提督はBarにいる。
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艦娘と提督とスイーツと・69
~伊13:甘酒~
「どうだ、美味いか?」
「はい、とっても……」
「そ、そうか。そりゃ良かった」
今日のチケット当選者は潜水艦の伊13、通称ヒトミ。だが困った事に会話がぎこちない。本人曰く下戸で飲めないから、という理由で店にも来ない。普段からあまり自分の主張や意見を強く言うタイプでもないから、ほとんど会話を交わした事がない。そのせいで、気まずい雰囲気が漂っていた。妹のイヨの方は対称的に明るく、しかも飲兵衛なので着任初日からウチの店に入り浸って常連とも打ち解けていたんだが。
「この甘酒、ちょっとお酒の匂いがします」
「あぁ、そいつは酒粕を溶かして作った甘酒だからな。多少は酒の香りが残るんだ」
『甘酒』と名前は同じでも、作り方が全く違う2種類の飲み物がある。1つは米と麹を使って作るタイプ、そしてもう1つが酒粕を使って作るタイプだ。
米と麹を使って作る甘酒は、『一夜酒(ひとよざけ)』と古くは呼ばれた物で古墳時代の文献にもその名が記されているらしい。意外と簡単に作れるから、興味があったら作ってみるといい。
《飲む点滴!麹甘酒》※分量:作りやすい量
・米:150g
・水:540cc
・麹:200g
まず、米と水でお粥を作る。粒が残ってドロドロになるか、さらりとした飲み口になるかはこのお粥の煮え方で加減する。粒を残せばドロドロになるし、重湯の様になるまで煮込めばサラサラになる。そこは好みで加減してくれ。
出来たお粥を50~60℃で保温し、麹を加えて良く混ぜる。温度は他の菌が繁殖しにくく、麹菌が良く働く温度がこのくらいだからだ。麹がデンプンを糖化する働きで甘味を作り出すので、熱すぎて麹菌が働かないと甘味が少なくなるし、逆に温度が低すぎると乳酸菌や他の雑菌の繁殖を招いて酸っぱくなったり最悪の場合腐ってしまうから注意が必要だ。
麹を加えたら一晩(10~12時間)寝かせれば完成。発酵食品だから栄養価も高く、飲む点滴なんて言われる所以はこの辺りにある。江戸時代は夏バテ防止に栄養ドリンク代わりに飲まれていて、俳句じゃあ甘酒は夏の季語だったんだぜ?
酒粕を使って作るタイプの甘酒はもっと簡単だ。スーパーなんかで売ってる酒粕を買ってきて、鍋で煮溶かして砂糖を加えて甘味を付けたら完成。麹を使う甘酒に比べると栄養価は劣るが、何より手軽だ。甘味も砂糖で付けるから加減が利くしな。俺の地元の辺りじゃあ麹の甘酒は『甘酒』、酒粕の甘酒は『どべ』って呼んで区別してる位だった。今回ヒトミに用意したのは、『どべ』の方だ。
「しかし大変だなぁ、長時間の潜航訓練だなんて」
「いえ、潜水艦ですから……」
潜水艦のまとめ役であるでち公には、今日の訓練の内容は聞いていた。なんでも、ヒトミとイヨの艤装には水中聴音器の補音器が標準装備されていて、他の潜水艦娘よりも耳が良いらしい。その索敵性能を鍛える為に長時間潜航した状態で水上・水中の音を聞いて仮想敵の姿を捉える、という内容だった。
「幾ら南方の海とはいえ、深く潜れば水は冷たいからな。無理はすんなよ?」
「いえ、イヨちゃんも私も、早く先輩方に追い付かないと、なので……」
ウチの潜水艦共は色々こき使われてるからなぁ。隠密性を活かしたピケット艦の役割に、毎日の掃海任務。深海鋼の材料となる深海棲艦の艤装集め、etc……そんじょそこらの潜水艦のみで編成された潜水艦隊よりよっぽど忙しい。そのお陰で錬度は高いし、その分対価となる給料もしっかり払ってるんだがな。
『貰っても使えない紙切れもらっても全然嬉しくないでち!』
と涙ながらにゴーヤにキレられたのはいつだったか。そんなブラックを通り越してダークネスな環境で鍛えられたお陰(?)で、かなり後から着任したヒトミとイヨの姉妹とゴーヤ達先任との錬度の差が激しいのはちょっと気になってはいたんだ。
