俺様勇者と武闘家日記
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第2部
テドン
新たなる旅路
「よくぞ戻った!! 勇者よ!! まさか本当に黒胡椒を持ち帰ってくるとは、さすがはあの偉大なる英雄オルテガの血を引く息子であるな!!」
黒胡椒を持ち帰り、早速ポルトガのお城にやってきた私たちは、すっかり体調が良くなったであろう王様からの手厚い歓迎を受けていた。
タニアさんから預かった書類を渡し、黒胡椒を王様に渡すユウリ。そのときの王様の顔が、これ以上ないほど顔が綻んでいたのを、私は見逃さなかった。
「では、約束通り、そなたたちに無期限の船の使用許可を授けよう! 我が国が誇る世界で最も早く美しい船だ。思う存分使ってくれ」
「はっ。陛下のお心遣いに感謝致します」
玉座の前で、深々と一礼するユウリ。その横で私も彼に倣ってお辞儀をする。
「今は定期船も停止しているため、その中の一隻を勇者殿に使っていただくつもりだ。詳しいことは、波止場にいる船長に聞いてくれ」
玉座の横に立っている大臣が、船についての簡単な説明をしてくれた。船はお城の向かいにある定期船乗り場の方に停泊しているそうだ。
「では、改めて礼を言う。そなたたちの旅に幸あらんことを願っておる。では、行くがよい!」
王様がそう高らかに声を上げると、部屋の隅にいた兵士が素早い動きでやってきて、私たちを扉の方へと促した。どうやら退出を勧めているらしい。
特にとどまる理由もないので、私たちは素直に従うことにした。
「目的のものが手に入ったから、俺たちはお払い箱ってことか」
城門の前で不服そうに独り言ちるユウリ。
きっと私たちが帰ったら、早速黒胡椒料理を作らせるんだろうな、と思いながら、私たちはお城をあとにした。
お城の向かいにある定期船乗り場を眺めると、未だ出航の目処がたたない数隻の船が停泊している。その中の一隻が私たちの船らしい。
定期船というだけあって、ここから見るだけでもなかなかの大きさである。期待に胸を膨らませながら乗船口に向かうと、すでに話をつけてあるのか、係員の人が私たちを見た途端、「お待ちしておりました」と中へ案内してくれた。
逸る気持ちを抑えながら、係員のあとをついていく。波止場まで進むと、船員らしき人たちと、彼らの中央に立っている年嵩の男性が私たちを出迎えてくれた。
「はじめまして、私が船長のヒックスです。勇者様のお役に立つため、全力で皆さんの旅路を支援します。短い間ですが、よろしくお願いします」
一歩前に出て丁寧な挨拶をしてくれた船長のヒックスさんは、五十代くらいだろうか。浅黒い肌に、白髪の入り混じった短い黒髪。口髭をたくわえ、黒ぶちの立派なメガネをかけている。それに、腕や足には無数の古傷が残っており、幾重もの船旅を経験してきたであろう貫禄が滲み出ている。
「船には私を含めて十人います。もし望む行き先があるのなら、船長の私に伝えてください」
風貌のわりに丁寧な物腰で話すヒックスさんは、船員の紹介の後、長い船旅でのルール、座礁したときの対処法、もしものときの舵の取り方などを乗船前に教えてくれた。ユウリも腰の低いヒックスさんが気に入ったのか、珍しく素直に話に耳を傾けている。
そして、一通り話が済んだ後、先に船員たちを乗船させ、出航の準備をした。
「お二人とも、準備ができ次第、お声がけください。十分後であれば出航できますので」
「わかった。さすが船舶業の盛んな国だけあって、仕事が早いな」
「いえいえ、勇者様のお役に立ちたい一心でやらせていただいてるだけですので。何しろ我々船乗りは、一度は海の魔物に痛い目に遭ってきましたから、憎い魔物を倒してくださる勇者様は我々にとっての唯一の希望なのです」
「そうか。俺たちも、海のことは無知に近いが、魔物に関しては安心して任せてもらいたい。お前たちが無事に航海出来るよう最大限のサポートはしていくつもりだ。それと、俺のことはユウリでいい。こいつを含めほかの仲間も、変に謙ったりしなくていいからな。むしろほかの船員と同等に扱っても構わん」
