魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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G編
第84話:徐々に壊れていく
前書き
読んでくださりありがとうございます!
あの後、落ち着きを取り戻した奏は身形を整えて二課仮設本部の発令所へと向かった。朝方に見た悪夢の所為で家を出るまでは憔悴を隠せていなかったが、持ち前の気力とアイドルとして鍛えたポーカーフェイスで潜水艦ドックに到着する頃には何時もの表情を取り戻していた。
「おはよーっす!」
「あらおはよう奏ちゃん」
「来たか、おはよう」
発令所に入るなり普段と変わらぬ声を上げる奏。それに応えたのは了子に弦十郎と言う何時も発令所に勤めているメンバー。
それに加えて颯人だった。
「よぉ、奏。遅かったな?」
【よぉ、奏。一番遅かったな?】
「ッ!? い、言うほど遅くないだろ。それに、翼達だって来てないし」
悪夢の中とほとんど変わらぬ颯人の言葉に、奏の顔が一瞬強張る。しかし彼女はそれを悟られる事なく、颯人との会話を続けた。幸いな事に颯人はその瞬間顔を逸らしていた為、奏の異変に気付く事は無かった。
そして颯人は、振り返ると奏に近付き何かを彼女に差し出した。
その手に持っていたのはコーヒーの入ったカップ。奏はそれを見てひゅっと息を呑み、颯人は首を傾げた。
流石に目の前で変な反応をされては、颯人だって気付く。
「どうした、奏?」
「え、あ、や……何でも無い!」
「いや何でもない事ないだろ? 今日はなんかおかしいぞ奏。もしかして最近の戦いの疲れでも出てるんじゃないか?」
「何でも無いってのッ!?」
颯人に軽く詰め寄られ、奏は冷静さを欠いた。少しでも誤魔化そうと、颯人の手から乱暴にコーヒーの入ったカップを取ろうとした。
「あっ――――」
だが無理矢理取ろうとしたからか、颯人がカップを手放すタイミングと奏がカップを取ろうとしたタイミングがズレてカップが滑り落ちる。落ちたカップからコーヒーが床にぶちまけられ、発令所の床に茶色がかった黒い花が咲く。
「あ~あ~、もぉ~」
衣服に掛かる事は無かったが、床を黒く染めるコーヒーに颯人がカップを拾い雑巾を取り出して床を拭く。
その光景に奏は目を見開き、呼吸が荒くなる。細部は違うが悪夢が現実になったような光景に、奏は体の芯が冷たくなるのを感じた。
悪夢の中ではここで颯人の体が罅割れ、彼の中からファントムが生まれていた。今の颯人にその兆候は見られないが、奏はそれを見て心穏やかではいられなかった。
気付けば奏は、床にしゃがみ込んで零れたコーヒーを拭いている颯人の肩を掴んで立たせていた。
「んおっ? え? 何?」
いきなり立たされて驚く颯人。キョトンとした顔で奏を見ているが、奏はそれどころでは無かった。奏は颯人の体に異常がないかを確認する事で頭が一杯だった。颯人を立たせ、彼の頭の天辺から爪先まで何度も視線を上下させて罅割れがない事を確認している。
「な、何だよそんな、ジロジロ見たりして? どこか変な所でもあるか?」
「……颯人、体何とも無いよな?」
「は?」
突拍子もない質問。だが颯人は、つい最近も奏から似たような事を聞かれた事を忘れていなかった。
そう、学祭で飲み物を買う為奏から離れて、戻ってきた時奏から矢継ぎ早に問われた。今の状況はその時とよく似ているのだ。
「気分は大丈夫か? 体に違和感とかないか? なぁ颯人――!?」
「落ち着け奏。……一体どうした? 最近なんか変だぞ?」
颯人が奏に訝し気な目を向けていると、奏は颯人から離れ発令所から出ていく。どこか足取りも覚束ない様子でフラフラと歩く奏に、颯人だけでなく弦十郎や了子達も心配そうな目を向けている。
「奏……」
「どうしたんだ、奏の奴?」
「颯人君、ちょっと激しすぎるんじゃないの?」
「うん…………って何の話!?」
「あ~らやだ! そんな事言わせないでよ、もう!」
「まだだからね? 色々とまだだからね!?」
了子の言葉で、奏の異変に少なからず動揺していた颯人は調子を取り戻した。それに気付いた弦十郎は、彼女の行動に苦笑しつつ颯人に奏の異変に心当たりはないか訊ねた。
「それで、颯人君から見て最近奏に変な所は無かったのか?」
「ん? ん~、それが俺にもよく分かんないんだよ。学祭の時もなんか様子可笑しかったけど、何があったのか奏自身何にも覚えてないって言うし……」
そこが颯人は不気味だった。誰も知らない所で、何かが大きく動いている。そんな気がしてならない。裏で考えと仕込みを巡らせ、他人を驚かすのは彼の専売特許。それを誰かに取って代わられている様な気がしてとても気持ちが悪い。
