至誠一貫・閑話&番外編&キャラ紹介
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
◆外伝・四◆ ~伏龍と美周嬢~
「諸葛亮様! 前方から砂塵が!」
「大丈夫です、孫堅さんの軍でしょう」
揚州は、とにかく広い。
交州と隣接しているとは言っても、その中心である呉郡までも指呼の距離、とはいかない。
けど、私はご主人様から任務を託された身。
そんな事で弱音は吐けないし、吐くつもりもない。
やがて、騎馬を中心とした百名ほどの集団が私達の前へとやって来た。
「諸葛亮殿ですな?」
「はい。あなたは確か、甘寧さんでしたね」
「いかにも。我が主、孫権の命でお迎えに上がりました。ご同行願います」
「わかりました」
甘寧さんは頷き、馬を返した。
「姉は元気でやっていますか?」
「郁里(諸葛瑾)ならば、既に孫家にて、重きを為しつつあります」
「そうですか」
当然だと思う。
郁里お姉ちゃんは、控えめだけどとっても優秀だもの。
それに、私と違って一軍を率いた経験もある。
「ところで、甘寧さん」
「は。何か?」
「先ほど、孫権さんのご命令で、と仰せでしたね?」
「その通りです」
「……あの。孫堅さんは、いらっしゃらないのですか?」
「……その事は、私からはお話しできません。城内にて、我が主にお尋ね下さい」
それだけを言うと、甘寧さんは黙ってしまった。
重ねて問うのも失礼だし、第一そんな雰囲気じゃない。
何か悪い事があった、って訳じゃなさそうだけど……何だろう?
「何か、気になるのか?」
華佗さんが、考え込んだ私を見て声をかけてきた。
「いえ、大した事では。それより華佗さん、周瑜さんの事ですけど」
「ああ、わかっている。土方に直接頼まれたのだ、それに患者ならば放っておける俺じゃない」
「そうですよね。でも、お会いになる時はご一緒しますね」
「そうしてくれ。いくら俺がこの地出身とは言っても、いきなり現れたら怪しまれるだけだからな」
確かに不思議な事だと、他から見れば思われる筈。
だって、ご主人様は周瑜さんと一面識もない。
なのに、その周瑜さんが病気を抱えているからと仰せだった。
私達はご主人様のお話を信じているし、疑うつもりは毛頭ない。
でも、大多数の人から見れば荒唐無稽と言われても仕方のない話だ。
……もし、これから会う周瑜さんが、全く健康な人だったらどうなるんだろう。
余計な事を考える必要はないんだけど、どうしても気になってしまう。
勿論そんなつもりはないけど、もしお仕えしているのがご主人様じゃなくって、曹操さんや劉表さんだったら、妙な思案に明け暮れる事もないのかな……。
「はわわ……。ま、また賑やかになっていますね」
呉の街は、以前お世話になっていた頃よりも更に活気に溢れていた。
規模はまだまだ小さいけれど、それを補って余るような熱気。
ギョウもそうだったけど、人が集まる街という事は、何より治政が上手く行われている証拠だ。
治安については、敢えて確かめるまでもない。
此処にいる甘寧さんもそうだし、孫堅さんの麾下には武に長けた将が揃っている。
そもそも、孫堅さん自身が猛将なのだから当然なんだけどね。
「朱里ちゃん」
懐かしい声に振り向くと、郁里お姉ちゃんがニコニコしながら立っていた。
「お姉ちゃん!」
「ちょっとご無沙汰だったね。元気?」
「うん♪」
郁里お姉ちゃんは、ちっとも変わっていない。
「では郁里。後は任せたぞ」
「あ、はい」
甘寧さんは一礼して、兵士さんと共に去って行く。
「忙しいのにゴメンね」
「ううん、平気。それに、蓮華様から行って来るように言われたの」
また、孫権さんの名前が出た。
「ねえ、お姉ちゃん。孫堅さん、いらっしゃるんだよね?」
「……え? あ、あははは……」
あれ、珍しくお姉ちゃんが苦笑している。
「どうしたの?」
「う、ううん。何でもないよ」
お姉ちゃん、嘘つくの相変わらず下手。
だって、顔に出てるし。
孫堅さんが倒れたとか、怪我をされたとかなら、疾風さんが教えてくれただろうしなぁ。
理由はわからないけど、孫堅さんは今此所にいないらしい。
とにかく、孫権さんにお目にかかるしかなさそうだ。
呉の城内。
謁見の間じゃなく、執務室に私は案内された。
