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至誠一貫・閑話&番外編&キャラ紹介

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◆外伝・五◆ ~白馬将軍の決意~

 
前書き
本編の百一話を読んだ後でご覧下さい。
白蓮視点です。 

 
「何をやっておるのじゃ、一体!」
 天幕の中に、袁術の怒声が響く。
 孫策、曹操、それに私はそれを冷ややかな目で見ている。
 劉琮と劉璋は落ち着きなく頻りに周りを見ていた。
 麗羽は、相変わらず押し黙ったままだな。
「麗羽さん。糧秣ですけどぉ、あとどのぐらい保ちます?」
「そうですわね。節約して、残り一ヶ月半というところですわ」
 張勳の問いかけにも、淀みなく答えてみせた。
 以前なら、そのまま斗誌あたりに丸投げしていただろうに……やっぱ、麗羽は変わったな。
「何とかならんのか。麗羽、金を惜しまずもっと集めるのじゃ」
「無理を仰らないで下さいます、美羽さん。それが無理な事ぐらい、此所にいる皆さんが一番ご存じじゃありません事?」
 麗羽の言葉に、曹操が頷く。
「そうね。それに、これ以上糧秣を調達したら、飢餓に繋がるでしょうね」
「そこを何とかするのが、麗羽の仕事であろう? 何のために糧秣管理を任せたと思っておるのじゃ?」
「なら、いつでも役目を解いて下さっても結構ですわ。それとも美羽さん、ご自身でなさいますか?」
「何を言っておるのじゃ。妾は総大将ぞ、そのような暇はないのじゃ」
 全部他に丸投げしておいて良く言うよ。
 袁術がどう評価しているのかは知らんけど、実際麗羽は良くやっている。
 本当は、何もかも放り出して歳三のところに駆けつけたいんだろうけどな。
 ……尤も、歳三がそんな麗羽じゃ受け入れる訳もないけどな。
「でも、困りましたねぇ。糧秣は心細い、それなのにあんな関一つに手こずっているのでは」
「……もう一度言ってみなさい」
 おっと、孫策が凄い形相で張勳を睨み付けてるぞ。
「ぴいっ!」
「あ、あははは、ちょっと落ち着きましょうよ。ね?」
 袁術は縮こまり、張勳は笑って誤魔化そうとしてる。
 けど、孫策の怒りはそれぐらいじゃ収まらないだろうな。
「なら、今の言葉取り消しなさい。さもなくば、あなたが自分で攻めて見せなさいよ」
「それは無理ですよ。私は、美羽様のお世話という大事な仕事がありますから」
「へぇ。それが陛下のご命令よりも大事だ、そう言っちゃうのね?」
「そ、そんな事言ってませんって。ただ、ほら、曹操さんとか孫策さんとか、戦の上手な方が揃ってますしねぇ」
「……いいわ。ねぇ、袁術ちゃん」
「な、何じゃ?」
 不意に冷静になった孫策に対し、袁術は何とか虚勢を張ろうとする。
「そこまで言うのなら、あっと驚くような戦果を挙げてみせるわ。ただし、一切はわたしに任せて貰いたいの」
「七乃。ど、どうじゃ?」
「そ、そうですね。美羽様さえ宜しければ」
 あ~あ、二人ともさっさと孫策から逃れたいのが見え見えだよ。
「い、いいじゃろう。ただし、そこまで大言壮語するなら」
「いいわ。失敗した時はこの首を好きなようにするといいわ」
「み、皆も聞いたであろう? 二言はないぞえ?」
「ええ、わたしもそのつもりだから。あ、祭に指揮させて一隊は残しておくから。じゃ、またね」
 ひらひらと手を振りながら、孫策は天幕を出て行った。
 途端に、袁術は椅子からずり落ちそうになる。
「お嬢様。大丈夫ですか?」
「な、何でもないのじゃ。曹操、引き続き先陣はお主じゃぞ」
「ええ、そうね。対策は考えてあるから、戻って準備に取りかかるわ」
 そう言い残し、曹操はさっさと自陣へと戻って行った。
「皆の者、大儀じゃったの。軍議が、これにて終わりじゃ」
 やれやれ、やっとくだらない軍議から解放されるな。
 何もしてないけど、変に疲れた気がする。