「それでもだ。無理して身体壊された方が損だからな」
「はい……気を付け、ますね?」
「あの、提督……出来たら、おかわりを」
「おぅ、遠慮しねぇでガンガン飲んで良いぞ」
丁度俺の分も無くなったからお代わりを取りに行こうとしてたんだ。給湯室に準備しておいた、甘酒の入った鍋を触る。少しぬるくなってるな、と再びコンロを点火。ゆっくりとかき混ぜつつ温めていく。酒粕と砂糖がたっぷり入ってるからな、かき混ぜつつじゃねぇと焦げちまう。
『あ、そうだ。身体暖めるんなら……』
ちょっと思い付いた事があって、給湯室に備え付けの小さめの冷蔵庫を漁る。
「あったあった、こいつをちょいと入れて……と」
2人分のマグカップに、少量仕込みをしてから甘酒を注ぐ。そしてスプーンで軽く混ぜて持っていく。
「ホラよ、お代わり」
「ありがとう、ございます……」
受け取ったマグカップの飲み口にふぅふぅと息を当てて軽く冷まして、一口。ズズズと啜った途端、ヒトミの頭の上に?マークが浮かぶ。
「提督、これ、さっきと味が……」
「気付いたか?実はな、おろししょうがを少し入れてある」
ウチのおふくろがやってたんだが、甘酒にしょうがを入れて飲むんだ。少々のアルコールとしょうがのお陰で、より一層身体が温まるし何より味に変化が出て美味い。
「さっきより、さっぱりします」
「だろ?これだと何杯もイケちまう」
しかもお茶請けというか、お供に特製の沢庵も準備してある。スーパーなんかで売ってる塩分控え目のやんちゃって沢庵じゃないぞ?ちゃんと糠床で漬けた塩っ辛い昔ながらの沢庵だ。こいつをポリポリ齧りながら甘い甘酒を啜る。甘いのとしょっぱいのの繰り返しで、これまた甘酒が進む進む。間違いなく身体にゃ悪いんだが、これやってるとガキの頃の冬を思い出すんだよなぁ(しみじみ)。
「てぇとくぅ……?」
「ん、どうした……ってホントにどうした!?」
思い出に浸っている隙に、ヒトミがエラい事になっていた。目がとろんとしてるし、顔が明らかに赤い。口がにへらっと半開きの上に身体全体がユラユラと揺れている。
「まさか……酔ってんのか?」
「なに言ってりゅんれひゅかぁ。ヒトミはぁ~よってまひぇんよぉ」
呂律が回ってない。そして何より、酔っ払いの『酔ってない』程、信用できない発言もない。
『下戸で弱いとは聞いてたが、まさかここまで弱いとは……』
流石に甘酒で酔っ払うのは予想外だ。
「ヒトミ、そろそろ止めとけ」
「や~でしゅう。ヒトミはもっとのみたいんれしゅ」
マグカップを抱き抱えて、離そうとしないヒトミ。なるべくリクエストには応えてやりたい所だが、状況が状況だ。無理矢理にでも取り返そう。
「ダメだ、飲み過ぎると明日大変だぞ?」
「やぁ~らぁ~、もっとのむにょお!」
マグカップを引き剥がそうとするが、さらに抵抗を強めるヒトミ。そんな押し問答をしている所でヒトミがソファに倒れ込む。その拍子に俺が覆い被さる様に倒れ込み、ヒトミの手から零れ落ちたマグカップをキャッチ。間一髪、割れなくて済んだ。
「ふぅ、ギリギリセーフ……」
「提督~、アネキが帰って来ないんだけど何か知らない?」
しかし、好事魔多しって奴なのか。タイミングの悪い事にヒトミの妹のイヨがやって来た。
「「あ」」
目が合い、一瞬の沈黙。
「提督がアネキを酔い潰して襲ってるううぅぅぅぅぅぅ!」
「ちっがあああああぁぁぁぁぁぁぁう!」
そのシャウトを聞き付けて野次馬が集まり、一気に騒がしくなる執務室。しかしその騒ぎの元凶であるヒトミは俺の下で、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ているだけだったーーー……
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