勿論、郁里お姉ちゃんと一緒に。
「久しぶりだな、諸葛亮」
「はい、孫権さんもご壮健のようで何よりです」
「ああ。すまんな、落款が溜まっていてな」
確かに、卓上には竹簡が山と積まれている。
真面目な孫権さんは、その一つ一つを丁寧に片付けていた。
「あの、孫堅さんは?」
「母様か。……そうだな、今回の用向きが母様に会わなければ果たせないか」
「……はい」
ここで嘘をついても仕方がない。
ご主人様の命は、孫堅さんとの協議なのだから。
「山越の事であれば、私が話を聞くように言われていてな。本来なら雪蓮姉様がやるべき事なのだが……」
「は、はぁ……」
「……母様なら、今頃番禺にいる筈だ」
「え? ど、どういう事ですか?」
「わからん、と言ってしまっては恥なのだが……」
孫権さんは、大きな溜息をついた。
「何事かが起こる、と言ってな。飛燕と僅かの兵を連れて行ってしまったのだ」
「どういう事でしょう? まさか、交州で何か起こると?」
「いや、それなら歳三に知らせているだろう。母様がその程度の事、理解していない筈がない」
「ですよね……」
「全く、仮にも州牧なのだから、勘働きのままに動くのは自重していただきたいのだが……」
孫権さんは、言葉を切ると表情を改めた。
「山越の事だが、委細は冥琳と話して欲しいのだ?」
「周瑜さん、ですか?」
「ああ。呼んである、そろそろ来る筈なのだが」
「蓮華様、お待たせしました」
声に振り向くと、眼鏡をかけた美女が立っていた。
背はすらりと高く、肌は褐色。
……そして、見事なのはその胸。
どうして、孫家の人は揃って立派な双丘をお持ちなんだろう。
自分のそれを見ると、空しくなってしまう。
「諸葛亮殿だな? 私が周瑜だ」
「あ、はい。宜しくお願いしまひゅ!」
あう、また噛んじゃった。
「朱里ちゃん、慌てないの」
「ふふ、姉妹そっくりなのだな。諸葛亮殿、話は私の部屋でお願いしたいのだが」
「は、はひっ!」
うう、調子が狂いっぱなしだよ……。
それから、一刻ほど周瑜さんと話し合いを持った。
と言っても、士武さん達が力を失った事で、山越は資金源を断たれて勢力は衰退傾向にあるらしい。
その分、孫堅さんの負担が減っていて、徐々に支配域を広げている最中だと説明を受けた。
「ただ、一つ問題があってな」
と、周瑜さんは深刻な表情を見せる。
「問題、ですか?」
「ああ。山越の連中は、農業を決まった方法でしかやらんのだ」
「と、言いますと?」
「木を切り倒して、火を付ける。すると、燃えた木は灰になる」
「はい」
「すると、土に栄養が加わるから、そこを畑にしているのだ」
「……なるほど。繰り返し耕地にする、という考えがないのですね?」
「流石だな、その通りだ」
周瑜さんは、眼鏡を直しながら笑みを浮かべた。
「確かに、自生している樹木を使い、その灰を活かすというのは理解出来る。だが、翌年その土地はただの荒れ地になってしまう」
「その通りだと思います」
「食糧生産は大事だが、その場限りの事をしていれば、何れはその場所さえなくなってしまう。山越の者共は、そこを理解していなくてな」
「周瑜さんは、民政も担当されていらっしゃるのですか?」
「ああ。我らには土方様のように、文の人材に恵まれていないからな」
そう話す周瑜さんだけど、表情に深刻さは見られない。
「その意味では、郁里が来てくれた事は大いに助かっているな」
「そうですか。姉はお役に立てているのですね」
「役に立つどころか、郁里がいなければ大変な事になっているだろうな。無論、更なる人材は探させているが」
この揚州でも、名の知れた人物はまだまだ埋もれていると思う。
今の孫堅さんなら、仕官希望者も少なくない筈だ。
現に、いくら縁があったとは言え、態々徐州から仕官するお姉ちゃんのような場合もあるのだから。
「とりあえず、今後も交州から山越への金や武器の流入は防いで貰いたい。武力任せで手間取るぐらいなら、その方が確実だからな」
「わかりました。では、そのように」
その後、いくつかの取り決めを交わし、第一の用件は終わった。
「ところで周瑜さん。つかぬ事を伺いますが」
「ふむ、何だ?」
協議が終わったせいか、周瑜さんの表情は幾分和らいでいた。
唐突な話をしても、今なら不審に思われる事もないかな?