 陣に戻ると、紅葉(程普)が難しい顔つきで考え込んでいた。
「戻ったぞ」
「あ、お帰り白蓮さん」
 菫(韓当)が反応してくれたが、紅葉は私に気づかないみたいだな。
「どうしたんだ、一体?」
「それがさ、いきなりコイツを取り出したかと思うと、ずーっと考え込んでるんだ」
 菫も困惑しきりだ。
 その当人の前にあるのは、勅書の写しか。
 ……あれ、何か違うな。
「紅葉、ちょっと見せてみろ」
 断ってから、書状を手に取った。
 袁術から届いた勅書の写しとは、字が違う。
 それに、文末には璽が押されている。
 ……まさか、これって。
「紅葉。これ、本物か?」
「……そうです」
 やっと、紅葉は顔を上げた。
「どういう事だ? 本物は袁術の手元にしかない筈だけど」
「はい。袁術殿のところから、借りてきました」
 借りたって、筆やらを借りるのとは訳が違うんだぞ。
「袁術殿の陣は緩みきっていますから。袖の下を握らせたらこのぐらい、朝飯前です」
「……ま、まぁいい。で、なんでそんな真似をしたんだ?」
「どうしても、気になる事がありまして」
「気になる事?」
「そうです。以前、学問を習っていた塾に刺史の子弟がいまして」
 私は、黙って紅葉の話を聞く事にした。
 様子からして、ただ事じゃないな。
「その時に、親の目を盗んで公文書を持ち出してきた事があったんです。……陛下の璽が押された文書を、です」
「へぇ。随分と度胸のいい野郎だったんだな」
「ええ。勿論、後で露見して手酷く叱られたそうですが」
 そう言って、紅葉は菫に向かって苦笑する。
「その文書自体は然したる機密でもなかったのですが、璽を見る機会などなかったので、今でもよく覚えているんです」
「それで?」
「今回の勅書にも当然、同じ璽が押されている筈ですので、それを確かめてみたくなったんです」
「…………」
 紅葉の奴、こんなに大胆だったのか?
 そう思って菫を見ると……あ、眼を逸らしてる。
 ま、袁術の事だ、露見したところで何とかなるだろ。
「此をご覧下さい。……璽の書体が、微妙に異なっているんです」
 紅葉が比較に並べたのは、私が幽州牧に任ぜられたときの勅書。
 ……一体何処から持ってきたのやら。
 口には出さずに、紅葉の手元を覗き込んだ。
「良く見て下さい。白蓮様がいただいた勅書の方は字体の一部が欠けています。ところが、こちらの勅書は」
「……確かに、欠けてないな」
 ほんの僅かだけど、比べてみると違っているのがわかる。
「でもさ、紅葉。伝国璽っても印章だから、印泥の付け方で欠ける事もあんじゃね?」
「菫の言う事にも一理あります。ですが、璽とはこの国唯一の印。嘗て、王政君が毀損させたような場合ならともかく、字体の補修までこまめにやっているかどうか」
「今の朝廷にそこまでの余裕があると思えない。そう言いたいんだな、紅葉?」
「ええ」
 漸く、事の重大さがわかってきた気がする。
 袁術に出された、歳三と董卓討伐令が偽物だったとしたら……この連合軍自体の存在意義に関わる事だ。
「紅葉。この事は、他に知っている奴いないんだろうな」
「勿論です」
「……いいか、絶対に誰にも知られないようにしろ。菫、お前もだぞ?」
「うへっ、あたしの事信用してくれたっていいじゃんか」
「あなたはお調子者だから釘を刺しているのですよ」
 紅葉に睨まれ、菫は肩を竦めた。
「はいはい、気をつけますって」
「本当に大丈夫ですか?……ところで白蓮様、如何なさるおつもりですか?」
 どうするかって言われてもなぁ。
 この事実を他の諸侯に知らせたとして、一体どうなるってんだ?
 これだけの兵を動かしているんだ、私もそうだが諸侯の持ち出しだって馬鹿にならない。
 勅令を果たせば、当然見返りとしての報酬が出る。
 集った諸侯が期待しているのは、その一点だろう。
 ……中には、洛陽に攻め込んだら略奪しようって不心得者がいるかも知れないけど。
 ともあれ、今更引くに引けないってのが実態だろうな。
「紅葉。これを理由に、もし私が連合離脱を宣言したら……どうなる?」
「はいそうですか、と認めて貰えるかどうか。最悪、土方様や董卓様と同じく朝敵と見なされるかも知れません」
「だよなぁ」
 そもそも、私のところは連合軍全体から見れば小勢に過ぎない。
 当然、影響力もない……自分で言うのも何だけど。
「様子見、しかないな」
「ええ。それが賢明でしょう」
「んー。けどさ」
 菫が髪の毛を掻きながら、私を見た。
「何だ?」
「白蓮さんは、それでいいのかい?」
「……どういう意味だ?」
「いや、ほら土方さんの事だよ。白蓮さんとは、知らない中じゃないんだろ?」
「……ま、まあな」
 いかん、顔が赤くなりそうだ。
 努めて歳三の事は考えないようにしていたのに。
 ……確かに、私は歳三と戦いたくはないさ。
 私が、人生で初めて惚れた男だしな。
「白蓮さんがどう判断しようと、一度はアンタに仕えると決めたんだ。あたしは、アンタの判断に従うぜ?」
「菫……」
「やれやれ、先に言われてしまいましたね」
 紅葉が苦笑を浮かべた。
「私も菫と同じ、白蓮様を主と仰ぐと決めたのです。意のままになされませ」
 全く、二人揃ってこれだ。
 私には過ぎた存在だよ。


