Fate/WizarDragonknight
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"Vitalization"
『Balwisyall nescell gun……ゲホッ!」
詠唱の途中で、響は咳き込む。全身に痛みを感じ、その場で膝を折った。
「響!」
未来が響の背中をさする。
「大丈夫? 響」
「うん。へいきへっちゃら……もう一回……Balwisyall nescell……ウッ」
体内のフォニックゲインに、今の体が耐えられない。生身のまま、響は倒れた。
「響!」
未来は響を助け起こしながら、ムーの地平を見渡す。すでに人のいなくなった古代の大陸は、ただただ揺れながら崩壊を待つのみとなっていた。
「もう一回……バル……ごほっ!」
響の喉がとうとう限界を迎えた。体内の激痛から始まり、口から血を吐き出した。
「あ……ッ!」
未来が自身の口を抑えている。その真っ青な表情から、彼女から見た今の自分の状態がいかに危篤なのかを理解した。
「響!」
腕から力が抜けた響は、そのままムーの床へ叩きつけられる。全身が等しく重圧がかかり、呼吸の一回一回が重たく感じた。
未来の声さえも遠くなるが、大きく息を吐いて正気を保つ。
「まだ……私は……」
「響……」
未来は、響の頭を抱き寄せる。
「響……」
「未来……」
「響はやっぱり……どこでも、戦うんだね」
未来の手が、頭上を撫でている。懐かしい感触に、響は思わず目を細めた。
「うん」
「私がいなくなっても……?」
「うん。変かな?」
「ちっとも」
響の頭が、未来の胸に当てられる。彼女の心音が聞こえて、それが響をより安心させた。
「……ありがとう……未来」
数秒、未来に撫でられていた響は立ちあがった。
「もう一度、私は歌える……バルウィー……ッ!」
だが、響の口は唱を拒絶し、全身の痛みという形で報復した。
「響ッ!」
「まだ……まだまだ……」
「もういいよ響! 響が、これ以上戦う必要なんてないよ!」
「未来……」
未来が、響の両頬を自分と向き合わせるようにして訴える。
「どうしてそこまでして戦うの……? 私達の世界とは、違う世界なのに……?」
「そんなの、未来なら分かってるでしょ?」
「私は……」
「偽物でも、未来なら分かる。だから、そんな顔してるんでしょ?」
「え?」
「未来、自分の顔、見て欲しいなあ……」
響は続けた。
「私が頑張ろうとして、安心してる。そんな顔してるから」
「え」
「伸ばせる手を伸ばさなくて、誰かを救えなかったら、絶対に後悔する。……未来だって、分かってるでしょ?」
すると、未来は肩を落とし、言った。
「そうだね。それが……私のお日様だから」
未来は頷いた。
その時、響の腰から、着信音が聞こえてくる。
「これは……?」
まだ、辛うじて充電が残っているスマートフォン。電話に出ると、そこには聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『響さん!』
「え? この声……チノちゃん?」
見滝原の一角にある広場。
そこには、チノやココア、まどかをはじめ、無数の見滝原の人々が集まっていた。
少し恥ずかしがりながらも、チノは電話へ叫び続ける。
「あなたの声や勇姿は、ずっとこっちに届いていました!」
チノが見上げるムー大陸。ブラジラが人々を絶望させるためのホログラムとして映し出していたムー大陸内部の映像は、すでに切り替わり、響の姿に移り変わっていた。
チノのスマホに、隣にいるまどかも声をかける。
「今、響ちゃんの姿も、世界中に届いているよ!」
「みんな恐怖を乗り越えました! 自分だけ助かろうなんて考えている人も、絶望している人も、もういません! 響さんが、勇気を見せてくれたから……」
チノは息を吸い込み、もう一度言った。