「何処か、お身体の具合が良くないという事はありますか?」
「質問の意味がわからんな。何故、私の体調など気にするのだ?」
「……実は、ご紹介したい人がいるのですが」
「私にか? それと、私の身体と何の関わりがある?」
鋭い目で、周瑜さんは私を見据える。
ちょっと怖いけど、怯えている場合じゃない。
「は、はい。華佗さんと言う、揚州出身のお医者様なんです」
「華佗?……ふむ」
周瑜さんは、暫し視線を宙に巡らせた。
「それも、土方様のお指図という訳か?」
「そうです」
虚言を弄しても、周瑜さんには通じない。
寧ろ、不信感を煽るだけだと思う。
それならば、正直に話すべきだろう。
「やはり、わからん。土方様には未だ、お目にかかった事もない筈だが」
「そう聞いています。ですが、嘘じゃありません」
「…………」
「…………」
私も、無言で周瑜さんを見返す。
そのまま、数分間、沈黙が続いた。
重苦しい雰囲気は決して好きにはなれないけど、悪事を企んでいる訳じゃない。
ご主人様が、私を信じてお命じになった事、何としても果たさなきゃ。
そして、周瑜さんはフッと息を吐いた。
「……いいだろう。土方様がどのようなおつもりなのか、試させていただくとしよう」
その日の夜。
城下にある、周瑜さんのお屋敷に呼ばれた。
「ここだな、諸葛亮」
「は、はい。あの、華佗さん」
「何だ?」
「……疑問を持たれなかったのですか? ご主人様からのお願いとは言え」
すると華佗さんは、ジッと私を見つめてから、
「俺は医者、患者と聞けば相手が誰だろうと診察するだけさ。それに、土方がつまらん嘘を俺につくとは思わん」
「信用されているのですね、ご主人様を」
「まあな。だが、それは諸葛亮、お前も同じじゃないのか?」
「はい。ご主人様の仰る事に、間違いはありませんから」
「なら、それでいいじゃないか。さ、行くぞ」
「あ、待って下さい~」
周瑜さんは、私服に着替えていた。
身体の線がはっきりと出ていて、より美しく見えてしまう。
……ハァ、女らしさでは完敗もいいところだよ。
「お前が華佗か」
「ああ。話は諸葛亮から聞いていると思うが」
周瑜さんは頷くと、寝台に横たわる。
「さ、始めてくれ」
「うむ」
華佗さんは、周瑜さんの身体に手をかざす。
時折、その手から光が放たれる。
五斗米道の氣を使った医術、以前にも見た事はあるけど……やっぱり、不思議だ。
「周瑜。身体に触れるが、良いか?」
「診察なのだろう? 構わん、妙な真似さえしなければな」
「俺は医者だ。見くびって貰っては困る」
「ふっ、冗談だ。お前に任せる」
頷いた華佗さん。
周瑜さんの豊乳に手を当てたり、さすったりを始めた。
はわわ、な、何か凄く……いえ、これは診療行為だって。
「む?」
「どうかしたのか、華佗?」
「……周瑜。胸が痛む事はないか?」
「……隠しても仕方あるまい。時々、お前の言う症状がある」
「やはりな。今度は、俯せになってくれ」
「ああ」
ゴロリと、周瑜さんは背を向けた。
項の辺りが、とても艶っぽい……って、さっきから何かえっちな事ばかり考えちゃってるよぉ。
でも、お尻は格好良く締まっているし、腰のあたりにも無駄な肉などまるでないし。
見なきゃいいんだけど、どうしても眼が行ってしまう。
「ふむ、ふむ……。この辺りは痛むか?」
「クッ。確かに、そこは触られると痛いな」
「なるほど。……こっちはどうだ?」
「先ほどの場所程ではないな」
「……やはりな。少し、氣を送るぞ」
