみせますから!」
真っすぐに目を見てそう言い切られた糸巻はここでどう返すべきかとほんの少し迷ったが、すぐにそんなこと考えるまでもないかと気持ちを切り替える。幼い少女は少女なりに老人からの別れの言葉を受け止め、そのうえで結論を出したのだ。そこに口を挟む権利は彼女にも、無論ほかの誰にもない。
だから彼女はあえて笑う。明るくふてぶてしく、かつて数多のファンを魅了してきた『赤髪の夜叉』の表情で。
「……そうか。なら、やってみな?もっとも、アタシはまだまだ八卦ちゃんには負けないけどな」
後書き
正直ここで締めたいのはやまやまですが、このまま終わらせちゃうと後々支障が出るようなイベントが消化しきれてないのでやむなくもうひとつだけ短いおまけみたいなのを挟みます。先に言っておきますがデュエルはないです。
なんかその場の流れできれいに締めちゃったら、このエピローグ内に挟める箇所が見つからなかった……。
とまあなんとも締まらない話ではありますが、糸巻太夫と鳥居浄瑠の物語はこれでひとつの区切りです。
ここまでお付き合い、そして更新をお待ちいただいた皆様、本当にありがとうございました。
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