言い様の無い不快感が颯人の中で渦巻いていた。
しかしそれは所詮彼一人の都合であり、事態は彼の意思に関係なく動いていく。
「ふむ…………奏の事も確かに心配だが、今の所は静観するしかないか。それはそうとして颯人君、一つ頼みがあるんだがいいか?」
「え~?……って言いたいところだけど、今は奏に関してはそっとしといた方が良いかもだし……。で、何?」
奏の事が心配では無いなどと言う事は無い。しかし今の奏は下手に突くと壊れてしまいそうな危うさを感じずにはいられなかった。
だからこそ強く問い掛ける事が出来なかった。
必要以上に奏に接する事が憚られたから、今は弦十郎からの話を優先した。してしまった。
それが大きな間違いだったと気付かずに――――
「響君の事なんだが、暫くの間見守ってやってはくれないか?」
「見守るって、そりゃフィーネやジェネシスからって訳じゃなくて?」
「そそ。端的に言えば、響ちゃんが無茶しないように見守ってあげて欲しいのよ」
まだ事態は終息していない。何時フィーネが再びノイズを召喚して騒動を起こすか分からないのだ。そんな状況で響を放置すれば、何かあった時に彼女なら迷わず力を使ってしまう。それが己の命を縮める事と分かっていてもだ。彼女の性格を理解している弦十郎達にはそれが手に取るように分かった。
本当であれば監視の為のスタッフを響の周りに付けるべきなのだろうが、残念な事にノイズや魔法使いと戦う力を持たないスタッフでは意味がない。
有力なのは響と共にリディアンに通う装者である翼やクリス。だが彼女達は学生であるにも拘らず戦いを任せてしまっていると言う負い目が弦十郎達にはあった。その彼女達に響の監視として四六時中神経を尖らせてもらうのは忍びない。
その点、颯人であれば――言っては何だが――普段暇している上に人知れず誰かを監視する手段を持つ上に、瞬時に移動する手段もある。この手の任務には最適だった。
「オーケー、任された。響ちゃんの事は任せてくれ」
「すまないな、颯人君」
***
と言う訳で颯人は響の監視任務に就いていた。と言っても表立って動くと流石に怪しまれるので、監視そのものは使い魔達の仕事で颯人本人は発令所で控えている。
今の所響の周りで騒動は起こっていない。その代わりと言っては何だが、颯人はあるものを見つけてしまった。
ウェル博士である。やつれてはいるが、その目には狂気が宿っていた。あれを放置するのは危険だ。
「おっちゃん、ちょっと面倒なもん見付けちまった」
「面倒なもの?」
「ウェル博士。あの戦いの後逃げ出してそのまま逸れたらしい。このままだと何仕出かすか分かんねぇから、こっちから先に言って仕掛けてくるわ」
〈テレポート、プリーズ〉
弦十郎の返事も聞かず魔法で転移する颯人。場所はウェル博士の目の前だ。
突然目の前に颯人が姿を現したので、ウェル博士は驚愕のあまり腰を抜かした。
「よっ! ウェル博士。お元気?」
「お、お前は二課の魔法使い!?」
「明星 颯人。その言い方だと透も含まれちゃうっしょ」
〈バインド、プリーズ〉
話しながら颯人は魔法で早速ウェル博士を拘束した。問答無用の拘束。これで後は連行するだけ――――
「――と、行けば簡単だったんだけどねぇ」
そう呟き背後を振り返った颯人の視線の先には、キャップを被った男性が居た。顔は見えないがあの佇まいと雰囲気は覚えている。ソーサラーだ。キャップを目深に被っているので視線は合わないし顔も殆ど見えないが、闘志だけは伝わってくる。
「そ、ソーサラーですか! 早く僕を助けなさい!」
ウェル博士もあれがソーサラーであると分かったのか、喜びの声を上げる。拘束されていると言うのに、既に助かった気でいるようだ。
そんな彼を無視して、颯人とソーサラーは対峙する。互いにフレイムドラゴンウィザードリングとチェンジウィザードリングを指に嵌め、ドライバーを出現させた。
〈〈ドライバーオン〉〉
〈プリーズ〉〈ナーウ〉
腰に出現させたドライバーのレバーを動かし、互いに変身の準備を整える。
〈〈シャバドゥビタッチ、ヘンシーン! シャバドゥビタッチ、ヘンシーン!〉〉
「「変身!」」
〈フレイム、ドラゴン。ボー、ボー、ボーボーボー!〉
〈チェンジ、ナーウ〉
フレイムドラゴンに変身する颯人と変身するソーサラー。対峙する2人は、暫し睨み合った後一気に接近しウィザーソードガンとハルバードをぶつけ合った。
***
その頃、響は1人での鍛錬を切り上げ、未来と共に昼食を何処かでとろうと歩いていた。
「これからどうしようか?」
「お昼食べて、それからお買い物かな?」
「よし! それじゃあおばあちゃんの所に行こう!」
意気揚々と歩みを進める響に、未来も釣られて笑みを浮かべる。