 そして、シ水関は陥落した。
 曹操は有言実行だったという訳だ。
「あれが発石車(投石機)と攻城櫓か。凄い威力だったな」
「ええ。尤も、土方軍はある程度予測していたようですが」
 そりゃそうだ。
 いくら石や矢を放り込んだところで、あの要塞が一日や二日で崩せる訳がない。
 そもそも、歳三にしちゃ諦めが良すぎる。
 立役者の曹操も、勝ち戦だってのに表情が硬いし。
「やったのじゃ! 土方もこれで追い詰められたの」
「よっ! ご自分では何もしていないのに、手柄を独り占めする気ですね。流石お嬢様、あくどい!」
「わはは、もっと妾を褒めるのじゃ!」
 ……褒めてるのか、あれ?
 ともあれ、袁術ははしゃいでるし、劉ヨウやら劉璋あたりはひたすらおべっかを使っている。
 麗羽は……気落ちしているみたいだ。
 けど、今の私に声をかけるのは躊躇われた。
 偽勅書の事、麗羽に教えてやるべきかどうかで悩んでいたから。
 歳三と麗羽の関係を考えるなら、本来は教えるべきなんだろうけど。
 ……でも、麗羽は感情の起伏が激しい。
 取り乱すまではいかなくても、その事で挙動不審にはなるだろう。
 そうなれば、曹操あたりに感づかれる可能性が高い。
 はっきり言って、私は曹操を信じちゃいない。
 あの溢れる覇気と野心は、どうしても油断ならないからだ。
 第一、歳三に気に入ったから臣下の礼を取れ、ってしつこく迫っているのも気に入らない。
 あいつは、そんな事で人様の下につくような男じゃない。
「でも、喜んでばかりはいられないわよ」
「どういう事じゃ、曹操?」
「あれよ」
「瓦礫の山ではないか。あれがどうしたのじゃ?」
 首を傾げる袁術。
 ……ん、待てよ?
 瓦礫の山、早すぎる歳三の撤退……まさか。
 思わず麗羽を見ると、どうやら向こうも気づいたらしい。
「あら、わからないの?」
 そんな袁術に対して、曹操は露骨に冷笑を浮かべる。
「わ、わかっているのじゃ。七乃、妾の代わりに答えるのじゃ!」
「え、ええっ!」
 あ~あ、張勳も泡食ってる。
 私が助け船を出さなきゃならない義理もないし、そのつもりもない。
「僭越ながら。御大将のお考え、推察させていただいても宜しゅうございますかな?」
 誰かがしゃしゃり出てきた。
 確か、劉琮の軍師だったか。
「控えなさい。今は、袁術と話をしているの」
「まあまあ、そう仰らずに」
「下郎! 控えろと言っている!」
 お、曹操の気迫に怯えてら。
「そ、曹操殿。少し落ち着かれては」
「然様。そのようにいきり立たずとも宜しいではありませんか」
「そ、そうじゃ。そのような事、妾が指示するまでもない事じゃろう?」
 劉ヨウと劉璋の取りなしに、袁術が開き直ったようだ。
「ま、いいわ。でもこれからどうするのか、さっさと決めて欲しいわね」
 そう言い捨てて、曹操は天幕を出て行った。
 全く、私も溜息をつきたい気分だ。