「お心遣いありがとうございます。では僭越ながらユウリさんと呼ばせていただきます」
まあいい、と一言漏らすと、ユウリは警戒しながら周囲を見回した。
「ところで一つ聞きたい。魔王の城に行くには船しか通れない場所があると聞く。何か知っているか?」
「はあ……。さすがの私も魔王の城の行き先までは全く……。あ、それなら、ここからすぐのところに灯台があるのですが、そこの灯台守に話を伺ってはいかがでしょう? あいつは口は悪いですが、昔は名を馳せた船乗りでした。世界中の海を股に掛けた彼なら、知っているかもしれません」
「そうか。ならさっそくそこへ案内してくれ。俺たちは準備のため一旦離れる」
「かしこまりました。では、私の方は準備がありますので、これで失礼します」
そういって深々とお辞儀をすると、ヒックスさんは船員に向き直り、先ほどとは打って変わった口調で船員たちに指示を出す。船員たちは、船長の覇気に気圧されながらも、威勢のいい返事とともにすぐさま各自配置についた。
「船長が有能だと、船員もよく動くな」
ぽつりと、ユウリが賛辞を口にする。そして、私の方をちらっと見ると、なぜかため息をつかれた。
「不思議だな。万能な勇者の仲間なら、多少は俺の役に立つのだと思うんだが、なぜこうもうまくいかないんだ?」
「そんなの知らないよ! 真面目な顔でそんなこと言われても困るんだけど」
彼の一言に憤慨するが、言った張本人は本当に理解できないのか、私の言葉に耳を傾けることすらせず、ずっと考え込んでいる。
はぁ。やっぱりナギとシーラがいないと、なんだか息苦しい。今まではユウリに何か言われても、ナギかシーラがいることである程度ストレスを抑えることができたけど、今は話し相手もいない。一人で抱え込むのが苦手な私には、これからの旅が精神面においてとてつもなく辛くなることは、間違いないだろう。
「おい。船旅の準備だ。食料は船に積み込んであると言っていたから、俺たちの分の携帯食料と薬草類、道具類を買いに行くぞ」
「はーい」
半ば投げやりな態度で返事をする私。その態度が気に入らないのか、唐突に私の髪の毛を引っ張るユウリ。
「痛い痛い痛い!!」
「わかったならさっさと動け!! このバカ女!!」
そう怒鳴ると、手を放してさっさと先に行ってしまった。
ああもう、これじゃあまだ旅に出て最初のころのほうがよかったよ。早く二人に会いたい。そう思わずにいられなかった。
一通り道具を買いそろえ、再び波止場に戻ってくると、すでに桟橋の前でヒックスさんが待っていた。
出航の旨を伝えると、ヒックスさんは船員に合図を送り私たちを船内へと案内した。
甲板には数人の船員があわただしく作業を行っている。やがて、錨が引き揚げられ、出航の合図とともに船が動き出した。
「うわあっ!! すごい!! 動いてる!!」
「そりゃ船なんだから動くにきまってるだろ」
身も蓋もないことを言うユウリを横目に、私は船から見える景色に心を躍らせた。
まず目に飛び込んだのは、果てしなく広がる水平線。見上げると、いくつもの大きな雲が潮風とともに沖の方へと流されていく。鼻腔をくすぐる潮の香りに、私は今大海原の上にいるのだと実感させられた。
さらに波の音とともに船がゆっくりと動き出したかと思うと、私は人目もはばからず一人で騒ぎ出していた。
「ミオさんは、船に乗るのは初めてですか?」
ヒックスさんに声をかけられ、はっと我にかえる私。船員たちがこちらを見て笑っているのを見て、途端に羞恥心が襲ってくる。
「船どころか、こんな広い海を見るのも初めてだったんです。ごめんなさい、はしゃいじゃって」
「いえいえ、ミオさんみたいに素直に喜んでくれる人を見るのは久しぶりなもので。こちらとしてもそんな風に船に乗っていただけて、嬉しいですよ」
私の幼稚な行動を、ヒックスさんは穏やかに笑ってフォローしてくれる。なんて優しいんだろう。
「船長はああ言っているが、あんまり騒ぎすぎるな。物見遊山で乗ってるわけじゃないんだぞ」