戦いの合間の、穏やかな一時。
しかしそれが終わりを告げるのにかかった時間は、そう長くは無かった。
出し抜けに2人の進行方向で起こる爆発。舞い上がる黒煙に、2人の顔が驚愕に染まる。
「今のって――」
「くっ!」
目前で起こった異変に、響が走り出し未来がそれに続く。
そこで行われていたのは、フレイムドラゴンに変身した颯人とソーサラーによる激しい戦いであった。
「んなろうッ!?」
颯人がコピーしたウィザーソードガンによる二丁拳銃でソーサラーを銃撃する。不規則な弾道を描く銃弾がソーサラーに襲い掛かった。
予測不能な弾道を描く銃弾を、ソーサラーはハルバードを回転させる事で防ぎきる。
そのまま突撃してくるソーサラーを、颯人はソードモードにしたウィザーソードガンで迎え撃つ。透のそれとは違う、足の素早さではなく手先の素早さを活かした二刀流。前回と違い今回は体調も万全なので、早々遅れは取らない。
しかしソーサラーの動きも前回とは異なっていた。長物の長所を最大限に活かし、自分の領域に颯人を絶対に近付かせない。
そんな戦いをする2人の向こうに、ウェル博士が居た。片手にソロモンの杖を持ち、もう片方の手には布に包まれた何かを持っている。
「ウェヒヒヒ……誰が来ようと、これだけは絶対に渡さない――!」
狂ったような笑みを浮かべ、その場をソーサラーに任せ立ち去ろうとするウェル博士に、響が向かって行く。
「ウェル博士ッ!」
「んげっ!? 響ちゃん!?」
「な、何故お前がここに――!? くそッ!?」
思わぬところで響が登場した事に、颯人とウェル博士が思わず狼狽える。その隙にソーサラーの攻撃が颯人を捉え、大きく吹き飛ばし壁に叩き付けられた。
「が、はっ!?」
「消えろぉぉぉっ!!」
颯人が壁に叩き付けられると同時にウェル博士がノイズを召喚。半狂乱で召喚されたノイズは、颯人と響にそれぞれ向かって行く。
「や、べ……逃げろ2人ともッ!」
「あ――――!?」
「未来は下がってて!」
響が荷物を投げ捨て、ノイズへと向かって行く。
颯人は自分に迫ってきていたノイズをソードガンで切り払いながら、戦おうとしている響を引き留めようと声を上げた。
「駄目だ、響ちゃんッ!?」
颯人が響に戦うなと伝えるが、伝わる事は無く彼女はその口から唄を紡ぐ。
「Balwisyall nescell gungnir tron――ッ!!」
響はその口から聖詠を紡ぐが、ノイズが彼女に接触するほうが早い。
それを見てか、響はとんでもない行動に出た。なんと唄い終える前にノイズを殴ったのだ。
あまりにも無謀な行為。いや、無謀どころではない。ノイズに生身で触れるという事は、自殺も同然の行動である。
だが事態はさらに彼らの理解の範疇を超えた方向へと動いていく。
響の体は炭化する事なく、ノイズの体を受け止めたのだ。
「なぁっ!?」
「ッ!?」
「人の身で……ノイズに触れた――!?」
本来ならあり得ない事。昔颯人がノイズの攻撃を受けて無事だったのは、彼の中の魔法使いとしての才能が彼を救ったから。
だがそんな偶然は早々起こる事ではない。
一体何故響は無事なのか、その答えはその直後に明らかとなった。
ノイズを殴った体勢のまま、響はシンフォギアを纏ったのである。
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
そのまま拳を押し込み、ノイズを消し飛ばす響。
彼女の姿に、颯人は事態が思っていたよりも不味い方向に動いている事を察した。
――ここまで進んじまったのかッ!――
ノイズを消し飛ばし、それでも尚余った威力は衝撃となって周囲に広がる。
その衝撃に負けず佇む響は、拳を握り締めて叫んだ。
「この拳も、命も――――シンフォギアだ!!」
己の身に起こっている異常に気付かず、戦う意思を見せる響。
その彼女の姿に、颯人は新たな指輪を取り出した。
「出し惜しみしてる場合じゃなさそうだな……」
新たに颯人が取り出した指輪。それは青い宝石に角のある仮面のような装飾が施された、彼が愛用する指輪と似通った形をした物であった。
後書き
と言う訳で第84話でした。
普段快活な女の子が、何かしらの理由で段々曇る描写って何か心にきて好きなんですよね。単純にヤンデレが隙って言うのとは少し違って、言葉には言い表し辛いんですが。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします。
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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