「何だそりゃ? 酷いもんだな」
「ええ、総大将がその有様ですか」
 陣に戻り、あらましを菫と紅葉に話した。
「菫。曹操が何を聞きたかったか、わかるだろ?」
「あーっ、白蓮さんまであたしを馬鹿にしてるな?」
 私と紅葉、互いを見て苦笑い。
「では菫、馬鹿にされない為にも正解を言ってみて下さい」
「紅葉まで酷いぜ、そりゃ。瓦礫の山、あれがある限りあたしら進めないって事だろ?」
「はは、流石だな菫。これで、お前は袁術や張勳よりも聡いって訳だ」
「……なんか、全然褒められた気がしない」
「しかし白蓮様。これでは戦いになりませんね」
 うわ、紅葉の奴さらっと流したよ。
 菫がいじけている……。
「あ、ああ。それに、歳三の本命は此所じゃない」
「でしょうね。虎牢関は、ただでさえ難攻不落ですから」
「その上、こっちは結束もなし。おまけに総大将は極めつけの阿呆じゃな……」
 自然に、私らの声は低くなる。
 いくら自陣とは言え、こんな会話を余人に聞かれでもしたら大変だからな。
「菫」
「……あんだよ」
 すっかりふて腐れている菫。
「私は暫し、病にかかる事にする」
「……は?」
「だから、当面の間、兵の指揮はお前が執ってくれ」
「ま、待ってくれよ白蓮さん。それなら紅葉の方が適任だろ?」
「いや、紅葉には別の任務がある。いいな?」
「……お任せを」
 紅葉は察してくれたようだ。
「面会は断ってくれ、相手が誰であろうともだ」
「そ、そりゃ白蓮さんがそうしろって言うなら従うまでだけどさ」
「ああ、頼むぞ二人とも」
「御意」
「わかったよ」
 さて、せいぜい具合の悪いフリでもさせて貰うとするか。


 そして。
 瓦礫の撤去に諸侯が手こずる中、紅葉は作業場所をこまめに変えていく。
 数日後、その姿が不意に消えたけど、それを気づかせる事もなかったようだ。

「あれが、虎牢関か。すげぇな」
「ああ。……攻める側にならなくて、本当に良かったな」
 夜陰に紛れて兵を走らせ、見事に私達は脱走に成功。
 虎牢関は、もう目の前だ。
 これでやっと、歳三に会える。
 もう、茶番の巻き添えはごめんだし、それ以上に歳三と争うなんて願い下げだ。
 裏切りという汚名よりも、今はただ、その事が嬉しかった。 
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