「う……。ごめんなさい」
それに引き換え、うちの勇者は相変わらず身内に厳しい。いや、今のは私も悪いんだろうけどさ。
「まあまあ。それより、あちらを見てください。あそこにあるのが、例の灯台です。ほんの一時間ほどで着くと思いますので、それまで客室でお待ちになっていただけますか」
「ああ」
「ありがとうございます」
「では、私は船長室へ戻ります」
ヒックスさんは、近くにいる船員に私たちの案内を任せると、甲板の右手にある船長室へと入っていった。
「客室はこちらになります」
船員に案内され、甲板の下にある階段を降りると、船の向こう側まで続く廊下があり、その両側には、客室と思われるいくつもの扉が並んでいた。
「この階はすべて客室となっておりますので、皆さんご自由にお使いください」
「あの、ほかの船員さんたちはどこで寝るんですか?」
「この下の階に船員専用の部屋があります。我々は、そこで寝泊まりしてますので、ご安心ください」
私の問いに、気兼ねなく答えてくれる年若い船員さんは、案内を終えお礼を言うと、すぐに持ち場についた。
どの部屋にしようかなと考えていると、ユウリがいないことに気が付いた。どこの部屋がいいか聞きたかったのですぐに彼を探したが、客室には誰もいなかった。
仕方ないので甲板に出てみると、船首の方で空を眺めているユウリの姿があった。
「ユウリ! いつのまに外に出てたの?」
「お前がくだらない質問をしている間だ」
くだらないって……。これから一緒に生活するようなものなんだし、船員さんのことだって気になるじゃない。
いちいち反応していても身が持たないので、スルーする。
「何してたの?」
「このあたりの海にいる魔物はどんな種類なのか気になってな。いくら機動力の早い船とはいえ、急に魔物に襲撃される可能性もないとは言えないからな」
そういいながら、海面をじっと見つめるユウリ。私もそれに倣って目を凝らしてみてみるが、見えてくるのは波か魚の影ばかり。
「本当に魔物なんているの?」
「バカか。ここにいて見えるくらいの距離なら、すでに襲ってきてるだろ」
「じゃあなんで見てるの?」
はあ、と大げさにため息をつくユウリ。
「見るのは魔物の影だけじゃない。潮目や風向き、魔物が餌としている魚の種類とか、いろいろあるだろ」
「ふうん。そんなにあるんだ」
「何他人事みたいに言ってるんだ。この際いい機会だ。俺が海の魔物について一から教えてやる」
「ええっ!? せっかく船に乗ったばかりなんだし、ゆっくりしようよ~」
「そんな甘ったれた根性だからいつまでたっても足手まといのままなんだ。いいから来い」
私の態度にあきれ返ったのか、ユウリは強引に私の手を引くと、わざわざ場所を変えて海の魔物とは何たるかをレクチャーしてくれた。
海の魔物の生態、習性、何を好み何が苦手か、魔物が近づいてくるときの海の様子など、その情報量の多さにどっと疲れが出るほどだった。そもそもユウリは実際に行ったことのない場所でも、本か何かで知識を得ているのか、地元の人でも知らないような情報を持っている。私たちの話に聞き耳を立てていた船員の一人が、ユウリのあまりの博識ぶりに声を上げて驚いたほどだ。
「ユウリさん! そろそろ灯台が見えてきましたよ!!」
そうこうしている間に、やがてヒックスさんの言っていた灯台に到着したようだ。
「え? もう灯台に着いたの!?」
「ふん。まだまだ全然教え足りないが仕方ない。続きは灯台守の話を聞いてからだ」
そういうと、ユウリは灯台の近くに接岸しようとしているヒックスさんのもとへと向かった。
「すまないが、一緒に来てくれないか? 知り合いがいた方が相手も気が楽だろ」
「ええ、もちろんかまいませんよ。一緒に行きましょう」
快く承諾したヒックスさんは、船を他の船員に任せ、私たちとともに灯台守のもとへと向かったのであった。
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