また、かざした手が光る。
「胸の奥が、暖まる気がするな」
「その辺りに、お前の病巣がある。恐らく、心臓だな」
「そうか。……それで、私の余命は?」
「放置すれば、持って五年というところか」
「……五年、か」
周瑜さんは、あまり衝撃を受けたという風情じゃない。
たぶんだけど、察していたのかも知れない。
「だが、お前に治癒させる意思があるなら話は別だ」
「ほう。治せるというのか?」
「俺を誰だと思ってる。五斗米道の医術は、そういう患者を救う為にあるのだぞ?」
自信たっぷりに言う華佗さん。
「なら、是非頼みたい。報酬は望むままに出そう」
「報酬など要らん」
「しかし、私の病はいろいろな医師が見放したものだぞ? それを治せるというのなら、私は費えを惜しむつもりはない」
「そうか。周瑜、一つだけ聞かせてくれ」
「ああ」
「寿命は天の定めるところ、と悟る者もいる。お前は諦めた、と言っていたが……生に執着はあるか?」
「あるさ。願う事ならば、あと十年……いや、可能な限り生き続けたい」
「理由は?」
俯せのまま、周瑜さんは首だけを此方に向けた。
「なに、単純なものさ。親友との約束を守りたい、それだけだ」
「親友との約束、か」
「そうだ。私は、雪蓮に天下を獲らせたい。幼少のみぎり、そう約束したのさ」
「……成る程。私欲と言えば私欲だが、至極単純だな」
「華佗。夢でしかない事だが、私に取っては大事な事なのだ。どうだ、やってくれるか?」
「いいだろう。ただし、準備が必要だ。お前の病巣は、なかなかに手強い」
「ならば、明日から初めて欲しい。必要な物があれば、遠慮せずに言ってくれ」
「わかった」
周瑜さんの屋敷を辞去する間際に、私は呼び止められた。
「周瑜さん、何か?」
「……二つ、頼みがあってな」
「伺いましょう」
「一つは、先ほどの夢の事だ。あれは、私と雪蓮だけで交わした約束。余人には漏らさないで欲しいのだ、無論土方様にも」
「……はい。誓って」
「すまない。それから、もう一つだが。土方様にお礼を申し上げたいのだが、生憎私もそうそうこの地を離れる訳にはいかん。だから、書簡を渡して欲しいのだ」
「お安い御用です」
私の返事を聞くと、周瑜さんはふと遠くを見るような眼をした。
そして、
「冥琳だ」
と、短く言った。
「え?」
「真名だ。秘密を知られてしまったのだ、それを漏らさぬ約定として真名を預けたい」
「はわわ、い、いいんでしゅか?」
あうう、また噛んじゃったよ。
「ああ」
「……わ、わかりました。では、私の事も、朱里と呼んで下さい」
「わかった。改めて宜しくな、朱里」
そう言って、周瑜さんは右手を差し出す。
「え?」
「握手、というのであろう? 睡蓮様が土方様から教わったらしいが、親しい者同士の挨拶で行うものらしいのでな」
「あ、は、はい。じゃあ」
おずおずと私が差し出した右手。
冥琳さんは、しっかりと握り返してきた。
翌日から、華佗さんの治療が始まった。
冥琳さんも日中はお仕事だから、出来るのは夜だけ。
なので、一週間それは続いた。
……そして、見事に冥琳さんの病気は完治。
冥琳さんは勿論、それを知った孫策さんまで大喜びだった。
私はご主人様の命を全て果たして、ホッと一安心。
……でも、もし孫家が敵に回ったとしたら。
ご主人様は大変な人を治してしまった事になる。
そうならないよう、私が一層、努力するしかない。
だって、私はご主人様にお仕えする軍師なのだから。
ページ上へ戻る