「命をかけて戦ってると知ったから!」
「響ちゃんには、これだけの人がついている! だから……帰ってきて! 世界中のみんなが、君の帰りを待ってるよ!」
まどかの声。まどかも、か細い声を精いっぱいに振り絞ってだしている。
その近くの屋根の上。誰に知られることもなく、さやかが腰をかけながら、ムー大陸を見上げていた。
「さっさと終わらせてよ。もう、あの大陸も見飽きてきたんだから」
「みんな……」
「……響」
響は、未来と顔を合わせる。
「いつもそうだ……」
未来の後ろに、青い防人の姿が見える。赤い友人の姿が見える。白銀の歌姫が、緑と桃のコンビが。ほくろの科学者が、武術の師匠が、いつも支えてくれる大人たちが。
「こんなに弱い私を立ち上がらせてくれるのは……いつもみんなだった!」
コウスケが。ハルトが。可奈美が。真司が。友奈が。チノが。ココアが。まどかが。
「はあ、はあ、……そうだ……これほど大事なもの……ほかにないんだ!」
もう一度、未来を見つめる。
「だから……だから、この手で守って見せる! 絶対に!」
ムー大陸の外から、声が響いてきた。
ムー大陸という巨大な質量全体を揺るがす、声々。それは、響をヒーローと崇める声だった。
「違う!」
響は叫ぶ。同時にその姿は、ムー大陸のホログラムによって世界中に同時に発信されていた。
「私はヒーローなんかじゃない……ッ! 世界を救う英雄でもない……ッ!」
未来の肩を借りながら、響は立ちあがる。口から血を垂らし、五感もおぼつかないような体でも、響は続ける。
「ヒーローは、この世界に生きる人たち、一人一人だよ! 皆が、この世界を救うんだッ!」
「だから、皆!」
「お願い、聞かせて! 私はすぐそばにいるから! 溢れたままの感情を隠さないで!」
「それぞれが惹かれ合う音色に、理由なんていらない!」
響は腕をぎゅっと握った。
「だから、この歌は、私の歌じゃない! 皆の……皆で紡ぐ唱だよ!」
そして。
歌えない響の代わりにと、人々は祈った。
そしてそれは。
「皆で紡ぎ合うこれこそが、絶唱だああああああああ!」
ムー大陸の上で、歌となる。
___Balwisyall nescell gungnir tron___
響が動かしているのは口だけ。その詠唱を、未来はただ見守っていた。
世界中の人々が、響の声となる。
それは、彼女のガングニールを呼び起こし、その体を包み込む。
黄色をメインにした、響のシンフォギア。見ているだけで、未来の心が安らぐ。
さらに、人々の祈りは続く。
ムー大陸に流れてくる祈りの光は、とどまるところを知らない。響のシンフォギアの光は黄から白へと変わっていく。
すでに体も限界を超えているのに、負担のなくエクスドライブの再起動。純白のボディとなった響は、静かに未来へ振り替える。
「未来。行こう」
「……」
未来が、大好きな人の笑顔。未来がその手を握り返すのに、時間はかからなかった。
「行くよ。未来」
「うん」
未来が響の手を握ると同時に、響は未来を抱き寄せる。左手に抱えられた未来は、響が右手を突き上げるのを間近で見上げていた。
響の腕が、どんどん変形していく。シンフォギアという装備が織り成す機構は、やがて響の腕を巨大なドリルにして見せた。
「未来。私と、未来とで」
「うん」
未来は、響の腕をぎゅっと握った。響は強く頷き、祭壇からジャンプ。
「最速で、最短で、真っ直ぐに! 一直線にッ!」
ドリルが唸り声を上げながら、ムー大陸の祭壇より掘り進んでいく。それは、やがてムーの中心まで突き抜け、未来の前に、ムー大陸の核部分が現れる。
「あれが……ムー大陸のコア……ッ!」
それは、巨大な赤い球体だった。ムー大陸の動力炉に浮かぶ太陽のようなそれは、ブラジラによる影響か、幾度も発光を繰り返し、まさに暴走しているようだった。
「あれを壊せば、全てが終わる!」
響のドリルが、また変形音を奏でる。ドリルという、人が進む手段としての役割を終えたガングニールは、巨大な拳となり、腕の動きと呼応して固める。
「この世界は、壊れない! 絶対にッ!」
その時、響の拳に、歌が流れてくる。
世界中の人々の祈りが、響のシンフォギアを介して歌となり、集まっている。
「この命の旋律が、響き合うこの歌声が……ッ!」
全ての機構を解放し、拳に仕込まれたギアが回転する。
破片と光が、美しい虹を描く。
歌がそれぞれの足音を、永久に近いほどに響かせていく中で、響は叫んだ。
「これが七十億の……絶唱だあああああああああ!」
そのまま、未来は自らの体の落下を感じた。
響が、ムー大陸のコアへ拳を叩きつけている最中、未来は静かに目を閉じる。
そして。
ムー大陸のコアは貫かれ、爆発。
さらに、その爆発はムー大陸を隅々まで破壊し、やがて。
超古代の大陸の姿は、爆炎の中に潰えた。
「響ッ!」
その声に、響は意識を再覚醒させた。
消滅したムー大陸。夕焼けにそまった冬空に、未来がこちらへ手を伸ばしていた。
「未来……その体……」
未来が何かを強く訴えているが、響にはその言葉は届かなかった。
すでに蜃気楼のように薄れかかっている未来の体。それは、バングレイによって記憶の再現として呼び出された未来の消滅を意味していた。
「響、しっかりして!」
そんな状態にも関わらず、未来は響の肩を捕まえた。肩をがっちりとホールドする彼女の手つきが、半分になっている。
「このままじゃ、響助からないよ!」
「そんなの……未来だって……未来だって、同じだよ!」
響は未来の手首を掴み返した。
「折角……折角会えたのに……私、未来に言いたいこと、謝りたいこと沢山……ッ!」
だが、響は口を噤んだ。
響の口を人差し指で閉ざした未来は、ほほ笑んだまま言った。
「私はもう、響に沢山助けてもらった。これまで、本当にたくさん。だから、次に響が掴む腕は、もう私じゃないんだよ」
「いや……いや……」
だが、未来は止まらない。
「響のこと、ずっと見守ってるから。いつまでもずっと。響が……私の大好きなお日様が、人と人を繋ぐのを、ずっと。だから」
どんどん未来の姿が薄れていく。彼女の肌より、夕焼け色の方が濃くなっていく。
「だから……最後は……笑ってほしいな。響」
「未来ッ……未来ッ……!」
響は未来の肩に顔を埋めた。数回の嗚咽を繰り返し、未来の顔も見れないほどに視界がぼやけていく。
「未来ッ……こう? これでいい?」
自分がどんな顔を見せているのか、響には分からない。目を細くしすぎて、未来の顔も見えない。
ただ。未来の声だけは、聞こえてきた。
「ありがとう……響……私の、大好きな___
下からの風に、思わず響は顔を上げる。
紫の人型粒子は、落ちていく響を見下ろしながら、どんどん離れていく。
霧散していくその姿に、響は叫んだ。
「未来____________________ッ!」
「響ッ!」
その声に、響は我に返る。
「手を伸ばせ!」
手を伸ばす。開いた拳を、屈強な手が掴んだ。
「ッ!?」
その姿に、響は息を呑んだ。
「よう。元気か? 響」
「コウスケさん……」
ファルコマントを纏ったコウスケ。すでにボロボロの姿なのに、疲労を感じさせない笑顔で見下ろしていた。
さらに、地上。もう、人の姿さえもはっきり見えてくる。
ハルト、可奈美、真司、友奈がこちらへ手を伸ばしている。
それを見下ろし、ほほ笑む響へ、コウスケが言った。
「お疲れ。響」
「……ありがとう。コウスケさん」
___あれは、確かに本物の未来ではなかったかもしれない。でも、あの未来の手を掴んだのも、絶対間違いじゃなかった。……絶対___
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